第375話 復活はしたものの
『お兄ちゃん、アイス買いに行こうよ』
『なんだよ
『わたしはいいんだけどさぁ。お兄ちゃんが行きたいんじゃないかって』
『……なんでだよ』
『
『なんで心尋がフルネーム知ってるんだよっ!』
『わたしだって中学の友達がいるんだよ? お兄ちゃんたちのクラスは、すっごい有名なんだから』
『じょ、条件は』
『ストロベリージンギスカンアイスで』
『お前、正気かよっ』
『妹の味覚を否定するなんて、酷くない? どっちにしてもサコマ、行くんだけどね』
『じゃあひとりで行けばいいじゃないか。半分くらいなら奢ってやるよ』
『ふーん、わたしひとりで行っていいんだあ。挨拶してきちゃおっかなあ。いっつもお兄ちゃんがお世話になってます、
「俺まだ名前で呼んだことないからぁっ!」
数分後に知るのだが、寝起きに発した俺の叫びは、クラスの男子全員が聞いていたらしい。
◇◇◇
「で、
「あった。すごく効果あったと思う。もう夢の内容、ほとんど覚えてないけど」
「ホントかよ」
「どっちのコトを指してるかは知らないけど、悪夢じゃなかったのは確実だよ」
「そうか。それならいい。うなされてもいなかったようだし、食えて眠れるなら大丈夫だな」
朝食の席で医者の目指す
田村の言うとおりで、睡眠と食事ができれば、人間なんとかなるものなんだろう。
むしろそれよりも──。
「あのさ、
「わたしは……、大丈夫よ」
向かいの席に座っている綿原さんの方が、俺より不調に見えてしまうのはどうしたことだろう。
証明として、白サメの動きがよろしくない。いつもなら三匹が元気に泳いでいるのだけど、今朝に関しては一匹だけになっていて、しかも高度が低い。テーブルの上ではなく、床から十センチくらいのあたりでユラユラしているだけだ。
だから俺は声を掛けてしまう。
「綿原さん、俺のこと気遣ってくれたんだからさ。感謝しているんだよ。元気出たしさ」
「けどわたし、迷宮では取り乱して、地上に戻ってからはどうしたらいいかわからなくなって、暴走して……」
実にらしくない。いろいろな緩急を見てきたが、ここまで露骨に落ち込んでいる綿原さんは初めてかも。
連鎖するように俺の挙動も怪しくなる。
具体的には、考えもまとまらないうちに、なにかを言わなければならないという焦った気持ち。
「いやいやいや、迷宮でも怪我するくらいに頑張ってくれたし、昨日の件だって俺のためにって」
「そう言ってもらえるなら……」
なんとか取り成そうとした俺に返ってきたのは、頬を赤く染めて俯く綿原さんの消え入るような言葉だ。
破壊力高いなあ、おい。
「でも、本当に良かった。万全じゃなくても、八津くんが元気そうになってくれて」
俯いたままでいた綿原さんは、ふーっと長い息を吐いてから勢いよく赤らめたままの顔を上げて、俺の目を見てくれた。
「万全じゃない? 俺が?」
「そ。昨日の今日よ? まだちょっと、ね。だけどそれってわたしもそうだし、みんなもだから」
「そうかな。俺自身はびっくりするくらい普通な気分なんだけど」
「ほんのちょっとだけど、影があるような気が……。ごめんなさい、影って言葉なんて聞きたくないわよね」
影か。本当に自覚はあまりないのだけど、綿原さんからはそう見えるってことなんだろう。
フレーズとして影のある男ってちょっといいかな、とか思うのはマズいから止めた方が良さそうだ。
だけどなにより、綿原さんの口調が通常モードに戻ってきている。お顔はちょっと赤いままだけど。
まずはそれを喜ばしく思ってしまう俺は、かなりヤラれているんだろうなあ。
◇◇◇
