第265話 派閥の作り方
「キャルシヤは『勇者』に興味を持っていたようです」
「え?」
どす黒い話から一転、アヴェステラさんが妙なことを言い出した。木刀女子の
だけどどうしてアヴェステラさんは俺を見ているのかな。
「ヤヅさん、あなたが以前に話題になったことがありましたね」
「あっ!」
俺にかけられたアヴェステラさんの言葉に反応してみせたのは
近くでは三匹の白サメがせわしなく動いている。ちょっと泡を食ったような感じだけど、ああ、アレか。
『ウチの
そんな感じの発言を思い出す。そんなこともあったなあ。
「キャルシヤはあの話題の前から勇者たち、その内の四人を見て、強い興味を抱いていました」
「四人って」
アヴェステラさんのいう四人というのに綿原さんは気付いたのだろう。思い当たりが俺にもある。
「タキザワ先生、ナカミヤさん、ワタハラさん、そしてヤヅさんです。彼女が勇者と初めて出会ったのが調査会議でしたね」
あったなあ、そんな会議も。四VS四をやって、ついでにいろいろとあだ名をつけられたアレ。
「みなさんが七階位を達成して『緑山』を創設するまで『灰羽』を離れている期間、預かりを『蒼雷』が受け持つことになったのは、王女殿下とキャルシヤの合意があったからです。キャルシヤはみなさんを確かめたかったようで、そこで二泊三日の迷宮にイトル隊が同行するという流れになりました」
スラスラとアヴェステラさんがキャルシヤさんの心情と行動を暴露していく。
この話の先がどうなるかはちょっと見えてこないが、キャルシヤさんはそんな風な気持ちで俺たちと接してくれていたのか。決して悪い感情ではなかったとは思っていたが、まあそれくらいなら。
「そんな二泊三日で彼女が抱いたのは、みなさんへの畏怖、好意、そして『勇者』としての確信、だったそうです」
ああ、嫌な思い出だ。アヴェステラさんの言う畏怖。俺がキモイんじゃないか問題になった経緯じゃないか。
「それはわかりましたけど、アヴェステラさんはどうしてそこまで」
サメと一緒になって首を傾げた綿原さんがストレートに疑問を投げる。
なんでアヴェステラさんはキャルシヤさんの心情にそこまで詳しいのか。いや、友人なのは知っているけれど、打ち解ければそこまで話すタイプなのかな、キャルシヤさんって。
「わたくしは同席していましたので」
「はい?」
すっかりアヴェステラさんの話し相手になっている綿原さんが、理解が及ばないという感じで返事をした。
「キャルシヤとみなさん方が迷宮から戻られた翌晩、つまり『緑山』創設式典の前夜ですので六日前になりますか。第三王女殿下とキャルシヤ・ケイ・イトルの会談が行われました。わたくしは、その場に同席していたのです」
やっと話が繋がった。アヴェステラさんがキャルシヤさんの感情を語ったのは、その場の前提条件だったからか。
◇◇◇
『先代イトル卿と似たようなコトを、今度はもっと大きな舞台で成功させてみませんか?』
その会談の中で王女様はそんな感じのコトを言ってのけたらしい。
「キャルシヤが過去に反総長派の存在があったことを知ったのはその日です」
アヴェステラさんがそのセリフを言った時に悲しそうに見えたのは、友人なのに自分からは教えてあげられなかったという想いが混じっていたのかもしれない。
この国の法律は曖昧で、それだけに恣意的に扱われることも多いらしい。
付け加えれば、普通に連座が存在している。ハシュテルの兄のハシュテル男爵なんかが典型的だな。見たこともないその人の結末がどうなってしまっているのか、俺たちはまだ聞かされていない。
つまり王女様が先代イトル子爵に王家に対する罪在りと判定した場合、最悪イトル家が消滅する。命もろともという意味でだ。
さっき出てきた子供の話なんて、聞かなければよかった。
過去の父親がやらかした証拠の山を積み上げられたまま、キャルシヤさんは王女様から勇者についての感想を訊ねられたそうだ。
そこで出てきたのが、畏怖、好感、尊敬、実直、知性、
「キャルシヤがみなさんを評して最後に言ったのが『本物の勇者』です。王女殿下は、それはもう嬉しそうにされていました」
アヴェステラさんはそう言うけれど、王女様はどんな顔で笑っていたのやらだ。
『王国子爵、キャルシヤ・ケイ・イトルは第三王女殿下のために尽くしましょう』
その言葉を聞き遂げた王女様はキャルシヤさんの目の前で、イトル子爵家にとって都合の悪い証拠となる書簡を全て燃やしてしまったそうだ。
雑学的にどこかで聞いたことのある話だな。歴史ロマンかなにかで。うん歴女な
