第437話 お互いに納得すれば




「降参ですわ」


「ありがとうございました」


 力なく両腕を降ろしたティア様が自らの敗北を宣言したのに続き、背後から彼女の首に木製メイスを突きつけた綿原わたはらさんが真面目な声で礼をした。



 巨大なサメの出現に一瞬の驚愕を見せたティア様だったが、綿原さんのサメを知る彼女は果敢に突き進むことを選んだ。昨日の段階で一度は見ているし、報告書で性能を知っていたというのもあるのだろう。

 だからといって五十センチ以上もの大口を開けた物体に片手で顔こそ守っているが、そのまま突っ込んだのは想定外だ。


 そんな俺の温い想定など、行動を起こしたティア様はもちろん、綿原さんすらしていなかったらしい。

 むしろ予測通りとばかりに綿原さんも一歩を踏み込み、ティア様との距離を一気に縮め、そして交錯する。


 綿原さんのサメは成長した今でこそ立派な質量を持つ魔術となった。

 それでも本来の効果は阻害であることに変わりはない。ましてや密度の薄い巨大サメは効果よりも威嚇要素が強いのだ。恐れない相手に対しては、阻害効果が弱まるだけでしかない。


 だからといって物体がそこに在る以上、完全なスルーもできるわけもなく、通常の空気と視界を奪われたティア様の動きはほんの少しだけ鈍った。対する綿原さんは【砂術】を単独で使い、自分の周囲だけは砂が薄い。

 そんなちょっとした相手の挙動のズレと、自らの優位を綿原さんは見事に掌握してのけたのだ。


 視界の悪い状態で繰り出されたティア様の右ストレートを盾で受け流し、『北方中宮流』の歩法で相手に背中を預けるように位置を入れ換える。

 最後はティア様が振り向く隙を与えずに、首にメイスを突き立てた。


 まるであらかじめ決まっていたかのような流麗な動き。これが今の綿原さんだ。

 宣言通り、彼女は全力を尽くしたのだろう。


 とはいえ、ここからこそが本題だけど。



「九階位か十階位ならわたしの負けでした」


「今のわたくしが七階位なのは、動かせない事実ですわよ?」


「わたしは並の前衛十階位を相手にしてもそれなりに対応できると思ってます。けれどリンパッティア様が九階位だったら、勝ててなかったってことです」


 綿原さんの言っていることは紛れもない事実だろう。

 迷宮ならまだしも、対人戦においての【拳士】は弱くなんてない。ティア様がもしも九階位、つまり現在より階位を二つだけ上げてしまえば、綿原さんは勝てなくなるだろうと白状しているのだ。


「わたくしが九階位になる頃、あなたの階位はどうなっているのでしょうね、『ナギ』」


「とりあえず十三にはしておきたいところです。『ティア様』。そうじゃないと勝てる自信がありませんから」


「ナギの勝てる自信とやら、砕いてみせますわ」


「ティア様ならそうなるかもですね」


 瞳に納得の色を浮かべた悪役令嬢とヒロインは、お互い愛称を呼び合う仲になった。実に目出度い。


 なるほどこれが滝沢たきざわ先生の言っていた二人の器というヤツか。


「ところでナギ、耳をお借りいたしますわ」


「なんですか?」


 戦い終わって円満ムードになったところで、ティア様が綿原さんに近づきそっと耳打ちをする。

 途端綿原さんの顔が真っ赤に染まり、周囲のサメがビチビチと跳ねているんだけど、ティア様はなにを吹き込んだのやら。


 二人して俺の方を見るのは、どうなんだろうな。

 ティア様、邪悪な笑みが似合い過ぎだって。



「会話より、まずは治療ではありませんか?」


「そうですわね。聖女の【聖術】、期待していますわよ。ミノリ・ウエスギ」


 そんな二人に歩み寄る上杉うえすぎさんは穏やかな微笑みを浮かべていて、彼女を聖女呼ばわりするティア様は意地の悪い笑みで迎え入れた。


 だけど俺は気付いたぞ。ほかにも目の良いヤツが数名。

 上杉さんの視線が一瞬だけど綿原さんを向き、黒ずんでいたことを。


 クラスメイトたちの中には綿原さんがティア様に怪我をさせずに勝利できると確信していたメンバーも多い。

 先生、中宮なかみやを筆頭とした面々だ。俺の解説を聞いていた海藤かいとうは半信半疑だったが、普段の戦闘でうしろの方から綿原さんの背中を見ていた連中こそ理解していたはずだ。


