第377話 由緒正しい勧誘




「で、これはどういう茶番なんだ?」


「三度目の勧誘です」


 ヴァフターの声には呆れというより抑えきれない怒りが混じっていて、答える藍城あいしろ委員長はどこか申し訳なさそうだ。


 一年一組一同が敢然と席を立ち、退室してから一分。俺たちは堂々と入室し、元通りの席についていた。

 これには事前に聞かされていたガラリエさんたちアウローニヤ勢も呆れ顔を隠せない。


 あんまり待たせたら悪いじゃないかという、純真な奉谷ほうたにさんの意見を採用したからこその間の悪さだ。このあとのスケジュールが詰まっているのも悪い。

 せめて十分くらい時間を掛けておけば、俺たちが外でなにか相談でもしてきたのかと思わせられたかもしれないのに。


「意味がわからないんだが」


「さ、三回目の勧誘なんです」


 委員長の声は震えていた。


 どうしてこうなったのか。



 ◇◇◇



『なにか困ったことがあった時は、この袋の中を見てください』


 俺たちが離宮を出る直前に上杉さんから緑色の小さな巾着袋を手渡され、廊下を歩きだしてから一分もしないうちに奉谷さんがそれを開封してしまったのがコトの発端だ。


 奉谷さん曰く、困るより前に見ておいた方がずっと安全じゃないか、と。

 正論すぎて反論に苦しんだ俺たちは、奉谷さんだから仕方がないということで全員が納得することにした。


 いかな聖女な上杉さんの指令であっても、御使いたる奉谷さんがそうしてしまったのだ。これはもう地上界ではなく天界案件であるということだな。ちっぽけな俺にはどうしようもないんだよ。


 で、袋の中に入っていた紙切れに書かれていたのは──。



「僕たちのいた世界、つまり勇者の故郷にはこんな故事があるんです」


 大きく息を吐いて意を決した委員長は、テーブルに両肘を突き、鼻の下あたりで手を組ませて口元に笑みを浮かばせるという、どこかで見たようなポーズを取った。おまけにトレードマークのメガネを光らせるという念の入れようだ。


「『三顧の礼』。賢人を勧誘する際のしきたりです。その人の才を見込んだならば、こちらの方が格上の立場であっても、無礼に断られたとしても──」


「ちょっと待て。俺は無礼に断ってないし、意味不明な言葉を使われても困る。そもそも三度目ってなんだ?」


「一度目は、そう、六日前」


「ああ、それはわかった。女王陛下の警護依頼が一回目だな。たしかにそれはわかったよ」


「理解が早くて助かります」


 ハンカチがあれば額の汗を拭うだろう委員長が、それでも薄ら笑いを浮かべながら交渉を続けている。やっぱり委員長は凄いな。俺ならここまで取り繕うことなんてできそうにない。


 それもこれも、上杉さんのネタみたいな腹案を奉谷さんがかき回して、それに委員長がアレンジを加えたのが原因だ。整合性ってなんなんだろうな。

 なんでこんな面倒なやり方に自ら足を踏み入れてしまったのか。



「けれど、これは二回目だろ?」


「僕らはさっき一度挨拶し、立ち去ったじゃないですか」


「お前、なに言ってる──」


「これが三度目なんです」


 もはや委員長の言葉は詭弁にしか聞こえていないだろう。


 やられた側が俺ならそう思う。二回目と三回目のあいだが一分なんていう超高速三顧の礼など、むしろ相手を愚弄しているんじゃないかと思うくらいだ。

 それでも委員長は負けていない。


「いいですか。よく聞いてください。この『三顧の礼』というのは千八百年も前から伝わる、勇者の世界でも最上級に礼を尽くした勧誘なんですよ」


「『さん・このれー』」


 繰り返した委員長の言葉をヴァフターがこちらのイントネーションで呟き返す。こんな茶番にどんな意味があるのかと、あちらもついに耳を傾ける気になったようだ。

 もちろん『三顧の礼』は日本語で発音されていた。フィルド語でも十分に翻訳可能な言葉なのだけど、そこはミステリアスでオリエンタルなムードを持たせるためにワザと。


 さて、外見だけなら大雑把にも見えるヴァフターだけど、ここまでの会話でわかったとおり、理不尽でもないし損得勘定ができるタイプだ。ここは勇者の奇行に付き合い、意味するところを見届けてみせようという姿勢となっている。正直助かるよ、心の底から。



 上杉さん的にあの巾着にいれたメモは、ヴァフターたちに断られた場合におけるもしもの保険だったのだろう。なぜ袋に入れていたのかは不明だが、そのあたりは上杉さんなりのこだわりなのかもしれない。


