第15話 まさにお見通し




「少し付け加えさせてもらいたい」


 口を挟んだのはシシルノさんだった。酒季さかき弟とヒルロッドさんのやり取りが一旦止まる。


「こういう疑問を持つかもしれない。『そうして内外の魔力を使い続けたら階位が下がるのでは』と」


 さっき俺が抱いた疑問にかなり近い。横の古韮ふるにらなんかも頷いているし。


「この場合の答えは『一度得た階位は下がらない』だよ。『器』と言っているんだがね、階位が上がれば器が大きくなって、魔力が減ろうとも一度大きくなったガワは維持されるんだ。『外魔力』『内魔力』両方ともが、だね」


 なるほど、階位があがると要は最大マジックポイントが増える感覚か。それならスッキリ理解できる。


「魔力の無い世界のきみたちには難しい概念かもしれないがね」


 シシルノさんはしたり顔だが、いやいや、たぶんここにいる連中全員はほぼ理解したと思う。



「ええっと、シシルノさん、ヒルロッドさん、ありがとうございました」


 丁寧にお礼を言う酒季だけど、シシルノさんの方を先にした。なんか怖いんだろう。


「うっうんっ」


 咳払いをして注目を戻すヒルロッドさんから苦労人の空気が伝わってくる。なぜか委員長が頷いているな。同情か、それとも共感かもしれない。


「『階位』と『外魔力』についてはこんな感じだ。もちろんまだまだあるけれど、それは今度にして次に『内魔力』だ」


 MPタンクってだけじゃないのか?


「『内魔力』は『外魔力』の補給に使われるだけじゃない。『技能』を得るためにも、それを使うためにも必要になるんだ」


「あっ!」


 ヤバい。またも声を出してしまった。ついでに正面の綿原わたはらさんも同じなんだろう。あっちは口を押さえて声を抑えるのに成功したみたいだ。俺はやらかした。


「な、なんでもありません! 続けてください」


「気にしなくていいぞ、ヤヅ。気になったのならいつでも発言してくれ」


 ヒルロッドさんは流してくれたけれど、横にいるシシルノさんが笑みをこぼしている。何かに気付かれた気がしてヒヤヒヤものだ。



 ここで自分の頭の中を確認した。俺はさっきから【観察】を使っている。やっぱりだ。『技能』を取った時に小さくなった紫の球が、今度は色が薄くなり続けている。最初は濃い紫だったはずなのに。

 これはもう確定でいいんじゃないか。『内魔力』イコール紫の球だ。


 紫の球はスキルポイントじゃなかった。いや、そういう側面もあるのだろうけど、スキル取得は最大MPを消費するってことだ。なんでもかんでも魔力かよ。


 いやいや、その前にひとつ大事なことがある。

 そもそも減った、現に俺が今消費している『内魔力』はどうやって回復するのか。『技能』の説明よりそっちが先に知りたい。


「いいですか?」


「ヤヅか。どうぞ」


 何度も出しゃばりたくはないけれど、こればかりは訊いておかなければいけない。現状で『内魔力』を消費し続けているこの身がつらい。


「『器』が固定されるというのはわかりました。なら『内魔力』を戻す、ええと器を満たし直すにはどうしたらいいんでしょう」



「ほう?」


 俺の質問に反応したのはシシルノさんだ。

 彼女の目つきがちょっとだけ鋭くなって、そして。


「っ!」


 一瞬だが背筋がブルっとした俺は、声を出さないのが精いっぱいだった。俺が今使っている【観察】を通しての感覚だ。はっきり自覚できたぞ。

 今のはなんだ。シシルノさんは俺に視線を向けてから、クラスメイトたちを見渡しただけだ。それなのにあの人が何かをしたと、確信できる。


「当然の質問だ。『内魔力』の回復は当然気になるだろうね」


 意味ありげに笑ったシシルノさんは、ヒルロッドさんを目線で促した。


「答えは簡単だ。消費を止めて休めばいい。できれば食事と睡眠だな」


「ああ、そういう」


 自然回復だったか。良かった。本当に良かった。だから綿原さん、心配そうな顔をしなくてもいいよ。シシルノさんに目を付けられそうで怖いから。


 しかし考えてみれば当然かもしれない。回復手段が面倒だったら『神授職』システム自体が使い捨ての武器みたいなことになる。



 ◇◇◇



 そこから続いた説明と、それに対する質問はおおよそ俺の予想どおりだった。

 やはり『内魔力』は魔力タンクだけじゃなく『技能』取得にも使われると判明。そして技能を使う時にも内魔力が消費されることも。

 ついでに言えば技能を取りまくって内魔力の器が削られても、技能の分と合算になるので階位が下がらないこともだ。



「それじゃそれじゃあ、階位ってどうやったらわかるんですか?」


 次の質問者というか発言者はひきさんだった。ちなみにフルネームは疋朝顔ひきあさがお。微妙にキラキラしている。

 それはそうとして、彼女はチャラ系だけどこっち側の女子だ。当然レベル的な部分が気になるんだろう。


「頭の中で念じるといったところかな。ほら君たちは昨日『神授職』を認識しただろう? それと同じだ」


「ああ、青い球の……、って、あ。みんなゴメン」


 疋さんがバツの悪そうに頭を下げたけれど、クラスメイトたちでやった昨夜の検証と今日の説明が矛盾していないのは判明済みだ。だから誰も責めたりはしないし、むしろよくぞ切り出してくれたまである。誰もが言いだしにくかったのは確実なのだから。