 そう、上杉さんもそんなひとりになる。


 口にこそ出していないが、上杉さんは綿原さんを責めているんだろうなあ。

 ただしその場合、ティア様に『納得』してもらえたかは怪しいので、だから無言でいるのだ。


 それくらい、ティア様の怪我は酷い。いや、重傷とかそういう酷さではなく、見た目的に。

 巨大サメに自身から突っ込んだのだ。かなり大袈裟に表現すれば、ガラスの破片の渦に突っ込んだに等しい。

 赤いドレスはあちこちが破れ、顔にも浅い切り傷が多数。とくにガードと攻撃に回した両腕が酷い。定番の白い長手袋はもはやズタボロの包帯みたいになっていて、腕全体が血まみれだ。


 そんな惨状なのに、なぜか金髪ドリルヘアーが無事なのはどういう理屈なんだろう。



 もちろんスメスタさんを筆頭とした大使館の職員さんたちは顔面を蒼白にしている。

 対してここで一言あって然るべきメーラハラさんは無言を貫いたままだ。ティア様が打撃を受けた時に動きかけたが、停止命令が継続されているということなのか、それとも……。境界線がわからん。


 ちなみに同じく自ら砂に突っ込んだ綿原さんはほぼ無傷だったりする。

 サメに隠れてはいるが綿原さんは【砂術】使いだ。【鮫術師】の特性なのか、サメ状態にしなければ使い物にならないレベルではあるのだけど、体の周辺を舞う砂埃を振り払うくらいはできる。砂漠の旅とかでは便利機能かもしれないな。


 とにかく、巨大サメとの同時アタックというのは、本当に綿原さんが本気を出した時の対人攻撃戦法なのだ。


「見た目は酷いものですが、深い傷は負っていませんわ」


「そうでしょうね。では、リンパッティア様、【聖術】【造血】【治癒識別】の順でいきます。受け入れを」


「よろしくてよ」


 たしかにティア様の傷は深くない。俺たちは【痛覚軽減】持ちだから、あの程度なら軽い痛みすら感じないだろう。

 けれどもティア様が【痛覚軽減】を持っているとは考えにくいし、よくもまあ平然としていられるものだ。


 一年一組の面々は、あの惨状でも堂々と治療を受けるティア様に尊敬の目を向けていた。



 ◇◇◇



「いい湯でしたわね、ナギ」


「ですね、ティア様」


 治療が終わって、さらには二度目の湯あみ、ついでに当たり前だけど着替えをしてきたティア様が綿原さんに声を掛ける。すっかりファーストネーム呼びだな。


 中宮さんの時と同じで、綿原さんもしっかり風呂に同行させられていたし、やはり同じ湯につかるというのは友情を温めるには有効な手段なのかもしれない。性別が違うと使えないのが残念だ。


