第16話 階位を上げるために




「それにしても驚きだ。きみたちは本当に勇者なのかもしれない」


「ジェサル卿?」


 余計なことを言うなよとアヴェステラさんが圧をかけているみたいだけれど、シシルノさんはどこ吹く風に見える。

 この場で一番偉いのはアヴェステラさんのはずなのに。


「階位は一のはずなのに『内魔力』がほとんど倍だよ。さっき視た時はてっきり二階位なのかと思ったくらいだからね」


 魔力チートときたか。やっと転移特典が見つかったぞ。

 メリットは大きい。さっきまでの話と併せて考えれば、俺たちは長く戦えるし技能も数を取りやすいということになる。倍の速さで強くなれるというわけでもないだろうが、優位は明らかだ。


「さて、君たちが二階位になったら、どうなるんだろうね。是非その時にまた見せてほしいな」



「ごめんなさいミームス卿。少しだけわたくしが」


「どうぞ」


 ため息交じりのアヴェステラさんがヒルロッドさんに断りを入れた。話の腰を折られっぱなしのヒルロッドさんは本当に苦労性なのかもしれない。


「勇者様については様々な伝説が残されています。真実味のあるものからそれこそ神話としか思えないモノまで。なにしろ五百年前の話ですから」


 日本だと室町期を想像するようなものか。いや、ここは中世風だし江戸時代の人が鎌倉を語ったような感じかな。勇者が神格化されているみたいだし、与太話がほとんどでも不思議はない。


「その中にひとつ、『勇者の器は大きかった』というものがあります」


 懐が広いってオチじゃないだったりしたらすごい。勇者が大人物ならそれもあるかもしれないけれど。


「資料から子供用の絵本までいくつあるのか、想像もできません。この国を興した後、魔王を倒したというお話をしましたね。他にも山を斬り、河の流れを変えた。幾つもの迷宮を踏破した。なのに活動期間は二年にも満たなかった。逆に三百年、それどころか今もどこかで世界を見守っている、などなどです」


 超人か、仙人かなにかだろうか。俺たちに無理なのは確かだ。


「今日の話題にまつわるものなら、数多くの技能を創造した、などというのもそうです」


「どうだい君たち。新しい技能を造ってみないか? いや【観察】に【鮫術】、もうすでにか」


 淡々と述べるアヴェステラさんと、それを混ぜっ返すシシルノさんの構図だ。

 それと、変なところから勇者認定を迫るのは止めてほしい。



「話がまた逸れてしまいましたね。申し訳ありません」


 もしかしたらアヴェステラさんは勇者オタみたいなものかもしれない。


「そうですね。細かく確認したいことはありますが、それは追々。今はまず、階位を上げる方法について教えてもらえますか」


「っ!」


 そしてついに先生が核心に迫った。同時に俺を含めたクライメイトたちの多くが息をのむ。

 日本風に言えばゲームシステム談義をしてきていたわけだが、重要中の重要要素、レベルアップをする条件、もしくは手法。


 想像してしまっているのは俺だけじゃないはずだ。その証拠に先生ですらこれまでにない緊張感を漂わせている。

 さっきヒルロッドさんが言った『迷宮が関わる』という言葉。そして『魔力の掌握』。さらにさらに、俺たち日本人の常識がひとつの答えを示している。


「さっき君たちは『殺したくない』と言ったかな」


 案の定としか思えないヒルロッドさんの返しだった。そこにはちょっとだけ言いにくさが含まれている。

 心の内は俺たちが階位を上げることを拒否したらどうするか、どうやって説得するか、そんなところだろう。


「基本は『迷宮に潜り魔獣を倒すこと』だよ」


 当然そうなるよな。



 ◇◇◇



「基本は、というと?」


「実は普通に生きているだけでも階位は上がるんだ。誰もがどこにでもある魔力の中で生活しているわけだからね」


 魔獣とやらを倒す以外の方法があるならそれに越したことはない。先生もそれを期待したんだろう。けれどかすかな希望は、普通に通らないと思う。


「一生をかけてせいぜい五階位、といったところかな。魔力が強いとされる迷宮に籠った事例もあるようだが、誤差程度らしい」


 ヒルロッドさんが肩をすくめた。

 正直そういうオチで当然だ。黙っているだけでレベリングできるならこんな話はしていないはずだし。


「モンスターを倒してレベルを上げる。まあわかっちゃいたけど、なあ」


「いざやれと言われると、引くよな」


 横の古韮ふるにらとヒソヒソ話をするが、お互いの顔に書いてあるのはやっぱりなという文字だ。



「あの、それって迷宮だけなんですか?」


 体格のわりにボソっとした声で質問をしたのは、ついさっきフルネームを憶えた馬那昌一郎まなしょういちろうだ。帰還論争で自衛官志望だと発覚したけれど、それはまあどうでもいいか。


