第376話 新隊長は勇者を知っている




「断る理由がないだろう」


 俺たちの訪問を受けてすぐ、ヴァフターが放ったセリフがこれだ。


「断れない理由なら山ほどあるけどな」


 まだこちらからは何も言っていないというのになあ。


 部屋にはヴァフターともうひとり、ファイベル隊の隊長、マルライ・ファイベルという人もいる。

 拉致された俺たちが逃走した時に、倉庫で待ち受けていた連中のひとりだな。つまりは敵だった人なのだけど、クーデターの時には『緑山』に同行してくれた十三階位の頼もしい盾職だ。頼もしいとか言うと許したようになってしまうが、この人、倉庫では怒れる中宮なかみやさんにボコられていたんだよな。

 なので溜飲は下がっているし、味方になってからはこちらの指示に素直に従ってくれてもいるのだ。好き嫌いを判断するには難しい関係というか、なんというか。


 さておき、面会室という名目の部屋だが、窓はなく扉はひとつだけ。しかもヴァフターとマルライの足には前回同様壁まで伸びた鎖が繋がれている。

 俺たちが拉致されたのがこの部屋だったら脱出は不可能だったんじゃないだろうか。とはいえここは一般区画なのですぐ近くに人の目がありすぎるのだけど。



「話を聞いてからでもいいでしょう」


「悪い話じゃないから、もっと気楽に聞いてくれていいですよぉ」


 不敵なヴァフターのノリに顔をしかめたガラリエさんが、なんとか抑え込んだ声で会話を始める。

 その横に座るベスティさんはお気楽なものだ。これは硬軟といえるのだろうか。


 この場にいるのは勧誘される側としてヴァフターとマルライ、それ以外は全員悪だか正義だかは知らないがこちらの目論見に引きずり込もうとしている面々だ。中立な存在などいない。

 アウローニヤのメンバーは隊長となるガラリエさん、副隊長なのかどうか不明なベスティさん、裁量権を持つ女王名代としてアヴェステラさん、いちおう護衛としてヒルロッドさん。どうしてヒルロッドさんはヴァフターたちに憐れむような目を向けているのかな。


 で、勇者サイドからはネゴシエーター藍城あいしろ委員長、サメを浮かばせ威嚇を忘れない綿原わたはらさん、癒し枠の奉谷ほうたにさん、そして俺。

 恫喝役として滝沢たきざわ先生もいてくれているが、たぶんそう簡単には口出しはしてこないだろう。


 テーブルを挟んで座っているのは、あっちは二人でこちらは七人。

 先生とヒルロッドさんはひとつしかない扉の前に仁王立ち状態だ。ここを通りたければ、俺たちを倒してからにしてもらおう、ってヤツだな。



「ではわたしから──」


「どうしてこのメンツでフェンタ卿とエクラー卿が仕切るんだ?」


「……わたしのことはガラリエで構いません。続けても?」


「わたしの名前はベスティだからね。ヴァフターさん」


「聞けばわかる、か。すまないな、罪人風情が口を挟んで」


 こういう場面ならばアヴェステラさんか委員長から話が出てくるだろうと想定していたのだろう、ヴァフターが眉をひそめて確認をしてくるが、ガラリエさんは全く動じず、ベスティさんは軽いノリのまま。そしてアヴェステラさんは黙ったまま様子を見ているだけだ。

 あちらからしてみれば、そもそもガラリエさんとベスティさんが居ること自体が不自然に思えるだろう。ましてや真正面に座ったときたものだ。


 諦めたヴァフターは軽く謝罪を入れてから先を促した。

 ざまぁ、とまでは思わないかな。やっぱり共闘して、しかも必死になって戦っていた姿を見てしまったのは大きい。だけどなあ。


 敵が心強い味方になるパターンは嫌いじゃないけれど、ヴァフターがやらかしてくれた拉致というのが気に食わない。アレのせいで綿原さんと笹見ささみさんが自ら腕を傷つけるなんて事態になったのだし。

