第122話 召し上がれ




「はい。じゃあ食事委員の人たち、お願いします」


「はい!」


 綿原わたはらさんのコールで、上杉うえすぎさんを筆頭にした食事委員が行動を開始した。


 メインになるのは上杉さんと佩丘はきおか、そこにメイドさんたちが入ることになっている。なぜか先生も。

 ほかはローテーションだけど、俺と綿原さん、草間くさまは参加しない。綿原さんは全体の見張り。俺と草間は周辺警戒で固定だ。


「ほかの人たちはキチンと自分の食器を洗いましょう。もちろん鎧を拭いておくのも忘れないように」


「はーい!」


 事前に食事用に選定しておいたこの部屋はそこそこの大きさがあって、四十人がいっぺんに夕飯を食べることができる。もちろん水路が通っているので、水にも困らない。



「ミアさんは炊飯をお願いしますね」


「任せろデス!」


 上杉さんの指示を受けたミアが懐から鉄のリングを取り出して、指先でクルクルと回してみせた。


「みんなブツを出してくだサイ。組み立てはワタシと昌一郎しょういちろう陽介ようすけ玲子れいこです」


「おう」


 ミアに名前を呼ばれた馬那まな藤永ふじなが笹見ささみさんが、みんなから鉄の棒を集めて、リングに通して組み立てていく。

 これぞ迷宮宿泊用の新装備、組み立て式コンロだ。とはいっても、しょせんは鉄の棒を組み合わせただけの物干しみたいな構造で、新作の飯盒をぶら下げたりすることができるレベルでしかない。


 ただ、二層転落の時のようなメイスを組み合わせたムリヤリなやり方とは違って、安定感はマシマシだ。王国の非常用マニュアルを参考にしながらも、今回の俺たちは本格的な食事を前提に準備を進めてきた。これこそがその結果だと考えれば、それなりに満足もできる。



「鉄網と木炭、持ち込みたかったわね」


「それはさすがに無茶だよ」


「わかってるけどね。折り畳み式とかムリかしら」


 現場監督よろしく俺の横で仁王立ちをしている綿原さんはこんなことを言っているけれど、一度は本気で考えた案だ。いちおう工房長に相談してみたら、普通に怒られた。当たり前か。

 それでも迷宮バーベキューとか……、いつかやってみたいな。



「あの、ホントに俺たちも、いいですかい?」


「もちろんです。ヒルロッドさんに許可はもらってますから安心していいですよ」


 そんな俺と綿原さんに話しかけてきたのは運び屋のリーダーだ。


 彼らには食事をしてもらったら、そのまま獲物を担いで地上に戻ってもらうことになっている。そのために今日の夕食と宿泊は一層への階段近くをワザと陣取っておいた。このあたりは事前の予定通り。


 彼らに戻ってもらう理由は簡単にふたつ。ひとつは一日目で素材が余ってしまっているということ。もうひとつは装備と技能的に、言いたくないけれど足手まといになりかねないということだ。


 荷運びという役割を与えられている運び屋たちは最低限の階位、今いるメンバーなら五階位で、俺たちと同格レベル帯の人たちだ。それでも【体力向上】と【身体強化】も持っているから、素で戦えばたぶん俺より強い。だけどそこまででしかない。

 本来二層で戦い続ければいつか七階位まではなれるのだけど、彼らはトドメを回してもらえない。つまりレベルが上がらないわけで、役割とはいえ見ていてもにょる部分があるのだ。



 先日の鮭氾濫では肉盾にまでなってくれたし、今日も必要以上に時間を取らせてしまった。ついでにさっきの国軍と違って、彼らにボーナスなんてものはない。

 せめてもの恩返しとして二層でもそこそこクラスの素材を使った料理を振る舞うということで、俺たちの意見は一致した。食べ物ならば証拠も残らない。示しがつかないとヒルロッドさんたちは当然渋ったが、余った素材を使うのだからどこに問題があるのかと押し切った。

 立場がある人間がする押しつけがましい恩の押し売りは、運び屋にはハタ迷惑と思われるかもしれないけれど、勇者の自己満足に付き合ってもらうのも彼らの仕事ということにする。


 最近、勇者特権の乱用が目立つ俺たちだな。



 目の前でミアたちが組み上げたコンロに飯盒がぶら下げられて、下には火がくべられていく。

 燃料代わりは丸太の枝だ。赤い炎とパチパチいう音がキャンプ感をいやがようにも増している。【熱導師】の笹見さんと、【熱術師】のアーケラさんがいるお陰で、着火にも苦労はなかった。前回の転落は本当にサバイバルだったんだなと実感するな。


