第50話 チートと睡眠と




「……僕は【身体強化】にしようかと思ってる」


「フィジカルは大事デス! 壮太そうたも強いニンジャになるデス」


「う、うん【忍術士】だけどね」



「なあなあ深山みやまっちはどうするっす?」


「えっとうん、【水術】かなって。迷宮の壁とか床は直接凍らせられないし」


「なるほどぉ、俺も【雷術】と相性良さそうだし【水術】にしようかと思ってたっすよ」


「へへ、一緒だね」


 議論っぽい雑談は次に取る技能がもっぱらになりつつあった。

 会話だけなら流行りのゲームの話題に聞こえなくもない。じつに高校一年生っぽい。現実と切り分けろというのが最初の戒めになっていたが、俺としてはこういう時、逆にゲーム感覚でもいいんじゃないかと考えるようになってきていたりする。

 現実とすり合わせて真剣に考えるなら何も問題はないし、ヘタをすればゲーム視点くらいの方が客観的に見ることができるかもしれないと思うからだ。


 一部甘ったるい会話なのは引っかかるけど。



八津やづくんはどうするの?」


「どうしようかな。身体系が候補に出てないし」


「わたし【身体強化】出ちゃったのよね」


「ええっ!?」


 綿原わたはらさん、【身体強化】出たのかよ。


 繰り返しになるが前衛系と後衛系では技能候補に傾向が出る。

 基礎体力系や精神系はまんべんなく、後衛系は魔術や魔力関連が候補になりやすい。逆に前衛系は身体系が、という感じだ。


 前衛と後衛を判別するのは簡単で神授職の最後の一文字、もちろんこちらの単語だけど、それが【士】なら前衛、【師】なら後衛とほぼ断定できる。田村たむらの【聖盾師】なんていう判別しにくい職名でも、ああ【師】だから後衛系だなとなるわけだ。


 技能候補から鑑みれば『身体系』と『魔術系』と言い換えてもいいかもしれない。


 ならば【観察者】の【者】とは……。


『もしかしたら【勇者】とか【聖者】とかがあるかもだろ。八津もそっち側だったりしてな』


 とポジティブってくれたのは古韮ふるにらたちオタサイドの連中だった。

 最初のころ仲間外れ感に苛まれていた俺はそう聞かされて、本当に泣きそうになったのを憶えている。



 話を戻して【身体強化】だ。


 個人的に俺は最低限でいいから自分の身は自分で守りたいと考えている。

 階位が上がった時の『内魔力』の伸び方からして、たぶん【観察者】は後衛系神授職だ。なのに攻撃や補助魔術が無い俺としては、できれば物理が欲しい。


 新しく技能候補が出現する条件になにがしらの『トリガー』があるのは経験上分かっている。

 疲れ果てれば【疲労回復】が出たし、痛い思いをすれば【痛覚軽減】が、聖女上杉うえすぎさんに癒されると【平静】が出現した。

 最後のはなんだ。


 何が言いたいかといえば『魔術系技能』は出し方がわからないけれど、『身体系』ならなんとかなりそうかもということだ。すなわち筋トレは正義。

 だからみんな必死にやっているし、その光景はもはや一年一組全員体育会系状態だ。



「そっか、やっぱり中学のころに陸上やってたからかな。綿原さんってけっこう歩けてるし」


「そ、そうね。ほら、わたし家で荷運びとかもやってるし」


「だよね。体動かしてたんだよね。俺は……、ははっ」


「大丈夫よ。八津くんもがんばってるんだし。あなたならやれるわ」


 珍しい口調で綿原さんが慰めてくれたけれど、後から聞けばあの時の俺の目は相当死んでいたらしい。ご心配をおかけして申し訳ない。


 実はクラスの術師系で【身体強化】を候補にできているのは綿原さんで二人目だ。もう一人はバレーバスケ部の笹見ささみさん。やっぱり運動をしっかりやってた人は違うということか。

