第124話 弟のような勇者たち:ガラリエ・フェンタ近衛騎士




「眠れませんか」


「まあ、さすがに。慣れが要るのでしょう。ベスティなどはしっかり眠っているようですし」


「ガラリエさんにも、付き合わせちゃって」


「いえ。わかっていたことですから。ヤヅさん、わたしも横に座っても?」


「……どうぞ」


 申し訳なさそうにするヤヅをできるだけ小さな声でたしなめて、彼の隣に座った。

 話しているのはわたしたちだけではない。この部屋で起きている十人程がそれぞれの持ち場で小さく会話をしているようだ。


 唯一扉の無い部屋の一辺。左右は隣室に続き、正面は浴槽などがある小部屋への門ある。

 ヤヅにとってはココが一番『よく見える』場所なのだろう。独り壁に背を預けて座る彼は、ただ茫洋と部屋を眺めているようにしか見えない。


【観察者】。王国の歴史では記録されたことのない神授職だ。

 特有の技能は【観察】。当人曰く『視界内の全てが見える』という、文章だけで見れば誰もができて当たり前の効果を持っている。


 報告を受けた各部署は当初、その真意を掴みかねて再確認を求めたほどだ。それくらい判然としない技能説明だったのだから、隠ぺいを疑う者も多かったと聞く。

 見たモノ全てを記憶できるのかと問いただしてきた部署もあったが、ヤヅ本人はそれを否定している。直接の接触を許されている、わたしを含む王国側六名でさまざまな検証をしてみた結論は、ヤヅの言葉にウソはないというものだった。通常の人間であれば、憶えている事実を忘れたように見せかけ続けるのは困難だ。誘導さえされてしまえばどこかでボロが出る。


【観察する者】。言い伝えに残る【勇ある者】や【賢たる者】【聖なりし者】など、【者】を頂く神授職。それが名前倒れだったと判断されるのには、まだ時間が必要だろう。

 だがそれも今日、もしかしたらすでに報告書からすら、彼の有用性は垣間見えたと思う。



「立派でした。そして驚きました」


「立派? 驚いた?」


 驚いたのはわたしの方だというのに、ヤヅは心底意外そうに、それこそ驚いた顔をしている。

 狙って使った言葉だが、こうまで反応をしてもらえればしてやったりという気分になるものだ。

 アーケラやベスティにも言われるが、わたしの悪いクセらしい。勇者たちの前では控えるようにしているのだが。


 彼女たちのことをディレフやエクラーと呼んでいたのはつい先日なのだが、今ではこちらのほうがしっくりきてしまうのが不思議でならない。ほぼすべてがベスティの意思によって決められたというのに。

 あれもまた勇者に近づくための、彼女なりのやり方なのだろう。素でやっている可能性が高いのがベスティらしい。



「──あの、ガラリエさん?」


「ああ、ごめんなさい。驚いたの意味ですよね」


 少しだけ笑いがこぼれたわたしを見て、ヤヅが訝しげにしていた。


「ええ、まあ。それもそうなんですけど、どれが本当の顔なんですか、ガラリエさんって」


「全部ですよ」


「そういう哲学っぽいのじゃなくてです」


「当初は外向け、騎士団の話があってからは本音で、たまに出るのは悪いわたし、ですね」


「なんだかなあ」


 ヤヅだけに限っただけでなく、彼らとの会話は楽しい。


 王国で出会うどのような人とも違う、理知的で素直という奇妙な特性を持った若者たち。少しだけ弟たちに似ているが、貴族社会に毒されていないぶんだけ勇者たちの方が上だろう。いや、基本的な教育水準もか。

 付き合ってみれば、なるほどこれが異なる世界から来た勇者かと納得すると同時に、彼らは決して勇者ではないということも理解させられる。

 彼らはわたしたちが物語で知るような寛容で博愛に満ち、卓越した力を持つ者たちではない。武力についてはタキザワとナカミヤあたりが階位を上げれば怪しいが。それと、ミア・カッシュナーも。