「遅くなってしまって申し訳ありません」
「おはよう。ヤヅ、調子はどうだい?」
朝食を終えたあたりで、見計らったように現れたのはアヴェステラさんとヒルロッドさんだった。
二人の視線が俺に向けられているのは、当たり前か。
だからこそ俺も笑い返す。昨晩の大騒ぎと【安眠】の効果か、本当に大丈夫なんだよな。もう内容は完全に忘れているけれど、楽しい夢を見たという感覚も残っているし。
「まずは本日の行動予定ですね。アーケラは離宮に残ってください。それからシシィ、陛下があなたをお呼びしているわ」
「かしこまりました」
「賜ったよ。さてはて、どんな話を聞かされるんだろうね。ところで聞いておくれよ、アヴィ」
俺の顔色を確認してから今日の予定を語り始めたアヴェステラさんだが、さっそくシシルノさんが混ぜっ返しを図った。実にシシルノさんらしいのだけど、こんなに早くバラす気なのか。
「ヤヅくんがね、【安眠】を取ったんだよ」
「……そうですか」
「反応が薄いじゃないか、アヴィ」
「……シシィ、あなたも【平静】を取れるといいですね」
「くっ」
昨日以来、シシルノさんとアヴェステラさんの対決バランスが崩れているなあ。
反撃を受けるのくらい予想ができないシシルノさんでもあるまいし、そういうのを楽しんでいる節があるとしか思えないのだけど。
ネタとしては勇者を超える存在、だったっけ。
「ヤヅさん、良い夢を見ることはできましたか?」
「え、ええ、まあ。覚えてないんですけどね」
「そうですか。どおりで。いえ、良いお顔ですよ」
ぐぬっているシシルノさんを置き去りにして俺を見たアヴェステラさんは、ニッコリと微笑んでみせた。
それは勝利の笑みなのか、それとも俺の復活を祝ってくれているのか。穏便に後者だということにしておこう。
ついでに『良いお顔』というセリフのあたりで綿原さんのサメがピクついたのも、彼女の復活傾向という風に捉えられる。それでこその綿原さんなんだ。
そんな光景を他所に、遠くを見ているような目をしているヒルロッドさんもいて、何故だか俺は日常が戻ってきたのを実感してしまった。
ガラリエさんは難しい顔だし、ベスティさんはニヤニヤと、そしてアーケラさんは薄く微笑んでいる。
うん、やっぱり勇者担当者たちはこうじゃなくっちゃな。
目の前にいるアウローニヤの人たちと一緒にいられるのも、今日を含めてあと二日とちょっと。
お別れの時は近づいている。
「話を戻しましょう。ガラリエとベスティは、わたしと一緒に『黄石』です。アイシロさん、そちらからは」
続けてアヴェステラさんは、本日のメインイベント第一弾についてを口にした。
「はい、先生と僕、
「……そうですか。ご協力に感謝します」
アヴェステラさんの確認に対し、
ガラリエさんが隊長となり、シャルフォさんたちヘピーニム隊を誘って作ろうとしている新しい部隊。勇者のノウハウを受け継ぎ迷宮専属となるその隊には、やっぱり盾役が必要だ。
後衛の育成すら始まっていない状況なので、重要となるのは魔獣を受け止める守備力。すなわち強力な騎士たちだ。そこにヴァフターたちを組み込む。
勇者拉致の犯罪者から一転、ヴァフターたちは女王様のクーデターに協力し、勝利に貢献した。
もちろん女王様はその手の約束を破るような人ではないので、恩赦は成されるだろう。問題はその先だ。
ヴァフターたちの平民落ちは確定だが、これからの職場は確定していない。
事前の口約束ではアウローニヤの国軍かペルメッダで冒険者あたりを好きに選べとされているが、今日する話はそこからちょっとだけ違う就職先になってしまう。