 あっちで深山さんと甘酸っぱい会話をしている見た目だけチャラ男の藤永ふじながを含めて、後衛系の男子は誰も候補にできていない。ウチの後衛系男子弱すぎ問題である。


 切実に【身体強化】が欲しい。



 ◇◇◇



「さて、雑談はいったん終わりにして話をすすめよう」


 藍城あいしろ委員長がパンパンと手を叩く。


「ひとつ重要な話。古韮ふるにら、いいかな」


「おう」


 委員長から指名された古韮が立ちあがった。

 何の話をするのだろう。いろいろありすぎてなんでもアリな気がしてきた。


「これは朗報なのかな。階位が上がったときに増えた『内魔力』だけど、三階位になった時点で最初のほぼ倍だ」


 それか。二階位で一・五倍、三階位でほぼ二倍。今の段階ではレベルごとに定量という感じだ。

 いちおう全員にリサーチした結果ではある。ただし数値化されていない感覚的なものの上、技能を取って紫の球が小さくなったりしているから、とても正確とは言えない。


「シシルノ教授が言ってたろ、俺たちの初期魔力が普通の倍だって。なのに階位が上がった時の『魔力の伸び率』は俺たちもこっちの人と変わらなかった」


「先細りするわけじゃなく、僕たちはずっと倍のままか。とんでもないアドバンテージだね」


「委員長の言うとおり。これはもう立派な『勇者チート』だよ」


 単純に考えて俺たちの『内魔力量』は常に倍が保証されていることになるし、当然技能を取れる機会は増えて、熟練度を上げる魔力だって保たれる。


 これはもう、魔力の色が似ているという『クラスチート』に続く明確なチートだ。

 もちろん四階位以降もこういう増え方をしてくれればだけど。



「僕としては階位を上げるのに『魔力を掌握』する量がこちらの人と一緒なのに、なぜか増加量は倍っていうのが引っかかってるんだけど、それはまあいいかな」


 委員長の呟きにそれもそうだなとは思うけれど、今は置いておこう。そういうのは任せた。


 初めて魔獣を倒して精神がヤラれている俺たちだからこそ、ポジティブな話題はクラス全員の歓声につながった。



 ◇◇◇



「ここで先生から一言あるそうだよ」


 盛り上がっているところで先生からのお話らしい。


「みなさん、今日は本当にお疲れ様でした。本来高校一年生がするべきではないようなコトを、みなさんは経験しました」


 この場にいる全員はとっくに気付いていたのだろうと思う。


「今ここで、こうして笑い合えていることを頼もしく思います。みなさんは本当に立派です」


 わかっていた。今の俺たちはカラ元気を振り絞っているということを。今も【平静】なんていうマトモじゃない能力をフル回転させて、なんとか表情を作っているということを。

 なるだけ明るめの話題やゲームっぽい話し方をして、少しでも上向きの精神を保っていようとしていることを。


「わたしも辛いですからね。意地を張らずにもっと早くから【平静】を取っておけば良かったと思っています」


 そう言って苦笑する先生は、こんなに苦しいのだからと自分を落としてまで、それに耐えているみんながとても立派なのだと教えてくれている。


 伝わったのだろう。何人かが顔を崩して泣きそうになっていた。

 迷宮で怖かったから、こんな世界に呼び出されて不安だから、それでも励ましてくれる先生やクラスメイトたちがいてくれるから。



「今日の迷宮でわたしたちは二階位もしくは三階位になりました。そして全員が【平静】を取得しましたし、身体強化系も手に入れた」


 三階位になれたのは一班が五人、俺たち二班は四人、そして三班は六人で合計十五人。七人中六人が三階位の三班が飛び抜けているのは、あんな騒ぎがあったからだ。

 二階位は先生、海藤かいとう、ミア、野来のき佩丘はきおか、古韮と馬那まなで七人。全員が前衛系神授職で、これは完全に予定の範囲内だった。


「みなさんは今、階位を上げた達成感やチートを知った高揚感に包まれているはずです。ですが同時に心に誤魔化してもいるでしょう」