「そうだ。ここでハッキリ言っておこう。君たちが懸念していた『人殺し』もしくは『魔族殺し』をしたところで、階位は上がらない」


 一気に空気が和らいだ。一気にハードルが下がった気分だが……。


「だからといって『魔獣を殺す』ことには変わらないわけね。わたしたちに……、できるのかな」


 中宮なかみやさんがポツリとこぼした。そういうことなんだよな。

 ゲームとかだと相手が消えておしまいだけど現実として考えたら、ありえないだろうし。


「迷宮で魔獣を倒したら、相手は消えたりしないんですか?」


 そのものズバリを古韮が質問してくれた。ゲーム脳と呼びたければ呼んでくれ。ここは異世界なんだ。ちょっとの希望くらい通っても。


「消えるわけがないだろう。そもそも消えられては困るじゃないか」


「ああ、素材か……。それなら、それならドロップでもいいじゃないですかっ」


「『どろっぷ』?」


「あ、いえ、なんでも……ありません」


 トーンダウンもはなはだしいけど古韮はよく頑張ったよ。それにしたってドロップは都合良すぎたか。



 ◇◇◇



 とりあえず戦争や魔王退治は避けられたとしても、魔獣討伐は確定路線になった俺たちは落ち込んだ。異世界転生した物語の主人公たちって凄いなと、正直尊敬する。俺もそれくらいの精神が欲しかった次第だ。


「落ち着いてくれ。王国として万全を期そう。そのために近衛の第六『灰羽』がいるのだから」


 そしてヒルロッドさんがここにいる本来の理由が語られた。


 第六近衛騎士団、通称『灰羽』は自称ライト軍オタの馬那に言わせると、教導部隊ということになるらしい。訓練をしてくれる人たちの集まりってことだ。

 ヒルロッドさん曰く『ミームス隊』は実戦派で鳴らしているらしく、実績は折り紙付きだそうだ。お手柔らかなのが望みなのだけど、どうなることか。



「繰り返しになるが、君たちは『王国の客人』だ。アウローニヤの誇りにかけてより安全に、より確実に君たちの階位上昇に力を尽くすことを約束する」


 ヒルロッドさんたち王国側の表情を見れば想像がつく。


 彼らは『武力的』な点を心配しているのだろう。当然ソレもあるだろうけれど、俺たちの懸念はそうじゃない。『精神的』にできるかどうかなんだ。

 わかってほしいところだが文化の違い、倫理観の差だろうし、さらに言えばこちらの弱みはあまり見せたくない。結局は黙ってしまうのだ。

 夜になったら誰かしら弱音を言いだすと思う。もしかしたらそれは俺かもしれない。


「これは覚悟が必要ね」


「だね。綿原わたはらさんは結構落ち着いてるみたいだけど」


「そんなことないわ。わたしはそういうの、割と得意な方だけどね」


「そ、そうなんだ」


 鮫へのこだわりといい、綿原さんって妙な人だよな。


 そして彼女以外にも何人か、動じていないクラスメイトがいることにも俺は気付いていた。どうも【観察】を使うと視野が広がるというか、視界全体の解像度が上がるイメージがあるのだ。


 そいつら、ヤンキーっぽい佩丘駿平はきおかしゅんぺい、それにつるんでいる海藤貴かいとうたかし、おっとりしたお母さん的空気を醸す上杉美野里うえすぎみのりさん、そして『エルフもどき』のミア・加朱奈カッシュナー。彼ら彼女らは多分あまり動じていない。

 俺の勝手な印象だけど四人ともこの世界はゲーム的だから楽勝、とかいうタイプじゃない。むしろ逆なくらいだ。肝が据わっているってことか。



「君たち次第ではあるが、まずは基礎訓練からになる。いきなり迷宮に入れなどとは言わないよ」


「具体的にはどのような?」


 訓練と聞いて先生の目がキラリと光ったような気がした。


「有用な技能の取得とそれに慣れるための修練がひとつ。基本的な行動も覚えてほしいし、君たち風に言えば迷宮や魔獣の知識かな。もちろんここでの生活に慣れるというのもある。精神的な落ち着きは重要だからね」


 立て板に水か。あらかじめ原稿を用意していたかのように、ヒルロッドはよどみなかった。


「そしてなにより迷宮を歩くんだ。当然基礎体力作りは必須だよ」


「同感できる部分があって助かります」


 なぜ俺たちの先生は英語教師なのに体育会系なんだろう。


「というわけでそろそろ昼食にしよう。午後からは訓練の様子を見学してもらいたいと考えている」


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