しかしまあ、その時のために三年以上も悪さの手紙を保存しておく第三王女もタチが悪い。
たぶんだけどそういうネタを大量に蓄積して、ここぞとばかりに使っているところが想像できるというものだ。
「決して悪い話ではないと、わたくしは思っています」
「罪に問われなかったからですか?」
微笑みを取り戻したアヴェステラさんに綿原さんが聞き返した。
「王女殿下は元から罪を問おうとは考えていなかったのだろうと思います。キャルシヤは放っておいても宰相側には付けないのは明らかでしたし」
アヴェステラさんは平坦にキャルシヤさんの現状を語る。
近衛騎士総長と宰相がタッグを組んでキャルシヤさんを追い落としたわけで、いまさら味方しろと言われてもな。義理人情に厚くて、正義感の強そうな人だし。
「じゃあ、脅さなくても」
「今この時に勇者の側になれたからですよ、ワタハラさん。なんといっても勝ちの側ですから」
綿原さんはもっと穏便な、なんならキャルシヤさんの意思を尊重させてあげても良かったんじゃないかと聞きたかったのだろう。気持ちはわからなくもない。ほとんど恫喝なやり方だもんなあ。
王女様のやったことは亡くなった父親が、実は莫大な借金を抱えていました、みたいな話だし。
だけどそれを遮るようにアヴェステラさんは宣言じみたセリフを放つ。勇者の側は勝ちの側だと。
「こういう政争で一番危険なのは、日和見です」
今日一番の強い声でアヴェステラさんは言い切った。
「現状の王国においては複数の派閥に属しているフリをしている者も多く存在しています。わたくしもそのひとりですね。ですがどこかの段階で主軸を明確にしておかないのは、悪手になります」
ノリノリだな、アヴェステラさん。
なんとなくだけど、あの王女様と仲良くできている理由がわかってきた気がする。アヴェステラさんも軸足はあちら側ということだ。
楚々としていて、淡々と、そしてバリバリと事務ができる素敵なお姉さんイメージが、結構崩れてきたような。どちらかというと、こっちが素なんじゃないだろうか。
ところで
「その一例がガラリエですね」
「……わたしに振るんですか」
くるりと顔の向きを変えたアヴェステラさんの視線の先には、普段の仏頂面をさらに嫌そう歪めたガラリエさんがいた。
この一時間だけでアヴェステラさんのイメージがどんどん塗り替えられていくぞ。
一例とか言っているけど、ガラリエさんの実家、フェンタ家のことは昨日の段階で知らされている。
ペルメッダが独立する切っ掛けになった『ペルメールの乱』でどっちつかずをやったお陰で没落したという話だ。そこを第三王女に取り込まれた、と。
キャルシヤさんもそうだけど、父親とか祖父の代のやらかしが子供に降ってくるというのはどうにも面白くないな。
◇◇◇
キャルシヤさんを引き込んだ手順以外にも、相手の名前こそ教えて貰えなかったが、アヴェステラさんはほかのケースもいくつか教えてくれた。失策の赦免や借金の肩代わり、宰相に追い落とされた者の掬い上げ、果ては見どころがあっても生活に苦しんでいた平民軍人まで。手当たり次第といった印象だ。
王女様は随分と細かく手を伸ばしているらしい。
第一から第六までの近衛騎士団はもちろん、王都軍や方面軍、領地持ち貴族や法衣貴族にまで。一本一本は細い糸でも、この国で第三王女の手が付けられていない組織は無いんじゃないだろうかという有様だな。もちろん第七に当たる『緑山』は全員がすでにお抱えだし。
時間をかけて、褒め上げて、弱みを見つけ、罪を突き、立場を教え、利益を与え。それが一つの派閥としてまとまっているようには見えないように、引き込むタイミングに気を付けて。
もっと早くにキャルシヤさんを取りこめたはずなのに、宰相側の警戒に引っかからないようにギリギリまで粘って。
そんな謀略の数々を語るアヴェステラさんは、物語に出てくる悪の女幹部そのものだった。アリだな。
「その辺りにしておいた方かいいんじゃないかな、アヴィ。姫殿下の話すコトが無くなってしまいそうだよ」
「いえ、あの方はその先を……、そうですね」
半笑いになったシシルノさんがアヴェステラさんを止めに入ってくれる。
すでに昼休みは終わっている時間なのだが、アヴェステラさんがノリノリで語るものだからこっちはこっちで聞き入ってしまっていた。
他人事だと思えていたらドラマを見ているような気分になれただろう。それくらいに、彼女のお話は聞かせるモノがあった。繰り返すけど、わが身に起きることでなければ、だ。
感じ入るようにして聞いているクラスメイトも……、というか委員長と上杉さんだったのだけど、二人とも高一なんだよな?