 まさにだ。泣きそうな顔をした連中だけじゃない。三班の話題やさっきの雑談で、みんなは妙に明るく振る舞っていた。そうしていたかったから。



「みなさんは今晩、眠れるでしょうか。それが心配なんです」


 その言葉に何人かが詰まる。正直言えば俺も自信が無い。


「そこでです、【睡眠】を取るのを考えてみませんか?」


「まさか先生、こんなのを予想して事前に自分で」


「さすがにそれは買い被りすぎです。ですが体感していますので、効果は保証できますよ」


 委員長が思わずといった感じで聞いたが、先生はどこ吹く風で話を続ける。


 先生がワザとみんなと被らないような技能を取っていたのは周知の事実だ。【視野拡大】【集中力向上】そして【睡眠】。

 実際中宮なかみやさんは、その効果を教えてもらってから【視野拡大】を取っている。



「先生は今ってどれくらい寝てるんですか?」


 元気な奉谷ほうたにさんが手を挙げて質問した。


「四時間くらいですね。山士幌では六時間から七時間睡眠で疲れが残っていましたが、今はなんとスッキリです。魔力消費と回復の収支も三日目くらいからはプラスになりました」


「すごい!」


「熟練度もあるでしょうから、取っていきなりとはいかないでしょう。ですが効果は出ると思います」


「わかりました!」


 納得顔の奉谷さんだけど、何人かは首を傾げている。

 なぜ先生は今になって言いだした。効果が高いなら、もっと何日でも前から薦めてくれていても良かったはずなのに。



「懸念が無いわけでもないんです。わたしは二十五歳ですが、みなさんはまだ十五」


「……成長期」


「そうです」


 医者の息子たる田村たむらが唸るようにして妙な単語を持ちだし、それを聞いたクラス最小の奉谷さんはうぐっとなった。ほかにも線が細い連中が微妙な表情をしている。

 なるほど成長期の睡眠時間は大事ってやつか。


 先生としては苦渋の判断なんだろう。目の前の安全を採るか、あり得なくもない悪影響の可能性を考えるか。



「俺は取る。この図体だしな」


 そう言い切ったのはガタイのデカイ佩丘はきおかだった。

 たしかにあいつなら身長も百七十五を超えているし、地球に戻るためならなんでもしそうなタイプではある。


「べつに成長が止まると決まったわけじゃねえだろ?」


「……それはそうですが」


「それにだ、睡眠時間を削ればそのぶん技能をぶん回せる」


「そうなんです。教育者としては失格もいいところですが、その通りです」


 なるほど先生の歯切れも悪くなるというものだ。

 寝る間を惜しんで勉強しろ。そんなノリで技能を育てろと言っているわけだから。



「だから先生は『考えてみろ』って言ったんだろ?」


 すごいな佩丘。俺は言い方に気付いていなかったぞ。


「全員取るだけ取ればいいじゃないか。なんなら二日にいっぺんだけでもいいし、あえて一回五時間って意識して使えばいいんだ。試験前の一夜漬けみたいによ」


 もはや独壇場だ。デメリットなど取得コストくらいしか指摘しようがない。


「取るのに魔力が要るのなら、もっと階位を上げればいいだけじゃねえか」


 先生曰く【睡眠】の取得コストはそれほど高くない。訓練や熟練度上げの時間を増やすことを考えれば、ここは冒険のしどころか。



「取るのはいいけど、寝るのを減らして練習ってフレーズが、アタシはなんかヤかなあ」


「ならさ朝顔あさがおちゃん、ボクとおしゃべりしながらすればいいよ!」


鳴子めいこ、アンタ取る気?」


「もっちろん。ここは頑張るとこでしょ」


 けっして背が高いわけじゃないひきさんと、ちびっこ奉谷さんのやり取りが胸に入ってくる。クラスの中に熱い輪が広がっていく気がした。


 胸といえば、この話題の最中だけは女子の胸部を見てはいけない。これは絶対だ。命にかかわるからな。


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