 むしろヤンチャ貴族のハウーズたちとのイザコザ展開の方が、わかりやすくてまだマシかとも思うくらいだ。


 なので俺の中でのヴァフターは、なかなか微妙なポジションの大人なのだ。

 完全に敵とまでは思わないけれど、どうにも恨みを忘れきれないというか。



「バークマット卿、ならびにファイベル卿には、女王陛下主導で立ち上げられる新たな部隊に参加してもらいたいのです」


「ヴァフターで構わない。陛下肝煎りの新部隊、か。……勇者の真似事かい?」


「……察しがよろしいですね」


 ヴァフターの推察に軽く表情を動かしたガラリエさんだが、これには俺も驚きだ。


 当初の約束では国軍か他国で冒険者になるはずだったヴァフターとマルライに対する直々のお話でこのメンツ、そんなあたりから類推したのかもしれないが、伊達に代々近衛騎士団長をやっていたわけではないということか。


「ここからのお話、許しが出るまで漏らさないと誓えますか?」


「怖いな。けど拒否権はないんだろう?」


「そのとおりです」


 このタイミングで口を挟んできたのはアヴェステラさんだった。


 冷たい声色が筆頭事務官アンド女王名代としての立場を強調している。十階位を達成して【平静】を取ったのが影響しているのかどうかはわからないが、クーデター以降の彼女は風格を増したような。


「勇者様方は、二日後にアウローニヤを旅立たれます」


「なっ!?」


「っ!」


 ズバっと言い切ったアヴェステラさんの言葉に、ヴァフターとマルライが絶句する。


 それもそうだろう。

 勇者の追放について知る者は少ない。勇者担当者たちとミームス隊は特別として、アウローニヤで知らされているのは……、女王側近のミルーマさん、王都軍団長のゲイヘンさんあたりは確実だろうけど、重鎮でも、たとえばキャルシヤさんなどには伝わっていない可能性が高い。もちろんカリハ隊のジェブリーさんたちにもだ。


 そんな人たちを招いての宴会が今晩なのは、どうにも皮肉だなあ。

 その場でバラす許可は出ているのがせめてもの救いか。


 さておき、そもそも女王様が勇者を手放すなんていうのは、どう考えてもおかしいのだ。

 勇者の戦闘力や王国に対する貢献については、ヴァフターたちだって身に染みているだろう。ましてや聖女たる上杉うえすぎさんを筆頭とする看板としての存在感がデカすぎる。



「……勇者が危険に晒される、か。俺たちみたいのがぞろぞろと。……聖法国あたりもか」


「理解が早くて助かります。だからこそバークマット卿、馬鹿なことをしたものですね」


「返す言葉もないよ」


 皮肉気に口を歪めたヴァフターに、さらに冷たくなったアヴェステラさんの言葉が浴びせられた。怖いなあ。


「しかしまあ、新王陛下も無茶をなさる。あえて後ろ盾を外すとはな。いや、それこそが協力を取り付ける条件だった……。おっと!」


 ブツブツと呟くヴァフターの言っていることがいちいち正解なものだったから、アウローニヤ勢からの視線が厳しくなっていく。


 自分の世界に入っていたせいで変化に気付けていなかったヴァフターは、そこで両手を上げてバンザイをした。そういう切れ味を見せすぎると、立場が危なくなると思うのだけどな。ホント、なんでこの人は一時とはいえ宰相と組んだのやら。

 それくらい女王様の潜伏が上手かったことなのかもしれないな。


 それに対してマルライの方は意味が分かっていない様子で、チラチラとヴァフターに視線を送っている。それくらいの態度の方がこちらとしても扱いやすくて助かるというものなのだけど。



