第173話 相性のいい相手




「くっあっ!」


【風騎士】野来のきの構えた大盾がドゴンと大きな音を立てて上の方に弾かれた。


「しゃうっ! よくやったわ、野来くん」


「へへっ。僕だってねっ」


 野来自身はうしろ側に転がされそうになったが、突進してきた『羊』の足は止まっている。理想的な展開だからこそ、そこにすかさず【豪剣士】の中宮なかみやさんの木刀が割り込めた。

 最初から急所に一撃とは考えていなかったのだろう中宮さんの一閃は、羊の足を膝の部分で完全に叩き折って、敵をその場で転倒させてしまう。完璧だ。


「えいっ!」


 横たわる羊にムチを叩き込んだのは、もちろん【裂鞭士】のひきさん。

 胴体にムチを巻き付けて相手の魔力を妨害しながら、左手に短剣を持った彼女はそのまま体当たりをするように羊の腹に飛び込んだ。


 そここそが【四脚二頭羊】の急所になる。四足歩行をする羊の腹が弱点というのはとても自然でありつつ、なんとも憎らしい。普段の体高が一メートルもないから、腹の下に滑り込むでもしない限り狙いにくい場所なのだ。ムリをして飛び込めば足で蹴られるか、頭の角が待っている。コカすのが前提になるということだ。



「ほーら、アタシにかかれば一発!」


 現時点において一年一組で誰が『短剣』の扱いを得意としているかと問えば、満場一致でミアと疋さんになるだろう。これが『包丁』なら料理番の上杉うえすぎさんや佩丘はきおかの名前が挙がるだろうが、こと戦闘の決着を短剣頼りにしている俺たちの中で、トドメを刺すこと自体が上手いのはミアと疋さんだ。


 もちろん先生なら素手だし、中宮さんや春さんならメイスでトドメまでもっていく。騎士組や【剛擲士】の海藤かいとうもそろそろだろう。

 それでも短剣を扱わせれば、疋さんに軍配が上がる。器用さの権化だな。【忍術士】の草間くさまは【身体操作】を取っていないせいか、そもそもの手先の問題か、あまり上手な方ではない。クリティカルが苦手な忍者とか、ちょっと。


 要は急所に飛び込めるシチュエーションさえ作れれば、疋さんのキル率は非常に高いということだ。手際がいいともいえる。

 弓矢で良し、短剣とナイフでも良しという暴れん坊エルフは別枠扱いで。



「やっぱり朝顔あさがおは、なるべくして鞭使いだったってことね」


「なにさなぎ。アンタこそじゃない」


「まあね」


 俺と似たようなことを思ったのか、綿原さんが疋さんを褒め称えた。褒めたんだよな?

 ムチなんていう特殊な武器を扱えるクラスメイトなど、今となっては疋さん以外には思い浮かばない。脳内のミア、そこで笑うのはよせ。


「ねー八津やづ。この羊なんだけどさぁ──」


 俺の方に向き直った疋さんがニヤリと笑う。チャラ子っぽい茶髪の彼女によく似合う、不敵な笑みだ。



「わたしたちと相性がいい!」


 そんな疋さんのセリフを奪うように、綿原さんの声が轟いた。


 もう一頭の羊は【霧騎士】の古韮ふるにらが受け止め、そこにメイスをブチこんだのは、動ける【鮫術師】綿原さんだ。さすがに彼女の一撃だけでは転ばせるところまではいかないのだが──。


「えいやっ!」


 滑り込むように低い姿勢でメイスを振るったのは【嵐剣士】のはるさん。

 さすがに二本の足をヤラれれば、魔獣だって転ぶに決まっている。


藤永ふじなが!」


「は、はいっす!」


 やるべきことをやり遂げた春さんが指名をしたのは【雷術師】の藤永だった。ガッツリした命令口調には有無を言わせない迫力がある。


 いくらビビりの藤永でもずっと修羅場を潜ってきたのだ。こういう状況での躊躇が厳禁なのは身に染みている。ほとんど反射みたいな行動で、疋さんがやったのと同じように羊の腹に短剣を突き刺した。



「やったっす! 俺でもやれたっす!」


 藤永とて【身体強化】持ちだ。疋さんほど手際が良くなくても、時間さえかければトドメは刺せる。

 この事実こそが、疋さんと綿原さんが言わんとしていた相性の良さだ。


 ヘビほど速く変則的でもない、大丸太ほど硬くもない。物騒な表現だが、足さえ折れば後衛職でも倒せそうだ。実にいい。


「うんっ、藤永でもやれちゃったしさあ。これでジンギスカンになるんだから、最高だよね!」


 満面の笑みを浮かべた疋さんは、食まで含めてモチベーションを高めてみせる。


「やっぱり足折りよ」


 中宮さんが深々と頷く。もはやどこの狩猟民族かという様相だ。



 まあ、ウチのクラスはそれくらい足折りにこだわってきた。


 トドメ用の短剣とサバイバルとしてのナイフこそ持ってはいるが、俺たちはこれ以外の刃物を持つ予定はない。ミアの矢を刃物として判定するかは置いておこう。

 俺や古韮みたいなオタからしてみれば、異世界転移イコール専用武器みたいな部分はある。あるさ、もちろん。なんなら頑固一徹な鍛冶師にお願いしてカタナの再現までしたいくらいだ。


