第123話 シビれなければ身につかぬモノ
「地獄絵図ね」
「ああ、見ていられない」
「【観察】しているんでしょ?」
「そりゃまあ、役目だからね」
顔をしかめる
「次は俺だな。頼むぜ
「ええ、任せてください」
震え気味の声で
「ぐ、あ……」
うめき声を上げてそのまま倒れ伏した。
そっと近づいた上杉さんが、そんな海藤に触れる。
「君たちは本当に、なんというか……」
「まだまだです。今日で終わりじゃありませんから」
呆れるというか、悲壮な表情でその光景を語るヒルロッドさんに、海藤に【解毒】をかけている上杉さんが真っ向から対峙した。その表情に陰りは無い。
◇◇◇
夕食を終えた俺たちは、三時間という設定で本日最後のレベリングを敢行した。
結果、
レベリングも上手くいき、途中で出会ったヤルバ隊の人たちは綿原さんが見事に応対して、運び屋たちにも満足できる夕食を振る舞うことができた。
俺たちはノリノリだったのだ。
とはいってもフラグを立てたわけではない。
むしろやりたいことリストを積極的にこなす気概に溢れていた。問題はその内容なのだけど。
『こういうのの定番だろ、耐性って。【痛覚軽減】があるくらいだぞ』
『軽減と耐性は機序が違うだろ!』
それを提案したのは
うん、やりたくないだろうな。俺も嫌だ。経験者だけに、アレはちょっと。
『わたしはやりましょう』
そこに割って入った上杉さんが全てを持っていって、話し合いという名の言い争いは決着した。当事者たる彼女が身を切ってまでやると言ったのだ、田村もやれ、と。
引っ張っても仕方ないので結論を言えば『毒耐性』は身に付くのか、ということだ。
技能としての【毒耐性】を俺たちは発見できていない。資料をひっくり返してみてそれっぽい技能は無くもなかったが、物語レベルの話で名前もバラツキがあって定かではない。内容としては毒に強い人物がいたという程度で、どうやら技能頼りだったらしいという記述だった。
ホントにこれは信用できるのか。信用していいものなのか。
そこから始まった論争だったが、つまるところやってみなければわからないという結論に達するわけだ。
「ううっ、ヤダなあ。なんで『生きてる』のが相手なんだよ」
普段は強気で元気な
あの麻痺毒は『カエルが生きている』状態でしか効果を発揮しない。
名前こそ毒腺で、事実生きている間はそこから出てくる液体が毒を持っているのは確実なのだけど、魔獣の生命活動が停止するとすみやかに効果が消えてしまうのだ。もちろん食らった毒は消えないのだけれど。
だからこそ大した加工も無しでカエル肉は食べられるし、無毒化されているから紙の原料にもできる。さもなければ、紙に触るたびにカブレることは請け合いだ。暗殺に使えるかもしれないな。
こういう魔獣の特徴が中途半端にゲームっぽい部分を残しているのがなんとも言い難い。
もういい。仕様だ。こういう仕様なのだと、俺を含むゲームを知っているグループは自分を納得させて、医者の卵たる田村は坊ちゃん頭をかきむしるハメになった。
カエルが生きたままそぎ落とした肉はどうなる?
