第19話 技能が生えた?




八津やづくん、わたしはこれでも剣術家の端くれのつもりなの」


「え? ええっ!?」


 超人訓練を見学し終えて離宮に戻る途中、少し険悪になりかけたさっきのやり取りが気になって中宮なかみやさんに訊いてみたら、すごい切り返しをされた。


「ああいう煽られ方をされたからキれちゃったのよ。わたしはいいけど先生を甘く見るような発言はちょっと、ね」


 あの時は中宮さんが立ちあがりかけていたので気にかかる程度だったが、まさかそこまで怒っていたとは。


 それにしても『北方中宮流ほっぽうなかのみやりゅう木刀術』。ロマンすぎて体が震える。

 先生に続いて中宮さんまで武闘派だったとは。


 まさかほかにも?


「ミアちゃんが弓を齧ってるくらいかしら。先生と三人で小学生くらいから道場で遊んでいたから」


 インチキエルフの加朱奈カッシュナーミア。たしか神授職は【疾弓士】だ。なるほどそうきたか。怒らせてはいけないリストが増えていく。なんで女子ばかりなんだろう。

 クラス側に力のある人間がいるのは大歓迎ではあるけれど。



「わたしは開き直って、この世界のルールでも強くなるわ。……だからなぎちゃんもがんばろうね」


「そうね。わたしは元から好きにやらせてもらっているわ」


 急に後ろを振り返った中宮さんに、綿原わたはらさんはいつもの変顔で笑い返した。

 脳内リストの一番上には、もちろん彼女の名前が書かれている。



 ◇◇◇



「では明日は午前中に座学、午後からは段階的に基礎訓練ということでよろしいでしょうか」


「脱落者が出たときは、よろしくお願いします」


「任せてください」


「ははは、僕が真っ先にそうなりそうで、実は怖いんです」


 離宮に戻ってきてすぐ、アヴェステラさんと委員長が謎の掛け合いをやっていた。委員長はああいう自分を落として周りを楽にする言い方が上手い、というか自然にやっている気がする。そういうところがみんなをまとめるのに繋がっているのかもしれない。


 いよいよ明日からは体を動かすことになりそうだ。俺とて都会出身のもやし男と呼ばれたくはないし、精一杯やるしかない。

 技能の候補に【体力向上】があるんだよな。是非とも取りたいけれど、みんな次第ということで今は諦めよう。



「あ、あのっ!」


「どうしました、シライシさん」


「今夜のうちに資料を読んでみたいんですけど、用意してもらえると嬉しいですっ。特に迷宮と魔力、あとあと、技能関連のがいいです」


 おおっ、すごいぞ白石しらいしさん。さすがは読書好きで、ついでにこっち側の人間だ。

 濃い一日の最後だからそんなこと気にもしていなかった。技能については死活問題になるかもしれないし。


「わかりました。みなさんはお食事と入浴を。その間にある程度の資料を談話室に用意しておきましょう」


「ありがとうございます!」


 これには白石さんだけじゃなく、クラスのみんなが頭を下げた。


 こうしてメイドさん三人を残してアヴェステラさんたちは立ち去った。

 まだ終わっていないけれど、それでも長い一日だった。本当に疲れた。



 ◇◇◇



 夕食が終わり、いつの間にか準備ができていた風呂に入って談話室に戻ってきたら、テーブルの上には雑多な本や資料が山積みになっていた。


「取り急ぎでしたので整理されたものではありませんが、もちろんこちらにあるすべてに開示許可が出ています」


「十分です。あ、ありがとうございます!」


 なぜか流れで図書委員っぽい立場になった白石さんがメイドさんたちにペコペコと頭を下げた。


「ではわたしどもはこれで」


「おやすみなさい!」


 こういう挨拶は全員一斉にがこのクラスのスタンスだ。俺もやっと慣れてきた。

 手分けして資料を漁ることになるわけだけど、その前に俺は自発的に事情聴取を受けることにしよう。


「先生、委員長ちょっといいかな」


「ん? いいよ。中宮なかみやさん、古韮ふるにらと組んで班分けして、読み始めておいて」


「わかったわ」


 仕事を中宮さんと古韮にポンと放り投げて、委員長は俺の方を向いてくれた。



「一応【観察】について報告したいんだ。どうも戦闘向きじゃなさそうだから、話しておくならまずは先生と委員長かなって」


「シシルノさんの技能に気付いたの、八津の【観察】があったからだよね」


 取り調べ相手は委員長と先生。とはいえ応対するのは委員長で、先生は黙って見ているだけだ。


「そうだな、視界が広がるとか動体視力が上がるとか、そういうのは無いと思う」


 さっきの訓練場でこの国の人たちがやっていたことは全然見えなかったから。


「気付きっていうか、見えている視界の解像度が上がる感じかな。見えている範囲がとにかくよく見えるんだ。ちょっとした視線とか表情の違いとか。シシルノさんが俺たちに【魔力視】を使ったことに気づけたのも、多分それが理由だと思う」


