第264話 第四近衛騎士団長物語
「僕たちは集団行動だからなんとかしてますけど、アヴェステラさんたちは大丈夫なんですか? ヒルロッドさんなんかは自分だけでも大丈夫そうだけど」
「俺も気にしてたっす。万全なんすよね?」
アヴェステラさんにそう問いかけたのはカワイイ系男子の
午前中の書類整理を大体終了して、今は昼食休みの時間。そこで二人がネタを打ち上げた。
この件については俺たちも結構気にしていて、一年一組が拐かされなかったとしても、従士待遇のみなさんはどうなんだという話は元から出ていた案件である。
まあ、なんだ、俺たちは、たとえばシシルノさんあたりを人質にされていまうと、動きが止められるどころか、ある程度の妥協をしてしまいそうなくらい、彼女たちには心を寄せているということだ。
そこでというわけでもないが、実は今日からシシルノさん、アーケラさん、ベスティさん、そしてガラリエさんの四人は離宮に住むことになった。
昨日の話、第一王子が襲われた件と王女様の野望を聞いた俺たちは、別れ際にそれを提案し、受け入れたのがその四人だったという形だな。
メイド三人衆はいいとして、シシルノさんは『魔力研』での仕事をどうするつもりなのやら。
『勇者と関わることが一番の研究だからね。出向になるのも当然だよ』
という経緯を語ったことがあるシシルノさんだが、現在メインになっている仕事は迷宮の魔力異常の調査だ。であるならば、一年一組よりも強い集団、それこそキャルシヤさんが率いるイトル隊あたりに従うのが効率的だろうに。
それでも俺たちと一緒にいるというのは、絶対シシルノさんからのゴリ押しだろう。
アヴェステラさんは建前上、宰相と仕事のやり取りはするし、王女様との連絡役があるから王城でも奥の方、かなり警備が厳重な場所に住んでいるから大丈夫なんだとか。それでも第一王子は襲われたのが気になるところだけど。
ヒルロッドさんは城下町に自宅があるわけだけど、家族を逃がしてからは『灰羽』の宿舎に入る予定らしい。離宮に入らないのは俺たちに遠慮をしているわけではなく、あまり深い付き合いであると思わせたくないのと、ミームス隊のメンバーが一か所に集まっていた方が都合がいいという思惑があるからだ。
十三階位の集団で構成されているミームス隊は、王城において実戦経験も合せて最強クラスの集団となる。王女様のコマといったら悪いだろうが、それでも戦力的な意味では俺たち以上に期待されているだろう。
あそこの隊はラウックスさんをはじめとして、全員が平民上がりで政治的には中立になるのだろうが、はたしてヒルロッドさんはどこまで話して、そして取り込めるだろうか。そのあたりをヒルロッドさんは今日から始めることになる。
「女子部屋の用意はするけどさあ、毎日はダメですよ? 基本は個室、だからね?」
「ああ、もちろんだよ」
「楽しみだね!」
「ありがとうございます」
アネゴ口調と敬語を混ぜた
日本人だけの時間は俺たちにとっても重要なので、彼女たちにはもちろん個室を用意する。俺たちと違って私物も多いはずだから。
それと同時に、たまには女子部屋に遊びに行きたいという要望が午前中にベスティさんから提出され、そういうことになったのだ。
俺は知らなかったが、女子部屋の管理というか仕切りはどうやら笹見さんの管轄らしい。うん、似合っていると思う。
今日の午後は一年一組と合同で陣形の練習をしたあと、夕方あたりでシシルノさんたちはアーケラさんと合流し、私物を回収して回る予定になった。『蒼雷』の護衛を引き連れてということになるらしい。俺たちは離宮に居残りだ。
なにかこう、ここのところずっと『蒼雷』のお世話になりっぱなしだな。
「第四近衛騎士団『蒼雷』の団長、キャルシヤ・ケイ・イトルはこちら側で、今のところ騎士団の四割程度を取りこめているようです。この件については情報開示の許可を得ているので、ご安心いただければ」
俺を含めたクラスメイトたちの何人かが『蒼雷』に想いを馳せているのに気付いたのか、微笑んだままのアヴェステラさんが爆弾を落としてくれた。
あのキャルシヤさんが俺たち寄りなのは知ってはいたが、あからさまに王女派閥に取り込まれているというのは初耳なのだが。
「なあアヴィ、せっかくだから経緯を説明してもらえるかな。ベスティやガラリエと違って、わたしは詳細を聞いていないのだし」
「ですがそれは……」
途端悪い顔になったシシルノさんが妙なおねだりをして、アヴェステラさんが微妙に困った様子を見せる。……困るような内容なのか。
「そこだよアヴィ。わたしたちは勇者の味方だ」
「どういう意味でしょう」
「姫殿下の考え方、やり方。ご本人の前では言い難いだろう?」
ことさらに勇者の味方を持ち出したシシルノさんが求めているのは、王女様がどういう手管を使うのかという、俺たちへの情報提供だ。