 なんにしろ、綿原さんには是非とも愉快な悪役令嬢と仲良くなってもらいたいものだけど──。


「ティア様。どうぞこれを見てください」


「まあ。これはわたくしの血で造られているのですわね!」


「そうです。良い艶が出ているとは思いませんか?」


「侯爵令嬢たるわたくしの血ですのよ? 当然のことですわ」


 すっごく微妙な方向で仲良くなっているのがなあ。


 綿原さんの浮かべた小さな赤いサメが、ティア様の近くを泳いでいる。

 それをキラキラとした目で見つめる悪役令嬢の図は、ちょっと怖い。


 そんな光景を見るクラスメイトたちの表情はそれぞれだ。

 藍城あいしろ委員長を筆頭に苦笑いを浮かべているメンバーがほとんどだけど、中宮さんあたりはげんなりした顔になっている。

 いくら綿原さんの赤サメに慣れているとはいえ、ああいうコミュニケーションの取り方には思うところがあるのだろうな。


 先生はどこかホッとした様子にも見えるが、視線を逸らしたままだ。

 まあ、仲良くなれたようだし、結果オーライということで。



 さて、現在一年一組が集合しているのは大使館の談話室である。

 アウローニヤの離宮とは違って、何箇所かにわかれてテーブルと椅子が置かれているし、地べたに座るというイメージでもない。

 できれば早い段階で拠点に引っ越して絨毯の上に座りたい所存だ。日本人だなあ。


 ちなみに拘束された元大使の私物である絨毯はまだ売却されていなかった。

 ただしサイズが小さめな上、色も赤地にド派手な模様と一年一組の趣味には合わなかったので買取はせず、当面はレンタルということで、俺たちから大使館に料金を支払う形にすることで合意している。

 俺たちが新しい絨毯を手に入れた段階で返却すれば、レンタル代の分だけ大使館が儲かる寸法だな。そう持ち掛けたのは温泉宿の娘な笹見ささみさんだっというのが、実にらしいと思ったものだ。


 本来の予定では昼食が終わって直ぐに、ここで午前中の買い物や『オース組』での話をしてから、ペルマ迷宮や冒険者についての勉強会を始めることになっていた。

 建前上公務ということで乱入してきたティア様との一幕があったけど、押した時間は綿原さんとのバトルの分だけなので、一時間くらいしか遅れはでていない。


 さすがに今日これ以上のバトルは無し。ティア様もそれなりに疲れているだろうし、やり始めたらキリがなくなりそうだ。



「このドレス。勇者がひとり、ナギ・ワタハラと真っ向から勝負した証として、大切に保存する所存ですわ!」


 そんな状況下でボロボロになったドレスを両手で掲げた悪役令嬢ティア様が高らかに宣言した。


 ティア様、まったく疲れているように見えないんだが、【疲労回復】は無いにしても、【体力向上】あたりも持っているのかもしれない。


「聖遺物みたいな扱いだな。どうよ、綿原」


「やめてよ。それなら噛み跡の方が良かったわね」


「そっち方向かよ」


 ちょいイケメンオタな古韮ふるにらのボケに綿原さんがやり返しているが、ティア様なら侯爵邸に展示しかねない勢いがあるからなあ。


 それにしても綿原さん、聖遺物なんていう単語に対応できるんだ。映画関係かな。



「少しのあいだだけ聞いてくださいまし。わたくし、あなた方の大切な時間を使わせている自覚はありますわ」


 家宝認定から一転、ティア様が神妙な表情で話し始めた。


 高飛車モードがデフォルトな人だから、こうして態度を変えられるととても大事なコトに感じてしまうんだよな。だからみんなも聞きに回ってしまうんだ。もちろんスメスタさんたち職員さんも傾聴状態になっている。

 狙ってやっているかどうかはわからないけれど、これはこれで立派な武器かもしれない。


「わたくしが連日この大使館に訪れているのは、ペルメッダ、アウローニヤ両国の状況を鑑みれば不自然なことではありませんわ。それはおわかりいただけますわね?」


 切り出しはティア様の行動の正当性だ。この場合は外からどう見えるか、だな。

 意味がわかっている仲間の何人かが頷いている。


 アウローニヤで女王様が戴冠式を行い、名実ともにトップが入れ替わったという情報は、ここ三日くらいで一気にペルメッダに流れ込んでいるはずだ。

 そんな状況でティア様が毎日のようにアウローニヤ大使館を訪問することは、不自然ではない。侯王様の代理として、もしくは広く知られている元第一王子の婚約者として、話し合いの場が持たれるのは必然だろう。