 で、それを見た俺たちはこの会談に臨む前、廊下を歩きながら簡単な打ち合わせをした。というか委員長が妙なアレンジを思いついてしまったのだ。

 ヴァフターとの折衝が不調に終わった場合、一度仕切り直して三回目の面談に臨み、三顧の礼という単語を武器に戦ってみては、程度の作戦。それが本来あった上杉さんの真意だろう。


 こういうチョイスを提案してくるあたりがさすが歴女、上杉さんの面目躍如だな。とはいえ三顧の礼くらいなら、さすがの俺も知っている。ゲームもやったことあるし。

 ともあれ、ヴァフターにすげなく断られた俺たちは、それでも諦めずに三度目の説得に当たるという方針に出た。


 ぜんぜんすげなくもないし、むしろ前向きだったけど、そこはそれ。こちらに話が振られた段階で速攻離席する。アレこそが委員長のアイデアだ。


 ついでに言うと、せっかく上杉さんから授かった策なので使ってみたかったというのもある。感覚的にはこっちがメインだな。

 俺たちはいつでも真面目にネタをぶっこむのだ。



 ただ問題だったのは時間がもったいないと、中途をすっぽかしたこの状況だ。だってこのあとラハイド侯爵夫妻との会食が待っているのだから仕方がないじゃないか。


 けれどこれ、むしろ相手を挑発したようなノリになっていないか?


「僕たちの思いつく限り、最大限の礼節なんです。若い僕たちはこちらの世界どころか、元の世界でもここまでしたことはありません。ヴァフターさんとマルライさんに誠意を伝えるのには、ここまでする必要があると、僕たちはそう判断しました」


 委員長のデマカセが冴えわたる。ウチの委員長はどこぞの物語に出てくるような真っすぐ正義系勇者リーダーキャラではないのだよ。


 そもそもヴァフターが変な最終確認をしてくるのが悪いのだ。

 せっかく女王様が用意してくれた美味しい仕事なのだから、喜び勇んで飛びつけばいいものを。


 ならばいくらでも本当を混ぜた壮大な嘘、またの名を一年一組風異世界知識チートでヴァフターたちを叩き潰してやろうじゃないか。もちろん委員長が。

 この場に上杉さんを招くことができなかったのが残念でならないな。



「これ以外の礼となると、二千二百年前にあったとされる夜中のうちから橋のたもとで待ち伏せるのとか、三千年くらい前に魚釣りをしている偉人のうしろでずっと待っていたとか、そういうのもありますけど」


「怖えよ。ただの伏兵じゃねぇか。それとお前らの国ってどれだけ歴史長いんだよ」


 全部お隣の国の話なのだけど、故事から得られる精神的なサムシングは万国共通ってことで。


「近年だと領地収入の半分を渡して部下になってもらうなんていうのもありますね。四百年くらい前の話です」


 委員長が開き直ったようにウンチクを垂れ流していくが、最後のそれ、俺は知らないヤツだ。


 だがしかし、ヴァフターとついでにマルライは委員長の語る勇者世界における歴史の重みに気圧されている。

 先生が男爵になった時にも使った、『日本では』という中途半端なデマカセが生きてくる状況だ。


「いいですか、ヴァフターさん。僕たち勇者はそれくらいあなたたちに期待をしているということです」


「アイシロ、お前まさか……」


「もちろん今回の件については、アヴェステラさんを通じて女王陛下に伝わるでしょうね。いえ、僕たちから直々でも。そして証拠も残しましょう。僕たちがヴァフターさんたちに礼を尽くしたという」


 ヒストリカルな空気が残されているうちに、委員長は釘を刺しにいった。

 勇者が古来伝わる礼儀作法でもってお前たちを勧誘したんだ。まさか断ったりはしないだろうな、と。


 俺たちは正義を気取るつもりはないが、だからといって悪堕ちしたいわけではない。コレにしたところで、どう考えてもヴァフター向きの美味しい仕事であるし、事実、さっきまでは受けてもいいという雰囲気になっていたのだからな。


 ヴァフターにはこの仕事を受け持ってもらう。



 だけどそれで達成される目標は半分以下だ。


 俺たちの成し遂げておきたいことはもうひとつ、むしろこちらが本命なのだが、ヴァフターたち元近衛騎士が、ガラリエさんやヘピーニムさんを舐めてかかるのを防ぐという任務がある。


