第20話 技能を探れ




「あっ、ボクも【平静】出た! 美野里みのりちゃん、ありがとう!」


「どういたしまして」


 元気な声で上杉うえすぎさんにお礼をするのは、クラスで一番背が小さいけど存在感バリバリの奉谷鳴子ほうたにめいこさんだ。

 見ているこっちが楽しくなるような、満面の笑顔が眩しい元気っ娘。


 俺たちが何をしているかといえば、技能候補を増やせないかという実験だ。

 誰も持っていない技能を創るのはいくらなんでも難しいと仮定して、とりあえず【高揚】と【平静】という、たぶん精神に関わるモノを出すことができないかとなった。


 夜中に何をやっているのかと疑問もあったが、やれることはやっておこうという声が大きかった。どうせまだ十一刻(二十二時)なわけで、高校生ならまだいけるとの判断だ。先生からはあと一時間だけと言われている。


 そこで大活躍だったのが、優しい笑顔を絶やさないクラスのお母さんこと上杉美野里うえすぎみのりさんと、元気なボクロリ娘の奉谷鳴子さん。

 上杉さんが頭を撫でてヨシヨシしたら簡単に【平静】が生えた。さすがというかなんというか、だてに【聖導師】をやっていない。オタクグループ内ではすでに聖女認定が可決されている。



「やれるよやれる! 元気出して! いけるいける!」


 ついでに【奮術師】の奉谷さんが適当なエールを送ると【高揚】がポンポン生えた。どうなっているのだろう。


【聖導師】が高位のヒーラーで、【奮術師】はバッファーだろうというのは資料からうかがえた。しかもかなりレアらしい。だからといって技能を発現させるとか、これは召喚特典なのかジョブチートなのか、わけがわからない。

 その夜、一年一組全員に【平静】と【高揚】が行き渡った。取得するかどうかは今後次第だけど、それでも大満足の一夜となった。テンションも上がるというものだ。



 ◇◇◇



「さすがは『勇者様』だ」


 ヒルロッドさんの声には呆れと驚きが混じっていた。器用なことをする。

 翌朝早速、朝食後に到着した王国三人組に訊ねてみたのだ。技能は生えるものなのか、現れるとしてどれくらいかかるのか、と。死活問題だし。


「普通は『軽い技能』でも数か月、『職依存』なら一生モノなんだが」


『職依存』とは初めての単語だが意味はわかる。【聖導師】の上杉さんが候補に持っている【聖導術】みたいな技能のことだろう。それはそれとして。



「わたしの見解はちょっと違うかな。推論はあるし、短期間で技能が発現した事例も多々あるよ」


 人差し指を上に向けてクルクルと回しながらシシルノさんが教師モードに入った。


「【平静】も【高揚】も軽い技能だ。さらに言えば発現直前だった場合、数日で候補となることは十分にありえる」


 なるほど零から百じゃなく、九十から百のケースならってことか。


「だが一晩で十人以上となるとね。素地があったのか、それとも『勇者』だからなのか、興味が尽きないよ」


 教師からマッドサイエンティストにジョブチェンジは止めてほしい。


「連日驚かせてくれるじゃないか。役得としか言えない。せっかくだし今日の座学は技能についてにしようか。ほらミームス卿」


 はしゃぐシシルノさんを黙って見守っているアヴェストラさんは能面みたいな顔で固まっていた。そのうちスルースキルが生えるんじゃないだろうか。


「ああうん、やりにくいな。ジェサル卿、横入りはなるべく控えてもらえると嬉しいかな」


「もちろんそんな約束はできないよ」


「はぁ」


 でっかいため息を吐いてから、ヒルロッドさんの解説が始まった。



「君たちが迷宮に入るにあたって、それに見合うだけの能力が必要になる。歩くだけでも相当だし、魔獣を倒すとなれば尚更だ。だがそれをしなければ階位は上がらない」


 出だしはごく普通の内容だ。当たり前なことを当たり前だと言っているだけ。


「順番としてはまず、基礎体力と攻撃力関連の技能を取得することだ。その点で君たちは恵まれているのは昨日判明した」


 俺たちの『内魔力』は普通に比べて倍くらいには多い。そのぶん技能に回す余地があるということだ。


「ただやはり下地がね。近衛の訓練に参加できるのは、軍人上がりか貴族で下準備を済ませている人間がほとんどだ。君たちはそれを飛ばしてここにいる」


 昨日見た訓練をしている人たちは、たしかにそれなりの体格をしていた。こっちはまあ、一部を除けば普通の高校生だから。


「近衛騎士団はほぼ騎士系を採用している。君たちは異例中の異例だ」


『騎士系神授職』。ウチのクラスだと藍城あいしろ野来のき佩丘はきおか古韮ふるにら、そして馬那まなだ。二十二人中の五人。クラスのたった四分の一ということになる。

 俺を含む残りのみんなは、本来近衛にはそぐわない。そういうことだ。


『騎士系』は階位が上がる時に『外魔力』が増えやすいらしい。代わりに『内魔法』があまり増えないが、とにかく硬くなる傾向がある神授職だと資料にあった。盾系の技能が多いので、守ることを前提にしている近衛騎士団にはふさわしいのかもしれない。