 彼ら勇者が勇者らしくないというのは、担当者全員が持つ共通認識だろう。



「驚いたというのは、みなさんの戦いを初めて見たから、でしょうか」


「おおう、現役の騎士から見てもイケてますか。ヒルロッドさんはそういう言い方をしてくれなくって」


 こちらに向けるヤヅの瞳は光り輝くようだ。

 そういうところが勇者らしくないというのに。その目はまるで、勇者の話を聞きたがる弟たちのようではないか。


「言いにくいのですが、騎士らしくはありませんでした」


「あー、ですよね。そうなんじゃないかなって思ってました。ちょっとは期待した自分が情けない」


「いえ、けなしているわけでは」


 さて、どう説明したものか。


 わたしとて現役の近衛騎士、第三近衛騎士団『紅天』の中でも実力派のひとりだ。でなければ勇者担当など任せられるわけがない。もうひとつの理由はさておき。



「わたしはそれほど詳しいわけではありませんが、むしろ軍の戦い方に近いのかと思います」


「それがですね、ベスティさんにも聞いたんですけど、軍では実戦中に練習なんてしないって言われちゃいまして」


「なるほど、たしかに」


 ヤヅにも自覚はあったのだろう。軍上がりのベスティに質問しているあたりは抜け目がない。

 それなのに妙に不安そうな顔をしているのだから、子供が背伸びをしているように見えて、扱いに困るのだ。


 いや事実そうなのだろう。彼らはたぶんムリをしている。それでも、それだからこそ今日のような戦い方をしているのだ。


「だけどほら、相手がホンモノの魔獣だからこそできることってあるじゃないですか。試せることだって」


「それはそうかもしれませんが、最後のアレ──」


「カエルの件はごめんなさい。ホントにごめんなさい」


 両手を合わせて頭を下げる動作が意味するところをわたしは知らないが、ヤヅの顔を見るに本気で申し訳ないというコトなのだろう。

 食事前の言葉もそうだが、彼らの言動の端々から伝わってくるのは別の文化の匂いだ。訓練された諜報員ならば絶対にしないはずのボロを、彼らはさりげなく、普通に見せてくる。もしも彼らがそうだったとしたら、とてつもない凄腕ということになってしまう。これだけの才能を持つ若者の集団を、諜報のために使い潰す? あり得ないな。



「褒めてもらうのは諦めます。どこかマズかったところとか、ありませんでした? なんでもいいですから」


「いえ、褒めるところはたくさんありましたよ」


「そうですか!」


「『迷宮のしおり』の段階から思っていましたが、魔獣の数と種類、組み合わせなどで対応を決めておくというのは立派なことだと思います」


 決しておべっかなどではない。ワタハラが誇らしげに見せてくれた『迷宮のしおり』と銘打った冊子は、わたしたちが写したモノを昨夜の内に関係各所に回してある。心象を損ねないように勇者たちの許可を得てからの行動だ。

 そうなることを見透かしていたようなアイシロ委員長の顔つきが、印象に残っている。アレは全部を出しきっていないのだろう。



「みなさんは最低限の自衛と、できれば二役を模索しているとみましたが、どうでしょう」


「やっぱりわかりますか。隠してもいませんからね」


 頭を軽く掻きながら白状するヤヅだが、そこに驚きの色は無い。


「二役というより、自分の身はできるだけ自分で守れるようにすることと、そこからひとつでもできることを増やしておきたい。今はそれだけなんですよ」


「できることを、ですか」


「うーん、こっちの術師って柔らかいと思うんですよね。アーケラさんとベスティさんは階位差があるから、まだまだ余裕でしょうけど、シャーレアさんなんて防御の練習してませんよね?」


 シャーレア。【聖術師】シャーレア・モルカノか。たしかにヤヅの言うとおり、受けの訓練をする【聖術師】などが近衛にいるはずもない。軍ならばまた違うのかもしれないが。

 ただ、アーケラとベスティは違う。アレはただの階位差だけではないだろう。彼女たちの本当をわたしは知り得ないが、出自を考えればそちら側の技術を持っているとみるべきだ。



「たしかに守ることを考えないで、仕事を任せられる術師は貴重かもしれませんね」


「ほったらかしはしませんけどね」


「それはヤヅさんが見守っているからでしょう?」


「あははっ、まあそうかもです。褒めてますよね?」


「もちろんですよ」


 本気で顔を赤らめている少年は可愛いな。ああ、いかん。そうではない。


 近衛騎士団に共用の【聖術師】がいるように、ある程度の術師も所属はしている。多くが貴族子弟の座席なのが情けないところだが。

 そんな連中がある程度の自己防衛を憶えれば、王族を守るということを基本にする近衛として、戦術の幅は格段に広がるだろう。


 もしそれをヤヅが指揮するとしたら。



 そう考えてしまうくらい、ヤヅの目は異常だ。


 ミームス卿……、ヒルロッド氏の報告書で読んではいたが、見るとでは大違いだった。

 あれこそまさに、戦域を支配したという古の……。いや、軍師というには意味合いが違うか。今の段階では最短経路で最適な駒を動かしているだけにすぎない。だがそれがどれだけ困難なことか。

 自軍の兵になにをできるかを完全に把握し、敵味方の位置関係や今後の展開を予想していなければ、ああいう指示はできない。それができる戦闘指揮官が、アウローニヤにどれだけいるだろうか。


 ヒルロッド氏ほどの人物がコレに気付いていないわけがない。なのに報告書では……。

 そうか、あの人がヤヅの全体指揮を見たのは前回の氾濫時が初めてで、最前衛にいたヒルロッド氏はまともに戦場全体を見れていなかったはずだ。ならば客観的に見ることができたのは今回が初めてということになる。

 なるほど、ところどころで顔が引きつっていたワケだ。


 もしヤヅがその道の専門家に教えを受けたとすれば、希代の戦闘指揮官になれる可能性は高いだろう。【観察者】の本質がその程度のものかはわからないが、ヤヅが自虐するようなことなどはどこにもない。

