第17話 タダ飯食らいたちの答え




「これってスープハンバーグってヤツ?」


「美味しいね春姉はるねえ


 酒季春風さかきはるかさんと酒季夏樹さかきなつきの姉弟が顔を見合わせてニコニコしている。仲良しだ。恐ろしいのは陸上をやっているらしい姉より、弟の夏樹の方がむしろ線が細いってところだろうか。


 俺たちが食べているのはまさにスープハンバーグという感じの料理だった。

 いつもどおりにピリっとした味のスープに、ハンバーグがゴロリと入っている。スープの中には野菜もちらほらしていて実に健康的な食事だ。パンと果実水付きだし。

 残念ながらハンバーグ、というか挽肉チートはおじゃんになったが、目の前の食事が美味しいならそれはそれでまあいいかと諦めるしかない。


「こう三食全部に肉と野菜とパンが出てくるんだ。古韮ふるにらたちは異世界だ、別世界だって言うけどさ、そう変わらないんじゃないっすか? なあ、深山みやまっち」


 手と口を動かしながらそんなことを言うのは藤永陽介ふじながようすけ。わざとらしい語尾のチャラ系男子だ。チャラいといっても髪がちょっと長めではあるけれど真っ黒だし、ピアスも付けていない。口調がそれっぽいからそう思っているだけだ。

 ウチのクラスは外見で中身を判断できないのが多いから、どういう性格なのかはまだ知らないのだ。すまない藤永。

 だけど話しかけている相手が深山雪乃みやまゆきのさん、つまり女子と気軽な感じなのがな。


「う、うん。どうなんだろうね。藤永クン」


 深山さんもまんざらじゃなさそうなのが、これまたなんとも。

 チャラい藤永に対してオドオド系の深山さんは栗毛色っていうのだろうか、目立って髪の色が薄い。目も赤色っぽくて、驚くほど肌も白い。ちょっとだけアルビノじみているというのが科学的にありえるのか知らないが、全体的に色素が薄いのだ。少し小柄で、薄幸の美少女感じがものすごいのだ。


 こうして考えるとウチのクラスって女子のレベル、高いな。



「どうしたの? 八津やづくん」


「ん? なんでもないけど」


「そう」


 向かいでスプーンを使っている綿原わたはらさんが微笑をたたえてこっちを見ていた。

 眼鏡越しの目が普段よりちょっと細い気がするのはなんでだろう。変な意味で【観察】が仕事しすぎだぞ、これ。



 ◇◇◇



「ごちそうさまでした」


『ごちそうさまでした』


 全員が食べ終わったのを確認して、委員長が最初にコール。それから全員で、もちろん先生も一緒になって食後のお礼をする。

 べつに全ての命に感謝してなどという『いただきますムーブ』をやるつもりはないが、食前食後のコレはなんとなく俺たちの習慣になりつつある。全員一緒に食べているせいで、ノリでこうなっているだけだ。

 もちろん初回、つまり昨日の夕食ではやっていない。あの時は王子様と王女様がいた上にまだ動揺していたから。


『みなさんは軍人向きなのかもしれませんね』


 というのがアヴェステラさんの評だが、集団行動でなんとなくやっているだけなので、そういう方面の賛辞は要らない。



「それでも君たちは立派だよ。命をいただくか。こうも美味しそうに食べてもらえるなら、迷宮も喜ぶだろうね」


「喜ぶ? 迷宮?」


 シシルノさんからヤバいワードが飛び出してきた。訊き返したのは上杉うえすぎさんかな。


「くくっ、いま君たちが食べていた肉だよ。【六足四腕紅牛】だね」


「迷宮の魔獣、ということですか」


「そのとおりだ」


「なるほど、良い食材なのですね。美味しくいただけました」


 姿が想像できない名前が出てきたが、それでも上杉さんは世間話をするように会話をしていた。その不動っぷりがすごい。


「魔獣肉かよ……」


「ジビエってやつデス!」


「大丈夫、大丈夫。シカも熊もアザラシだって食べられるんだ」


「栄養だ、これは栄養素だから」


 ほら、他の連中の顔色が悪い。もちろん俺も。ひとり能天気なのが混じっているけど、アレはニセエルフだから感覚が違うだけだ。肉食エルフはアリかナシか。


「王都で食される野菜の半分以上、調味料や食肉は九割五分、特に塩については全て迷宮産というのが実態だよ」


 イタズラが成功したようなしたり顔でシシルノさんが語る。地球に迷宮が無いと知ったからこそのセリフだ。


「パース大河の水とそれによって回る畑作。アラウド迷宮から得られる食物や様々な素材。『王都パス・アラウド』はそうして営まれてきたんだよ。迷宮一層に勇者が現われて以来、五百年間もね」


 迷宮依存型都市、ダンジョン系でありがちな設定が当たり前のように告げられた。



「ここからが面白い話でね」


 シシルノさんの語りは続く。薄笑いのその表情からしてたぶん面白くない話の気もするが、俺たちは聞くしかない。

 アヴェステラさんの口が少しだけへの字になったのが見えた。


「ここ数年、迷宮の魔獣が増加傾向にあったんだ。そしてもうひとつ、毎年『迷宮の一角』で行われている召喚の儀式で定着させる魔力も増えていた。これは【魔力定着】をしている姫殿下のお墨付きだね」


