第54話 政治ドラマのように




「昨日は近衛所属の【聖術師】が大変失礼を致しました。改めてお詫び申し上げます」


「その、それはもう済んだことですし頭を上げてもらえますか、アヴェステラさん」


 がっつり頭を下げたアヴェステラさんを、むしろ申し訳なさそうに藍城あいしろ委員長が取り成した。

 こっちにもああやって深く頭を下げる文化があるんだと、他人事みたいに思ってしまう。会釈くらいなら何度も見てはいるのだけど。


 そもそもアヴェステラさんは近衛騎士団と関係ない。シシルノさんなんてそしらぬ顔をしているし、ヒルロッドさんは同じ近衛でも部署違いだ。


「勇者様方への対応については、わたくしが全責任を負っていますので」


「ああそのなんていうか、お疲れ様です」


 委員長はもう居たたまれないといった風情だ。

 あとで聞いたことだが、委員長の父親が町長をやっているせいで、責任と本来関係がない人が頭を下げているところをよく見かけたらしい。大人になるって怖いな。



「あの者はみなさんの担当から外れることになりました」


「うわぁ」


 バッサリと言い切ったアヴェステラさんに、何人かが感嘆ともつかない声を上げた。


 ざまあみろみたいな顔をしている人も多い。とくにひきさん、笹見ささみさん、酒季さかき姉のはるさんあたりの三班所属メンバーだ。白石しらいしさんも同じ班だけど、どういう目をしているのかはメガネが反射していてよく見えない。口元については見なかったことにしよう。



「代わりとなる【聖術師】の調整もありましたので、次回の予定は三日後。同じ時刻で──」


 そして早くも次の日程が提示された。

 ヒルロッドさんがちょっと驚いた顔をしている。ずっと訓練場だったから初めて聞いたんだろう。


「『黄石』カリハ隊が同行を申し出てくれました。昨日と同様カリハ隊長、ミレドハ分隊長が参加する予定です。ミームス卿、『灰羽』から一分隊。出せますか?」


「もちろん俺が出るよ。彼らの戦い方は今後の参考になる」


「ではお願いします」


 アヴェステラさんとヒルロッドさんがポンポンとやりあって、近衛騎士からの護衛は前回と同じになることも決まった。騒ぎを起こした【聖術師】だけが入れ替わる形になるわけか。



「ではみなさん、わたくしたちはこれで」


 軽い打ち合わせを終えて、アヴェステラさんたちは退出していった。



 ◇◇◇



「みんな、ちょっとストップ!」


 夕食も終わってクラスメイトだけで熟練上げをしていたら、【忍術士】の草間くさまが珍しく大きな声を出した。


 みんなが何事かと注目した直後、談話室の扉がノックされる。だけどおかしい。音がした扉は普段使っている出入口ではなく、倉庫になっている小部屋からだったから。


「……たぶんだけど、アヴェステラさんだと思う。気配がね」


 さすがは【気配察知】持ちの草間だ。そこまでわかるものなのか。



「おいどうする、草間がなんかカッコいいぞ」


「すげぇな忍者」


「それよりノックの方だろ。委員長、どうすんだ?」


 あちこちで草間を賞賛する声が上がる。ちょっとうらやましいな。視界に入っていれば俺が一番な自信があるだけに。


 黙ったままだった委員長がため息を吐いて、ドアを開けた。


「夜分遅くにすみません。少々事情がありまして」


「……でしょうね。騒ぎ立てない方がいいんですよね? みんなもよろしく」


 扉の向こう側から現れたのは、草間の予測どおりアヴェステラさんだった。

 なぜ今、なぜ誰も出入していないはずの小部屋から。疑問は尽きないけれど、それでも委員長は二度目のため息を呑み込んだようだ。



 ◇◇◇



「ご用件は」


 この状況でも先生は黙ったままなので、仕方なさそうに委員長が代表して話を始めた。先生の態度は責任逃れではない。いざとなれば口を出すのは明らかなので、学生側は心配していないのだけど、アヴェステラさんからしてみれば微妙なところかもしれないな。それとももう慣れたかも。


 ここは談話室から一部屋離れた応接室だ。使うのは初めてで、ここもまたけっこう広い。やろうと思えばクラス全員が参加することもできそうだけど、今回は人数が絞られている。

