第21話 風呂を沸かす者




 中宮なかみやさんが代表してクラスメイトの決意を語り、ヒルロッドさんがそれを受け止めてくれた、といういい感じだった空気はすでになかった。とあるマッドな女性のせいで。


「うん、この書式だが、わたしからも提案があるかな。検討してもらえると嬉しいよ」


「は、はいっ。なんでしょう?」


 シシルノさんに俺たちの書式を見せてしまったのが運の尽きだったのか、白石しらいしさんはメガネの下の目をグルグル回している状態だ。歌っている時は元気いっぱいなんだけどな、白石さん。ご愁傷様。


「技能ごとに名称、効果、分類が記載されているのは素晴らしい。取得可能な神授職の予測も悪くないね。あの雑多な資料からよくぞここまで読み取ってくれたものだ」


「ありがとうございます。みんなで頑張ったから、です」


 やっぱりシシルノさんもアレのことをめんどくさい資料だって思っていたのか。



「そこでだ。君たちが技能候補を出現させた時の条件を盛り込みたいんだ。個人差や職差もあるだろうから、煩雑になるかもしれないが」


「あ、それならDBみたいに、出現条件や取るときの条件とか必要魔力は別表にして、紐付けしたほうがいいかも」


「でーびー?」


「えっと、せっかく一枚にまとまりそうな資料にずらずら事例を並べるのは見にくくなりますよね? だからってそれを無視するのももったいないし、なら別の紙で表形式にするといいかもって。それで一番上に技能の名前で、どれなのか分かり易くするのはどうでしょう。あ、なんならID振っても」


「『あいでぃ』がなんだかわからないが、素晴らしい配慮だ! なあアヴィ」


「確実に却下すると思うけど、聞くだけ聞きましょう」


「シライシくんを『魔力研』に──」


「ダメです」


 アヴェステラさんはにべもない。当たり前だ。

 俺たちだって拒否に決まっている。全員が一緒っていうのを決めたのは昨日だぞ。



「そうか……、とても残念だよ」


 がっつり落ち込んでいるシシルノさんだけど、どこまで本気だったんだろう。かなりマジっぽかった気がする。


「じゃあ、せめて」


「な、なんでしょう」


 まだ諦めていないのか。ちょっとノリ気味だった白石さんが完全に引いてる。


「修練による消費魔力の軽減割合いと、効果増大の詳細、類似技能と統合先なんかの欄を入れるのはどう思うかな?」


「技能って熟練度システムなのかよ!?」


 あ、俺が叫ぶ前に古韮ふるにらが言ってくれた。


「鮫が、鮫が増える、大きくなる。まさか、頭の数も。もしかして蝉だって」


 おいおい綿原わたはらさん。夢を見るのはいいけれど、内容が物騒に聞こえるのは気のせいか。まだ一回も使っていないのにそこまで夢を持てるのが羨ましい。



「はいみなさん、落ち着いてください」


 騒然としている談話室にパンパンと手を叩く音が響く。ほぼ沈黙を保っていたアヴェステラさんが動いたのだ。


「まずはジェサル卿」


「硬いよアヴィ」


 すがりつくようなシシルノさんを鋭い目で一瞥して、アヴェステラさんが金縛りを発動した。技能じゃないな、これは気迫だ。


「……」


「勇者のみなさんが集合する時間帯、場所はここ、談話室なら許可しましょう。個別に呼び出しなどはナシです」


 黙るシシルノさんにアヴェステラさんが条件を突きつけた。


「これはみなさんにも利のある話だと思います」


 それは確かに。今だけでもシステムの一部が見えたくらいだ。もっと煮詰めたい。


「けれど勇者のみなさんは、身内だけで話をしたい時間も必要なのでしょう。お国の言葉を使って」


 まあバレてるよな。

 俺たちは部屋からメイドさんを追い出したあとは、とにかく日本語を使っている。フィルド語との切り替えに慣れておくのと、もちろん情報を漏らさないためだ。


『日本語はわたしたちのワールドでも、ベリーディファレントなタイプの言語とカテゴライズされてるぜ、ベイベ。解析チャレンジは大変だとおもうぞなもし、マドモワゼル』


「お気遣いに感謝します」


 ひっじょーに意地悪な日本語で前置きしたあとお礼を言う先生は、涼しい顔だ。クラスメイトたちが王国側の人たちに気の毒な目を向ける。まさか俺たちもなんちゃって日本語を使えとは言わないですよね、先生。