王女自身からは出てこないだろう話題だし、アヴェステラさんが本気で俺たちの味方をしてくれるというならば……。
少し黙ってしまうアヴェステラさんだが、そのあたりは是非とも知っておきたい。というか俺なんかよりも
副委員長の
センスにボーナスポイントを全振りしたようなミアは論外。彼女は彼女で嗅覚の方で頼りにしているけれど。
「
「
ほらきた。
ミアについては野生の勘としても、なんで綿原さんまでチェックを入れているのだろう。
「先代のイトル卿、つまりキャルシヤの御父上はいろいろと問題がある方でした」
意を決したかのように語り始めるアヴェステラさんは、なぜかキャルシヤさんの父親について話を始めた。
「みなさんはイトル子爵家がもともとは第二、つまり『白水』の騎士団長の家系だったことはご存じでしょう」
淡々と語るアヴェステラさんだが、俺たちもその手の資料には目を通している。
とくに貴族関連の歴代役職については、それを誇示するかのようにわかりやすくなっていて、イトル家はキャルシヤさんの先代までは第二の騎士団長だったという事実は把握できている。
あえてキャルシヤさんに聞くべきことではないのでスルーしていたのだが、たしかにこれは不自然なのだ。そういえば以前、シシルノさんがキャルシヤさんのことを『負け組』って言っていたか。
何度も繰り返すが、この国の役職は基本的に世襲だ。行政でも軍でも近衛でも、ある程度から上の立場は神授職が適合すれば、まず普通に御家の次代に受け継がれる仕掛けになっている。
だからこそ第二から第四への移動はおかしい。近衛騎士団は教導を専門にしている『灰羽』を除けば、ナンバリングがそのまま序列になる。女性騎士団の第三に当たる『紅天』こそ特殊だが、第四の『蒼雷』と第五の『黄石』は『平民騎士団』なのだ。もちろん全員が騎士爵以上の爵位持ちだし、トップの方には普通に男爵もいる。書類上は全員が貴族。だがそれでも、なのがアウローニヤなわけで。
つまり第二から第四への移動は、あからさまな降格人事であり、この国の感性ならば貴族から平民へと、まさに転落するような事態として受け止めることができる。
「三年程前に病没した先代イトル卿は、近衛騎士総長と折り合いがよろしくありませんでした。さらにはその、あまり悪くは言いたくありませんが、文官を見下す傾向が強くて」
「うわあ」
ちょっと言い難そうなアヴェステラさんの説明に、クラスの誰かが小さく声を上げた。
武官を重視して文官を甘く見るなんていうのは、時代モノでは結構見かける設定だな。
だけどあの近衛騎士総長と張り合った? どんな豪傑だよ。
「先代が急死されたのと、その頃のキャルシヤはちょうど子育ての時期が重なっていまして」
「へ~、キャルシヤさん子供いたんだぁ」
「ええ、わたくしも一度だけ会ったことがありますが、可愛い女の子です」
「見てみたいなぁ」
こんな重苦しい話でもチャラい
神授職に重きが置かれるこの国では、女性の貴族家当主はそれほど珍しくない。
近衛騎士を継ぐキャルシヤさんのイトル家ならば、まず騎士系神授職を持つことが当主の条件になってしまうのだ。だからこそ貴族の家に生まれた子供たちは男女を問わずに、その家に合った教育を施されるらしい。武家ならば戦いを、文官の家ならば勉強を。キャルシヤさんの娘さんもそういうことになるのだろうか。
職業選択の自由なんていう単語が思い浮かぶが、ここは中世ヨーロッパ風の異世界だからなあ。
「当時『白水』の副長だったキャルシヤが復帰した時には、状況は手遅れでした。総長閣下と宰相閣下が推薦した、当時もうひとりいた副長が『白水』の団長となるという人事は、ほぼ確定していたのです」
「なんで宰相が出てくるの?」
「さっき話に出てたろ、文官に嫌われてたって」
説明を続けるアヴェステラさんの発言内容に、チビっ子な
「そっかあ。そうなの?」
「それだけじゃないと思う。アヴェステラさん、今の『白水』の団長って?」
納得したかどうか不明な言い方をする奉谷さんだが、委員長は別の視点を持っているようだ。
「はい。宰相派です」
なるほど、そういうことか。
それはそうだ。名前も知らないおじさんだけど、ずっと副団長のままだったはずの家の人が名門たる『白水』の団長だ。しかもそれを代々引き継ぐことができるようになるわけで、これで宰相に感謝しなければどんな人物だという話になりかねない。
「付け加えるとだね、その頃のアヴィはまだ『筆頭』じゃなく、格が、ね」
思いついたようにシシルノさんが口を入れてくるが、それには気付いていなかった。その当時のアヴェステラさんなら、か。
「ええ、わたくしが介入できるような領分ではありませんでした」
たしかにアヴェステラさんとキャルシヤさんは学院の同期で仲良しだし、筆頭事務官という今なら、それこそ第三王女を通じてなんとかできていた案件かもしれない。だけどそうはならなかった。