 実際には国交の継続や婚約破棄については、俺たちがペルメッダに入って二日目には答えが出ているのだけど、普通はそうならない。

 何度も条件をすり合わせた上で、お互いに妥協できる落としどころを作るのが当たり前だ。


 こういうのは委員長や上杉さんの得意分野だけど、俺だって二人の言動を見続けてきたんだから学びもする。



「お会いしてからまだたったの二日。ですが、わたくしは大いに学ばせていただきましたわ。本当に」


 笑い方こそ底意地の悪そうなティア様だけど、なぜか本音だというのが伝わってくる。


「明後日の迷宮にわたくしは同行できませんわ。なので今日と明日、ただ言葉を交わし、あなた方の行動を見届けたいと、わたくしは願っているのですわ」


 元大使の私邸とはいえ、俺たちの新しい拠点に侯爵令嬢が頻繁に訪れるのは、今の段階ではお互いに好ましくない。

 少し時間を掛けて、ちょっとずつとかならまだいいだろうけど、あまり露骨なのはなあ。

 だからこそ昨日の『オース組』訪問や今日の買い出しにティア様は同行しなかったし、それは明後日の迷宮でも同じことだ。


「一方的な申し入れに聞こえたかもしれませんが、わたくしにも協力できる材料がありますの」


「それは……」


 まるで交渉事のような展開に、思わずといった感じで委員長が身を乗り出した。


「メーラ。アレを」


「はっ」


 ティア様の言葉に、彼女の斜めうしろが定位置になっているメーラハラさんが素早く動く。この人、こんなのばっかりだな。


 そんなメーラハラさんさんからティサ様に手渡されたソレは……。

 見たことがあるのだけど。


「『迷宮のしおり』……、そんなモノまで」


「女王派経由ではありませんわよ?」


 委員長が唸り、ティア様はなんてことはないという風に答えてみせた。


 ティア様がテーブルに置いたソレは、俺たちが作った『迷宮のしおり』だ。筆跡からしてさすがに勇者直筆ってことはない。

 この際出所はどこでもいいのだけど、ティア様は律儀に女王派閥からではないと言い切った。それって暗に宰相派にも伝手があると言っているようなモノだけど、ワザとなんだろうなあ。



「最終版じゃないわね。『四層編』……、バージョン四・三」


「なんですって!?」


 表紙の隅を確認した綿原さんの言葉に、ティア様が血相を変える。最新版じゃないのが悔しいんだろうか。


 クラスメイトたちも苦笑いを浮かべているし、みんなもティア様の思考形態がわかってきたようでなによりだ。


「最終版なら持ってきていますよ。……ほら、これです」


 手近に置いてあった自分の背嚢からアラウド迷宮最終版を取り出した綿原さんは、ティア様に表紙のサメイラストを見せつけるようにかざしてみせた。


「見せていただいても?」


「いいですよ。ね?」


 わなわなと震えるティア様ににじり寄られた綿原さんだけど、俺たちに確認を取らなくても見せること自体に異論を持つヤツなんていないだろう。


 四層編なんてモノを持っているんだし、最新はバージョン四・六だから、ほとんど変わらない。

 ちなみに俺の【魔力観察】と女王様の【魔力定着】など、王国内ですら明かされていない内容は一切記載されていないので、その点は問題ない。


 近衛騎士や王都軍の兵士たちでも使えるように、汎用的な内容が手厚いのが後半バージョンのウリだからな。芋煮会の手順すら公開してあるぞ。

 今後ガラリエさんたち『緑風』が独自に新しい版を作ることを思うと、胸が熱くなるな。ついでにしおりも厚くなる。



「明後日の迷宮に向けて、あなた方が今日と明日にすること」


「なるほど」


 綿原さんから奪うようにしおりを受け取ったティア様のセリフに委員長が頷いてみせた。


「最低でも三層までを網羅した『迷宮のしおり・ペルマ迷宮編』の作成。わたくしの想像はどうでして?」


「おおむね正解です」


 自信満々に言ってのけたティア様に委員長が爽やかに笑いかける。委員長はタヌキだなあ。


「わたくしはこのしおりをそらんじられる程に読み込みましたわ。加えて現状、ペルメッダの冒険者にコレを持つ者はいない。つまり……」


「僕たちからお願いがあるのですが。ペルメッダ侯息女、リンパッティア様」


「聞いてあげてもよろしくてよ?」


「是非とも僕たちに協力してください。しおりを理解し、さらにはペルマ迷宮を知る人が必要なんです」


 ティア様と委員長による三文芝居が続くが、一年一組の面々は実に楽しそうな表情になっている。

 彼女に悪態を吐いていた、あの田村たむらでさえ口の端が上がっているくらいだ。深山みやまさんは……、表情が変わらないからわからないけど。



 ぶっちゃけそこまでするつもりはなかった。

 もちろんペルマ迷宮については精査するし、冒険者としてのルールや流儀の確認もする予定だけど、今回はあくまで予習で、本格的なしおり作りは『黒剣隊』の試験が終わってからのはずだったんだよな。