待遇としては普通の国軍より忙しくてキツい。メリットとしては給料が良くて、戦争に駆り出されたりしないってところくらいだろうか。
だから説得するのだ。もちろん女王様の命令だと言ってしまえばヴァフターは従うだろう。だがそれでは足りないというのがこの場にいる人たちの判断だ。
これはもうマインドの問題、すなわち勇者の意志を継ぐ覚悟を持ってくれるかどうか。一年一組的にはあまり気にしていないのだけど、ガラリエさんたちが妙に気合を入れているのがなあ。
新部隊の根底にあるのは勇者の在り方だとか。いつからそういう話になったんだっけ。
十三番階段を降りているあたりの会話だった記憶があるが、まあ、そういう流れだ。
で、一年一組からも勧誘者という名目で刺客が送り込まれることになった。
昨夜は俺のせいでそれどころではなかったので今朝になって決めたのが、さっき委員長が発表したメンツとなる。
ヴァフターを蹴り倒した
出番が欲しいとミアがゴネたのだが、離宮の守護責任者だと持ち上げてなんとか矛を収めてもらった。たぶん離宮の方のとりまとめは副委員長の
さて、俺の同行を認めるかどうかについては議論があったが、朝食での様子を見た委員長はイケると踏んでくれたようだ。クラスメイトからも異論は出てこないし、認められたようでちょっと嬉しい。
ならば少しでも力にならないとだな。
「ウエスギさんはよろしいのですか?」
「わたしは宴会の下ごしらえに注力したいので」
最終確認をするような言い方をするアヴェステラさんだけど、
こういうネゴシエーションで謎のオーラを使いこなす聖女な上杉さんが一緒だと心強いのだが、料理長な彼女は副料理長の
「わかりました。『黄石』への訪問は五刻となります。わたくしが陛下名代として立ち会いますので、みなさんはご存分に」
アヴェステラさんの言う『黄石』、つまり第五近衛騎士団の地下牢にヴァフターたちは拘束されていて、そこに出向くのは五刻、つまり午前十時ということになる。今からだと二時間後ってところか。
ところで存分とはこの場合、どういうケースを想定しているのかな。
ヴァフターたちといっても、『黄石』に囚われているのは俺たちと直接対戦し、のちに六名が協力することになったファイベル隊だけだ。
今回のクーデターと、それ以前の騒乱で牢屋に放り込まれているのは、軍関係だけでもヴァフター直轄のバークマット隊、勇者拉致の実行犯たるパラスタ隊、第一王子を狙ったレギサー隊、因縁のハシュテル隊、その他もろもろ。
宰相や軍務卿を筆頭とする文官連中も大量に拘束されているので、果たして牢屋が足りているのかどうか。
ここから誰をどうするのかは、基本的に女王様の胸先三寸ということになる。明日執り行われる予定の戴冠式で、女王様がどれくらいの『恩赦』を出すのかは、俺たちには伝えられていない。当たり前か。
「もうひとつ、ウエスギさんには申し訳ないのですが」
「どうしました」
表情を少し険しくしたアヴェステラさんが再び上杉さんの名を呼んだ。
それでも上杉さんは軽く首を傾げただけで、続きを促す。
「二名分、昼食を追加していただきたいのです。もちろんみなさんが普段食されている献立で構いませんので……」
「お客さまということでしょうか。女王陛下以外にも?」
突然二名分の食事を追加しろと言われた上杉さんは、表情を変えずにストレートに聞き返した。やはり肝の据わり方が違うな。
担当者たちならばアヴェステラさんが改まる必要はない。とすれば、上杉さんが想像したように女王様ともうひとり、誰かお客さんでも来るのだろうか。近衛のミルーマさんとか?