 けれど一年一組はそれをやらない。現実としては剣を装備して戦う度胸を持っていない、というのが正確か。

 理由はふたつ。ひとつは刃物の扱いは、ヘタをすると自分の身を傷つけてしまう可能性があること。こちらは慣れの問題ではあるし、それこそミアや疋さんならクリアしてしまう条件だ。木刀女子の中宮さんも軽くやってのけるだろう。


 本当に大事なのはもうひとつの理由だ。

 俺たちは対人戦を想定しているからこそ、刃物を持たない。どこぞのマンガではないがギリギリまで『不殺』を貫きたいから。


 少なくともこの国で、離宮に籠っていればという条件付きだが、俺たちが人を相手に斬ったはったをする可能性は薄いだろう。それでも完全にゼロではない。

 資料を漁れば城下町の治安や、旅路での事件についても見えてきた。予想どおりというか妄想どおり、この世界にはこの手のお話でありがちな暴力が渦巻いている。

 ましてや帝国、ジアルト=ソーンなんていうヤバそうな国の脅威は、三年先とはいっても現実的だ。



 だからこそ俺たちはメイスを選び、そして中宮師匠の教えに則って足折りに専念しているのだ。

 人を殺さずに無力化する技術と魔獣を倒す手段の両方を一度に訓練するために。


 さいわい【聖術】などというものがある世界だ。明らかに医学は発展していないが、外科的治療はとんでもない。骨折が数分で完治するようなレベルにある。

 ならば相手が人であろうと魔獣だろうと『殴って動けなくできれば』それで事足りるのだ。あとで治せばそれですむ。


 訓練場で剣を振り回してイキっている連中に嗤われようとも構わない。『敵の動きを止める』そのためだけを目標に、俺たちは盾とメイスとそれを効果的に実現させる体捌きを練習している。



 そんなクラスメイトたちの努力と、今現在相手にしている羊は、とにかくマッチしていると思う。

 程よい高さに足があって、ジャンプをするわけでもない。足の数が多くて手間取ることもない。毒もない。倒せないほど硬くもない。突撃は怖いけれど、受けきれないほどでもない。


かみ魔獣かよ」


 思わず呟いてしまったが『しんまじゅう』ではないぞ。そこにいる羊は光と闇が合体したようなシロモノではなく、俺たちにとって実にありがたい獲物だということだ。

 今のところだが、三層のメインターゲットで確定してもいいくらいに。



 ◇◇◇



『じーんぎすかん、じんぎすかん! じんぎすかーん、じんぎすかん! 美味しいお肉だ、じんぎすかん──』


 陽気な歌声が戦場に響く。

 山士幌のスーパーにある精肉コーナーで聞く歌だ。魚コーナーとは別の一角だな。


【騒術師】の白石しらいしさんが【大声】に被せて歌う【奮戦歌唱】は、むしろ精神系技能を持たない近衛騎士たちにこそ効果があるのかもしれない。

 一年一組は全員が【平静】持ちで、一部は【高揚】すら取っているからな。そこに【奮術師】の奉谷ほうたにさんから個別に【鼓舞】と【身体補強】まで貰っているのだ。敢闘精神という意味では、もはや万全といえるだろう。



「助かった。ありがとう」


「いえいえ」


 クラスのお母さん、【聖導師】の上杉さんが逃げ込んできた騎士の治療を終えて、微笑みを送った。これで三人目。


 三十体ほどいた羊も、すでに十体程度までその数を減らしている。部屋の隅に固まって待機しながら流れてきた魔獣だけに手を出している俺たちも、こちらはこちらで独自に五体を倒した。バラバラに来てくれるものだから、実にやりやすい。


「っし、七階位だぜ!」


 近衛騎士の前線が安定してきているのになぜかまだそこに居残っている委員長グループだが、どうやら【重騎士】の佩丘がレベルアップしたようだ。

 さすがに最前線でのレベリングに優先順位はつけられない。たまたま佩丘が倒しきった魔獣が多かっただけの結果だが、今の俺たちからしてみれば全員がレベリング対象みたいなものだ。だれが階位を上げても大歓迎。