 勇者たちも本能的にわかっているのだろう。だからこそ彼らは戦いの場において、ヤヅの言うとおりに動いてみせるのだ。

 普段は若者らしくぶつかり合ったり、大騒ぎをするクセに。


 もしかしたらその中に、いつかわたしも。



「みなさんが騎士団を立ち上げる時が楽しみです。わたしもその一員になれるのですから」


「騎士団、かあ。そういえば、ガラリエさんってどうして『紅天』に入ったんですか?」


「いろいろと事情があって、ですね」


「あっ、言いにくいことを聞いちゃいましたか。ごめんなさい」


 本気で申し訳なさそうにするヤヅを見て、こちらこそ情けない気持ちになってしまう。人付き合いが不器用なわたしから話題を振るものではないな。


 わたしが近衛になった理由は、じつにこの国らしい理屈があったからだ。



 ◇◇◇



 第三近衛騎士団『紅天』は女性騎士だけで構成されている。


 設立目的は女性王族の警護と、もうひとつは貴族子女の受け入れだ。引き取り先のない女性の、という言葉を続ける者もいるが。


 第一の『紫心』や第二の『白水』にも女性騎士は所属している。彼女たちの場合は、本当の意味で血統貴族のための居場所だ。

 それに対し『紅天』はそれなりに実戦的ではある。平民上がりの多い『蒼雷』や『黄石』からも、所作のある者が引き抜かれることがある程度には現実を見ていると言えるだろう。


 アーケラやベスティにしても、彼女たちが術師系神授職ではなく、その上で希望さえすれば『紅天』になっていた可能性は高い。意味のない仮定だな。



 わたしが『紅天』に入った理由は御家の理屈、派閥の影響が大きい。


 東部国境に近いフェンタ子爵家は勇者に連なるとされる、アウローニヤ最古参の家でもある。

 三十年前、わたしの祖父が当主であった時代、フェンタ家はペルメッダ侯国離反戦争『ペルメールの乱』において、最前線でありながら両天秤の姿勢を見せた。

 結果得られたモノは両陣営からの猜疑の目と、東方交易領であるにも関わらず通行利権を王家に献上するハメになった、土地だけ貴族という蔑視だ。


 そんな情けない歴史を付け加えてしまった御家が再興を計るためにできることといえば、弱小派閥に加担してからの逆転しかない。

 そこに手を差し伸べたのが第三王女派閥であり、リーサリット殿下だった。



 折りしも帝国の脅威が現実となり、王国存亡どころか消滅が目前となった今、貴族たちは戦後を見据えている。いかに生き残り、帝国政権の下で立場を得ていくのかを。


 帝国に持ち込む手土産が必要だ。


 古くからの名家でありながらアウローニヤ国内で不興を買い、潰されても派閥的不義理に当たらない家があるではないか。フェンタ家だ。

 このまま座していれば首だけになった一族が帝国に差し出されることになるだろう。他ならぬアウローニヤの手によって。


 フェンタ子爵家は王女殿下の手を取り、わたしは望まれるまま『紅天』に入った。



 現宰相の世襲と対峙し、次代の『女宰相』を目指すという名目を持った第三王女派閥ではあるが、殿下の目線はもっと高みを見ているとしかわたしには思えない。

 近衛騎士になって三年、王女殿下との交流を持つたびに、そして王国の自壊が目の前で進むにつれて、それがハッキリと理解できるようになってきた。


 それをわかった上で、わたしはわたしと弟たち、御家が生き残るために尽くさなくてはいけない。リーサリット殿下と共に歩むしか、ほかはないのだ。


 そんな時、勇者たちが現われた。



 ◇◇◇



「──それでですね。明日には全員が五階位でしょうから、もっと試したいことが」


「ふふっ」


「ガラリエさんのその笑い方って、お姉さんっぽいですよね」


「そうですか?」


「そうですよ。あのですね、海藤かいとうにも姉がいるんですけど、どうやらアイツ、姉ちゃんが大好きみたいでして」



 わたしはこの子たちを愛らしいと思う。救われるべき善性を持った若者たちだとも。


 同時に、わたしたちが擁する第三王女が彼らを必要としていることも理解できる。それくらいの可能性を勇者たちは秘めているのだから。

 第一王子殿下や王陛下は気付いていないだろう。もしかしたら宰相閣下ですら彼らを過小評価しているかもしれない。

 近衛騎士総長に至っては論外だ。彼らの騎士団創設と引き換えに王家直轄領を村ひとつ受け取ったというのに、あんなことをしでかすとは。


 ともあれ、リーサリット殿下が見出した彼らの価値を、わたしもわたしなりに認めよう。


 わたしに抗う術はないが、王女殿下は彼らをどのように扱うのか、それが気にかかる。

 我ながらわがままで勝手な考えだろうが、それでも願わずにはいられないのだ。必要ならばわたしの命を捧げよう。だから弟たちと勇者の未来だけは、彼らの望む結末を迎えさせてあげたいと。


 そうだな、とりあえずは明日にでも、カイトウをからかうことにしようか。


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