第174話 見えてくる目的地




「で、なに取ったよ?」


「【視野拡大】だ【視覚強化】が出てればな」


「頼りにしてるぜ、【重騎士】さまよ」


「うるせえよ」


 地上への帰り道、一層の通路を一年一組一同は歩いている。

 七階位になった【重騎士】の佩丘は【視野拡大】を取ったようだ。仲のいい海藤かいとうが気軽に茶化しているが、頼りになる盾役なのは間違いない。ついでに料理人としても。



 初の三層チャレンジになった一年一組は全員の六階位を達成し、そしてなんと十名もの七階位が誕生してしまった。最初の予定では最低三人、できれば五人から七人くらいだといいな、だったのだが。思い返してみると二層の後半で七階位レースが始まったあたりからがなあ。

 なぜかシシルノさんまで七階位を達成していたし。


 こうなると全員の七階位と先生やミアあたりの八階位も見えてくる。それこそ次回あたりの迷宮で。

 ソレの意味するところは、新騎士団の創設だ。


 最初にその話が出てきたのは、たしか一回目の迷宮で【聖術師】のパードがやらかしてくれた事件に関連してだったと思う。その頃は七階位なんていう条件など、いつになったら達成できるかもわからない、スタートしたばかりのマラソンみたいな感覚だったのに。

 最初の迷宮から今回の五回目までで、大体三十日くらい。まさかひと月でここまで来れるとは思ってもいなかった。



「この国には申し訳ないけど、もうちょっと異常には続いてもらいたいな」


「そうね。せめて騎士団ができるまでは、かしら」


「同じこと考えてたか」


 横を歩く綿原わたはらさんが俺の呟きを拾ってくれた。どうやら彼女も七階位の意味を忘れていなかったようだ。


 地上まで同行しようと言ってくれたキャルシヤさんたちはシシルノさんとなにかを話しながらだいぶ前の方を歩いている。こちらの小声はさすがに聞こえたりはしていないだろう。

 勇者が騎士団を作るという話がどこまでおおやけになっているのか俺たちは知らない。近衛騎士総長は知っていてそれのせいで襲い掛かられたわけだから、総長や宰相、軍務卿あたりは間違いないだろう。たぶんケスリャー第六騎士団長は聞かされているだろうし、もしかしたら王都軍団長あたりもかな。



「いやあ、これでわたしも胸を張って迷宮騎士団に入ることができるよ。七階位だからね」


 そんな俺と綿原さんの気配りは、前の方から聞こえてきたシシルノさんの大きな声で無意味になった。


「所長が許すわけがないだろう。軍務卿もだ。そもそも出向ということで話が──」


 どうやらキャルシヤさんは知っていたらしい。


八津やづ、綿原さん。この国にその手の期待はしない方がいいと思うよ」


 心持ち肩を落とした俺と綿原さんに苦笑いを向けてきたのは藍城あいしろ委員長だ。


「とくに『勇者ネタ』は諦めたほうがいい。ほら、パード男爵の件を思い出せば」


「【聖術師】のおじさんね。勇者の情報を売っていたとか、そういうのもあったわね」


 委員長が直接被害を受けた件か。そういえばと、綿原さんはため息を吐く。


「僕としてもどこからどこまでを知られているかなんて、予想もできないよ」


 綿原さんに合わせるように委員長までため息だ。


「高一には要らない気苦労だよな、これって」


 そして俺まで。



「だからといってベラベラ話すわけにもいかない。八津と綿原さんも、危ないと思ったら僕に振ってくれていいからね」


「心から感謝だよ、委員長」


「さすがは委員長ね」


 俺の中で委員長の株が爆上がりだ。綿原さんも彼女にしては珍しく、ストレートに賞賛を送っている。


「二人は迷宮委員に集中してくれればいいよ。僕としても、本当に助かっているから」


 こういうところが委員長の上手な部分だ。役割を振った相手を気遣うことを忘れない。

 大人の世界なら心の中は怪しいかもしれない。嘘やおべっかを混ぜたことだって言うだろう。こういうのは俺のうがった見方かな。

 けれどウチの委員長は違うと確信できている。ただ本当のコトを言うだけで、そこに大袈裟ななにかを混ぜたりしないからかな。



「わたしが戦いや訓練の指導に集中できてるのもね。ね、なぎちゃん」


「ちょっとりん


 さらに横からひょっこり入り込んできた中宮なかみや副委員長が、綿原さんの顔を覗き込むようにする。綿原さんの頬が微妙に赤いところが眼福だ。いい仕事だぞ【観察】よ。


 クラスの風紀委員的立場の中宮さんだが、一年一組は抜くところは抜くけれど締めるべき場面ではちゃんとしてくれる。彼女が注意しなくても笹見ささみさんや上杉うえすぎさん、意外なところではチャラ系のひきさんがそれぞれの言葉で引き締めをやってくれるからな。