「ならば女王陛下が新たな部隊に求める役目も、理解できますね?」


「まあな。さっき俺が言ったとおりで、真似事……、言い換えようか。さしずめ『緑山』の跡継ぎか」


 黙ってしまったアヴェステラさんからガラリエさんが後を継いでヴァフターに問いかければ、これまた適切な回答が返ってくる。ホントすごいな。


「迷宮の魔獣は地上の事情など、配慮してくれません」


「そりゃそうだ。だがゲイヘン軍団長も頑張ってるし、現状の体制でいけるんじゃないか?」


「わかっていてとぼけるのですか」


「……勇者のやり方を受け継ぐ、か」


 ヴァフターがズバリ言い当てた『緑山』の後継部隊というならば、為すべきことは魔獣への対応だけではすまされない。

 むしろ重要なのは、勇者スタイルの継承だ。


「実際に見た俺としては、アレは勇者たちだったからこそできたんだと思うんだが、フェンタ卿、いやガラリエさんよ、アンタはどうなんだ?」


 居並ぶ俺たち勇者を見渡しながらヴァフターはガラリエさんに問いかける。


 ヴァフターは『クラスチート』を知らされていないが、魔力量に優れる『勇者チート』は周知されている。ついでに俺たちは高位の神授職持ちばかりで、聖女まで抱えているのだ。


 この場にいるメンバーだけでも【聖騎士】の委員長はゾンビナイトとして、【奮術師】の奉谷さんはヒーラー兼バッファー兼魔力タンクとして、【鮫術師】の綿原さんは謎の魚を操る上に【身体強化】を持っていて動ける術師として、といった感じで、アウローニヤでは見かけたことのない戦力だ。

 たしかに【豪拳士】の先生は特徴こそ薄いし、似たタイプの兵士は軍にもいるだろう。だけどなんというか規格外に強い。ヴァフター本人は身をもって知っているわけだからな。


 結局ヴァフター視点からしてみれば、『緑山』の強さをアウローニヤの戦力では代替できないということか。


「とくにヤヅだ」


 なあ、どうしてそこで俺の名前が出てくるのかな。聖女でも勇者オブ勇者でもいいじゃないか。


 そういえばヴァフターは拉致の時、俺をメインターゲットにしていたのだっけ。

 ほら、綿原さんのパワーアップしたサメがヴァフターの周囲を回遊し始めたぞ。今日の綿原さんは昨日の件もあって精神的にヤバいことになっているんだから、あまり刺激をするものじゃない。


「俺があえてヤヅを狙った理由は知っているんだろう?」


 黙るガラリエさんたちに対し、ヴァフターは返答を待たずに言葉を続けた。


「指揮官としてなら連携訓練でなんとでもしよう。だがな、『地図師』としては替えが効かん」


 言ってやったとばかりなヴァフターだけど、気持ちはわからなくもない。


 以前までの、魔獣の群れなんていうのが発生していなかった頃の迷宮ならば、斥候能力を含めて俺みたいな存在は軽視できていたと思う。

 だが、現状の迷宮には魔獣が溢れているわけで、少しでも安全に戦い抜くためには適切な判断を素早く下すことの出来る道案内人が重要だ。


 だけどなヴァフター、ガラリエさんやベスティさんはそれを承知した上でここにいるんだぞ?



