第266話 王女の喜びと鬱憤




「これは素晴らしい料理ですね」


「あ、おう、まあ、はい」


「米というものを初めて口にしましたが、アウローニヤの風味を取り入れてくださったのでしょうか」


「え、ああ、はい」


「ふふっ、ハキオカ様の腕前は王城の専属にも届きそうです」


 王女様の褒め殺しに佩丘はきおかの顔色が悪い。


 普段は怒ったようなヤンキー顔を振り回しているクセに、今はその面影も遠く、すっかり恐縮の構えだ。

 王女様に恐れ入るというよりは、どういう態度を取ったらいいかわからないといったところだろう。誰でもいいから助けてくれと顔に書かれているぞ。

 ここまでうろたえる佩丘も珍しいから、俺としてはもうちょっと見ていたいところだが、ちょっと意地が悪いかもしれない。


「よかったなあ、佩丘よぉ」


「佩丘、すごいじゃないか」


「お抱え料理人か。そっち方面の主人公だったんだな」


 そんな俺以上に意地が悪いのが皮肉屋の田村たむら、野球小僧の海藤かいとう、オタ系の古韮ふるにらだ。

 イジりまくりである。あとで仕返しされるのもコミでのやり取りだな。


「いつも通り見事デス!」


 ミアの発言だけはイジりじゃなくて、本音なんだろうな。そういうヤツだ。


 食堂のお誕生日席に座る王女様のご要望により、俺たちは普段通りに砕けた態度で夕食会を開いている。

 とはいえ最前列の辺りにいる藍城あいしろ委員長や滝沢たきざわ先生はそうもいかない様子で、あまり食事を楽しめているということはなさそうだ。俺などは出席番号の関係で一番うしろの方なの実にいい。向かい側の女子列正面が綿原わたはらさんなのも喜ばしいな。



 第三王女は約束通りというか、俺たちがいつも夕食の時間に当てているタイミングぴったりに現れた。


 俺たちに合わせるためかシンプルな薄緑のドレスは、隠し通路を使ってきたはずなのに欠片も汚れていなかったし、ブロンドで長い髪も綺麗なものだ。そういえばアヴェステラさんが最初に登場した時もそうだった。彼女たちが特殊な訓練を受けていますというパターンか、それとも清掃が行き届いている隠し通路なのか。



 ◇◇◇



「わたくしはどんな料理であろうとも顔色も変えずに美味と言うでしょう。みなさんの懸念はもっともですが、それでもあえて言わせていただきましょう。この晩餐は最高の美味を与えてくれました。末期の情けで供される食事というものが物語ではよく登場しますが、その立場になったわたくしは間違いなく今回の夕食を選ぶことになりそうです」


 食事を終えた王女の感想は、クーデターをもくろむご当人として、なんともブラックな物言いだった。


 そうなった場合、料理人一同も処される立場にいると思うのだけど。

 ほら、委員長の愛想笑いが引きつっているじゃないか。



 今日の夕食を作ったのは王女様直々のご指名もあり、聖女で料理長の上杉うえすぎさんと一年一組で最も女子力の高い男こと佩丘だ。サブとしてアーケラさんやベスティさん、ガラリエさんも手伝ってくれたし、ほかにも何人かが携わっている。

 とはいえ、メインとなるアウローニヤ風焼き飯、というかドライカレーとピラフの中間みたいな創作料理の味付けから調理は佩丘が担当した。紛れもない絶品であり、悔しいながらヤツは本当にアウローニヤスパイスを米とマッチさせた上で、日本人たる一年一組とこちらの国の人たちの口に合うような料理を仕立て上げてみせたのだ。


 米を炊いたご飯といえば、料理チートモノでは無条件で受け入れられるはずだが、この世界ではそうはいかなかった。小麦やライ麦、大麦などで作られたパンが常食のこの国では、まず粒状の見た目が一つ目のハードルになる。むしろ麦粥的なものを食べているらしい平民こそ受け入れてくれるかも。