 それってつまり。


「昨日の今日だからこれは私見だよ。けれど君たちが現われたことと無関係とは、ちょっと考えにくいかな」


 定着した魔力とやらが一定量を超えたから、その結果として俺たちが転移してしまったとでも言いたいのか、この人は。


「こうなると考えてしまったのさ。召喚の儀式は、もしかしたら迷宮を鎮めるためのモノだったのかもしれないとね」


「……俺たちが呼ばれた場所は『視た』んですよね?」


 俺の声は少し震えていたかもしれない。それに対してシシルノさんはしたりと笑う。


「もちろんだよ。今朝にはきれいさっぱり魔力が消えていた。いい洞察じゃないか、ヤヅくん」


 褒められても全然嬉しくないな。

 最悪の場合、世界を渡るのに必要な魔力は【魔力定着】とやらが五百年分ということになるんだぞ。



 ◇◇◇



「本当は段階を置いて話す予定だったのですが、ジェサル卿の発言は真実です。ですが召喚の理由として確証がある話でもありません。国もまだ手探りであることをご理解ください」


 困り顔をしたアヴェステラさんだけど、そんなことを暴露して大丈夫なんだろうか。


「アウローニヤとしては『勇者との約定』を履行し、そしてみなさんの選択を待つ形になります」


 アヴェステラさんは何かを期待しているんだと思う。誘導かもしれないけれど、それでも俺たちに選択権を持たせてまで。



「先生」


「なんでしょう、中宮なかみやさん」


「わたしは個人的に、施しを受けっぱなしというのが好きじゃありません」


「同感です。たとえ原因が故意であれ事故であれ」


「タダ飯より高いものは無いって言いますよね」


「ふふっ、一文字多いと思いますよ」


 名前のとおりに凛とした中宮さんの声と冷静な先生の会話は、まるで打ち合わせをしていたように聞こえた。

 微笑のままの上杉さん、不貞腐れた顔がデフォの田村仍一たむらじょういち佩丘はきおか、不安気な草間壮太くさまそうた野来孝則のきたかのりそして深山さん。けれどそれ以外は概ね苦笑ぎみだ。そう考えるとウチの女子って強いな。


 ところでどうだ、みんなのフルネームを憶えてみせたぞ。



「強くなるという点において、迷宮に潜ることは必須です。みなさんの活躍で必要な衣食住以上に素材が得られたならば金銭でも、見合った価値のある文物でもみつくろいましょう」


 先生と中宮さんの会話を聞いていたアヴェステラさんが、迷宮入りを推してきた。


「帰還するために必要な生活、能力、情報。全ては迷宮に在るのではないでしょうか」


藍城あいしろ君はどう思いますか」


 先生は委員長に判断を委ねるのか。俺と先生以外はクラスメイト全員が長い付き合いで、委員長はそれをずっと纏めてきたはずだから。


 委員長がクラスメイト全員を見渡した。彼の横にいる中宮さんはハッキリと頷く。

 誰も何も言わないし、否定的な表情をしているヤツもいない。いまだに怖がっている連中も何人かはいるけれど、それでも声は上げなかった。

 やっぱりこのクラスはすごい。ここでキれたり逃げたり、そういうのがいないのだから。



「……状況次第ではいつでも撤回できる、判断によっては覆してもいい、僕たち一年一組はそういう条件でなら、迷宮に入ることを前向きに検討したいと思います」


「ぶふぉっ!」


 あんまりにあんまりな委員長の言葉にアヴェステラさんが吹きだした。びっくりしたというよりは、笑いを堪えているのかもしれない。


「行政府の上役ですら、今時そこまでの表現はしませんよ」


 これぞ苦笑のお手本とばかりに、アヴェステラさんの表情はこれまでで一番崩れていた。

 やるじゃないか委員長。いや、藍城真あいしろまこと


「条件付きで当たり前ですよ。僕たちは誰もまだ魔獣と戦ったわけじゃないし、どれくらい強いのかもわからないんですから」


「いくらなんでももう少し腹芸を使わないと権力入りは難しいと思うよ」


 口を挟んできたシシルノさんがとても楽しそうでなによりだ。



 けっきょく俺たちに選択肢なんて無かった。これ以上ゴネたところで、アウローニヤ側は強制的にクラスメイトを迷宮に引きずり込みかねない。それなら自発的にということだ。


「僕たちは迷宮に入ります。そこで最後にひとつ要望があります」


「……どうぞ」


 まだあるのかと、ちょっと顔を引き締めた様子のアヴェステラさんに対しても委員長は悪びれなかった。


「僕たち二十二人をひとつとして扱ってください。この先、個人個人の強さや役割が分かれるかもしれません。それでも僕たちは一緒にいたい。これが絶対の条件です」


 かっこいいな。いいじゃないか。すごいじゃないか。その中に俺も入れてくれているのが、とても嬉しいじゃないか!


 委員長の言葉に全員が頷いた。もちろん俺も一緒にだ。


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