「どういう理由であれ、負けは負けです。現にキャルシヤは『蒼雷』の団長に納まり、降格子爵、親の威厳を損ねた者としてあつかわれているのですから」
結論を告げるアヴェステラさんだが、それほど顔は曇っていない。
終わったことだからか、それともキャルシヤさんが王女に付くからか。
「キャルシヤ本人にとっても『白水』より『蒼雷』の方が気質に合っていると、わたくしは思っています」
「そうなんですか?」
向いていると言ったアヴェステラさんに綿原さんが反応した。
「ワタハラさんはキャルシヤの性格をどう思いますか?」
「……ああ、そういうことですか」
聞き返してきたアヴェステラさんの言葉を受けた綿原さんは少しだけ考えてから、ふと何かに思い至ったようだ。その視線の先には、中宮さんがいる。……そういうことか。
「ねえ
「武に真摯で、政治をあまり得意にしない。だけど正義感があって、仲間……、この場合は部下想い」
憮然とする中宮さんに対し、綿原さんは真っ向から褒め言葉を並べてみせた。一部褒めていない部分もあったが、中宮さんの顔に朱が走る。
俺なんかは豪放磊落という印象でアネゴな笹見さんを連想したが、綿原さんはそう見るのか。なるほど、たしかに納得できる部分がある。
「ふふっ、そうかもしれませんね。あとになってから聞いた話ですが、キャルシヤは魔獣と戦える『蒼雷』は悪くないと言っていましたし、騎士団の人たちとも気が合うようです。『蒼雷』におけるキャルシヤという団長は、総じて好意的な評価を得られていますから」
綿原さんの人物評にちょっと微笑んだアヴェステラさんは、嬉しそうに付け加えた。
『蒼雷』は『黄石』程ではないが平民上がりが多い。血統子爵がそういう面々と気が合うというのだから、なかなか立派なことだと思う。アウローニヤの貴族的には蔑まれる態度かもしれないが、俺たちとしてはキャルシヤさんを応援したくなる内容だな。
しかしこう聞いてしまうと『白水』のままだと苦労したんじゃないだろうか、キャルシヤさん。
「そこまではわたしも知っている経緯だね。さてアヴィ、面白くなるのはここからなんだろう?」
「シシィ、趣味が悪いですよ?」
「自覚しているさ」
なんだかほんわかなノリになっていた場に、シシルノさんが口を挟み、アヴェステラさんがそれを咎める。
そういえばこの話題、第三王女のやり口についてだったな。
「先代イトル卿は生前、近衛騎士総長を追い落とそうとしていたのです。武官たちに昇進の空手形を送り、自身が総長に成り代わる。いわば『反総長派』なるものを結成しようとしていました」
アヴェステラさんの声がちょっと沈む。
何をしているのかな、キャルシヤさんのお父さんは。そんなことができると、本気で思っていたのだろうか。
またもや新しい派閥が出てきたし。
「結果はご存じのとおりで、派閥自体は浮上する前に瓦解しています。そして先代は文官を嫌い、そちらに伝手を持たず、声も掛けていなかった。意味はわかりますか?」
「……宰相さんは、それを知らない」
アヴェステラさんの問いに答えたのは、もちろん我らが委員長だ。
頼もしいぞ。アヴェステラさんも得たりと頷いてくれている。
「偶然か、それとも当時から王女殿下は網を張っていたのかはわかりかねます。それでも殿下はそれらにまつわる書簡のひとつを手に入れ、直後に全ての反総長派から、不問を条件に証拠を提出させました。その約束は今も守られています」
三年以上前の話のはずなのに、王女様はそんな頃からネットワークを持っていたということかよ。絶対に俺たち寄り年下なくらいじゃないか。ヘタをすれば小学生だぞ。
俺と同じそれに気付いた何人かが顔色を変えているのがわかる。
そして最後にアヴェステラさんが付け加えた、約束は守られているという表現。
「近衛騎士総長を任命するのは、建前とはいえ王陛下です。先代イトル卿の行いは、明確にそれを覆そうとする行為に他なりません。現総長閣下や、宰相閣下ほどの権勢があれば別でしょうが、当時の武家は王女殿下の提案に従ったということです」
「なるほどね。当事者なのにその約束に含まれない、いや、そもそも枠から外され、約束の存在すら知らされていない御家があると」
とても楽しそうなシシルノさんが、アヴェステラさんの説明に膝を叩いた。
ゾワっと背中に怖気が走る。まさかその家って。
「イトル子爵家です。王女殿下は書簡を回収する際に条件をひとつ加えていました」
「先代、キャルシヤさんの父親には教えるな、ですか」
「はい」
額に汗を浮かべた委員長の確信じみた言葉を、アヴェステラさんは一言で肯定してみせた。
キャルシヤさん……。
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