「それが……、陛下は明日に向けての準備が押していまして」
らしくもなくアヴェステラさんが口ごもる。
なにかこう、不穏な空気が流れているんだが。
せっかく復活したはずの俺なわけで、悪影響とか再発とか、そういうのに影響しないクリーンな客だといいのだけど。
「客人はイスライド・キャス・ラハイド閣下とベルサリア・ハィリ・レムト=ラハイド様、現ラハイド侯爵夫妻です」
白状するかのように二人の名を挙げたアヴェステラさんは、そのまま軽く頭を下げて申し訳なさを表した。
「ここで新キャラかよ」
挙げられた名の意味を理解して息を呑む者が半分、訳が分かっていないのが半分ってところか。
そしてクラスメイトの総意みたいなツッコミを入れたのは、我らがオタクリーダーの
ラハイド侯爵夫妻。王国北部最大の貴族で、ラハイダラ迷宮の管理運営を担っている家だ。
今回のクーデターでは中立派を装って女王様に付いたが、状況次第では帝国におもねる可能性もあったとかなんとか。そういう世渡りができるだけの自信があるということだろう。
侯爵ご本人も十分に偉い人だけど、問題は奥さんの方だ。
ベルサリア・ハィリ・レムト=ラハイド。元王国第二王女で、女王様の姉に当たる人。女王様から軽くは聞かされているが、曲者な匂いしかしないというのが俺たちの感想となる。
明日が女王様の戴冠式なのだから、今のタイミングで王城に来ているのは当たり前といえば当たり前なのだが。
で、勇者との面会を求め、女王様はそれを認めている。しかも自分が不在でもときた。
果たして女王様が弱いのか、それともお姉さんが強いのか。
どちらにしても勇者をどうのこうのしようとする人間を、あの女王様が離宮に入れるわけがない。
「ラハイド侯御夫妻は一昨日、王城に入られました。わたくしと陛下が迷宮の初日に参加できなかった理由のひとつです」
「なるほど。お出迎えは大切ですよね」
険しい表情のままでアヴェステラさんが状況を説明すれば、こういうのを担当する委員長がソツなく合いの手を入れる。
「ある程度は人となりについて聞いてますけど、もう少し詳しくお願い出来ますか?」
そしてキッチリと探りを入れるのが委員長の立派なところだ。
「……元第二王女ベルサリア様は、一言で言えば苛烈な方です。女王陛下の五歳上で、五年前まではアウローニヤの巫女として活動なされていました」
「そのあたりは聞いています。たしか【魔力凝縮】を使えたとか、でしたよね」
「はい」
会話の主導は自然とアヴェステラさんと委員長の対峙になっている。
元第二王女は【魔力定着】と【魔力凝縮】を持った、先代アウローニヤの巫女だった。
『紅天』団長のミルーマさんが専属護衛だったことを誇らしく語っていたけど、アヴェステラさんはその人を苛烈と表現する。まあ、苛烈な人をミルーマさんが信奉していたとしても、とくに矛盾はないのか。
「侯爵……、様は、どんな人なんですか?」
「……温厚で当たりの良い人です。表面上は、ですが」
どうやら旦那さん、というかラハイド侯爵本人はタヌキみたいな人らしい。
委員長の笑みが、どんどん作り物に変わっていくのが見えてしまう。それでも応対できているあたりが、さすが俺たちの委員長だ。頑張ってくれ。
「ああ、はい。わかりました。けれど僕たちをどうにかしようという話ではないんですよね」
「それはもちろんです。むしろベルサリア様は陛下とその、とても仲が良く……、気が合うと申しますか」
女王様も十分怪物なのだけど、ここにきて二体目とか聞いてないんだけど。
ああ、できれば侯爵夫妻との会話も全部委員長に任せたいなあ。
「御夫妻は勇者のみなさんとお会いして話しをしてみたいとだけ。見届けるという意味ではミルーマと似ているかもしれません」
「明後日には王城を離れる僕たちを見届ける、ですか」
「はい。警戒は無用だと陛下は判断されております」
「断る理由は思いつきますが、女王陛下の顔を潰すわけにはいきませんよね」
「アイシロさんお気遣いには感謝の言葉もありません。訪問時刻は六刻半ということでお願いいたします」
自然とアヴェステラさんと委員長はお互いに苦笑を交わし合っていた。なにかを乗り越えた戦友みたいなノリだな。
「悪いけど昼の準備は上杉さんと佩丘に任せていいかな?」
「はい」
「仕方ねぇな」
苦笑を浮かべたままの委員長は昼の準備をウチの料理番にぶん投げることにしたようだ。侯爵夫妻に怒られない体裁だけは整えておいてほしい、と。
適材適所というわけだな。
とはいえ食事の席では一緒になるのだから、俺たちの誰にお声がかかるかもわからない。
なんだか俺とか綿原さんが狙われそうな予感がひしひしとするのだけど。
「じゃあ僕たちはお客さんを迎える前に一仕事だ。気持ちよく応対できるように、ヴァフターさんたちの説得を上手く仕上げよう」
メガネのフレームに指を乗せてレンズを光らせた委員長が、お仕事の時間だとばかりに宣言してみせる。
やっぱりカッコいいな。俺もメガネが欲しくなってきたよ。
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