「やっぱり、天井が明るいと風情が無いわね」


「綿原さん、前も言ってなかった?」


「言ったかもしれないけど、そうだからそうなの」


 話しかけてきたくせに一瞬膨れた顔になった綿原さんだけど、すぐに機嫌が良さそうなモチャっとした笑顔を取り戻した。


「でもいいわ。やっぱりキャンプはみんなでやらないと」


「うん。だな」


 家族でも、中学の時の宿泊学習でも、キャンプ自体はしたことがある。それが苦痛だったわけでもないし、そこそこ以上には楽しんでいたとも思う。

 これはそういうのとはまた別枠だ。見上げる夜空は無いけれど、いや、これが昼間であっても迷宮でも、一年一組のみんなと過ごすこういう時間はうん、楽しい。



 ◇◇◇



「いただきます!」


 一年一組一同の揃った声が迷宮に響く。


 魔獣が遠くの音に反応するということはあまり無い。近距離ならばシッカリと物音を拾ったような挙動はするが、基本は目視。あとはたぶん魔力を感知しているだろうという予測がされている。やたら手足が多かったり少なかったりする魔獣だが、目だけは多い。

 進化論に真っ向から喧嘩を売った生物……、そもそも生物かどうかすら怪しいが、それが魔獣だ。


『カンブリアの生き物たちもこんなだったのかな。いや、違うか。違うだろうなあ』


 魔獣について発表会をした時に、もはや諦めの境地に立った藍城あいしろ委員長が発した言葉はちょっと意味がわからなかったが、気持ちは伝わったものだ。変な生き物だってことだろう。


 そしてヤツらは人を狙う。どこからともなく現れて、どこからでも人に襲い掛かるのが魔獣というモノだ。


 食事時に考えることではないな。止めておこう。



「さあさ、みなさんもお食べください」


 上杉さんが率先して、小さなカップにスープをよそっていく。

 小さく切った『ブタ肉』と『タマネギ』にピリ辛いスパイスを混ぜた、いかにも王国風の代物だ。


 ちなみに「いただきます」を王国側を付き合わせてはいない。こちらのマナーでは軽く顎を引く程度で、宗教じみた長い説法みたいなものもない。緩くてなによりだ。


「美味い、な」


 俺たち勇者とヒルロッドさんたち近衛騎士全員が口を付けたのを見計らってから、やっとのことで運び屋のリーダーがカップの中身を口に入れた。

 ヒルロッドさんたちは相手にしていないが、俺たち学生組はそれを横目で追い続けていたわけで、その言葉を待っていたというのが正直なところだった。上杉さんなどは、もはや慈母みたいな笑顔になっているし。



「こっちも焼けてマスよ! お食べよ、デス!」


 なぜか握った指の間から棒を突き出すようにしてミアが差し出したのは、串焼きだった。長い爪を武器にする格闘キャラみたいなポージングだ。

 ほとんど直火で炙った、これまた新たに持ち込んだ鉄串に刺した『カエル肉』と『トマト』を焼いたバーベキュー。やっぱり鉄網がほしいな。


 ポイポイと串を配っていくミアもまた、満面のドヤ顔だ。焼肉奉行がそんなに嬉しいか。


「ご飯は食べたい人だけでいいからね」


 笹見さんが持ち上げた皿代わりのバックラーの上には、小さく丸めたおにぎりが並んでいる。


 米については王国人の間でも意見が分かれた。

 ベスティさんとガラリエさんは肯定派。アーケラさんはニッコリと拒絶して、アヴェステラさんとシシルノさん、ヒルロッドさんは全員微妙なようだ。


 笹見さんは運び屋にも勧めているが、それほど積極的という感じはない。

 向こうも向こうで、見たこともなく変なにおいのする食べ物をレア素材と見破ったのか、全員が遠慮をしていた。



「うん。豚の煮込み汁と蛙の串焼きなら、下町でもちょっとだけ贅沢かなって程度だね」


 なんとも小粋なベスティさんのフォローで、運び屋たちの表情も和らいでくれた。

 そうそう、これは余り物で作った即席料理だ。名目上はだけど。


 難しい顔をしながらの食事は、あまり楽しくないから。



 ◇◇◇



 食事が終わって運び屋たちは帰っていった。

 五階位の十人だ。素材を抱えていたところで一層を抜けるくらいは楽勝だろう。


 俺たちは俺たちで食後の休憩中。このあともうしばらく戦う予定がある。

 やっぱり行き帰りの時間を考えると、迷宮泊は効率的だな。


「なんかさ、慣れちまったよな。こんなのに」


「なにが?」


 そんな時に話しかけてきたのはゴツイ風貌の佩丘だった。向こうから寄ってきたわけではなく、たまたま隣に座っていただけのことだけど。



「んー、こうやって毎日お前らと一緒にいるのも、それと……、普通に魔獣と戦うなんてのを……」


「考えないようにしてたんだけどな」


「そうか、わりぃ八津やづ。たしかにそうだな」


「いいよ、本当のことだしさ。そうだなあ、鮭氾濫で開き直れたっていうのはあると思う。あとは【平静】と奉谷さんのバフ、最後にこれはあんまり言いたくないけど慣れと自信、かな」


 とくに【平静】については米騒動で一気に強化された感じがある。ピンポイントでの使い方が明らかに上達しているのが自分でもわかってしまうのだ。ここぞというときに、力を込めて【平静】をかけるというやり口。言葉にするとおかしいフレーズに感じるが、事実そうなのだから仕方がない。