 けれどもこの場でそんなコトを言うのは無粋というヤツだろう。


「おっほっほっほ。よろしいですわよ。これもまた勇者との交流。公務のようなものですわ」


 扇を持ち出し高笑いしている悪役令嬢に一年一組は生暖かい視線を送るのだ。


 スメスタさんたちアウローニヤ側は複雑そうだけど、これもまた両国の友好だと思って協力してほしい。ティア様のご機嫌を取っておいた方が絶対に得だって。



 ◇◇◇



「わかってはいるのですわ。わたくしがあなた方の前衛職の誰一人にも勝てないことも、ナギがやってみせたように、後衛職の方々ですら」


 ぼそりと呟いたティア様のドリルヘアーはどこかしなびているかのようだ。


 ティア様の協力が得られるからといって即しおり作りというのも気が早いということで、まずは『オース組』とのやり取りと、買い出しの結果が正式に報告された。

 なんかティア様も聞きたがっていたし。


 昼食のあいだに雑談として出てきた話題も多かったので、重複する内容もあったのだけど、こういうことはしっかりしておかなければいけない。

 とはいえ八百万の一気買いとか、そっちに参加できなかったのが無念で仕方がないぞ。


 で、俺と綿原さんとの連戦を語ったティア様だ。

 なんだか彼女はいまさらになって綿原さんとの戦いを振り返り、自分の無力さを嘆くモードになってしまったらしい。


 ここにきてティア様は一年一組に心を開きかけているのか、神妙だったり弱気になったりと面白悪役令嬢になりつつある。

 まさか、これこそが先生の策……、なわけはないか。


「わたし勝てないです」


「ボクもだね」


「話の腰を折らないでくださいまし!」


 そんなタイミングで深山さんと奉谷ほうたにさんがツッコムも、ティア様はそうじゃないと首を振る。

 同じく勝てなさそうな白石しらいしさんと上杉さんは黙ったままだ。


 言い返されて髪を振り乱すティア様だけど、すっかりイジられキャラになっていやしないだろうか。

 きっちりとツッコミを入れた深山さんと奉谷さんの度胸には恐れ入るが、それくらいの気やすい関係になったと喜ぶことにしよう。

 深山さんも機嫌を直したってことかな? ならばこれは朗報だ。



「わたくし納得いたしましたわ」


「なにをです?」


 荒れたモードから巣に戻ったティア様に、中宮さんが心配そうに声を掛ける。


「敬語になっていますわよ、リン」


「あ、ああ。ごめんなさい。ティア」


 で、そういうところがセンシティブなんだよなティア様は。これじゃあまるで寂しがり屋じゃないか。


「今後も手合わせを放棄いたしませんわ。けれどもう、あなた方の心根は身に染みてますの。ですからわたくし、納得しましたわ」


「てことは?」


 ティア様の言葉を聞いたロリっ娘な奉谷さんがきょとんと首を傾げる。


「勇者一同、全員がわたくしをティアとお呼びなさいませ。わたくしもあなた方を名で呼びますし、今後敬語も不要ですわ!」


「やったあ」


「あははは。良かったね」


「ホッとしたっす」


 そんな宣言にクラスメイトたちから喜びの声が上がる。うん、一丁上がりだ。



「ワタシはタイマン張りたかったデス。強者の戦いっぷりを見せつけたかったのに、残念デス」


「……わたくし、明日は、ミア・カッシュナーとの手合わせを所望いたしますわ!」


「ドンと掛かってくるといいデス。遠慮は無用デスよ? ティア」


「望むところですわよ。ミア」


 ミアとティア様の声が交錯し、談話室に笑い声が響いた。


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