知らん。そういう猟奇的なのはシシルノさんあたりが考えればいいことだ。
「相手が生きているうちに……、やるしかないんだ」
「……だよね」
顔を曇らせたまま言った田村のセリフは無慈悲だが、覚悟を決めた春さんはそれでも手を伸ばす。
他ならぬ田村も上杉さんもやったことだから。
ヒーラーの状態異常は回避する。基本中の基本だ。
あの二層転落事故で俺と綿原さんは一度ずつ麻痺をもらったわけだが、その時は急遽上杉さんが【解毒】を取得して事なきを得た。だがもし麻痺っていたのが上杉さんだったら、はたしてその状態から技能を取得、使用することができただろうか。
考えるだけでも恐ろしいが、詰んでいた可能性が高かったと思う。
繰り返そう。ヒーラーは状態異常をもらってはいけないのだ。
たとえ無詠唱の自己ヒールができても、回復役が複数いようとも、パーティの崩壊はヒーラーが止まるところから始まるのだから。
「では、わたしがもう一度」
「いやいや上杉さん。もう三回もやっただろ!?」
「ですがまだ【毒耐性】が候補に出ていません。熟練度上げもありますから」
さすがにツッコミを入れた俺だったが、それでも上杉さんは止めようとはしなかった。
そんな彼女にビビり散らかしている周りも動けない。俺だって声をかけるので精一杯だ。
「くっ……」
手袋を外した上杉さんは
すぐ脇でソレを見ていた綿原さんが優しく彼女を抱き留め、水に浸した布で手を拭った。
「……ありがとうございます、綿原さん」
十秒もしないうちに軽く閉じていた上杉さんの瞼が開き、しっかりとした視線を綿原さんに送り返す。
「ううん、大丈夫?」
「ええ。ですが」
どうやら四回目でも【毒耐性】に類する技能候補は出てこなかったようだ。
だが、ムダではない。
「短くなったよね? 時間」
辛そうな表情の綿原さんが傍にいた田村に、縋るように聞いた。
「ああ、間違いなく縮んでる。上杉、消費魔力は?」
「そうですね。少しだけでも減っていると思います」
「そうか。無意味じゃないんだよな」
「ええ」
田村が上杉さんに確認したのは【解毒】を使うのに消費した魔力量だ。
効果発動時間は間違いなく短縮している。ならば魔力の方は。
そう、コレは熟練度上げを兼ねてやっていることだ。
種類や個人によってバラつきはあるが、技能は使い込むことで効果の上昇や調整、消費魔力の軽減を狙うことができる。【解毒】の場合は成功までの時間が縮み、消費魔力も減るのだが、そこに至るまでには問題があった。
どうやって熟練度を上げるのか、その手法についてだ。
技能の熟練度は必要とした状況で使ってこそ上昇する。そしてその必要性が高いほど、上り幅が大きいことはわかっていた。
たとえば俺たちが常用している【平静】は、感情が高ぶっている時や狼狽しているときに使った方が熟練が上がりやすかったのだ。この間の米騒動などが典型例だな。
もちろん無意義な状態で使っても無意味ではない。
俺が【観察】を、綿原さんが【鮫術】をほぼ常に使う理由がそれに近いだろう。そもそも攻撃色の強い技能における必要性とはなんなのか、という議論になりかねない。
だからこそ俺たちは痛い思いをして【痛覚軽減】を鍛え、それを治すことで【聖術】を伸ばしてきた。
では【解毒】はどうするのか。
『やめてください』
そんな先生の情けない声が耳に残っている。
地上で【解毒】を鍛える手法を検討した時に挙がったのが、飲酒だった。まさかリアルポイズンをやるわけにもいかないからな。はたしてアルコールが【解毒】の判定対象になるのか、王国の資料には残されていなかった。ワザワザそんなマネをする人がいなかったのだろう。
ならばと白羽の矢が立ちかけた先生は、断固拒否に出た。
『先生はお酒をたしなんでいたはずですけど』
『だからですっ』
なぜに。
上杉さんの指摘を受けた先生は、最後にゲロった。実は先生お酒が大好きで、山士幌にいたころは毎晩のビールが人生の楽園だったらしい。独り身最高、だったとか。
けれどアウローニヤに飛ばされて、先生は禁酒を決意した。一服盛られる可能性や、少しでも隙を見せたくないというのが理由で、全ては俺たちのことを想っての行動だ。泣けてくる。
そういえば初日の食事でも断っていたな。あんなに最初から、先生はずっと耐えていたのだ。
見たこともない類の、俺たちが二層から無事に戻ってきた時や、近衛騎士総長と戦った時とも違う先生の歪んだ表情を見て、クラスメイトたちは黙るしかなかった。