「なるほど……」


 委員長がちょっとだけ考え込んだ。


「相手が何かをしているのに気付ける。でも何をされているかはわからない?」


「そんな感じ、かな」


 こうやって確認してみるとショボい技能に思えてしまう。やっぱり微妙だ。


「ごめんごめん、そんな顔をしないでよ。八津は俺たちの誰もわからなかったことに気付いてくれたんだ。それだけでも助かるよ。今後も役に立つ、きっと」


 顔に出ていたか、なさけない。そんな俺を委員長は人好きしそうな笑顔で励ましてくれた。


「これからもその調子で頼むよ」


 ああ、こいつはすごいヤツだ。

 先生は先生で自分が出しゃばらないこの展開を期待していたんだろう。テストで満点を取った生徒を見るような目で俺たちを見ていた。



 ◇◇◇



「話は終わった?」


「ああ、僕たちはどうしたらいいかな」


 三人で中宮さんの前に移動した。指示を仰ごうじゃないか。


「……先生は『迷宮』、委員長は『システム』、八津くんは『技能』でお願い」


 なるほど、それぞれ戦闘、理屈、ゲーム脳に振ったわけか。適切だと思う。


「誰が班長とかはないわ。とにかく資料を読み込んで」


 彼女の声に押されて、俺は『技能班』が集まっているテーブルの空席についた。



「どんな感じ?」


 両脇を海藤かいとうひきさんに挟まれて、適当な資料に手を伸ばす。


「それがもう、滅茶苦茶だ」


 元野球少年らしい短髪をガリガリ掻きながら、海藤がげんなりしている。どういうことだ。


「ひとつでも読めばわかるさ」


「どれどれ」


 丁度手にした資料は薄い冊子だった。これならすぐに読み切れそうだ。



 ◇◇◇



「これは……、酷いな」


「でしょー」


 やけくそみたいにノートにガリガリなにかを書き込んでいる疋さんだけど、彼女がどうしてそんなことになっているかがすごく理解できる。


 たとえば俺が今読んでいる冊子に記載されていた技能は【鼓舞】【硬盾】【頑強】の三つだ。

 この三つのスキルについて、いやそうじゃないな。技能が散見できる『物語』だ。主人公は敵の攻撃を見事受け止めて勝利する、とかそういう話。どういうことだ。

 神とか勇者から授かりしとか、奮戦とか騎士の矜持とか、終いには愛する故国のためにとか、そういう記述の方がはるかに長いじゃないか。装飾が多すぎて肝心の技能がどういう効果を持っているのか、異常にわかりにくい。


「……まさかこんなのばっかりなのか?」


「そーなんだよねー」


「だから田村たむらがフォーマット? 定型を作ってくれた」


 間延びした疋さんのセリフを海藤が引き継いでくれた。

 なるほど、物語から技能を拾って、それを定型文にまとめるわけか。すごいじゃないか、田村。


「あいつん家病院だからさ。カルテとかで得意なんだろ、こういうの」


「ああ、そういう」


「ダブりは大歓迎だってさ。ダブルチェックだとかができるんだと」


 いやいやとんでもなく助かる提案だ。話し合えばいつかは出てくる内容だろうけど、この短時間でそういうアイデアが飛び出して即断できるのがすごい。

 ここ二日でウチのクラスメイトたちには驚かされてばかりだ。


 なら俺もやるしかない。



 ◇◇◇



「あれ」


「どした八津」


 海藤が横から俺の顔を覗き込んだ。


「俺の候補に【高揚】がある。今朝まで無かったはずなのに」


「良かったじゃないか」


 文章を読むのに疲れて、一休みがてらに頭の中を確認したら意外な結果だ。【観察】が進化したりしてたら嬉しいな程度だったのだけど。

 生えたのが【高揚】って、まさかクラスの熱気にやられたとか、そういうベタな理由じゃないだろうな。


「うーん、アタシに【体力向上】が出ないかなあ。午後のアレみたら絶対要るっしょ」


 疋さんがテーブルにだらんと両手を伸ばして、本気で落ち込んでいるような声を出す。

 どれくらい効果があるかはわからないけれど、そういうの欲しいよな。基礎訓練とやらで走り込みとかをやらされそうだし。そもそも【体力向上】がそういう技能なのかの検証からだけど。


「俺も持ってない。走り込みでくたばったら生えてくるかもな。はっ」


 同じテーブルにいた田村の自虐な冗談には妙な生々しさがあった。彼の顔はノートと資料を行ったり来たりだ。手は止めていない。



「そういや『勇者は技能を創った』って話があったな」


 ふと田村が思い出したかのように顔を上げた。


「八津、お前はどう思う?」


 入学以来、初めてまともに田村と目が合った気がする。


「……俺に【高揚】が出たのは、違うと思う」


「どうして?」


「ほかの人に出ているからさ。そういう技能がすでにあると認識できていたからだと思うんだ」


「ちっ、だよな。あとは出現するきっかけか」


「調べる価値はもちろんあると思う。俺の場合は……そうだな、クラスに馴染めるかなって思えるようになって、それでテンションが上がったから、かもしれない」


 田村は皮肉気に笑っているけど、なんだ、ちゃんとした会話ができるじゃないか。



「当然情報共有だな。おい聞いてくれ! 八津に技能が増えたぞ!」


 立ち上がった田村が大声で伝えているけれど、その言い方じゃあそれこそ俺が技能を創り出したみたいに聞こえるだろ。

 慌てて俺も立ちあがった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る