第51話 ファーストリザルト
「どう?」
「うん、視界が広がった。これは育てないとな」
「パワーアップね」
ぐっと握りこぶしを作った
◇◇◇
先生の提案に乗っかった一年一組は、全員で【睡眠】を取得した。すぐに熟練上げといきたいが、それをしたら寝てしまうわけで、そちらはいったん保留。
残念ながら二階位のメンバーは、『内魔力』量の都合で今回の新規技能獲得はここでおしまいだ。次回の迷宮で優先的に三階位にすることは確定しているので今は我慢してくれ。
「じゃあ僕は予定通り【聖術】だね」
三階位になった面々は宣言しながら技能を取り始める。トップバッターは
前衛としてどうなんだという話もあったが、それでも彼は【聖術】を選んだ。
「一パーティにヒーラーは最低一人。基本だろ」
「そのとおりだよ」
という風に
「さっきみたいのがあるとね。アタシは痛いしイライラするしで、あー、思い出して腹立ってきた」
三班の激闘のあと、気を失った野来と軽いケガを負った
そのために同行したのに出し渋るとか、疋さんが怒るのも当然というものだ。
なんでも委員長が【聖術】を持っていないのをチクチクやって、治療をした後も妙に恩着せがましかったとか。
そういう経緯で、今後も三班構成を続けるならヒーラー三人体制は必須という判断になったわけだ。
委員長は熟練度上げのために、叩かれる側から治す側に回ることになる。
「僕と先生からアヴェステラさんには言っておいたから」
「アイツの顔はもう見たくない」
委員長が疋さんを宥めているけれど、勇者サイドが王国の責任者に本気で苦情を入れたのは、これが初めてのことだ。
一年一組は『勇者との約定』で、ある程度守られることになっている。この件に対して王国がどういう態度に出るのか、もしかしたら今後の指針になるかもしれない。
この件について、俺はどうにも納得がいっていない。
ヒルロッドさんは【聖術師】の要請に困って、そこに王子と王女の口添えがあったと言っていた。その結果が手抜き【聖術師】だったなんて、ありえるのか。両殿下に嫌がらせをされる覚えは無いし、王女に至っては俺たちに便宜を図るみたいな物言いまでしたのだ。
そして思い出すのは迷宮に入る直前に王女とアヴェステラさんが目くばせをしていたシーンだ。無関係と考えるのが普通かもしれないが、今回の件に関わっている可能性もある。
俺の考えだけじゃ絶対に足りないのはわかっているので、このコトは感想を含めて先生と委員長には伝えてある。あとは任せることにした。
◇◇◇
「俺たちは【魔力浸透】だな」
「あ、ボクもね!」
【聖盾師】
田村と上杉さんはヒーラーとして、奉谷さんはバッファーとして【魔力浸透】で効果を上げることを選んだ。同色の魔力という『クラスチート』を持っている俺たちだ。そこにさらに上乗せでドンになるわけで、今後が実に頼もしい。
「いいかげん僕も術師らしいことをしないとね」
【石術師】の
これで明確に魔術を使うグループは全員がメインスキルを取得したことになる。
同じ術師系では【雷術師】の
どうやら笹見さんも三班の激闘で苦労したらしい。
同じく三班の【騒術師】白石さんは迷宮で【鎮静歌唱】を取っていたので、この場ではパス。そして我らが【鮫術師】たる綿原さんは──。
「【砂術】を取るわ」
【身体強化】を取るとか言われていたら俺は落ち込んでいただろう。かなりホッとした。
彼女は当たり前みたいな顔をしているけれど、【砂術】なんて候補を持っているのは綿原さんだけだったりする。
「【魔術強化】も考えたけど、わたしの鮫、攻撃力ないのよね」
今のところ綿原さんが出せるのは【霧鮫】と【空気鮫】だ。
ただし【霧鮫】は笹見さんと深山さんの手助けが必要な『合体魔術』だし、【空気鮫】は空中に透明なサメが現われるだけ。攻撃力皆無どころか、目を凝らさないと見えないくらいだ。
『透明な鮫って最高よね!』
と、ご当人は大喜びだったのだが。
「なので【砂鮫】を創ろうかなって」
「……おい
だから古韮、なんで俺に振る。
「綿原さん?」
「なにかしら」
「【水術】も出てるよね?」
「ええ。でも【水術】は被るから」
【血術】もだけど綿原さんの場合、流体関連が出やすいのかもしれない。砂がそういえるかは微妙だし考えすぎかもだけど。
「【砂術】の取得コストは大きそうなイメージだけど、【水術】使いは多いでしょ? バリエーションがあったほうがいいし、砂でいいかなって」
「それもそうか。がんばってね」
先生がそうしたように、技能については手探り状態が続いている。効果がはっきりしている【水術】で安定を採るか、【砂術】で可能性を模索するかだ。
そしてたしかに【水鮫】よりは【砂鮫】の方が攻撃力というか、行動阻害効果がありそうに感じる。目つぶし的な意味で。
「ええ。わたしはやるわ」
周りも好きにさせろって雰囲気になっているし、俺も正直見てみたい。