 当初の予定では綿原さんがサメで恫喝し、奉谷さんが癒しパワーを使って、そして──。


「奉谷さん、アレを」


「うんっ」


 委員長に促され、奉谷さんが自らの鞄から取り出されたのは一枚の羊皮紙だった。上杉メモとは別口で。


 そこには奉谷さん直筆の可愛らしい字で、勇者たちがヴァフターたちを推薦するという旨がフィルド語でつらつらと書かれている。ついでに、ここにいる日本人五人の名が、フィルド語と漢字の両方でサインされていたりもするのだ。あらかじめ作っておいたんだよ。


「僕たちは最初からヴァフターさんとマルライさんを信じていましたよ。だから事前に準備しておいたんです」


 いけしゃしゃあという単語を体現したかのように、委員長が爽やかな笑みを浮かべている。楽しそうだなあ。


 ちなみにこの書類だがアウローニヤの法的にはなんの拘束力も持たないし、なんなら誰が隊長でも絶対服従しろなどとも書かれていない。

 ただ勇者がヴァフターたちを信じるとだけ記載されているのだ。


「では、わたしから」


 扉の付近に控えていた滝沢たきざわ先生がつかつかとこちらに歩み寄り、そのまま自分の親指に噛み傷を入れた。ブチりというニブい音と共に床に血がしたたり落ち、そして小さなサメとなって浮かび上がる。


「こちらにも血判という文化はあるそうですね」


 口元をニチャっと歪ませた綿原さんがサメを操り、先生の名前がサインされた箇所に落着させるとともに、自分もまた指に噛み付いた。


 ホラーだよ、これ。俺もやるんだよなあ、ここから。



 綿原さんに続き、委員長、俺、最後に奉谷さんも指を嚙み、全員の血判が終了した。指紋が重要というよりかは、サメを介するというビジュアルに重点が置かれていたのがポイントだな。

 それと御使いと呼ばれるロリっ娘が可愛い顔をして指を噛み、血を流すシーンもなかなか。


 一連の工程のあいだ、ガラリエさんやアヴェステラさんは神妙に、ベスティさんは楽しそうにしていたけれど、残る三人のアウローニヤ人はドン引きだ。ヒルロッドさんはこっち側なのに、なんでヴァフターサイドになっているのかな。