「そのままの真似事に意味があると思いますか?」


「なに?」


 急激に温度が下がったガラリエさんの口調は、ヴァフターを嘲るかのようだった。


「ヤヅさんひとりが欠けたからといって、『緑山』が止まると思いますか?」


 そう、昨日の一件をガラリエさんは見ていたわけで、俺が居る居ないというのはセンシティブなのだ。


 今日この場で出す話題としてはマズいんだよ、ヴァフター。


「ヤヅさんは超人などではありませんし、ましてや使い勝手のいい駒でもありません」


 完全に目が据わったガラリエさんは流れるように言葉を紡ぐ。


 というか、ヴァフターとマルライ、そして俺以外のメンバー全員が、やたらと剣呑な気配を漂わせているのだ。

 異様さに気付いたのだろう、ヴァフターは口を閉じ、マルライは変な汗をかいている。


「彼は自分にできることを必死にこなす、ただの若者です。苦しみながら、それでも戦い続けることを選択できる精神を持つ子供なんです」


「俺だってそこを見込んで──」


 冷たいままに熱を帯びて語るガラリエさんに、ヴァフターが口を挟もうとした。が、彼女は最後まで言わせない。


「あなたも見たのではないですか? 察しは良いとお見受けしましたが、本質を見落としていませんか?」


「……」


 叩きつけるようなガラリエさんのセリフを受けて、ヴァフターが黙り込んだ。


 俺を持ち上げているのはわかるけど、むしろ自分で熱くなっているガラリエさんがいて、横に座るベスティさんは腕を組み、したり顔で深く頷いている。なんかアレだなあ。


 身内では先生が無表情で、綿原さんはメガネを光らせている。表情が読めないんだよな、メガネを持ち出されると。

 奉谷さんはなんかニコっと俺に笑いかけてきて、そして委員長は苦笑いだ。

 ちなみにアヴェステラさんは無表情側で、ヒルロッドさんは苦笑いサイド。


 ガラリエさんはいつの間に勇者教徒になったんだろう。当初の説得予定では、ここまで熱くなる展開って想定していなかったのだけど。



「魔力や神授職だけを見るな。行動そのものや……、心を受け継げ、でいいか?」


「わかっているではないですか」


「そりゃまあ、そこまで言われたらな。アンタら程じゃなくても、俺だって見せつけられた側だ」


 ヴァフターが降参したように答えを述べれば、然りとガラリエさんが頷いた。

 ちなみにガラリエさんは長身とはいえ二十歳くらいの細身なお姉さんで、ヴァフターは四十くらいの大柄なおじさん。酷い絵面だな。


 それでもまあ、この件についてはガラリエさんの言うところの心根が肝なのは間違いない。

 いなくなる勇者に縋るのではなく、一年一組の行動を分析し、自分たちなりのアプローチで現状を打破するという気構えが大切なのだ。


 だからこそ、俺たちと共闘した経験を持つヴァフターたちを勧誘しているのだから。


「わかっていただけたようでなによりです」


 さすがにヴァフターやマルライにも、ガラリエさんの意志は伝わったようだ。

 ガラリエさんの言葉に軽く頷く。



「では、受ける受けないの前に、構想だけは話しておきます」


「いいのかい?」


「状況次第では近衛から引き抜きますので。そしてあなたたちは信用と名声と待遇の良い職場を失うだけです」


「そこまで言い切るかよ」


 自信満々なガラリエさんの態度に、さすがのヴァフターも苦笑いをこぼしてしまう。

 ここにきて初めて気が抜けたってところだろうか。ガラリエさん、熱かったもんな。


 そうしてガラリエさんが部隊の概要を説明し始めた。



 名前も決まっていない新部隊は、要は勇者スタイルで迷宮を探索するという、実験的な色合いが強い任務を背負うことになる。


 中核になるであろうシャルフォさんたちヘピーニム隊は、ゲイヘン王都軍団長と第三大隊長に同席してもらい、正式に女王様主導の計画であると告げた上で勧誘する予定だ。

 なんかシャルフォさんが可哀想だな。圧迫面接とかだっけ、どこかで読んだことがある。


【聖術師】は王都軍と王国聖務部から引き抜き、その他術師たちは、軍どころか王城の文官からも選抜する。


 なりふり構わず、そして満遍なく人材を引っこ抜くが、あえて十三階位なんていう高レベルはスルーする予定だ。

 ならなぜ十三階位のヴァフターかといえば、言わずもがなで立場を失いフリーだからに他ならない。


 そもそも国軍に斡旋するとしたところで、元男爵で騎士団長で十三階位なんていう騎士は現場が持てあます。女王様はこの展開まで見込んで、アヴェステラさん経由で処遇を伝えたんだろうな。


 そこにあったのは勇者のいなくなったあとのアウローニヤをどうするかという視点だ。



「先ほどあなたが言ったとおり、現状の体制を崩すわけにはいきません。秩序の回復が最優先ですので」


「それを言うのは……、だから睨むなよ」


 ガラリエさんの言葉に、混沌を生み出したのはお前らだろうと口走りかけたヴァフターだが、さすがにそれを言わせるつもりはない。全員が視線ビームを発射することで黙らせる。


 ヴァフターの横に居るマルライだけど、もうお前黙ってくれって感じになっているぞ?