 つぎにくるのはほんの少しだけ甘いとも思える香りだ。俺たち日本人からすれば大切な要素であるが、だからといってこの国の人たちの好みに合うとは限らない。

 食べてはくれても、そこに微妙な遠慮があったのがヒルロッドさんやアヴェステラさん、表情を変えないアーケラさんあたりも怪しかった。


 米を手に入れてからの上杉さん、佩丘、そして飯盒炊爨に一言あるミアなどは必死になって焚き加減について試行錯誤を繰り返し、日本人が納得できるところまでたどり着いたのだが、食文化の違いというのは中々難しいものだ。

 鶏ガラスープを作った時も各人に好き嫌いが出たし。


 そういう前提を考慮した佩丘は豊富な具材で見た目を鮮やかにし、スパイスの調整で匂いすらも克服してみせた。


 結果として第三王女に絶賛された佩丘の功績は大きい。王女様のおべっかの可能性は非常に高いが、それでもだ。だって、俺にとっては本当に美味いから。



 佩丘の焼き飯が目立つ代わりに、シンプルに仕立てたシカ肉のステーキはアーケラさんたちが焼いてくれたが、ソースは上杉さんが調整した。野菜をふんだんに使うことで、スパイシーな風味を表に出さないように調整された、口休めの役割を担ったスープはこちらも上杉さんの担当。ほかの手伝いをしたメンバーは野菜をカットしたり、サラダを盛りつけたりして、全般に協力してくれていた。

 つまりこれは一年一組によるアウローニヤ風料理の集大成と言えるものだ。もちろん現時点では、だけど。


 もっと俺たち好みに寄せるなら鮭とか羊が登場するのだが、前者は『一層の食材』をメインにするのはいかがなものかという理由で、後者は癖が強いということで回避された。

 この国は深い層で採れるモノが貴重とされる傾向があるので、今回はアピールも兼ねて、俺たちが到達している最深層にあたる三層のモノを多用している。それ以上に二層と三層の素材がダブつきまくりで、逆に四層の素材が枯渇しているという現実もあるのだが。


 さて、いつもより少し力の入った食レポはさておきだ。



「あなたは異国情緒が感じられる料理、などと言っていましたね。ズルいと文句をつけられても仕方ないのでは、アヴェステラ?」


「殿下のお口に合うかどうか、わたくしには判断出来かねましたので」


「食に対する趣向が人それぞれなのは認めましょう。ですが、遠まわしに自慢をしておいてその対応は不遜では?」


「それはわたくしを勇者様方の担当にした段階で予想できたことでしょう」


 お誕生席に座っているのは、なんとも剣呑な会話をしている王女様とアヴェステラさん、横でニヤニヤとしているシシルノさん、さらには無表情なヒルロッドさんだ。

 離れた対面にはアーケラさんとベスティさん、ガラリエさんも着席し、一緒になって食事をしている。そう、王女様の目の前にも関わらずだ。これはもちろん第三王女の要望であった。



 それにしてもコレ、王位簒奪決起集会そのものの光景だなあ。全員が平等に着席しているあたりが白々しい。

 このあとでそういう話になるのだろうし。


「ああもう面倒くせえ、王女様よ、焼き飯をもう少しなら出してもいいぞ。です」


「ありがとうございます、ハキオカ様。半分程度でお願いできますでしょうか」


「おうよ」


 アヴェステラさんに膨れた顔をした王女様を見かねた佩丘が、ヤケになったようにおかわりの用意を名乗り出た。


 そんな佩丘だが、自分の料理を褒められて嬉しくないわけではないのだろう、調理場に向かう横顔には微妙な笑みが浮かんでいたな。滅多に笑わない佩丘だが、そういうニヒルな笑顔を見せるとなにげにカッコいいんだよな。


