第22話 歩くことが基本
「自分に欠けていて、基礎になりそうな技能を早々に取る。そしてなるべく使う。とりあえずはそこからかな」
「おう!」
知らないことが多すぎるせいで脇道に逸れてばかりで、午前中に決まったことは実質これくらいだ。いや、
「ストレッチは入念にしてください」
「はーい!」
「訓練で怪我など馬鹿馬鹿しいですからね」
「わかってますー!」
昼食を終えた俺たちは先生や
先生をお手本に、イメージにある股割りとかじゃなくて、ゆっくりしたラジオ体操みたいなのをやっている。
クラスメイトはもうジャージを着ていない。王国から渡された訓練服だ。ゴワゴワした白いTシャツみたいのと、革製で焦げ茶の上下。女子ももちろんスカートなんかじゃない。飾り気がなくて実にシンプル。
談話室は基本土足禁止にしてあるので、エントランスに出てから昨日も使ったゴツいブーツを履くことになる。
王国側の六人は裸足でいることに違和感を持っていたみたいだが、日本の心ということで無理やり納得してもらった。黒ソックスメイドとかいう、ちょっとアレな世界が垣間見えたのはここだけの話だ。
「ヒルロッドさん、最初は行進からでしたね」
「ああ、まずは君たちの基礎体力を確認するところからだ。一階位だから大変だろうとは思うけど、がんばってみてほしい」
「……一階位、ですか」
廊下を歩きながら先生とヒルロッドさんがやり取りをしている。
そう、俺たちは『レベル1』で、日本のいた頃から比べてステータスが上昇しているはずなのだ。確かにここに来て以来、身体が軽いとは思う。それがどれくらいなのかが今から試される。
◇◇◇
「よくもまあ。あの連中、噂のアレだろ?」
「家から聞いてはいたが、ろくな階位も持たない平民だそうじゃないか」
「特別扱いか。王室も物好きな」
外野がうるさい。聞こえるか聞こえないか程度の声量で俺たちの心を削ってきている。ワザとだろうな。
途中で先生から手を出すなと言われていなければ、
先導してくれているヒルロッドさんはなにも言わない。
言外に俺たちの置かれている状況を教えてくれているんだろうと、一応前向きに考えることで諦めた。
石か何かが入っているリュックを背負っての行進だけど、最初の一刻(二時間)くらいは楽勝だった。やっぱり階位のお陰でちょっとだけ力が強くなっているのだと思う。ただ、持久力はどうなっているのか。
訓練場の外周をジョギングですらない、早歩きでひたすらぐるぐると周回し続ける。
「早歩きは迷宮の基本だ。長距離な上に音を立てる理由がないからね」
「ヒルロッド教官。戦う時とかはどうするんですか?」
「一気に踏み込めばいいんだよ。それと勝手に肩書をつけないでくれないか、間違ってはいないけれど」
ちょっと意味不明な会話をしながらの行進だった。
以後ヒルロッドさんは教官呼びされることになる。ついでにシシルノさんを教授って呼ぼう派閥も結成されつつあった。歩いているだけなのが暇だったのだ。
そして現在。歩き始めて二刻、つまり四時間ともなるとさすがにバテてきた。
平気そうなのは先生を筆頭に中宮さん、海藤、ミア、
笹見さんは後衛系神授職のはずなのに、なんでこんなに体力があるのだろう。風呂の件といい最強説が浮上する。
繰り返しになるが、疲れているときのヤジはキツいな。壁の一角に置かれた水時計のせいで、時間の流れが見えるも地味にツラい。
ざっと見た感じだと、
俺は中間グループあたりだが、ふくよか聖女の
同じグループには
うん、クラスメイトの体力が結構見えてきた。がんばれ【観察】、俺の力よ。
◇◇◇
「よーし、今日はここまでだ」
「ふわぁぁ、疲れたぁ」
「早歩きだけかよ」
「きっついわー」
ヒルロッド教官が終わりを告げたのは、歩き始めてから五時間後。ペースはずっと一定のままだった。
後ろに合せたのかはわからないけれど、結局脱落者は無し。けれど死屍累々ってところだ。
「訓練初期の迷宮探索は二刻から三刻くらいになる。これくらいは歩けて当然になってもらうよ」
四時間から六時間。しかも途中で戦いながらか。
これはもう、技能に頼るしかないんだろうな。
◇◇◇
クールダウンして談話室に戻ってからブーツを脱いだ。開放感がすごく気持ちいい。やっぱり日本人はこうでないとな。
