第53話 いいから訓練だ




「どんな理由であれ君たちが団結してくれているなら問題ないよ」


 腰に手を当てたヒルロッドさんが諦めたような苦笑いをしている。


「それにもう新しい技能は取り終えたんだろう? こちらとしては『近衛騎士』としての必要技能は提示しているんだ。取捨選択は君たち次第だね」


 誰にでも最終決定権は本人にある。強制されるのは立場と所属によるわけだが、俺たちは『勇者との約定』に守られた王家の客人扱いなので、フリーハンドに近いといえるだろう。

 それでも【聖術】を取れとうるさい、変な人に出会うこともあるわけだが。



「そして今日からの訓練内容だが、これも君たちの提案を最大限導入しよう」


「あの」


「どうした?」


「僕たちの出した資料はあくまで日本の常識に縛られています。アウローニヤの通常と折り合いをつけて最終的なやり方を決めたいと考えています」


 藍城あいしろ委員長は堂々としたものだ。


 ここまで俺たちはヒルロッドさんの訓練メニューに従ってきた。昨日の夜にそれぞれが新しい技能を取ったわけだが、当然ここからは個性が出てくる。

【聖術】の訓練方法については止められるかもしれないから秘密にしているけれど、それ以外の部分ではこちらの常識が参考になるだろう。取り入れられるものは受け入れて、隠すことは談話室でこっそり、それが俺たちの方針だ。


「いやはや、君たちの柔軟さは美徳だよ。近衛や軍のお偉いさんたちに聞かせてやりたいな」


「いい案だよミームス卿。上奏してみようか」


「冗談だよ冗談。冗談だよな? ジェサル卿」


 ヒルロッドさんとシシルノさんの漫才は置いておこう。



「あー、話を戻すとだ。君たちの出してきた『一層での戦闘を増やす』という案だが、こちらとしては歓迎ではあるんだよ」


 王国側としては俺たちが四階位になった段階で、すぐに二層に送り出したいようだった。逆に一年一組は一層である程度戦闘経験を増やしておきたい。


 経験値効率からすれば、騎士のサポートをつけたままでギリギリの敵と戦うのが一番だ。熟練度については一層で長く戦うか、二層で密度上げるか、ちょっと判断が付けにくい。

 もちろん四階位になっても一層に居続けるのはナンセンスだと思う。あくまで一層で準備体操をしてからそのあとで二層へ、というイメージでいきたい。


 とにかく俺たちは素人だ。命のやり取りという意味では先生や中宮なかみやさんでも。


「僕たちとしては助かりますけど、理由があるんですか?」


「以前話したことがあったろう、『迷宮の魔獣が増えている』って」


 シシルノさんの目が技能と関係なくキランと光った気がする。ああこれは勇者に関係しそうな話になるのかな。



「迷宮の魔獣だが、その増減に周期があるという説が存在している」


 教授モードに入ったシシルノさんは物騒な話を実に楽しそうに語る。


「情けないことに統計情報にはなっていないがね。せめてわたしかシライシくんが百年前に生まれていれば」


 勝手に白石しらいしさんをこの国に誕生させないでほしい。怯えているじゃないか。


「ただ、ここ三年の増加は明らかだ。そして迷宮の異変といえば」


「……魔力、ですか」


「当然の考えだね」


 唸るような委員長と気軽に流すシシルノさん。魔力が魔獣の増加に関係しているとすれば。


「そんな時に君たちが現われた。これもまた魔力に関係する事件だとわたしは思うのだが、どうかな?」


 そうなるよな、やっぱり。



「その件と僕たちは──」


「そう。君たちが原因などとは思っていないよ」


 変な言い掛かりをつけれれてはたまらないと委員長が言いかけたところで、シシルノさんがあっさりと手をかざして遮った。


「君たちが現われる前から魔獣が増えていた。そのあとで君たちがやってきた。根は一緒。なんらかの理由で迷宮の魔力が増えている、そう考えるのが自然だろう?」


「……妥当だと思います」


 相手は聡明で理知的なシシルノさんだ。これくらいの理屈は通って当然か。

 ヘタな相手ならお前たちのせいだ、なんて言われていたかもしれない。



「すまないすまない。また話を逸らしてしまったよ。結論だけを言えば、君たちが一層で活躍してくれるのは国側にとっても助かるということだね」


「ジェサル卿……。すまないな、そういうわけで勇者諸君の提案は歓迎されるだろう」


 シシルノさんが自由なぶんだけ、ヒルロッドさんの苦労人っぷりが際立っているな。


「近衛や軍はいまさら一層などと言う者も多いんだよ。日程は調整させてもらうし、万全の態勢をとらせてもらおう」


 一層はレアなタマネギ魔獣なども出るが、総じておいしくない狩場ということになる。ネズミとタヌキは街に出荷されているようだし、それ相応の素材ということだ。


 それこそ冒険者や平民の出番な気もするが、アラウド迷宮は入り口が王城の中にあるだけに話がややこしくなる。

 俺たちの提案は願ったりかなったりだったわけだ。



 ◇◇◇



 迷宮一層での時間を長くするメリットは連携を含めた俺たちの戦闘慣れだ。ついでに班を組み替えて、連携の実験やバランス調整もできるかもしれない。階段の上り下りまで考えれば、そのぶんまで時間をかけることができる。

 幸いというか事案というか、迷宮は渋滞中であることだし。


 デメリットとなると、まずは経験値と熟練度効率だ。

 ネズミ換算でいくと一人当たり三階位から四階位になるのに必要な経験値は三十体くらいらしい。ここまでは現実的だが、四から五になると数百以上だとか。厳密に試した人がいなく、研究者レベルで推定された数字だ。もはや現実味がない。