 俺判定によるウチのクラスのイケメン度だが、マジメカッコイイのが委員長、ワイルドカッコイイが佩丘、カワイイカッコイイな夏樹なつき、チャラカッコイイが藤永ふじなが、そしてしゃくだが、真っ当にカッコイイのが古韮ふるにらという判定になる。

 自己採点はしない。してはいけないのだ。


 すごくどうでもいい話だな、これ。



 ◇◇◇



「連夜の会談、申し訳なく思っています」


 食後の飲み物を手にしながら談話室に移動した俺たちは、最初に王女様の詫びを受けることになった。


 みんなの態勢は昨日と似たようなモノで、二重に描いた輪の一角に王女様がいるような感じになっている。さすがに中央に座らせてみんなで取り囲むなんていう形にはしない。

 ちなみにヒルロッドさんは壁際すれすれまで後退している様子だ。どれだけ苦手意識を持っているのやら。



「さて、王位簒奪についての詳細でしたね」


「すげぇ」


 思わず古韮が感嘆の声を上げるくらい、第三王女の物騒なセリフは静かで落ち着いていて、まるで雑談のネタを語るかのようだった。


「まずは──」


「あの、口を挟んですみません」


 続けて口を開こうとした王女様に対し、委員長が割り込む。


 これについてはクラス一同の総意だ。まずは俺たちが疑問に思っていることを聞いておきたい。


「どうぞ、アイシロ様」


「ごめんなさい。最初に聞きたいんですが、王女殿下はなぜ王位を願うのでしょう」


 そう、まずはそこなのだ。


 目の前にいる王女様が国を憂いているのは昨日でわかった。

 そこからクーデターを目指すのも理解できなくもない。


 だが、心意気がまだ聞けていないのだ。

 帝国という脅威がある以前に、アウローニヤ自体がこのままではいけないのはわかる。だからといって王位簒奪なんて大混乱を起こす余裕などないこの国で、どういう気概でそれをしようとしているのか、それを聞いておきたい。


 加担するなら、俺たちは納得しておきたいのだ。



「……そうですね。そう思うようになったのは、七年前くらいでしょうか」


「七年って」


「ええ、わたくしが十になる前だったのは確実だと思います」


 委員長がツッコミを入れたが、王女様は微笑んだまま当たり前のように言ってのけた。


 十歳になる前から王位簒奪を考えるとか、相当だぞ、この人。


「最初はこの国をおかしいと感じ、次第に間違っているのだと思うようになったのです。それを確信したのは十になった頃でした」


「間違い、ですか」


 王女様の語りに委員長が合いの手を入れる感じで会話が進む。もはや年齢についてはどうでもいいか。


「アラウド湖とパース大河、それに伴う肥沃な大地。アラウドをはじめとする四つもの迷宮。良好なウニエラ、ペルメッダとの交易。これらが揃っていて、なぜアウローニヤは衰退しかけているのか」


 王女様の語りは淡々としていると同時に、どこからか怒りがにじみ出るのを抑えるようにも聞こえた。



「帝国の侵攻によりハウハが滅びたのが切っ掛けであるのは紛れもない事実です。そこからの対応が間違っていたと、わたくしはそう考えました」


 帝国がトリガーになってこの国が本格的におかしくなっていったのはわかる話だ。拉致未遂といい、本当に迷惑なことをしてくれる国だな。


「ですが、同時に思ったのです。そこからだったのか、もっと以前から何かがおかしくなかったか、と」


 突如、第三王女の雰囲気が変わった。さっきまでは奥に秘められていた怒りみたいなものが、目に見えるようになってきている。

 意外とクルクル表情を変える人ではあるが、今は無表情に近い。なのにオーラを感じてしまうのは、これはアレか、上杉さんと似たパターンか。


「レムト朝となって百年と少し、アウローニヤ開闢の五百年前とは違い、明確な資料は残されています。そこからわたくしが感じたのは遅れと行き違いと言うべきかもしれません」