途中まで話し相手になっていた綿原さんはドン引き状態になっていて、逆にこういうのに疎いメンバーなどは楽しそうにしている感じだ。ミアとか
「いやはやだよ。わたしも知らないような手管まで聞かされてしまった。王国の闇は深いね」
「そうですね。シシィもそれの仲間入りです」
口の端を持ち上げたシシルノさんが嫌味を垂れれば、アヴェステラさんは軽く混ぜ返す。
なんだかんだで仲の良い二人だと思う。悪だくみをさせれば、もっとすごくなりそうな。この二人と付き合いの深いキャルシヤさんの苦労を思うと……。
「八津くん、疲れた顔になっているわよ?」
「綿原さんこそ」
「あんなのを聞かされ続ければ、ね」
「だな」
向かい合いの席になっている綿原さんと言葉を交わすと、同士っぽい気分になれるな。今回は格別に。
なんとなくだが、俺と綿原さんの感性は近いところにある気がする。
もちろん性格はまるっきり別モノだけど、常識の境界線とか、正邪の度合いとかが。希望的観測かもしれないが、要は気が合うっていうやつだろう。
こんな風に謀略話を聞かされて実感するのもアレなのだけどな。
「八津くんは話を聞いてどう思ったかしら」
「怖い人だな、王女様は」
「そうね。わたしもそう思う」
「だけどこの状況だと、これ以上なく頼もしい」
「そうなのよね。わたしもそう思うの」
お互いに深々とため息を吐いてから、視線を合わせて軽く笑い合ってしまった。もちろん綿原さんはいつものモチャっとした笑顔で。
「話はだいたいわかりました」
黒っぽい話題で雑談モードになりかけていた場に声を投げかけたのは委員長だ。
「王女殿下が有能な人であることも理解出来ましたし、たぶん……、それなりの勝算もあるのだろうと」
「はい」
さっきまでの話を聞いて王女様を有能と表現する委員長も大したタマだと思うが、それにきっぱりと返事をするアヴェステラさんもすごいな。
「ですが、絶対ではありません。手は尽くしていますし、それは今でもです」
「当然です。ここで盤石とか言われたら、詐欺師を疑いますよ」
アヴェステラさんの予防線を張ったような言葉にも、委員長は当たり前だと返してみせる。
「時間も押していますし、これ以上は王女殿下ご本人から聞くのが筋なんでしょうね」
「すみません、長々と」
恥ずかしそうに俯くアヴェステラさんは、さっきまでのノリとはさすがに変わってしまっている。
恐縮しているアヴェステラさんとか、なかなかレアな光景だな。
「いえ、感謝しています。シシルノさんも。事前に王女殿下の人となりを知れたのは、本当に助かります」
「なに、仲間じゃないか」
委員長が軽く頭を下げてそう言えば、シシルノさんが陽気に返す。
仲間ときたか。でもなんだろう、シシルノさんに言われると全然悪い気はしない。
「じゃあここからは予定通りでだね。アヴェステラさん、王女殿下の来訪はどれくらいですか?」
俺たちに午後の予定を確認してから、委員長は王女様がいつ現れるのかを確認した。
「あの、それがですね」
微妙に口ごもるアヴェステラさんだけど、何かあるのか?
「今回はお一人でいらっしゃると。わたくしが隠し通路を使うと、入退室に違和感が残ってしまうので」
アヴェステラさんの言うことはたしかに正論だ。
離宮はセキュリティを考えて、人の出入りはしっかりと記録される仕掛けになっている。
誘拐未遂以来、入口には『蒼雷』の一個分隊、つまり六人もの騎士が二十四時間体制で構えて警戒に目を光らせているので、そのあたりの管理はさらに厳しくなった。
キャルシヤさんを伝令にし、秘密の通路を使ったお陰で、今回は半日の猶予を持って情報のやり取りができたのだが、毎度そうするわけにもいかないだろう。どうしたってアヴェステラさんの動きがおかしいということになる。
入退室の記録など、ある程度の立場の人間であれば好きなだけ盗み見できそうなのがこの国だし。
「それもそうですね。だけど王女殿下お一人で、大丈夫なんですか?」
「……ご本人から聞いたお話ですが、三年も前には王城の隠し通路は歩き尽くした、そうです」
委員長が気配りをするも、アヴェステラさん曰く、どうやら王女様はお転婆タイプのキャラでもあるらしい。
「それと、もうひとつ」
続けてアヴェステラさんが口を開いた。どうにも遠慮がちな口調が引っかかる。
「王女殿下はみなさんと夕食を共にしたいと、希望されております」
「……料理はどうすれば?」
申し訳なさそうなアヴェステラさんを委員長が気遣うわけだが、一年一組としては夕食くらいはかまわないと思う。
ただしお出しする料理はどうするのか。委員長はそこに気を回した。
召喚初日のように、アーケラさんたちにお任せがいいのだろうか。
「みなさんが普段されている内容で、とくにウエスギさんとハキオカさんにお願いしたいと」
喜べ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます