第52話 真面目な連中




「昨日はお疲れだったろう。よく眠れたかな」


 日本の常識をほとんど知らないヒルロッドさんの挨拶は、冗談なのか本気なのか判別がつきにくかった。


 少なくとも俺はキッチリ寝たつもりだけど爽快という目覚めではなかったし、これが【睡眠】なんていう技能のお陰だとしたら、この世界はゲーム要素が不健康の源になっていると思う。

 ありがたい要素は多いけれど【平静】とかの精神系はどうにも気持ちが悪い。


「あの、アヴェステラさんは?」


 みんなが思っていたことを藍城あいしろ委員長が代表して聞いてくれた。

 本日登場したのはシシルノさんとヒルロッドさんの二人だけで、アヴェステラさんがいないのはこちらに来てから初めてだ。


「アヴィは野暮用でね、夕方には顔を出すと思うよ」


 シシルノさんが気軽に流すが、なんとなく俺は気が付いた。昨日の【聖術師】怠慢事件が絡んでるんじゃないか?

 もしそうなら朝のうちに確認した、委員長と先生の見解がある程度当たっているのかもしれない。


 今回の件で王国側の考えも見えてくるかもしれないが、どうせ俺たちは受け身の側だ。答えを待つしかないのがもどかしい。



「それでは最初に昨日の総評からだね」


 昨日は疲れもあるだろうと、ヒルロッドさんは俺たちをすぐに離宮に帰還させてくれていた。

 今日からまた訓練再開だけど、まずは昨日の迷宮探索の振り返りだ。


「三班に予定外の事態が起こったものの、総合的に言えば十分な結果だと俺は考えている」


 お褒めの言葉に、クラス全体が安心したような息を吐いた。


「迷宮の魔物は恐ろしい。地上の獣や人とは、また別の恐怖をもたらす存在だ」


 俺たちとしては『人』を手をかける方がよほど怖いのだが、それはもう伝えてある。

 ヒルロッドさんたちはそれをよくわかっているのか、少なくとも俺たちに『対人戦闘』訓練をさせるようなマネは今のところ指示していない。これからもそうであってほしいものだ。



「ただまあ、最初は最初だ。躊躇する者がいたのは仕方がないかな。アイシロ、サカキ・ナツキ、ササミ──」


 書類を見ながらズラズラ並べられた名前は、初回に突撃をためらってしまった面々だ。俺の名前もあったりする。上杉うえすぎさんと比べられても困るんだ。


「それでも二体目以降は良くなっていったと聞いている。俺の見ていた一班もしっかりやってくれていた」


 二班のジェブリーさん、三班のヴェッツさんもしっかり報告していたわけだ。当たり前か。



「結果として二階位が七名、三階位十五名だ。順調だな」


 なにをもってして順調なのか、どこまで階位を上げれば王国は納得してくれるのか、そこがまだはっきりとしていない。おぼろげに『一人前』だけは最低でもクリアしてほしいようなことは言われているが。


 座学で聞くところによれば、階位は七か八で一人前、十もあれば一流という感じになるらしい。もちろんこれはアウローニヤ王国基準で、ほかの国や迷宮専門の冒険者だとわからない。


 ここで一流とか一人前の意味だ。

 この世界の戦士は階位を上げて『外魔法』を強くするのは当然として、『技能』をどれくらい習得しているかが強さの目安になる。それぞれの神授職によって変わってくるが、推奨されている技能が揃うのがだいたい七階位から十階位ということになる。それを目指せというわけだ。


 だけど俺たちには『勇者チート』で、同じ階位でもほぼ倍の技能を取得できている。なら五階位で十分かというと、そこはまだわからない。

 俺たちが王国に言わせると『無用』な技能を取っていることと、熟練度が見えていないのが問題になるからだ。

 こちらの人たちが年単位で磨いてきた技能と、まだひと月も経っていない俺たち。ここにもチートが眠っているかもしれないが、それを期待するのはさすがに……。



「迷宮一層での目標は四階位。その先は二層で、ということになるよ」


「少し口を挟ませてほしい」


 今後を語るヒルロッドさんに割り込んできたのは、もちろんシシルノさんだった。


「どうしたジェサル卿」


「いやなに、これだよ」


 シシルノさんがポンと手に持つ書類を叩いてみせた。



 提出しておいたレポートは昨日の夜と今日の朝にクラスのみんなで書き上げたものだ。


 初回の迷宮で感じたこと、意外に思ったこと、できたこと、できなかったこと。

 それらを踏まえてどうすればいいか、自分はどうしたいか、どうなりたいか。

 そんなことをみんなでメモして、委員長が集めてダブりを潰して、意識を共有した。


 最後に王国側にはぼやかしておいた方がいいと思える箇所を隠して、我らが書記の白石しらいしさんが清書したのがソレだ。


「うん、良くできていると思うよ。近衛の訓練手順にも叶うものだ」


 ヒルロッドさんも冒頭で目を通してくれていたので、ここからの話がしやすいなとは思っていたのだけれど。



「ただ現実的でない部分と、消極的な箇所も見受けられたかな。それを踏まえて──」


「そこだよ。それこそなんだ」


「ジェサル卿……」


 再度ヒルロッドさんを遮ったシシルノさんに、さすがに訝しげな目線が送られる。俺たちからも。


「彼らには彼らの考え方があるということだよ」


 ふっと笑いながらヒルロッドさんに変なコトを言って、シシルノさんは俺たちに向き直った。


「わたしがね、君たちを一番買っているのは、そこなんだ。君たちは考えることができる」


 熱にうなされた顔というやつかもしれない。今のシシルノさんのテンションにクラス全員がついていけてないぞ。正確には『始まってしまったか』という感想だ。


「今の境遇を把握して、そこからどうすればいいかを考えている。力を身につけなければいけないとなれば、どうやって強くなるのかを考えている。とにかく考えて、考えることを止めやしない」