「ホントに出てる、【体力向上】」
「やったすね、深山っち!」
「うん、嬉しい」
薄幸風女子の深山さんが唖然としていた。横で褒め称える
「羨ましいの?」
「……そうでもないよ」
だから綿原さんは心を読むようなツッコミを入れないでくれないかな。
結果としてだが、なんと全員に【体力向上】が生えた。【氷術師】の深山さんみたいな後衛職でもだ。
シシルノ教授の話だと体力関連の技能は後衛系だと出にくいはずなんだけど。勇者補正か、それともギリギリ芽が出ていたのか。どちらにしても喜ばしいことには変わりない。
「それにしても【疲労回復】ね。栄養ドリンクみたい」
そして綿原さんの言うように、変な技能が候補に現れた。全部で九人。中団から後ろを歩いていたメンバーだ。俺には出なかったのが残念。
「いやはや驚くよ。一日で技能候補を二つ増やす人材か」
実に嬉しそうなシシルノさんだ。俺たちはモルモットじゃないからな。
「条件としては追い込みかな。先頭集団は余裕そうだったし、もう少し荷重をかけて繰り返せば」
ヒルロッド教官が物騒なことを言っている。けれど明日も行進するのは確定だ。
六時間の行進をこなせるようにならない限り、迷宮入りは無いと明言されているから。つまりそれまで階位を上げることができないということだ。
「積極的にお勧めはしませんが、みなさんは『内魔力』に余裕もあります。【体力向上】を取るのは問題無いと思います」
攻撃力や防御力より、まずは基礎体力。アヴェステラさんも今日の俺たちを見て、諦めがついたようだった。
近衛騎士団の伝統として身体、剣と盾の強化が真っ先にくるらしいが、俺たちはそれに付き合うつもりはない。それはもう堂々と王国側に宣言しておいた。
一年一組をひとつの集団として扱う以上、騎士団の真似事に意味は薄い。こっちは半分がたが後衛職なのだから、それ相応にやらせてもらうということだ。
「皆様お疲れ様です。浴室の準備はできていますよ」
『ありがとうございます!』
にっこりと笑うアーケラさんは女神だ。全員がいっせいにお礼をした。今日は夕食より先に風呂だな。全員の思惑が一致した。
残り二人のメイドさんがちょっと切なそうだが、ひとりは【冷術師】のベスティ・エクラーさん。飲み物を冷やしたり氷を出してくれていたらしい。もちろん女神認定だ。紺色の髪が美しい。
最後の一人がガラリエ・フェンタさん。彼女は俺たちよりちょっと上の女子大生チックな風貌のお姉さんだ。金髪だけどギャルっぽくはない。
彼女はなんと、第三近衛騎士団『紅天』所属のれっきとした騎士だ。護衛的色合いが強いようで、職は【翔騎士】。動きが速いタイプの騎士らしい。かっこいいな。
◇◇◇
王国側には一応説明してから、その夜のうちに楽勝組以外は【体力向上】を取得した。【疲労回復】は保留。
俺たちは今後のことを考えてほかにいくつかの技能を取得候補にしているから、ぽんぽんと思い付きで技能をとるつもりはない。いろいろなケースを考慮していて、アヴェステラさんたちにはまだ秘密だ。
「減ったのは一割くらいかな。いやあ、緊張したよ」
最初の生贄になってくれた委員長がホッとした顔で報告してくれた。
俺の【観察】や綿原さんの【鮫術】みたいに『内魔力』の四分の一を持っていかれたら今後に支障が出ていたところだろう。やっぱりメインスキルはコストが重たいのかもしれない。
「明日は歩いている間ずっと使おう。熟練も上がるかもしれない」
「効果があると助かるよ。今日はホントに疲れたから」
委員長と
「ちっ」
先頭グループについていけなかった佩丘は【体力向上】を取ること自体に悔しそうだ。【重騎士】なんだしそのうち強くなるだろ。ムキになって努力しそうなタイプだし。
異世界に来て三日。俺たちの戦いは始まったばかりだ。
「わたしも技能を取りたいと考えています」
心の中で話を打ち切り終了していたら、先生が真面目顔で口を開いた。
体力に余裕があるグループは、今の時点で【体力向上】を取らないってことで合意してたはずなのだけど。
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