第18話 木刀少女と異世界の強さ:【豪剣士】中宮凛
ファンタジーは好きだ。だけどこんなゲームみたいなファンタジーを好きになれるか自信がない。
魔法があってもいいし、魔獣とやらが跋扈しているのも構わない。それでも『技能』やら『階位』やらという余計な要素が強さに直結するらしい、そんなこの世界の常識が気に食わないんだ。
「さあここだよ」
ヒルロッドさんを先頭にしてわたしたちが案内されたのは、『水鳥の離宮』からは五分くらい歩いたところにある第六騎士団『灰羽』専用の訓練場だった。三人の侍女さんは離宮に残ったけれど、アヴェステラさんとシシルノさんは同行してきた。担当者は基本ずっと一緒みたい。
今後しばらく、わたしたちの訓練はここですることになるらしい。
そういえばこちらの世界に来てから初めての屋外だ。それでもそう感じるのは真上に空が見えるだけで、四方は壁に囲まれている。山士幌高校のグラウンドくらいの広さの空間がお城の中にあるという事実に驚かされた。
「座学ばかりでは疲れるだろう。だから午後はここの見学に当てたんだよ」
わたしたちは学校指定のジャージで、先生だけは白いシャツの上に厚手の革でできた茶色の上着とパンツという、こちらの訓練服に着替えている。
そして無骨なブーツが全員に配られた。上履きで土足は用途が違うのだという説明に手間取ったけど、微妙にサイズが合っていないのが気持ち悪い。
それでも一日ぶりの外の空気は気分を少しだけ楽にさせてくれた。
◇◇◇
一年一組のクラスメイトは横の繋がりだけじゃなく縦の関係も多い。地方都市特有なのかはわからけれど近所同士、親同士の距離が近いんだ。
たとえば副委員長をやっているわたしと委員長の
親にくっ付いてお互いの家を行き来するうちに、自動的に仲良くなったんだと思っている。もちろん人として好いてはいるけど、そこに甘酸っぱさが足りないような。
すごいのになると小麦農家をやっている
この春に引っ越してきた
そういうわけでわたしたちクラスメイト全員が、そこかしこで人間関係を持っている。太い糸が複雑に絡み合って簡単にはほぐれないしがらみという名の強力な連絡網だ。
お陰で誰かが騒動を起こせばあっという間にそれは広まるし、イジメ? なにそれ状態だ。
田舎っぽい人間関係だけど、わたしはそれが嫌いじゃない。
農協に就職したくて大学に進学するつもりのわたしは、帯広の高校に行くことも考えた。けれどやっぱり青い空と緑の畑がたくさんのこの街が大好きだから、地元の山士幌高校入った。
そんなわたしは長々と異世界なんかに居座るつもりは、微塵もない。
◇◇◇
わたしは今、呆れている。目の前で繰り広げられているこの光景は一体何なんだろう。
「超人運動会だな」
八津くんが変な単語を持ち出しているけど、言いたいことはわかるよ。
「これが『階位』というか『魔力』の力か。筋トレしてきた自分が嫌になる」
野球をがんばってきた
一段高く造られた休憩所から見下ろせる訓練場には、わたしの脳が理解を拒否する様な動きをする人たちがいた。
背中にロープで縛った岩を担いでランニングしている人たち。その中には女性も混じっている。
地面に突き立てられ、なにかの革を巻き付けた太い丸太を木剣らしきもので叩きまくる人たち。剣の長さは二メートルを超えて、刃幅は三十センチ以上あるだろう。それが視認も難しいくらいの速度で振り回されている。
わたしでは持ち上げることすら困難そうな太い短槍を持った人たち。彼らは十メートル以上を一歩で跳躍して穂先を繰り出す。とても避けられる気がしない。
身体全体が隠れるほどの大盾を持ち、地面に置かれた大岩に体ごとぶつかっていく人たち。その衝撃はいかばかりだろう。
そもそもあんな扱い方をして、なぜ剣も盾も壊れない?
