第263話 朝から頑張る連中




「王女様が言った『一か月』っていうのが引っかかってるんだ」


「それ、僕もそう思った」


 第一王子が襲われたというキャルシヤさんからの一報を受けて、急いで離宮に戻り、その流れで第三王女の訪問、さらには野望を聞かされた翌日の朝、俺たちは日本人だけで体を動かしながら話し合いをしていた。

 思い返しただけでも濃いな。ラストが滝沢たきざわ先生のアレだったし。


 俺の思ったことには、藍城あいしろ委員長も気付いていたようだ。

 ヒルロッドさんたちの家族を逃がす期間をひと月とした発言。つまりそれだけのあいだで王女様はこの騒動になんらかの決着をつける意思を持っていると予想ができる。

 あのセリフがブラフだとしても、備えて損はないだろう。


 昨日の夜にいろいろとぶっちゃけてしまった先生は、どことなく恥ずかしそうに視線をちょっと下に向けぎみでいる。ウケたのだから気にしなくてもいいのに。俺なんて親近感が爆上がりしたくらいだ。

 それでもキビキビと動いているのは、さすがは武術家といったところだろう。



「状況が変わったのもあるんだろうけど、王女様はたぶん、僕たちを戦力としては見込んでいないと思う」


「だなあ」


 委員長の予想に対し、軽い調子で古韮ふるにらが賛同する。


「ひと月ってったって、一か月後に決起ってわけでもないだろ。コトはもっと前から始まるだろうし、そもそも宰相側が黙ってるわけもないだろ」


「そういう前提なら、僕たちはあと何回迷宮に入れるかだね」


「十階位が手一杯かなあ」


 そう古韮がボヤくが、九階位から十階位というのは遠い。


 二層での六階位から七階位が大変だったのと同じように、十階位になるためには三層の魔獣を一人当たり数十という単位で倒す必要があるのだ。もちろん後衛であっても。本当にこの世界のラストアタックシステムは厳しい。

 一層での四階位、二層での七階位、そして三層での十階位は、それぞれの階層における限界階位ではあるが、難易度が一緒というわけではない。いくら階位を上げて技能を取得したとしても、階層を降りるごとに魔獣の強さは上がり、特性も複雑になっていく。


 現状で九階位が多い一年一組だが、七階位からここまでにするのには途中、キャルシヤさんたちイトル隊との二泊三日があったからというのも大きいのだ。

 俺たち全員が十階位を達成するためには、ここから延べ五日から六日の迷宮が必要になると予想している。しかも二層で七階位レースをやった時のように、群れに突撃するようなやり方で。



「迷宮で合宿っていうのはどうかな」


 陸上女子のはるさんが、ソレっぽいことを言い出すが、それはなあ。


「地上との連絡が、ね。僕たちが迷宮にいる間に、上で何かが起きていましたっていうのはちょっと」


「あははっ、それで王女様が勝ってたら最高なんだけど」


 委員長がダメ出しをするが、春さんは笑って返す。なかなかのポジティブっぷりだ。


 やっぱり昨日の大暴露大会があったからこそ、こうやって俺たちは明るく前を向けているのだと思う。どこまで狙ってやったのかは知らないが、さすがは先生ということで。



 なにはともあれ、第三王女は短期決戦を目指している。

 これはなにも王女様の拙速といえないのは理解できるのだ。勇者拉致未遂から第一王子の誘拐失敗。少なくとも『さっさと逃げてしまおう派』がいろいろやらかしているのは確定だ。

 俺たちの見込み通り王女様が抜け目のない人ならば、そんな隙を見逃すはずもない。容赦なくそこを攻め立てるだろう。


 降ってわいた機会であるし、ここで引くなら最初からクーデターなど成功するはずもない。

 やるなら今というのは理解できる。



 それとは別で、俺たちを手放さないために騎士団創設の条件になる『全員の七階位』こそ急がせたものの、王女様としてはここからじっくりと時間をかけて、たとえば二か月くらいを使って、一年一組を十三階位くらいに育てるのを狙っていたんじゃないかと思うのだ。