「八津は考えてるなあ」


「これくらいは佩丘だって」


「まあ、な。だけどアイツら見てると、痛々しくてよ。白石だって、奉谷だって、あんなナリでだぜ」


 そこであの二人を出してくるあたりが、いや、誰でもそうか。みんながどこかで葛藤しているはずだ。



 まさかクラスで一番ガタイがデカくて強面の佩丘と、こんな風に話すようになるなんてな。

 山士幌にいたままだったらどうったか。いや、一年一組のことだ、遅かれ早かれこんな感じになってただろう。今ならそんな確信がある。

 中学のころ、こういうタイプのヤツらと距離を置いて、近づかないようにしていた俺に見せてやりたい光景だ。いやいや、見た目ヤンキーといっても、佩丘はまた別枠の生き物だから。


「俺はこんなナリだからなあ、誰も心配してくれねえや」


「大丈夫、佩丘の女子力が高いのはみんな知ってるから」


「なんだよ、そりゃ」


 本当にくだらない会話だ。だけど、それが大事に思えて仕方がない。


 今日一日でつくづく思い知ったのは、俺も含めたみんなの戦闘への慣れだ。

 さっきの話に出たとおり、理由や理屈はわかっている。わかっているのだけど、これでいいのかという思いをどうしても消すことができない。


 だからこそこうやって冗談めかして佩丘と話せている時間は、本当にありがたいんだよ。



「お前ら辛気臭えぞ。割り切れ」


「なんだぁ、んなこたわかってるんだよ」


 こんどは反対側にいた田村たむらが嘲るような言い方で話に参加してきた。すかさず佩丘が反応する。


 一見険悪で、本当に仲は良くないのだけど、だからといって決定的なところまでいかない二人だということを俺は知っている。


「俺を挟んで口喧嘩するのは止めてくれ」


 だからこれくらいのことは言い返せるようになった。


「んだよ八津まで。お前、戦ってる最中はもっとギラギラしてただろ。切り替えだ、切り替え」


「そういやそうだったかもな。俺は一番前だから大した見てなかったからよ」


「ああ、そりゃもう、テキパキ生き生き指揮してたぞ。天職だ。八津は指揮官」


 一転仲良くなってしまう田村と佩丘の関係って、ホント、なんなんだろう。



「やらなきゃ誰かが余計な怪我するかもだろ。必死だよ、もう」


「なら俺が治してやるさ」


「俺は【痛覚軽減】持ちの盾役だぞ。ガンガン前に出せ」


 ヒーラーの田村にタンクの佩丘か。いいコンビだよ。



「ほらほら男子三人、そろそろ時間じゃない?」


「んん、ああそうだな」


 三人でぎゃいぎゃいしていたところに首を突っ込んできた綿原さんが、田村に腕時計を催促した。

 たしかにそろそろ予定の時間か。


「じゃあみんな。そろそろ狩りを再開するわよ!」


「はーい!」


 大声を出した綿原さんに促されて、三々五々にみんなが立ちあがる。腰に手を当ててそれを見つめる綿原さんは、実に満足そうな表情だ。



「それじゃあここからは八津くんに指揮を戻しますっ。ユーコピー?」


 戦闘モードへの移行を綿原さんは宣言して、片手を挙げる。


「受け取りました。アイコピー」


 その手を俺は軽く叩いた。


「ふふっ」


 何が面白いのか、綿原さんはモチュっと笑う。つられて俺も笑うのだ。



「それじゃあと三時間、いってみよう!」


「おう!」


 俺の言葉にみんなが声を上げて応えてくれる。そういうのが嬉しいものだ。


「念のためにもう一度確認しとく。田村、【解毒】は取ってあるよな?」


「……ああ、熟練は全然だけどな」


 五階位になって真っ先に、田村には【解毒】を取ってもらっている。


 二層は毒を使ってくるカエルの出現率がそこそこ高いのに、こちらで【解毒】を持っているのは上杉さんだけだ。

 技能は無詠唱、つまり発声はキーじゃないから上杉さんが麻痺をもらっても、理屈では自己回復できる。さらにいえば、放置しておいても時間経過でカエルの麻痺は解けることはわかっているのだけど、それでもヒーラーが一時停止というのはいただけない。

 カエルの動きには慣れてきているから、そうそう毒は食らわないとしてもだ。


 そこで二人目の【解毒】持ちに誕生してもらった。

【痛覚軽減】が後回しになった上に、田村の【聖盾師】としての技能もしばらく後になってからになるだろう。残念だけど、そこは我慢してほしい。



「マジでやるのかよ、八津」


 田村はすごく嫌そうな顔を俺に向けた。俺だってやりたくない。


「みんなで決めたことだ。なんでもやるんだろ」


「わかってるよ」


 指揮官の俺が率先して実験台になるわけにもいかないし、申し訳なさでいっぱいだ。けれどこれは、やっておくべきこと。たしかにそうなのだけど──。


「カエルを見つけたら、やるぞ」


 今からすでに、心が痛い。


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