 シシルノさんの言いたいことは、彼女自身が何度か嘆いていたこともあったから、なんとなく想像できる。

 要は俺たちが自発的に資料を作ったりして、今の境遇なりにできることをしようと足掻いているのを絶賛しているのだ。あざ笑っているわけではない、念のため。


 軍の『総合魔力研究所』とかそんな感じの名前の部署にいるシシルノさんは、日ごろからイライラしているらしい。

 仮にも研究所で研究職を名乗っているのに前例主義的な考え方をする人たちや、ほかのコトで時間を消費している人たち。しかもそういう風潮は上に行けば行くほど顕著らしく、所長の子爵だかは予算の私的流用と、そこから捻出したワイロで今の立場を手に入れたくらいだと、それはもう長々と愚痴をもらったことがあったのだ。


「モードに入っちゃってるわね」


「早く帰ってきてくれないかな」


 綿原わたはらさんがげんなりしたように呟くけれど、まったく同感だよ。


 そういうシシルノさんを見ていると、この国は本当に大丈夫なのかと心配になってくる。このあたりは法律や文化を調べている先生や委員長も気に病んでいるようだ。

 どうやら金で地位や肩書を買うことが半ば公然となされている状態らしい。金の出所もかなり怪しげで、ツケを回されているのは平民だろうと簡単に想像できてしまう。


 俺たちが危機感をもって力を付けたいという理由のひとつだ。いざとなれば逃げだすぞ、と。



「学院では学徒を名乗りながら出身の肩書を得たいだけのクソ貴族子弟どもが大多数──」


 ちょっと待ってほしい。それは日本でもけっこうある。胸が痛くなってきた。

 ちなみに貴族と金持ち専用の『学院』なる機関はあるらしい。ホンモノの上位貴族は家庭教師で済ませるらしいが、実態は将来へのコネ作りがほとんどだとか。

 それもまた日本でもけっこうあるんじゃないか。


「だが君たちは真摯だ。仮定と考察から実証を得るための努力を忘れていないんだよ」


 ここで『日本人で学生をやっているなら当然ですよね?』ムーブをやるつもりはない。

 魔力システムの検証はちょっとゲームっぽくて楽しいのは事実だが、それ以上に仕方なくやっているのが本当のところだ。

 たまたま『この国の考え方に比べて』ちょっとだけ先進的なやり方をしているだけだよ。それは俺たちが優れているとかそういうことにはならない。それに、誰が好き好んでスキルを生やすために背中を叩かせるものか。


 どうやら俺たちのそういうところが、日常でストレスフルなシシルノさんには刺さるらしいのだ。

 クラスの全員が【平静】をぶん回しながらシシルノさんの独白を聴いているわけだが、そろそろ話を現実的なところに戻してくれないかな。



 ◇◇◇



「それにしても君たち、随分派手に技能を取ったみたいだね」


 吐き出すものを吐き出して少し落ち着いたらしく、ニヤニヤしているシシルノさんは本当に楽しそうだ。よくいう『目が笑っていない』ではなく、本気で笑っているのが怖い。逆にとなりのヒルロッドさんは微妙そうな顔をしているけど。


 今まさに放たれたシシルノさんの【魔力視】にも慣れた。直接にはわからないにしても、使った瞬間眉と目がちょっとだけ動くんだ。

 これまでは違和感程度で掴んでいたソレを、【集中力向上】のお陰か今日はハッキリと捉えることができた。これはまあ、いい傾向だ。



「それでどんな技能を取得したのかな。ワタハラ君とヤヅ君が気になるね」


 俺たちをロックオンしないでほしいかな。

 どうにもシシルノさんの気質は未知の探求者だ。聞いたこともない【鮫術師】と【観察者】はさぞや気になるのだろう。ついでに研究者仲間として白石しらいしさんも。


「資料にも出てくる平凡な技能です」


「そうかい。だがそれを組み合わせて面白くするのが君たちじゃないのかな?」


「だったらいいんですけど」


 バレてるなあ。ストレス発散と見せつけてやろう根性で意気込んだ綿原さんの【霧鮫】が、シシルノさんにストライクだったらしいし。アレには笹見ささみさんと深山みやまさんも関わったわけで、そういうところもツボなんだろう。



「資料と訓練を見ていて思ったのだがね、君たちは下地を作っていると、わたしにはそう思えるんだよ。ミームス卿はどうかな」


「……言われてみれば同意だな。これでも十年近衛をやってきているが、集団においてここまで実直に積み上げる連中は初めてかもしれないよ」


 妙な感じで二人が納得し合っている。

 俺たちは報告書と今後の提案をしただけなのに。



「ウチの中でも意見は分かれていますし、やる気だってバラバラです。それでも共通点があるから、なんとかなっていますね」


 いい加減話を進めたいのか委員長がクチバシを突っ込んだ。


「共通点? 想像はつくが、よければ教えてもらっても」


「『クラスメイト』だからです。こちらの言葉だと『学び舎を共にする』、でしょうか」


「『くらすめいと』ね」


 あえて英単語を使う委員長にヒルロッドさんが首をひねる。

 危機感とかいう言葉を聞きたかったのかもしれないけれど、それを言う委員長ではないし、俺たちがクラスメイトだからがんばれているのも本当のことだから。


 だからこそ今この瞬間も、みんなはそれぞれ技能を使い続けているわけで。

 教壇から見えない範囲で藤永ふじなが深山みやまさんは水球を、酒季さかき弟は小石を動かしているし、綿原さんは【砂鮫】をチョロチョロいじっている。なんか羨ましいぞ、そういうの。


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