 先生、委員長、中宮なかみやさん、ひきさん、野来のき、そして傍観係の俺だ。

 ほかの連中は談話室で訓練を再開しているはずで、ついでに扉の向こうでは草間が耳を当てているだろう。盗聴と【気配察知】の熟練上げが同時並行だ。


 疋さんと野来が名指しされた段階でなんの話題かは確定した。問題はなぜこんな形を取ったのかだけど、俺にはそれもちょっと想像できていたりする。



「まずわたくしがどうやってここまで来たかについてお話しさせていただきます」


「どうぞ」


 そこからか。それについは想像どころかクラスの連中全員が確信しているのだけど。


「王家に伝わる隠し通路を使いました。この離宮に出入りする者で存在を知るのは、わたくしだけです。わたくしが知ったのも今日の昼間ですね」


 ですよねー、という言葉は呑み込んだ。

 離宮に隠し通路が存在するかもなんていう話は、こちらではとっくに出終わっている。あれは二日目の夜くらいだったかな。


「ですのでわたくしが戻る際には、あの部屋でひとりきりにさせていただきたいのです。お願い出来ますか」


「わかりました」


「ありがとうございます」


 実際に出入りするところを見られたくないということだ。どうせ単純な扉になんてなっているはずがない。こんど絵でもズラしてみるか、それとも彫刻の首を回してみるか。隠し扉探しなんて俺たちにしてみれば最高の娯楽だしな。



「それでは王女殿下からのお言葉を伝えさせていただきます。此度、近衛師団所属【聖術師】パード・リンラ・エラスダ男爵の行状、その経緯も含めて勇者の皆様方に深いお詫びを」


 あのおっさんが男爵なのは知っていたけれど、そんな名前だったのか。

 それにしても『その経緯も含めて』ときた。やっぱりなのかな。

 野来と疋さんはわかっていない様子だけど、先生と委員長、それに中宮さんには『アヴェステラさんと王女の視線』の件、伝えてあるからな。


「特にヒキ・アサガオ様、ノキ・タカノリ様には直接的損害を与えてしまったことを残念に思う」


 アヴェステラさんの口上が続く。いつもと違う口調がいかにも王女からの伝言であることを強調していた。


「アウローニヤ王国第三王女、リーサリット・フェル・レムト。……以上になります。申し訳ありませんが、文書としては残せません」


 王女様のお詫びだ。紙にできないというのはまあ、わからないでもない。俺たちがどこかに漏らすかもしれないし、記録に残したくないってことだな。

 偉い人も大変だ。俺なら直接ごめんなさいで済む話なのに。



「……野来、疋さん。悪いけど」


「……わかりました。謝罪を受け入れます」


「まあ、アタシは軽い傷だったし」


 委員長に促されて野来と疋さんがそれぞれ引いてくれた。残りの面々がそういう空気を出していたから、みんなを信じた部分が大きいかもしれないな。これぞ圧迫面接というやつなのか、受けたことはないけど。


「ただ、事情は聞きたいかな。なんかあるんでしょ?」


 さすがに野来も何かがあると気づいたようだ。


 王国側にいろいろな事情があるだろうという委員長の予想が当たっているか、是非聞きたいところかな。ヘタをしたら『お前らは知らなくていい』かもだけど。



「かの男爵、エラスタ卿は勇者排斥派です。正確にはみなさんが近衛からいなくなってほしい一派の一人、ですね」


「うわぁ」


 俺と中宮さんが同時に似たような声を出してしまった。お互い顔を見合わせることになって、どうにもバツが悪い。

 俺たちとしては王国側になにか目論見があったんだろうな、くらいだったのに『排斥派』ときたもんだ。


「ちょっと過激な単語に聞こえるのですけど、どういう派閥なんでしょう」


「積極消極と程度に差はあるのですが、みなさんが『王家の客人』のままでは使い勝手が悪いと考える者がいるのです」


 顔をしかめながら確認する委員長に対する返答は、これまた過激だった。露悪的なんだろうけど、もう少し言葉を選んだ方が。なまじ俺たちのフィルド語翻訳機能がバッチリだから主旨が分かりやすくてタチが悪い。