 そんなわけで中宮さんは、すっかり俺たちの武術師範に納まっているのが現状だ。厳しいんだよな、ウチの師匠は。

 各人の持っている技能をキッチリ把握しているものだから、はるさんや海藤と組んで、それを勘定にいれたトレーニングメニューまで作り始めたくらいだ。切実に【身体操作】が欲しい。



「さあて、戻ったら迷宮委員も終わりだし、今日はジンギスカンだし」


「報告書とかあるんじゃないかしら」


「そんなのは明日よ、明日」


 綿原さんが嬉しそうに夕食を語れば、中宮さんは真面目なことを言う。お堅い中宮さんと緩急が効く綿原さんの対比だな。

 ちなみにクラスの【身体強化】持ちが手分けをして羊の肉を運んでいる。量が量だけにクラス全員でも楽勝で余るだろうから、冷凍保存か王国にお裾分けかは地上に戻ってからだ。今夜はジンギスカンで確定しているし、綿原さんならずとも全員が楽しみにしている。

 冒険の打ち上げでジンギスカンとか、最強だな。



「最後の登りだ。あと少し」


 委員長の言葉のうしろには最後まで気を抜かずと続くのかもしれないが、地上への階段は魔獣の出てこない、いわゆる安地だ。階段に踏み込んでしまえばすでに……、なんていうフラグを考えたらダメだな。階段でコケるなんていうのもあるかもだし。


「そもそも一層で俺たちに対処できない魔獣なんて出てきたら、もうなんでもアリになるぞ」


「そうなんだろうけどね」


 俺の言葉に委員長が肩をすくめるが、横を歩く中宮さんはまったく慢心していない。

 二層から一層に戻った段階で俺たちの無事はほぼ確定しているのだが、そういうところが中宮さんらしさだ。というか中宮さんのモードがわかるようになってきている俺も俺か。


 なんだかんだでクラスメイトが何を考えているのか、そういうのが雰囲気でわかるようになってきて、それを嬉しく思う俺がいたりするのだ。



 ◇◇◇



「簡単な報告はわたしがやっておくとするよ。君たちは離宮で休んでくれればいい」


「ありがとうございます!」


 地上というか王城内の『召喚の間』まで戻ってきた一年一組に、シシルノさんが上機嫌な言葉をくれた。これにはもう、クラス全員が大声でお礼だ。とくに俺と綿原さんは、だな。


「詳細を書いてもらうことになるだろうが、それは明日以降だね」


「はい!」


 それでもやはり報告書は要るだろう。俺たち目線で情報が変わることもあるだろうから、仕方ないのはわかっている。白石しらいしさんたちに頼るとしよう。


「それじゃ行こうか、アヴィ」


「みなさん、二日に渡る迷宮調査、お疲れさまでした。アウローニヤを代表して──」


「ほらほら、長々やっても仕方ないだろう。あとは任せたよ、ミームス卿」


「ちょっと、シシィ」


 アヴェステラさんとヒルロッドさんは『召喚の間』で俺たちを待ってくれていた。なのに挨拶もそこそこでアヴェステラさんはシシルノさんに連行されてしまう。なんだかなあ。


「アヴェステラさん、待っててくれてありがとうございました!」


「したー!」


 なので委員長の声に合わせてクラス一同は頭を下げた。感謝の心大事だから。

 チラリと振り向いたアヴェステラさんが軽く笑ってくれたから、今日のところはこれでいいだろう。すっかり夕食の時間になっていることだし、とっとと離宮に戻りたい。



「繰り返しになるが、勇者たちの助力に感謝している。機会があれば、また共に戦いたいと思うほどだ」


 シシルノさんとアヴェステラさんのやり取りを横で見ていたキャルシヤさんが軽く頭を下げると、『蒼雷』の騎士たちもそれに倣う。それを見た俺たちが同じように頭を下げてしまうのは、いかにも日本人的だな。


「第七……、いや、新騎士団の活躍に期待している。では、我々はここで」


 そう言い残したキャルシヤさんはシシルノさんたちの後を追うように立ち去って行った。新騎士団、か。



 これで見張りを除けばこの場に残ったのは一年一組とメイドさんたち、そしてヒルロッドさんだけだ。やっと離宮に帰ることができる。いつの間にか、完全なホームになってしまったな。