 扉の前で控えているメイドさんたちの顔色が悪い。探っていたんだろうな。

 そういうのが見えてしまう【観察】が今はちょっと恨めしい。申し訳ない気持ちになってしまうから。



 ◇◇◇



「いい機会ですので、技能の実例をお見せしましょう。ディレフ」


「お初に名乗ります。アーケラ・ディレフと申します。お見知りおきを」


 アヴェステラさんがメイドさんのひとりを呼び寄せた。

 アーケラさん。見た目は二十歳ちょっとでショートカットの赤毛が特徴的な人で、やっぱり美人さん。


「わたくしは【湯術師】です。皆様の浴場管理はわたくしが行っています」


「いつもありがとうございます!」


『ありがとうございます!! これからもよろしくお願いします!』


 アーケラさんの役目を聞いて、最初に委員長が、続いて先生を含めたクラスメイト全員でお礼を叫んだ。この世界に来てから一番の大声だったかもしれない。まさに万感の思いを込めたといっても過言ではないだろう。

 だから一歩引かないでください。



「で、ではお見せします」


 少し焦った感じでアーケラさんは腰にぶら下げていた筒の蓋を開けた。二リットルのペットボトルくらいの大きさで、材質よくわからない。象牙っぽい色をしているけれど、まさかな。

 というかまさに水筒だった。筒から水がダバダバと床に零れ落ちて、その場を濡らす。


「まずは【水術】です」


 床に零れた水がスライムのようにフルフルと固まり、一塊になって宙に浮かんだ。すごい。直径は十五センチくらいか。

 水球はアーケラさんが伸ばした右手の前方、三メートルくらいの位置で揺れている。無重力の動画で見たことがあるような光景だ。この時点でもう『魔法』だな。王女の【神授認識】やシシルノさんの【魔力視】とは違う、目に見える、それはまさに日本人がイメージする魔法だった。


「さらに【熱術】を被せます」


 その言葉の直後、浮かぶ水球の中に小さな泡がポコポコ現れ、そして周囲が白くなり始めた。これはまさか湯気なのか?



「ディレフは熱水の作成を得意とする術師です。先ほど話題に上がった修練の結果ですね」


 アヴェステラさんが口を挟んだ時には、水球もといお湯の球はするりと水筒に戻ってしまっていた。俺たちの見たものは完璧に魔法だった。


「今の彼女ではこの程度です。上級者であれば沸騰から氷結まで、形状の変化、大きさ、水球の数まで操作できるようになります」


 シシルノさんが言っていた効果増大ってそれか。自由度高すぎだろ。


「もっともその時、彼女は【湯術師】から水系の【熱術師】になっているでしょうが」


 ちょっと待て、神授職は変わるのか?


「さらに熱を操る対象が水であるという条件を外れて風を土でも扱えるようになれば、それは【熱導術】。あなたですよ、ササミさん」


「あたしっ!?」


 名前を呼ばれて、クラスの女子で一番背が高い笹見玲子ささみれいこさんが悲鳴じみた声を上げた。

 山士幌温泉にある老舗旅館の次期女将は、自在にお湯を扱う神授職を得ていた。実にベタだな。



 ◇◇◇



「もちろん今の段階ではディレフの方が優秀な術師です。仮にササミさんが【熱導術】を取得したとしても、習熟には相応の時間がかかる上に関連技能も必要になるでしょうから」


 熟練度と技能ツリーということか。だが面白いとも思ってしまった。

 ゲームっぽいシステムだからこそ広げる部分と絞る箇所を選択すれば、隙を突けるのではないかという予感だ。


 俺ひとりで考えても絶対に無理だ。だけどクラスの各員で役割を分けて、その上で努力を積めば、一年一組が一個の集団として強くなれるかもしれない。

 なんたって俺たちはゲーム慣れした日本人で高校一年生だぞ。



「はははっ! いいね。あたしにはお湯を沸かす才能があるんだ」


 そして笹見さんのテンションが上がりまくっている。


「『魔術の湯』とかあったらお客さん増えるかな」


 しかもなにかヤバ気な方向だ。前は快活な感じだったのに今は両手を上向きに開いて、悪の女幹部みたいな顔をしている。


「アーケラさんでしたよね!」


「は、はい」


 笹見さんが赤毛メイドのアーケラさんににじり寄って、その両手を取った。

 勇者付メイドだけに逆らいにくいのだろう。アーケラさんはアヴェステラさんの方をチラチラ見て、どうしましょうかとアイコンタクトしているのがよくわかる。【観察】がそれを伝えてくる。

 こんなことでも熟練度が上がるのだろうか。


「ご指導、よろしくお願いします!」


「ら、ラルドール閣下?」


 迫る笹見さんから視線を逸らしたアーケラさんは、いよいよ本気でアヴェステラさんに助けを求めている。が、しかし。


「業務に支障のない範囲でなら」


「か、閣下っ!?」


【熱導師】笹見玲子の師匠が決まった瞬間だった。これが伝説の始まりになるかどうかまでは、わからない。


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