「エラスタ男爵の取った行動はアイシロさんへの探りと煽りです。どうしても【聖術】使いは狙われやすいので」


「やっぱり僕ですよね。どうしたかったんでしょう」


『様』から『さん』に変わったのはアヴェステラさん個人としての発言ということだろう。

 委員長も少しだけ肩の力を抜いているようだ。自分のコトになると、逆に気が楽になるのかもしれないな。


「かの者は王国聖務部より金品を受け取っていました。自身もまた近衛にこれ以上【聖術】使いが欲しくなかったようですね。声高にみなさんを切り売りすべきと発言していたようです」


「うわぁ」


 今度は先生以外の全員がハモった。声も上げたくなるよ。

 アヴェステラさんは疲れたように薄っすら微笑んだ。俺たちは必要とされていても、無条件ではない存在なのはわかっていたつもりだけど。



「今回は情報を売り渡す程度の目論見だったと思われます。そこに私情も相まって、ノキさんとヒキさんが被害に遭われたことは想定外でした。わたくしからも謝罪いたします」


「……こうなることがわかっていたという意味、ですよね?」


 ちょっと震えた声で言葉を発したのは中宮さんだ。怒ってるのがよくわかる。

 沈黙を続ける先生もかなり怖い。


「はい。エラスタ男爵が昨日の探索を担当するように差配したのは、王女殿下のご意思によるものです」


 答え合わせの時間だ。そしてなるほどとも思った。

 実はこの結論、俺は委員長と先生から予想として聞かされていた。


 よくもまあ俺がおかしな瞬間を見たというだけの報告で、あの二人はここまでたどり着けたものだ。

 パードとかいうおっさんが王女様の仕込みだったとか、大当たりじゃないか。



「ことを知らしめて追い落とすのと同時に派閥への牽制、ですよね」


「そのとおりです。残念だったのはエラスタ男爵が情報収集だけでなく、職務放棄までしてしまったこと。アレの気質を見誤っていたこちらの落ち度です」


 こちらが、というか委員長が正解をズバリ言い当てたことが意外だったのだろう。アヴェステラさんは諦めたように白状してくれた。

 先生や委員長曰く、敵対派閥のマヌケを焚きつけてヘマをやらせるのは世界の常識だそうな。深々と頷く委員長はドコを目指しているのだろう。町長は世襲じゃないはずだけど。


「それにしてもみなさん、学生なのですよね? しかも平民の」


「この国とは教育制度が違いますから」


 つらっと委員長が流すが、教育制度は関係ないんじゃないかな。むしろ政治劇とかそっち系のドラマや小説で知った知識が大きいような。

 たしかに異世界モノの宮廷騒動展開とかではありがちな話ではあるから、聞いたあとなら俺でも意味は見えてくる。


 ついでに無いとは思いたいけど、先生がウチの学校で派閥争いに巻き込まれていないことを祈ろう。派閥なんでものがあるかどうかは知らないけれど。



「パード男爵とやらはどうなるんですか?」


 勧善懲悪モードの中宮さんの質問には苛烈な含みがあった。サムライガールだな。ハラキリまでは望まないだろうけど。


「王子殿下と王女殿下への謝罪は終わっています。金銭による贖いも」


 上司への謝罪と罰金か。そこまでしたなら、俺としてはもうアレの顔はもう見たくないんだが。


「では野来と疋への謝罪はいつ頃」


 キツい目つきで中宮さんが畳みかける。


「申し訳ありませんが、両殿下への謝罪と金銭の支払いで、今回の騒動は決着ということになります。もちろん、かの男爵は人事査定に大きな瑕疵を残します」


「くっ」


 上には謝ることができても平民には頭を下げられない。金を払うのも上にだけ、か。



「中宮さん。どうやらこの国の慣例ではこうなるようです。あとは王家が便宜を図ってくださるということでよろしいのですね」


「確約いたします」


「ならばわたしたちも胸の内で抑えましょう」


 ついに先生が口を開いた。そして先生が妥協したなら仕方ないというのが一年一組の常識だ。

 日頃の行動で先生は俺たちの信頼を勝ち取っている。


 そんな先生が自分から諦める態度を見せるという泥をかぶってくれた。だからここで引くことだって、悔しいけれど納得するしかない。


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