 そう考える理由は明白で、それこそ先日の拉致騒動だ。アレで実感した。


 離宮と訓練場、迷宮だけに俺たちの行動範囲を絞り込み、手出しを難しい状況を作り育て上げる。十三階位ともなれば、アウローニヤでは完全に強者の部類だ。それこそ近衛騎士総長とでも戦える次元になる。三人がかりくらいで。

 あの総長、人間性さえ考えなければ本当に強いんだよな。人間性が最悪だけど。


 そういう風に一年一組を育ててしまえば、そうそう拉致や刃傷沙汰は起こせないだろう。ついでに俺たちの覚悟がキマれば、王女の戦力としてカウントもできるという寸法だ。

 俺つえぇ展開があったかもな。



 それもこれも帝国がバカなマネをしてくれたお陰でご破算になる。第六だか第七だかの皇子のせいだ。


 現状で王女様の狙うクーデターにおける俺たちの立場は、あくまで『勇者が第三王女についた』ことを示す看板であって、戦力としては重くは見ていないだろう。というか、そうせざるを得なくなってしまった。

 それが『ひと月』という単語から俺や委員長、ついでに古韮が推測する現状だ。



 一年一組としてもできれば時間が欲しかった。

 自衛という意味でも階位を上げたいし、それの途中で帰還の手法が見つかるかもしれないから。


 王国に十三階位がそこそこいる現状を鑑みれば、迷宮四層にヒントは無いと考えられる。

 ならば未踏破区画が多い五層か、それとも滅多にチャレンジされない六層か。こういうのは考えたら負けなんだろうな。



『せっかく一日の猶予ができたのです。ただ新しい情報を待つのではなく、現状で考えられることを煮詰めてみるのもいいでしょう。ムダになったところで、それも学びです』


 朝イチで、ちょっと恥ずかしそうにしていた先生からいただいたお言葉だ。

 俺もみんなも素直に従って、こうして推測だらけの会話をしている。



「だけどさ、仮にクーデターが成功したとして、王女様はそれからどうしたいのかな」


 そんな中、ボツリと呟いたのはメガネ忍者の草間くさまだった。


 王女の王位簒奪の話には驚かなかった俺たちではあるが、疑問はそこから先にあったのだ。

 アウローニヤを制圧したとして、第三王女はそこからなにをしたいのか、そこが見えてこないから。


 こんなバカげた状況になっている国を立て直したいという気持ちはわからなくもない。だけど数年後には確実に押し寄せる帝国という存在が隣にある以上、そちらを無視するわけにはいかないだろう。

 俺たちが加担しようとしている王位簒奪の最後が破滅というなら、断ってしまうには十分な要素になりえるのだから。



「あの人にはナニカがありマス」


「わたしもそう思いました。あの人は自棄やけになっているのではなく、王位に就くのはあくまで過程。その先を見据えていると、わたしは感じます」


 ミアと上杉うえすぎさんがそこまで言うなら、一年一組としては考慮しなければならないだろう。なにせ野生の直感と理性の眼が判断したのだ、無下にすることはできない。


 つまり第三王女には、王位簒奪からのさらに一手が存在しているということになる。


「それはまあ、追々かな。二キュビ後退!」


「いきなり言うなよ!」


「そういう練習だろ」


 会話の途中で突然俺が出した指示を受け、全員が二歩ほど後ずさる。田村たむらの文句は無視するとして、悪くない反応だとは思う。


馬那まな、ラインがズレてる。前進はいいけど後退がちょっと遅いかな。ミアもだぞ」


「……すまん」


「数字より感性を大事にしたいデス」


 これはそういう訓練じゃないぞ、ミア。



 俺たちが朝っぱらからやっているのは、キュビ単位での陣形調整の練習だ。


 ここ談話室には絨毯の上に印がつけられている。

 迷宮での実践ではおおよそになっていた距離感を、目印で確認しながらしっかりと共有するための時間だ。というか、今日は一日離宮から外に出る気はない。


 昨日の王女様訪問を察知されている可能性は薄いだろうけど、それでも第一王子の件で王城は慌ただしい。それだけ近衛騎士やら文官やらが、王城中を移動しているはずだ。敵か味方かもわからないような連中と、鉢合わせしたくないというのが俺たちの本音になる。