 もうマルライだけでも勧誘に成功しているんじゃないだろうか。


「話はわかったし、美味しいとも思う。間違いなく優遇される部隊になるだろうしな」


「そう思われますか。過酷な任務も考えられますよ?」


 妙に理解を示して見せるヴァフターに、今度はガラリエさんが怪訝な表情になった。


「あの女王陛下が人材を使い潰すとは思えないからな」


「その目ざとさが最初からあれば良かったのでしょうね」


「言ってくれるなよ。戦いを共にすることで見えてくるものもある、ってな」


「それには同意できます」


 ついに分かり合えたかのようにヴァフターとガラリエさんの波長が噛み合うが、どうしてそこで俺をチラ見するのかな。とくにガラリエさん。



「なら最後の確認だ。俺は国軍に入るのとは別の選択肢を与えられていたはずで、そちらを選べば帝国の危険からは逃れることができる」


「……そうですね」


 ヴァフターの言葉にガラリエさんが詰まる。せっかく分かり合えていたというのに、コレを持ち出されると辛いのがこちらの立場だ。


 ここが難関になるのは最初からの想定通り。それでもこれはヴァフターの強がりだ。

 そもそもヴァフターたちが勇者拉致に加担したのは、アウローニヤの滅びが確定していると判断したことに始まる。その現実は女王様がクーデターに成功した程度では覆らないのもヴァフターにはお見通しなのだろう。


 だからこそペルメッダ侯国で冒険者でもいいんだぞという選択をヴァフターは持ち出すことができる。

 もちろんここで女王様の勅命とか言えば、ヴァフターやマルライに拒否することはできないだろう。口約束などはその程度のものだ。

 だがそれをしたら、女王様の大切な美点、というかウリに傷がつく。


「で、勇者たちなんだろう?」


「そのとおりです」


 見透かしたような言い方をするヴァフターにはイラっとするが、ガラリエさんはため息を吐くように肯定してみせた。


 そもそもここまでの話だけなら一年一組が参加する必要なんてどこにもない。

 ガラリエさんたちが条件を突きつけ、あとはヴァフターが受けるかどうか。なんなら女王様は約束破りの汚名を被ってでもヴァフターを取り込むなんてことをしたかもしれない。


 だけどここには俺たちがいるんだよな。


 前回の勧誘で委員長が言ったように、どうせやらなければならないことなら気持ちよく励んでほしいという考えには、俺も完全に同意する。

 クラスの中での俺の立場もそんな感じで回っているし、たぶん仲間たちもそう思って役割分担をしているはずだから。



「じゃあガラリエさん」


 ここで委員長が口を開いた。


「はい、アイシロさんたちにお任せしましょう」


 ガラリエさんが小さく微笑み、委員長にバトンを渡す。


 ここからは勇者がそれっぽく落としどころを作ってみせようじゃないか。


「ではヴァフターさん、マルライさん」


「……」


 委員長に名を呼ばれた二人は黙って続きを待つ。


 実はヴァフターやマルライだってどこか期待をしているはずなんだ。

 平民落ちをした上に家族を伴ってペルメッダで冒険者なんて、ヴァフターだって望んではいないだろう。


 そもそも会談の冒頭でヴァフターは、断る理由がないと言った。

 ここでゴネて不興を買うのも馬鹿馬鹿しいはずで、つまり今しているやり取りはヴァフターの意地か、それとも納得するための理由欲しさなのかもしれない。


 帝国に落ち延びるための拉致に成功していれば、宰相からある程度の金と、俺や綿原さんという戦力も手に入れられたはずだった。だけどそれは失敗し、助命され、それでもアウローニヤから逃れるというならば、境遇が悪くなるのは仕方がない。いまさらだけど、ヴァフターはすでに負けた身だ。


 ヴァフターたちは最後の損得勘定で、俺たちの提案だけは聞いておこうというくらいには前向きな傾き具合になっている。


 ならば見せてやろうじゃないか。日本から来た勇者のやり方を。



「僕たちはここまでで。次の機会に、また説得させてもらいます」


「は?」


 委員長が発した言葉の意味が分からなかったのだろう。ヴァフターとマルライはあっけにとられた表情になっているが、知ったことではない。


 俺たち勇者一同はいっせいに席を立ち、そのまま部屋を出た。

 背後からなんか聞こえてくるけれど、それについては知らんぷりで。


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