筋肉質ではあるけど体格は普通にしか見えない。わたしとて武術家。服の上からでも相手の体つきくらいはわかる。
これは、異常だ。
「これが戦闘訓練?」
思わず声が漏れてしまった。
だけどアレは気持ちが悪いのだ。嫌悪で嘔吐感を覚えそうになるくらいに。
わたしが使う『
そう『技』だ。そこに技術がなければ意味がない。
抜き身を想定していない。あくまで木刀術。
ゆえに術理はいかに木刀に体重を乗せ、最高速度で、最適な木刀の部位を、振り抜いたそのあとまでを考慮して相手の急所に叩き込むか。
それを為すために筋量を増やし、柔軟性を高め、緻密な身体操作をひたすら繰り返すのだ。
刀を振るう前段階としての歩法、体捌き、崩し、当然これらも徹底的に鍛え上げる。
それが『武術』だ。わたしの知る限りで最も美しい芸術のひとつ。
まだまだ未熟なこの身でも、いつかはと夢見て毎日励んでいたんだ。なのに。
彼らは速度だけでわたしに勝利するだろう。技を無視して。
ああ、あんなに大好きだったファンタジーを嫌いになってしまいそうだ。
◇◇◇
見学席の最前列にいるのはわたしと真くん、先生、ミアちゃん、海藤くん、
そして先生以外の全員が呆れ果てている。先生だって内心はどうだろう。
「どうだい? すごいだろう」
「ええ。驚かされています」
くたびれ顔のおじさん、ヒルロッドさんが先生に話を振った。
この人にしても細身で、全体から強者の風格が伝わってこない。わたしの見立てではちょっとだけ齧っている程度のただのおじさんだ。
「この中でそこそこ強そうなのは、タキザワ先生とナカミヤか。どうかな、階位を上げる気になったんじゃ」
頭に血が上るなんて一瞬だった。
「凛ちゃんっ!?」
人がいる場所で真くんに下の名前で呼ばれたのは久しぶりかも、と思い返せたのは後になってからだ。
目の前のヒルロッドとかいう人はぬけぬけと
「中宮さん」
わたしが激高してヒルロッドを睨みつけた瞬間、先生の落ち着いた声が耳に届いた。
『魔力がなければあなたが勝ちます。ですがこの場でソレに意味が無いことはわかりますよね。あなたも武術家の端くれなら、簡単に怒りを見せてはダメですよ。相手が侮ってくれているんです。騙しきるくらいしてみせてください』
あえて日本語だった。先生だって文字通り血を流しながらの鍛錬を積んだ空手家なのに、それを否定するような光景を見せつけられたのに、それでも冷静にわたしを諫めてくれた。
「凛ちゃんはまだまだですね」
「ごめんなさい。ヒルロッドさんも、すみませんでした」
下の名前でわたしを呼んでくれた先生の意思を汲む。
先生は冷静だ。わたしも見習え。あちらが煽っているつもりかどうかは知らないけれど、半分は心の中で舌を出して、もう半分は本心から頭を下げた。
この世界には魔力ありきの理屈がある。フィジカルを否定したら、それはもう実戦的な武術とはいえない。この世界の外魔力は地球でいう体重差みたいなものだ。
だから魔力とやらも受け入れよう。落ち着け。大丈夫、わたしは大丈夫だ。
◇◇◇
「今日一日の会話で俺が感じたのは『納得』だ。君たちは納得したいのだろうし、そうすれば行動できる集団だと思った。意外と多いんだよ、そういうの」
夕方というにはまだ早いけど、訓練の見学はもう終わりだ。
ヒルロッドさんが訓示じみた事を言っている。割といい内容だし、あのおじさんなりにわたしたちを評価してくれているみたいだ。
「納得して行動するから決意も固いし長続きもする。試行錯誤するので強くなるのが上手い。強者になるための方向性としては悪くないと思うぞ」
開き直ったわたしは、ほぼ気持ちの切り替えができていると思う。
「それもあって軽く煽ってみたら、ナカミヤを怒らせてしまった。悪いことをしたとは思っているんだけどね。それにしてもタキザワ先生はすごいな。『水の如し』で流されたよ。怖い怖い」
帰るためにも、それ以前にこの世界で生き抜くために強くならなきゃならない。そのためなら魔力でもなんでも使ってやる。強くなってやる!
わたしは
◇◇◇
「魔力で強くなる、か。正道なんだか邪道なんだか」
離宮への帰り道、八津くんのそんな言葉が妙に胸に残った。
それを見ている
入学してから学校で三日、こっちに来てから一日だけど、凪ちゃんが彼に向ける視線が面白い。どういう意味で注目しているのかはわからないけれど。
八津くんはわかっているのかな。綿原凪はけっこう怖くて、楽しい子だよ。
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