 それから十分くらいで戦闘は終わった。

 五回目になる今回の迷宮でも、またも厄介なトラブルが起きてしまったかと迷宮を呪っていたが、もしかしたらこれはボーナスステージだったのかもしれない。



 ◇◇◇



「助かった。本当に感謝している」


「いえ。たまたまですから」


 お礼を言う第四近衛騎士団長に応対しているのは委員長だ。綿原さんか俺でもアリなのだけど、相手が相手だけに、ちょっと。

 とはいえ『蒼雷』の団長さんは礼儀正しい人で助かる。俺たちは第六の騎士団長、ケスリャーなんとか男爵なんていうのを知っているだけに、偉ぶらないまともな人は大歓迎だ。



「さすがは勇者たちだな。それとシシルノ、そちらはどうだった?」


「聞いてくれよキャル。わたしは七階位になったんだ」


「そっちじゃないのだが」


 第四近衛騎士団『蒼雷』団長、名前はキャルシヤ・ケイ・イトルさん。子爵らしい。


 そしてシシルノさんと仲がいい。アヴェステラさん一緒で貴族学校の同期だそうな。

 シシィでアヴィで、そしてキャルときたものだ。愛称を普段使いしているのはシシルノさんだけのようだが、二人の子爵相手に対等な態度の騎士爵とか、マッドサイエンティストの大物っぷりが光り輝きまくりだ。



「ああ、それなんだがね。『該当』しそうな部屋があったよ。説明してあげてくれるかな、ヤヅくん」


「あ、はい」


 シシルノさんに促されて地図を取り出した俺は、魔力の多かった部屋について説明を始めた。



 ◇◇◇



「我々もそうなのだよ」


 想定していなかった魔力の増加している部屋は、なにも俺たちだけが見つけたわけではなかったようだ。

 キャルシヤさんたちは危険な区画を調査している部隊を鼓舞するために、わざわざ三層までやってきていたらしい。なんで騎士団長自らなどと思っていたらそういうことか。


「念のためと思って帰り道に怪しい部屋を通ってみれば、アレだったんだ」


 調査隊が途中で見つけた魔力の高い部屋を確認しにいったら羊の群れに出くわしたわけだ。

 激励するための部隊だったものだから、少人数でヒーラーや斥候も無しとか、いくら人員に余裕がないとはいえそれはどうなんだろう。ましてや騎士団長ご当人がだ。


 キャルシヤさんは十四階位で、一緒にいた騎士たちも十二で揃っていたらしい。アウローニヤの分隊としては四層でも普通に活動できる実力派だ。三層だからとナメてかかっていたわけでもないようだし。



「『群れのはぐれ』だったようだが、さすがに放置はできなくてね。引きながら対応していたらキミたちに出くわした」


「トレインだったんだ」


「なんだい?」


「あ、いえっ、なんでもないですっ!」


 ボソっとツッコんでしまったゲーム好きの夏樹なつきが慌てている。姉の春さんがやれやれ顔になっているぞ。


 とはいえ夏樹のいうとおりで、どうやらキャルシヤさんたちはモンスタートレインの最中で俺たちに出会ったようだ。なんとなくハシュテル副長のことを思い出すが、キャルシヤさんは押し付けなどは考えてもいなかっただろう。


「数を減らしながら階段までたどり着けば、そこの手勢と協力してと思ってね」


 階段付近は厳重に警備されている。なるほどたしかにそこまで行けば、あの程度の羊なら余裕で対処できただろう。


「いやあ、王都軍に借りを作らなくて済んだよ」


「そのぶん勇者たちに借りたじゃないか」


 階段の護衛は王都軍の管轄で、キャルシヤさんは近衛騎士。この人の言い方や表情からすれば、特段軍と仲が悪いというわけでもなさそうだけど、書類になるとまた違うということかもしれない。


 そしてシシルノさんのツッコミだ。

 俺たちとしてはちょうどいい経験をさせてもらったわけで、べつに貸しとまでは思わないのだけど。



「僕たちはべつに構いませんよ。こうして知り合えたのを嬉しく思っています」


「君は?」


藍城あいしろといいます。今後ともよろしくしていただけると」


 委員長の言葉の最後には『地上でも』とかがくっ付くのだろうか。政治っぽいやり取りだよな。

 ちなみに俺たちは初手で家名ではなくキャルシヤと呼べと言われている。


「会議で見たのはヤヅと、そちらの三人だったか。なるほど、君たちは面白いな」


 キャルシヤさんも調査についての会議に出席していたのだから、俺がハザードマップに関係していることも理解しているだろう。ついでに綿原さんや中宮さん、先生の戦いっぷりも見ていたわけだ。

 勇者というブランドと俺たちのやり口を知っているだけに、興味を持たれるのも仕方がない。


 それをこちらの有利に使おうとする委員長も委員長だけど。


 それでも目の前でシシルノさんと仲の良さそうな会話をしているこの人には、嫌いになれる要素が見当たらない。次以降に会うコトがあったとしても、そのままだと嬉しいのだけど。


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