「それでも俺は君たちを任された。任務となった以上、やり遂げたいと考えている」


「ありがとうございます」


 暫定で戦闘班長になった中宮なかみやさんが代表してお礼を言った。ヒルロッドさんが絡んだ昨日のいざこざはもう感じないほどさっぱりした会話だ。心の内はどうだろう。


「君たちは今のところ魔力に恵まれている。二階位からはわからないけれどね」


 初期状態が良くても、レベル2からは凡人なんてオチがありえるわけだ。

 もちろん俺たちだってそれを考えなかったわけじゃない。


「通常の近衛訓練なら攻撃系と防御系の技能を優先的に取得するわけだが」


「まずは技能無しで体験して、実感します。その経験を踏まえて足りない部分を技能で補いたいと考えています」


 中宮さんはきっぱりと言い切った。それこそがクラスの総意だったから。



「いい覚悟だ」


「当然だと思いますけど」


 心底嬉しそうなヒルロッドさんに対して中宮さんはちょっと意外そうだ。


「結構どころかほとんどの者が、足りない部分を補おうとしないんだよ。特に【平静】や【高揚】なんかの精神系はね」


「戦闘時の心持ちは、とても重要だと思うんですけど」


「軍上がりの平民はそうでもないんだが、貴族としては『誇りが許さない』んだそうだ。『内魔力』が惜しいのは本当なんだろうけれどね。ちなみに俺は平民出身だよ」


 苦笑しながらヒルロッドさんは肩をすくめた。


「いろいろな強さがあるのは理解できます。わたしたちが目指す強さは二十二人全員で達成するような、そんな力です」


「あらためて謝罪するよ。昨日は煽って悪かった、ナカミヤ」


「いえ、済んだ話です」


 すんと澄ましているけれど、中宮さんは根に持っているんだろうな。自分ならまだしも、先生を引き合いに出したのだから。

 本来なら先生が、特に戦うことに関してならトップに立つべきなのだろうけど、それでも一歩引くことにしている。本当に必要な時だけ前に出るつもりなんだろう。


「『一年一組』を一団と扱って強くする。俺もそれを目標に力を貸そう」


 いつも疲れた顔のヒルロッドさんが、少しだけ明るく笑った。



 ◇◇◇



「そうだ、話題に上がった君たちがまとめたという技能の資料、わたしに見せてもらえないかな」


 気を使っていたのか、らしくもなく少しのあいだ黙っていたシシルノさんがキラキラした目で俺たちを見ていた。【魔力視】は感じない。どうやら純粋に資料を見たいだけみたいだ。


「は、はいっ、これです」


 取り纏め担当の白石しらいしさんが清書した資料を手渡すと、シシルノさんが表情を変えた。いつもはおどけた感じなのに、今ばかりはやたらと真剣だ。


「この形式は……、君たち自身で考えたのかい?」


「え、ええまあ。でもその、日本ではありふれていたので。こちらの資料は、その失礼かもですけど、ちょっと難解だったので」


 根が優しいんだろう、白石さんは素直に分かりにくいからとは言えなかったみたいだ。

 これってまさか『書式チート』になるのか。


「いいね。わたしと似た考えをしてくれる存在がいてくれると、こんなにもいい気持ちになれる」


「似た?」


 テンションが高いシシルノさんを見て、白石さんが首を傾げた。

 似た考え、か。


「そうなんだよ。聞いてくれ。研究所ですら、やれ格式だの伝統だのとほざくんだ。探求のための資料をだよ?」


 頭を振り回すようにグチをたれる妙齢の女性。素が美人なだけに狂気がマシマシになっている。



「俺も親父と代替わりしたら電カルにするんだ。いまだに紙カルテなんてナンセンスだ」


 田村がなんかほそぼそ呟いている。感化された? 電カルってなんだ?


「はっ、何年後になるんだかな。田村お前、医学部受かんのかよ」


 そこに佩丘まで参戦した。風貌そのままの怒ったような言い草だ。


「勉強はやってる。それに電カル入れるのは師長も賛成してるんだよ!」


「言ってろや。……母ちゃんもかよ」


 あとで知ったことだけど、田村の親がやってるのが田村クリニックで、田村は跡継ぎ。そして佩丘の母親はそこの看護師のトップをやっているらしい。ちなみに『電カル』は電子カルテの業界用語だった。

 田村の父親が医院長で、母親は事務長。母親同士は同期で親友という間柄だ。なのに田村と佩丘は険悪というか、じゃれ合う関係。


 やっぱり山士幌高校一年一組の人間関係はややこしい。


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