「じゃあ、はい。アヴェステラさん、女王様にちゃんと渡してあげてください」


「はい。間違いなく」


 無理やり重たい空気感を持たせた儀式だったのに、奉谷さんは羊皮紙を気軽にヒラヒラさせてヴァフターたちに見せつけてから、元気な声と共にアヴェステラさんに手渡した。

 仰々しく受け取るアヴェステラさんとのギャップが酷すぎて、それがイベントをバグらせている。重いんだか軽いんだか。


 だがその書面が歴史的価値を持つであろうことを、俺たちは知っている。

 なにせ勇者の直筆にして血判入りだ。宛名は女王陛下というのもあって、アウローニヤの価値観では国宝クラスになるんじゃないかな。


 その割にはサイン入りのイラストとか、色紙とかをポンポン配っていたりもするのが今代勇者なのだけど。



「最後にこれだけは覚えておいてください。ガラリエさんもベスティさんもわたしたちの大切な仲間で、シャルフォさんも戦友です」


 あえて奉谷さんからの【聖術】を受けずに指先から血を滴らせたままの綿原さんが、ヴァフターとマルライに言い放つ。【痛覚軽減】万歳だな。


 繰り返しになるが、俺たち的には勧誘そのものよりもこっちの方が重要だったりするのだ。徹底しての釘刺し。


「元男爵だか騎士団長だか知りませんが、彼女たちの顔を潰したら俺たちが許しません。俺の目はどこからでもあなたたちを見通して──」


「サメはいつでもそこにいます」


 ここまで全然セリフの無かった俺だけど、いちおう何かやっておけとは言われていたので、ここで綿原さんに乗っかっておく。

 俺の言葉に続いた綿原さんもノリノリだな。


 どこまでが芝居でどこからガチなのか、ヴァフターたちは判断に苦しんでいるようだけど、知ったことではない。


 これにて本当に最後の要素、俺たちがスッキリできたかどうかも達成された。個人的感想としては、ざまあみろだ。


 さあ、お仕事完了かな。離宮に戻ってからの報告が今から楽しみだ。



 ◇◇◇



「なあガラリエ、新しい部隊ってのは、勇者のこういうのも引き継がなきゃならないのか?」


「わたしはそのつもりです」


「まいった。ガラリエ、アンタが隊長だ。認めるよ。どうせ俺は宰相閣下なんていう外れクジを引くような、持ってない人間だからな」


「持っているではないですか。今ここにいることを心から喜んでください」


「完敗だよ」


 疲れた顔のヴァフターがガラリエさんにグチっぽく言葉を掛けているが、ガラリエさんはサラリと答えてのけている。


 ガラリエさんも腹が決まっていたんだろう。十三番階段で見せていた動揺はすでに見当たらない。



「……とりあえず騎士を二分隊。ヴァフターさんは騎士隊のまとめ役です。合計十三名、お願いできますか?」


 ガラリエさんが具体的な数字を持ち出す。


 とりあえず第一弾として揃えておきたい騎士の数だ。

 新部隊はガラリエさんとベスティさんをトップに据えて、シャルフォさんたちヘピーニム隊を迎え入れればそれだけで二十人を超える。そこに術師たちを入れれば多分三十人以上。初手から『緑山』よりも大きな部隊となるのだ。


 個々に勇者ほどの強さと連携が見込めないのならば、人数でカバーする。考え自体は悪い方向性ではないだろう。

 そして部隊を護る騎士たちは、十二階位や十三階位を誇るヴァフターたちバークマット隊とマルライのファイベル隊から選抜されるのだ。


「マルライ、いいか?」


「はい。むしろポウテルなどは喜ぶでしょうね」


 どこかスッキリした顔で確認を取るヴァフターに、こちらも納得した様子のマルライがポウテルの名を出した。


 近衛騎士総長との戦いの最中、大怪我をして上杉さんから【聖導術】を受けていた人だな。あの戦いでは最後の場面で敵の気を引くという大仕事を果たしてくれた人でもある。

 聖女シンパとかになったのだろうか。



「そもそも俺は受けるつもりだったんだよ。お前らには最後の一押しっていうか、納得の言葉がほしかったんだ。まさか脅しつけられるとは思っていなかったがな」


「それはすみませんでした」


 会談もいよいよ終盤となったところでため息交じりにヴァフターがグチり、なんてことはない風に委員長は返す。


 そりゃまあ女王様のお墨付きが出た部隊に入るなんて名誉を蹴ってまで、ペルメッダにまで落ち延びるなんていうのはナシだよな。

 結果としては茶番であるが、一年一組は大マジでソレをするのが流儀だ。なので俺としては大満足だし、昨日の黒い気持ちがどんどんと白くなっている実感もある。


 普段の楽しいノリが心を癒す一番の薬ってか。



「ああそうだ、マナは元気でやってるかい?」


 唐突にヴァフターから出された筋トレマニアのクラスメイト、馬那まなの名に、俺たちは揃って頷く。


「アイツには命を救われた。改めて礼を言っておいてほしい」


「……伝えておきます。彼も喜びますよ」


 いきなり神妙な様子になったヴァフターの言葉には実感が込められていて、だから委員長もマジメ顔でメガネを光らせもせずに答える。


 総長との戦いで【岩騎士】の馬那は、ヴァフターのことを庇って腕を斬られた。

 ちゃんと覚えていて、お礼も言える義理を持っているということか。


 何度も思ってしまうのだけど、なんで一時期でも宰相と結託したのかなあ。


「お前らの命を狙った俺が、その仲間に命を救われたんだ。バカみたいな話だろ。だけどマナはそれをやった」


 嬉しそうに語るヴァフターの言葉に、聞いているこちらが誇らしくなってしまう。


 やったな馬那。もしかしたら今回の勧誘劇、舞台にも立っていないお前が主役だったのかもしれないぞ。


「女王陛下の配慮は十分に感じた。お前らの茶番も楽しかったぞ。それでも一番の理由はな、マナの性根を継げるって部分だ。俺たちは騎士職だからな。マナにはそれを思い出させてもらった」


「アイツ、連れてきた方がよかったですか?」


 とことん馬那を持ち上げるヴァフターに、思わず俺はいまさらなことを聞いてしまった。


「はっ、マナはこういうのが苦手なんだろう? 役割分担が当たり前で、この場は小賢しいくらいのが選ばれた。それが『緑山』だと俺は理解したんだが」


「それ、半分くらいしか正解してません」


 わかったような口を利くヴァフターに、俺は堂々と言い返してやる。


 まだまだだよ、ヴァフター。意味を知っているガラリエさんたちなどは、暴言を聞かされて剣呑な目になっているぞ?


「奉谷さんだけは、小賢しいから真逆です」


「もう、八津やづくん。ボクだってねぇ──」


 俺の答え合わせに奉谷さんが抗議の声を上げて、周りの皆が笑い、ヴァフターとマルライは小さく肩を竦めることで、ここに勧誘は完遂された。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る