男子は顔を伏せ肩を震わせ、女子は両手で顔を覆い、談話室は悲しみに包まれる。絨毯に広がる涙の染み。人生とはままならないものだ。
「どれ、次は俺だ」
立ちあがった上杉さんを見届けてから、三回目の挑戦に名乗りを上げた田村が前に出た。
繰り返しになるが、回復役が行動不能になるのは非常に危険だ。全体の危機につながってしまうのだから。
本当なら上杉さんや田村には【毒耐性】を身につけてもらいたい。だけどそれができなかったならば、次善は素早い自己回復しかない。
要は【解毒】の熟練度を上げましょう、だ。
麻痺った状態でも使えるように、いわばプレイヤースキルを磨こうということになる。
俺たちはカエルに触れることを決断した。
田村、上杉さん、お前たちだけにやらせはしない。一年一組はいつでも一緒だ。
「ぐっ……」
カエルに触れて倒れる田村を海藤が支えていた。
ヒルロッドさんとメイドさんたちには遠慮してもらったが、一年一組全員が麻痺を一巡以上している。
俺や綿原さんは前に経験があるので二度目だな。
麻痺はキツい。
痛みは無い。苦しさも無い。開いてさえいれば目も見えるし、もちろん呼吸もできる。
ただ全身の感覚が消えていき体の自由が利かなくなる現象は、単純に怖いと表現していいだろう。
経験したわけではないけれど、スリップダメージになる普通の毒や、記憶すら残らないスリープや石化とはまた別種の恐ろしさがある。
そして脳みそのどこかにある本能みたいなものが警鐘を鳴らすのだ。コレに慣れてはいけない、と。
だから申し訳ないけれど、がんばってくれ、上杉さん、田村。
結局その場で一時間以上、予定時間をオーバーするまで粘ったが、クラスの誰も【毒耐性】を出すことができないまま俺たちは宿泊部屋に向かうことにした。
あくまで今日のところは、だけどな。
◇◇◇
技能は全て神だと思う。
だがひとつを挙げろといわれれば、俺は【平静】と【睡眠】を選ぶだろう。ふたつなのはご愛敬だ。
【観察者】なのだから本来なら【観察】でなければいけないし、たしかに俺の生命線ではある。しかしだ。
【平静】と【睡眠】がなければ、間違いなくどこかで誰かが折れていただろう。日常で輝き、非常時においてさらに意味を持つ。これが神スキルでなくてなんだと言うのか。
このふたつの技能があったからこそ、今回の迷宮泊も全会一致で可決できたのだ。全員が【睡眠】を持っていなければ、誰かがそれを理由に反対していたのは想像にやすい。
「天井が明るいのがなんだなあ」
「前に落ちた時、俺もそう思ったよ。だけどまあ、風呂まで入れたんだし、文句はないさ」
横でマント布団にくるまっている古韮が、誰もが思っているだろうことを呟いた。周りにはほかの連中もいるので、いちおう声は控えめだ。
さっきまで隣にある風呂場兼トイレみたいな部屋で、男女交代で湯船に浸かることができた。そういう部屋を宿泊場所に選んだのだから、これは予定通りの行動だったりする。
もちろん【熱導師】の
一年一組は夜の十時から朝の六時までを二交代で就寝することにしている。
俺や古韮を合せた十一人は遅番ということで、今から午前二時までが就寝時間になる。四時間ではあるが、ここで神技能たる【睡眠】が大活躍だ。
眠れないかもしれないメイドさんたち三人は横になるだけはしてもらって、見張りは遠慮してもらうことにした。それよりも疲れを無くしてもらいたい。ヒルロッドさんたち騎士組には口を出さず、好きにしてもらう。
「草間、しっかりやってくれるよな?」
「大丈夫だろ」
俺たちが寝ている間のメイン見張りは草間が担当してくれる。交代は俺なのだけど、草間の方がずっと信用できるのは言うまでもないだろう。
なので古韮の心配は……、まあフラグにならないことだけ祈っておこう。
この部屋にある扉は三つ。ひとつは風呂場へ、もうふたつは経路兼脱出路だ。
いざという時のために全員に逃げ場は伝達はしてあるし、起き抜けでも即行動できるのが【睡眠】の良いところ。さんざん繰り返すが、本当に神スキルだな。
「だから古韮も安心して寝てくれ」
「なあ
「さすがに恋バナはしないぞ」
なんで古韮は迷宮の中で、しかも周りに人がたくさんいる状況でそういうことを考えられるのか。不思議すぎる。
「……わかったよ。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
宿泊迷宮の予定は二泊三日。その一日目はこうして終わった。
四時間後には起床だけど。
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