「あの、ヒルロッドさん、いいすか」


「どうしたカイトウ」


「三層の魔獣と戦ったすけど、感想やら意見が欲しいす」


 海藤がやたらと前向きなコトを言っているが、七階位になってアガっているのかもしれない。

 階位が上がれば強くなれて技能も取れる。できることが多くなるわけだから、それをうまく使いこなしたいと思うのは当たり前だ。


 こういうところがこの世界の、そして迷宮システムのズルさだと思う。

 こちらの人たちが階位や神授職をどう思っているかはそれぞれだろうけれど、俺たち日本人からしてみれば、ゲームをやっているような感覚になっても仕方ないだろう。

 返り血を浴びて、痛い目に遭っても、それでもどこかワクワクしてしまうような感情は御しにくい。


 最初に古韮と俺が言って、それに先生も賛同してくれて、事あるごとにみんなが唱える言葉。


『これはゲームじゃない』


『だけどいいとこ取りはしていこう』


 ウチのクラスには諫めてくれる連中がいくらでもいるから大丈夫か。とくに中宮さんあたり。

 さて、今の海藤はちゃんと理解できているのかどうか。



 ◇◇◇



「大丸太はね、君たちのやり方なら片側の足だけを狙うようにするといい。できれば中央部が理想かな」


「あ、なるほど」


 ヒルロッドさんのアドバイスに春さんが頷いた。


 普段と違って食堂でテーブルを挟んでの会話になるが、今日は食事をしながらの授業だ。

 メニューはもちろんジンギスカン。時間的にも凝ったモノは作りにくかったので、簡単なスープとパンはあるけれど、メインは羊肉だ。それとタマネギ。こちらのモヤシはあまり人気がないので少なめになっている。


 急いで風呂に入った俺たちは、自前で肉を焼きながらヒルロッドさんと話し込んでいた。


 もちろん事前に三層の魔獣については勉強していたが、実際に戦ってみてからでないと見えてこない部分がある。

 とくにヒルロッドさんたちの戦い方は近衛騎士風だ。それに対して一年一組なりのやり方がある。実戦を経験した上でこうしてすり合わせていくことで、安全と効率を上げていくのが大切だ。


「たしかに床を凍らせるのは有効だな。君たちこその強さだ」


「え、えへへ」


『氷床』を褒めてもらった深山みやまさんが照れている。

 こんな感じで、騎士だけではできない戦い方を俺たちがやってしまうことも多いのだ。



「……タキザワ先生とナカミヤは七階位だね。調子はどうかな?」


 話題は物騒なのに穏やかな空気の会話をしながらの食事も終わろうかという頃になって、ヒルロッドさんがちょっとだけ間をおいて口を開いた。


「……わたしは【視覚強化】です。悪くないと感じてますけど」


 なぜその二人を名指しするのかというのが気になるが、推し量るように黙る先生に対して、中宮さんは無難な返事をする。

 けれどヒルロッドさんが聞きたいのは、たぶんそういうことではない。纏う空気がそう言っている気がする。


「わたしは……、そうですね。まだ『振り回されている』かもしれません」


 先生の言葉は決定的だった。

 このタイミングでお互いに踏み込むのか。先生はヒルロッドさんになにを見た?



「アーケラ、ベスティ、ガラリエ。俺はここからの会話を報告しない。君たちは好きにするといい」


 あえて上の名でメイドさんたちの呼ぶヒルロッドさんは、もはや隠す気もないのだろう。ヤバい会話を続けようとしている。


「わたくしは、そうですね、耳を塞ぎましょう」


 そんなことを言いだすアーケラさんもヤバい。


 俺たちだってわかっている。勇者担当の六人にはそれぞれ『上司』がいて、常に俺たちを見張っていることくらいは。そんな人たちが報告をしない?


「いいね。こんな面白そうな話は、タダでは広められないな」


「まあ、騎士としてそこまで言われてしまうと」


 ベスティさんとガラリエさんまで乗っかった。

 口では何とでも言える。だけどこの人たちがこんなことを言ってまで、手のひらを反すようなマネをするなんて、ありえるのだろうか。


 少なくとも俺は、そういう風に思ってしまうくらいヒルロッドさんやメイドさんたちを信じてしまっていた。

 クラスのみんなも似たような感じなのだろう。だからこそ状況がつかめずオロオロとしているヤツもいる。とくに藤永ふじなが、お前だ。



「お気持ちはありがたく。どうぞ続けてください。お答えできる範囲でなら、そうしましょう」


 先生の目はすでに座っていた。

 ついでに中宮さんの眼光が怖すぎる。


 せっかく迷宮から無事に戻ってこれた日の夜なのに、なんでこんな空気になっているのだろう。


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