 迷宮から戻ってきた翌日でもあるし、今日くらいはくっちゃべりながら離宮で訓練をしていてもいいじゃないかという流れでこうなったのだ。

 キャルシヤさんへのお礼は明日以降ということで。


 そういえば昨日王女様が来た時、絨毯に描かれた印にツッコミが入っていなかったな。知っていたのか、それとも知らなかったけれど見なかったことにしたのか。



「離宮は離宮で大変だぁ」


「だなぁ」


 クラス最低身長の奉谷ほうたにさんと、最高身長の佩丘はきおかのセリフだが、ステップを合せるのもなかなか大変だ。


 体格も違えば神授職も違うので、全員が完全に同じタイミングで同じ距離を移動なんていうのは不可能に近い。

 なので最低限誰かにぶつかったりしないように気を付けながら、目的地点に各自が最速で到達するというやり方になってしまう。もちろん術師たちの魔術に巻き込まれないようにしながらだ。


「なにも階位や技能だけが力じゃないわよ。こういう時間も大切」


「だな。右、一キュビ!」


 技術派の中宮なかみやさんが持論を持ち出してくるが、みんなはちゃんと理解している。


 先生や中宮さん直伝の独特なステップ、陸上女子のはるさんから教わった全力疾走の仕方。この世界の『技能』では再現できない『技術』も磨く。ゲーム的に言えばプレイヤースキルというやつだ。

 ド素人から始まった俺たちの挑戦は、できることを全てつぎ込む必要がある。



綿原わたはらさん、三キュビ」


「ん」


 全体の移動だけでなく、たまにこうして個人にも指示を出す。


 直後、綿原さんの【白砂鮫】が俺の指さした位置まで泳いだ。彼女がサメを最初の一手とする戦法は個人としては確立されていても、俺とのバディはまだまだ模索中でしかない。実戦で何度も試しはしているが、完璧まではまだまだの状態だ。


「惜しい、二・八だ」


「……」


 いや、練習中なんだから失敗したみたいな表情をしなくてもいいのに。


 綿原さんは失敗に落ち込むよりも、どちらかといえば無表情でむくれるタイプだ。

 外面はメガネクールなのだけど、わりと表情がクルクル変わるの彼女は面白い子だ、とか考えたらサメに襲われるので、口には出さないのだけど。



 ◇◇◇



「申請自体は問題なく受理されるでしょう。二層と違って三層の掃討はまだまだですから」


 キリっとした表情のアヴェステラさんが、昨日の訪問などなかったかのように事務的な話し方をする。


 とはいえ、すでに勇者担当者たちは裏まで含めた素性をバラしているし、お互い普通にファーストネームで呼び合い、そこには派閥違いによる険悪さは見当たらない。



 早朝訓練を終えた俺たちは朝風呂をしてから、四刻、つまり八時くらいに担当者たちの訪問を受けた。


 そこから皆で一緒に朝食を作り、食べ、その場で朝の打ち合わせというパターンが定着している。

 今日はヒルロッドさんとアーケラさんが欠けているので、メンバーとしてはアヴェステラさん、シシルノさん、ベスティさんとガラリエさんだ。


 そこで持ちあがったのは昨日の話の続きではなく、次回の迷宮についてだった。

 どうせ今日の夜には王女様が来訪することになっているし、その手の話はその時でいい。答え合わせもあるかもしれないし。


 なので少しでも強くなりたい一年一組としては、早急に次回の迷宮を決めてしまいたいのだ。なにかこう、地上より迷宮の方が安心できるくらいだし。魔獣か? 俺たちは。


「三層の群れはどれくらい残ってます?」


「まだまだですね。七割から八割でしょう」


「良かった」


「良かったといえるワタハラさんに贈る言葉は、不謹慎、でしょうか」


「あ、すみません」


「ふふっ、この場でなら問題はありませんよ」


 なんていうやり取りをするくらいには、すでに全員が気安い。最初の頃に感じていたお堅いイメージは、それもまた本来のアヴェステラさんではあるが、場面によってはこうして砕けてくれるのだ。