 そもそも四階位ともなれば、サポート付きなら二層でも戦えるのだ。



「二十二人だから全員を三からスタートとしても、レベル四になるのに七百近くかぁ」


「ネズミキラーになれそうだよ」


「一層でレベル五になるのは、ちょっと数えきれないワケね。絶滅させちゃいそう。ほら、行くよ!」


「おうっ、こい!」


 俺の話し相手は【嵐剣士】の酒季さかき姉ことはるさんだ。

 場所は変わって訓練場。俺たちは今、バックラーのぶつけ合いをやっている。想定状況は春さんが仮想ネズミで、俺は受け流しタンク。


 もともと陸上で短距離をやっていた春さんは、この世界でもスピードアタッカーを目指している。なんといっても今回の技能取得で【体力向上】【身体強化】【身体操作】の三点セットをコンプした、クラス唯一の存在だ。



「昨日は攻撃が間に合わなくて悔しかったから、ねっ!」


「つぅっ!」


 低い体勢で突進してきた春さんのバックラーを、左手で逸らしながら受け止める。バガンって鉄なべをぶつけた感じの凄い音がした。

 三班の騒動ではあまり活躍できなかったせいか、相当気合が入っているようだ。


 春さんは新しく身に着けた【身体操作】と【体力向上】の熟練を上げるために、距離を取っては休みなく突撃を繰り返してくる。彼女なりにネズミの姿をトレースしてくれているので、チョロチョロっと進路を変えながら、地を這うような体勢で体当たりをしてくるのだ。捌くのも大変。


 俺は俺で【観察】【視野拡大】【集中力向上】をフル回転させて、『見えていない先』を予想しながらそこに盾を置いていく。

【反応向上】なんていうわかりやすい技能もあるが、いまのところ俺の候補にはいてくれない。

 仕方なく見えていた過去から無理やり先を予測して、ギリギリで体を間に合わせている感じだ。資料には無いけれど【思考加速】なんていうのが欲しくなるな。


『とりあえず俺は捌きタンクになる』


 ほかに自分の役割を思いつかなかったので、強がりで宣言してしまった。

 騎士が抜かれた場合に後衛の術師たちを守るのが俺ということになる。出番がないことを祈るばかりで情けない。


「まだまだいくよぉ!」


「よっしゃこい!」


 二人とも『迷宮探索基本装備』なので重量はマシマシだ。正面衝突をしたら吹き飛ばされるのは間違いなく俺の方だろう。持てるものを総動員してひたすら逸らし、受け流す。


 今できる数少ない俺の役目だ。やり遂げるためには、練習あるのみ。



「しゅえあぁ」


草間くさまくん、掛け声怖いよ!」


 春さんと俺みたいなことをやっているのは、ほかにもいる。

 隣は草間と酒季弟ペアだった。【忍術士】の草間からは掛け声で新しいキャラ付けを感じる。メガネニンジャの段階でイケてると思うのだけど。


 似たような光景が訓練場のあちこちで見られる。

 基本的に前衛系が突進係で、後衛系の術師たちが受け手をやっている。変な掛け声もセットだ。


 いつもどおり、嘲るような貴族様の笑い声ももれなくついてくる。

【聖術】を使うような術師までもが盾の訓練なんてしているのだ。王国の常識だとちょっとありえない行動かもしれないな。だからどうしたとしか思わないが。



「こいやぁ」


 あっちでは佩丘はきおかの気合が炸裂していた。

 はら見ろ。ちゃんとこちらのやり方に付き合っている連中もいるんだ。


 騎士組は両手で大盾を持ちながら、迫りくる丸太を受け止めていた。繰り返す、丸太だ。

 木製のやぐらから二本のロープでぶら下げた丸太を揺らして、それを受け止めるというアナログな訓練が繰り広げられている。

 交代で丸太を押して揺らして、誰かが受け止める。その度にどぉんどぉんと重たい音が響いて、いかにも特訓といった感じだ。


 高校一年があんなことまでできてしまうようになるんだ。魔力というのは恐ろしい。



 ◇◇◇



「よぉし、そろそろ時間だ。訓練終了!」


 四方を囲む建物のお陰で訓練場が暗くなる時間は早い。

 松明に火をつけられてからも訓練を続けていたら、ヒルロッドさんの声が響いた。もうそんな時間かと思うくらいに体力はついてきたと思う。【体力向上】ががんばってくれているのかな。



「……内蔵が無いぞ」


「バカウケ、デス」


「自分でもやっちまったと思ってるからやめろ。内臓が無いというか、造りがおかしい」


 集合場所に戻る途中で、田村たむらとミアがナニカを囲んでアホな会話をしていた。

 何をやっているのかは知っていたので【平静】を全力掛けしてから見てみれば、やはりネズミの解剖だった。


「構造が単純すぎますね。口があるのに消化器系がほとんど見当たらない。生物かどうかすら怪しいですね」


「や、やっぱり魔獣は、その、魔力で動いているから、でしょうか」


 先生が冷静にツッコミを入れて、途切れながらも答える白石さんは顔が真っ青だ。横には上杉うえすぎさんも立って見ている。


 ネズミをバラしていたのはその五人。

 もちろん弱点があればいいなあ程度の学術的意味はあるけれど、どちらかといえば新規に【平静】を取ったメンバーの熟練度上げだ。

 顔色の悪い田村は普段と比べものにならない早口と口数になっていて、白石さんはドモりまくっている。先生とミア、上杉さんは冷静なもので、本当に【平静】が必要だったのかじつに怪しい。



 こんな感じで迷宮翌日の俺たちは、新しい技能を鍛えるためにがんばっていたわけだが──。


「みなさん、お疲れ様です」


 離宮に戻ってきた俺たちを待っていたのは、昨日ぶりのアヴェステラさんだった。


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