「遅れと行き違い?」


 雰囲気の変わった王女に相槌を入れる委員長は大変そうだな。


 思わず、みたいな感じで口を挟まないように気を付けておこう。近くに浮かぶ白いサメを見ると、なんとなく安らぐなあ。いつから俺はサメから安堵を得るようになったのやら。



「初代様こそ混乱を極めた国をまとめた英傑と呼ぶにふさわしいお方でしょう。ですがそこからの歩みが、復興と発展が遅すぎるのです」


 たしか今の王様がアウローニヤでは四十何代か目で、レムト王朝としては五代目だったはず。初代の女王様はいいとして、王女様はその後をディスっているのかな。いいのか、それ?


「先の王朝動乱は西のフィーマルト迷宮の発見から始まりましたが、百年を掛けてなお、周辺を含めた人口規模は三万に到達していません。あまつさえ失政を繰り返し、ペルメールの離反で迷宮の数を減らす始末」


 また出てきた新しい単語は、アウローニヤの西に広がる大森林にある迷宮の名前だ。

 王国名称でフィーマルト大森林で発見されたからフィーマルト迷宮。上に出来た町の名前もフィーマルト。そういうのはアラウドという言葉が連発されるココも似たようなものか。


 で、王女様は西の開拓状況に不満があると。

 西だけではなく、王国に有利で不確かな資料しかないものだから真相は知らないが、ペルメールの反乱で迷宮の数を減らしてしまったことも。



「魔力を持ち、神授職を授かり、迷宮が存在しているのです。なぜ挑み、活用しないのか。迷宮を神聖視しながら魔獣を厭い、階位に縋りながら地上に居座る。迷宮は富であり、階位は力であるというのに」


 王女様の発言には俺たちも思うところがある。そこから言いたいこともわかるし、おおよそ同意見だからな。


 この世界には力に直結する階位なんてものがあり、迷宮で上げることができるのだ。しかも素材というオマケまでついてくる。迷宮に入らない理由などない。

 たしかに魔獣との戦いは怖いし怪我をすることもある。死んでしまうことだってあるだろう。


 だからといって、この国の人間は総じて階位が低すぎると思うのだ。


「平民に力を与えることを恐れ、迷宮への出入りを制限するならば、戦うべき者は迷宮に入るしかないはずなのです」


 熱の入ってきた王女の言葉に、貧弱な装備を付け、トドメ刺すことを禁じられた運び屋たちの姿を思い出す。


 せいぜい四階位か五階位までにして【身体強化】と【体力向上】の取得を義務づけられた人たち。内魔力の量を維持するために、それ以外の技能を禁じられた存在。

 彼らが全員七階位なり十階位になってまともな技能を持っていれば、今回の魔獣の増加にだってもっとキチンと対応できたはずなのだ。


 運び屋に限った話ではない。そこらの農民だって階位さえしっかりしていれば、普段の農作業はもちろん、徴兵されたとしても真っ当な戦力になっていたはずで、西の開拓にしてもしかり。

 それこそ帝国との戦いだって。


 第一近衛騎士団『紫心』、第二近衛騎士団『白水』。彼ら貴族子弟で構成された本来王国最後の砦は、戦うという意味では迷宮に入らず、接待を受けて上げた七階位程度でイキっているだけだ。


 いくら魔獣が溢れているからとはいえ、一年一組はふた月で八階位と九階位の集団になれたというのに。

 俺たちが異常だとは言わせない。シシルノさんたちだって九階位だ。俺たちがサポートしたのは事実だが、勇者でなくとも階位を上げて、それをお飾りにしないで役割を担うことができているのだから。



「ならばそうおっしゃる姫殿下。失礼ですが、階位をお教えいただけますか」


「五階位です」


 俺が心の中で王女様に同調している最中に、会話に爆弾が投げ込まれる。


 問いを発したのはシシルノさんで、第三王女は涼しい顔でそれに答えてみせた。


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