魔術は『好きなものこそ上手』要素が強いとされているわけで、本人が燃えているのが一番か。
◇◇◇
「アタシは予定どおり【身体操作】かな。鞭、使いたいし」
「わたしもね。階位が上がって力が強くなるのはいいけど、バランスが崩れてしまって」
【裂鞭士】の疋さんと【豪剣士】の
「ハルも【身体操作】を取るよ。ついでに【体力向上】もいっちゃう」
そして【嵐剣士】の
すごい、というか羨ましい。だけど本人は先生や中宮さんのように技を持っていないのをコンプレックスに感じているみたいだ。それを言ったらほとんど全員が素人だから気にすることはないのにと思うが、近距離物理アタッカーは先生と中宮さん、そして春さんだけなので、彼女がそう考えるのもしかたがないのかもしれないな。
そのあたりのフォローは弟の
「僕は……、迷ったけど【身体強化】で」
クラスの忍者こと【忍術士】の
これで三階位になったメンバーの技能取得は俺を残すのみになった。
◇◇◇
「で、八津はどうするんだ?」
今回三階位になれなかった【重騎士】の
顔はこわいし態度もつっけんどんだけど、同じ班で一日行動したせいか、コイツの性格が見えてきてきたような気がする。質問するということは興味アリというわけだ。
「俺は【視野拡大】と【集中力向上】でいこうと思ってる」
「へえ」
ギラリと鋭い視線を送ってくる佩丘クン。それは興味だよな? 実は本当に不機嫌とかじゃないよな?
やはりまだまだ相互理解は遠そうだ。
「身体系も魔術系も『まだ』出てないからさ、視野を広げて観察力を上げる方向にしたよ」
「……いいんじゃねぇか」
あ、どうも。
選択肢が無いわけでもなく、ほかにもいくつか候補はあった。たとえば【痛覚軽減】とか、【観察者】としてあとで取ることになるだろう【一点集中】などなど。
かなり迷ったあげく、とにかく【観察】の能力を上げる方向にしたということだ。
◇◇◇
「それで、視界の端まで【観察】は効いてるの?」
「えーっと……、うん。できてる。新しい視界でもなんとかなってるよ」
「そう、成功ね」
そんなわけで俺は綿原さん監修の元で新技能の性能チェック中だ。
「だけどこれ視界が広くなったぶん、【集中力向上】が無かったら危なかったかも」
「大正解だったじゃない」
「だね」
もともとの思惑では【集中力向上】は【観察】の解像度を上げるのと、階位上昇で少しはマシになった身体の反応を上げるために選んだものだ。それが視界が広がったことへの補助にもなるとは。
今までの俺は『見えていた』だった。ここから狙うのは『見えている』状態へ、あわよくば『そこでどうするか』を付け加えたい。身体系が出ない以上【集中力向上】に頼るという選択になった。
たのむぞ【集中力向上】、ちゃんと仕事をしてくれよ。
「だけど魔力がゴリゴリ減ってるよ」
「【平静】【観察】【視野拡大】【集中力向上】の四重だものね」
「熟練上げて魔力消費を減らさないと、常時発動はムリかも」
「そうなるとやっぱり【魔力回復】かしら」
綿原さんの悪い顔は自分も取りたいという意味だろう。
これまではせいぜい三重掛けがマックスで、しかも熟練度が上がっていたから、ちょうど寝る頃に魔力がギリギリ残るような調整が効いていた。
だけどとにかく【集中力向上】の魔力消費が重い。先生から聞いていたので想像もしていなかった、というわけでもないが。
これからは前衛系を筆頭に魔力消費で苦労しそうな仲間もいそうだし、回復速度を上げる【魔力回復】は必須技能になっていくかもしれないな。
大問題なのは俺の技能候補に出現していないことなんだけど。
◇◇◇
『お眠りなさい~、月の光の下で、さあ~、明日を夢見て──』
男子の宿泊部屋に白石さんの【鎮静歌唱】が響く。
彼女の両脇にはボディガードとして中宮さんとミアが仁王立ちをしていた。そこまでしなくても。
「いいかみんな、持続時間を強く意識して【平静】だ」
そしてなぜか技能の扱いについてレクチャーする俺。
クラスで一番手くらいに持続的な技能の使い方をしている、という理由で抜擢されてしまった。
「白石さん、ありがとう。それじゃあみんな、おやすみなさい。全力で【睡眠】!」
『おやすみなさい!』
白石さんの歌が終わったすぐを狙って、委員長の宣言で男子全員が【睡眠】を発動させた。
こんな就寝があっていいのか?
『みんなお疲れ様。おやすみなさい──』
やさしい女子の声が聞こえたけれど、それが誰だったのかは──。
その夜に見た夢はよく覚えていない。たぶん悪夢だったのだろうとは思うけど、それでも朝の三刻(六時)まで俺たちはぐっすり眠ることができた。
しっかり眠ることはできたけれど、なんともスッキリしない目覚めだった。
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