 迷宮が議題だけに会話のメインは綿原さんで、サポートは俺で、たまに誰かが口を挟む程度で話は進む。


「中二日ですけど、シシルノさんとベスティさんはいけそうですか?」


「わたしは大丈夫だね」


「わたしも問題無し、ついに十階位かあ」


 俺たちは当面の目標として全員の十階位を目指しているわけだが、それに付き合う従士のみなさんも大変だ。


 とくに体力面に不安のあるのがシシルノさん。次点でベスティさんと、この場にいないアーケラさんになる。十階位で【翔騎士】のガラリエさんは心配する必要なし。


 まあお二人とも自信満々だし、ベスティさんは自分の十階位を確定事項みたいに語る始末だ。さすがに次回じゃムリでしょうに。

 というかシシルノさんは迷宮の異常を探る顧問的立場なのに、すっかりパーティメンバーみたいなノリになっているな。シシルノさんと語るのは楽しいから、こちらとしては大歓迎だが、研究所の方はいいのだろうか。



 次回の迷宮は明後日から二泊三日を考えている。


 目標は三層に複数ある魔獣の群れのどれか。俺たちは王室お墨付きの迷宮専属騎士団ということになっているので、迷宮全般については行動の自由度が高い。ネガティブリストとか言っていたのが昔に思えるくらいだ。


「珪砂の在庫は十分だから、珪砂部屋は考えなくていいわね。経路は八津やづくん、任せていいかしら」


「おう。今回はちょっとハードモードで計画してみる」


「『はーどもーど』?」


 綿原さんがルート選定を俺に任せると話を振れば、ちょっとした単語にシシルノさんが食いついた。

 あ、いや、もしかしたらクラスの中でもわかっていない仲間がいるかもしれないな。あまりゲームをやらなさそうな女子、上杉さんとか中宮さんとか。


「ええっと、厳しめっていう意味です。もっとキツいのになると『ルナティックモード』とか『ヘルモード』とかがありますけど」


「ほほう」


 シシルノさんの日本語に対する興味は本日も尽きない。そして、俺が伝える単語はたぶん知識チートにつながるような情報漏洩にはならないだろう。なってたまるか。



 ちなみに綿原さんの『珪砂』だが、持って帰ってきたほぼ全てを離宮に格納してある。

『珪砂の部屋』を発見したという報告は昨日の内に伝わっているはずだし、迷宮の入り口で適当な人にサンプルは渡しておいた。

 第一王子の一件と王女様の来訪ですっかり有耶無耶になりかけているが、ここにあるすべての珪砂の所有権を主張するのは綿原さんを筆頭にクラスの総意でもある。

 この件については昨日の内にアヴェステラさんに念押ししておいたので、たぶん大丈夫だろう。



「じゃあ午前中は報告書作りだね。迷宮のしおりは八津と綿原さん、頼むよ。僕たちは……、先生、書類の最終確認です」


「ええ、やります。やりますとも」


『緑山』副団長の委員長がまとめに入るが、最後の方で申し訳なさそうに先生に声を向けた。それに答える先生の声はシッカリとしているが、そのノリはいつまで継続できるのだろうか。


「終わった人から個人で訓練。午後からはシシルノさんたちも一緒に全体練習で」


「はーい!」


 同じく副団長たる中宮さんの声にみんなが合せて返事をした。何故かシシルノさんたちまでも一緒になって。ホント、打ち解けたものだよ。


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