「彼らは彼らなりに考えているということだよミームス卿。その上でほぼ答えまでたどり着いているんだろう」


 シシルノさんの言い方からは、あからさまな確信が漂っていた。

 クラスメイトたちは訝しげだけど俺には想像できる。さっき彼女が俺たちを見渡した時だ。あそこでシシルノさんは感づいた。

 多分なにかの『技能』を使って。


 さっきちょっとだけ柔らかくなったアヴェステラさん表情はすっかり元に戻っている。警戒されたのだろう。

 ヒルロッドさんは困惑気味だけど、最後にはため息を吐いて説明を続けた。



「昨日召喚された直後、君たちは『神授職』を知った。あれは姫殿下の【神授認識】という技能によるものだ」


【神授認識】なんて名前までは教えてもらっていなかったけれど、俺たちの持っている神授職はこの国の誰かに与えられたものじゃなく、最初から、多分召喚された時点で持っていたということだ。だから認識という言葉になる。


「今さっきヒキが言った『青い球』それが神授職と階位を表している。なので意識すればいい。それだけだよ」


 ステータスを見るところまで一苦労だ。それでも一度認識してしまえば簡単なのはわかるだけマシか。


「おおっ、一だ」


「一だな」


「これって全員レベル一じゃない?」


 そこかしこから声が上がるが、全員レベル一、この場合は『階位は一』とか『一階位』と言うべきか。ま、まあこの場合は変に格差があるよりも全員一緒のスタートの方がいいのだろう。



「この後も君たちの想像どおりだと思うよ。答え合わせだ」


 シシルノさんが悪い笑みを浮かべて言った。


「紫の球は『内魔力』。そして緑の球は『技能』だ」


 昨日の検証と今日の説明がほぼ一致した。


「……ただし、技能を取得していない場合、候補が白い球として浮かんでいるだけのはずだがね。なあ、ワタハラくん、そしてヤヅくん」


 やっぱりバレていたわけだ。



 ◇◇◇



「綿原さん。八津やづ、正直に言った方がいいよ」


「委員長……」


「あちらは王女様の技能まで教えてくれたんだ。僕たちもそれに応えよう」


 王女の技能が本当か嘘かは置いておいて、背中を押してくれるような委員長の言葉でちょっとだけ気が軽くなった。クラスの皆から取り立てて何かを言おうとする気配もない。

 こういうところが委員長の上手さなのか。それもこれもこのクラス特有の空気なのかと思う。いいね、助かるよ。


「わたしは【鮫術】を取りました」


「俺は【観察】です。……どうしてわかったのか、教えてくれますか?」


 綿原さんがあっさりと答えて、俺はついでに質問をくっつけてみた。


「わたしは【瞳術師】なんだよ。見ることに特化した技能を得やすい。今回使ったのは【魔力視】だね」


 ベタな技能だなと正直思うけれど、【観察】を使っていた俺はまだしも、綿原さんのまでバレてるということは、【魔力視】というのはかなりいい性能なんだろう。


 やはりさっき感じたのは技能を使われた感触だったんだ。だとしたら俺の【観察】は技能を察知できるということになる。

 悪くないじゃないか。ハズレかと思っていたけれど、ちょっとでもみんなの役に立てる可能性が出てきたぞ。



「安心してほしい。二人が技能を得たと結論づけたのは緑の球が見えたからじゃない」


 なら、どうやって。シシルノさんの言うことは学者っぽいせいか、全部本当に聞こえるからタチが悪い。


「『内魔力』がきみたちふたりだけ揃って小さかったんだよ。そこからの推測だね。誰がどんな技能を持っているかまでをわたしには判別できない。ついでに言えばヤヅくんの『内魔力』が少しずつ減っていた。当然、技能を使っているということになる」


「参りました。そしてありがとうございます。神授職と技能まで教えてもらえるなんて」


 こうまで開けっぴろげに説明されたら、もう完全敗北だ。心の中で両手を上げるしかない。


「なあに誠意の欠片だよ。ちなみにミームス卿は【強騎士】でアヴィは【思術師】だね」


 アヴェステラさんとヒルロッドさんから抗議の声は出なかった。ただふたりともそろって目頭を抑えているけれど。

 シシルノさんは自由の翼を持っているのかもしれない。


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