第14話 ゲームシステム
「『知識』? それは迷宮について、でしょうか」
ちょっと困惑気味のアヴェステラさん。元からだけど疲れた顔のヒルロッドさん。この人まだ挨拶だけだな。
そしてシシルノさんはまあなんというか、とても嬉しそうだ。
「あらゆる知識です。迷宮や強くなる方法はもちろんですが、神授職や階位、技能、もちろん魔力──」
この要望は諸刃の剣になるかもしれない。相手の警戒度を上げてしまう可能性は高い。
「法、歴史、文化、風習、地理、政治、軍事などなど、この世界のあらゆる知識を、わたしたちは得たいと考えています」
けれどそれでも、俺たちがどのくらいこの世界に居なけばならないかわからない以上、必須だ。帰還方法が不明となればなおさらに。
「素晴らしい!」
声を上ずらせたのはもちろんというかシシルノさんだった。あの笑顔はやっぱりそういうたぐいだったな。
「ジェサル卿……」
「すごいじゃないかアヴィ。城のボンクラ貴族どもに言い聞かせてやりたいくらいだ。わたしが思うに、彼らはこの時点でもはや『勇者』たる資格を持っているぞ!」
アヴィってアヴェステラさんのことだよな。意外と仲良しなのか?
蚊帳の外のヒルロッドさんが苦笑している。
「君たち読み書きは!?」
「フィルド語でしたら」
そんな勢いのシシルノさんに先生も引き気味だ。
ちなみにこちらの共通語を憶えた俺たちは、読み書きもできるようになっていた。談話室の本棚をめくれば検証は簡単だ。
言語だけじゃなく強いスキルもインストールしておいてほしかったな。
「なあアヴィ」
「……まったくもう」
ため息を吐いたアヴェステラさんは、今までと違ってちょっとだけ表情が柔らかくなっていた。
「上との相談にはなりますが、可能な限りで資料を開示しましょう。ほとんどが書籍という形になりますが」
『可能な限り』がどの程度かはわからないが、それでも朗報だ。現にクラスメイトたちからも歓声が上がる。
「やったな!」
「アヴェステラさん。こっちの世界にも小説ってあります!?」
「あ、ボードゲーム、ええっと、盤上遊戯とか札遊びとかもあれば!」
「どっかに『学級文庫』作ろうぜ」
なにせ将来を考えてスマホの電源は温存中だ。俺たちは娯楽に飢えているし、そこには知識欲だって含まれている。
いつまで異世界生活が続くのかわからないのだ。俺だってテンションがアガっている自覚がある。
「なあ、わたしにもそちらの世界、『ニホン』のことを、いろいろ教えてほしいのだが」
「……構いません。もちろんこちらの提示できる限り、ですが」
先生も意趣返しできて、ちょっとでも溜飲が下がっているといいな。
でもそれって言外に知識チート禁止だってことだろうし、窓口になる人員はどうするのやら。まさか担当はオタグループか?
「ほう? これは楽しみになってきた。わたしも可能な限り顔を出すとしよう」
「業務範囲内でね」
ギラギラ目を光らせているシシルノさんと、完全に口調が変わってしまったアヴェステラさんを見ると、こちらの人たちもやっぱり人間なんだと、どこか安心できた。
「あ、あの、アヴェステラさん」
「なんでしょう、アイシロさん」
砕けた空気なのを読んだのか、
「先ほど『三年』と言いましたが、この国の一年はどれくらいの日数なのでしょう」
「365日です。四年に一度、調整年で366日ですね」
なるほど。オタク組には全然響かない内容だった。異世界単位は、なあ。変に一年四百とかにしたら、年齢とかがややこしいことになるし。
だがしかし、これは委員長には効くんだろうな。
「公転速度まで一致している、だと……」
やっぱりだ。
「ここは地球なのか? いやまてしかし、この年代に太陽暦? やはり並行世界の地球?」
SF者は大変そうだという感想しか出てこない。『そういうもの』で済ませておけばいいものを。
けれどまあ、一年が一緒なら感覚的にもわかりやすいし、年齢を聞いても日本と一緒と考えられそうで助かるというものだ。
◇◇◇
「あ~、その。温かい空気の中、悪いのだけど」
そういえばいたな、おじさんが一人。クラスの全員がそんな顔をしていた。酷いことにシシルノさんまでも。
バツが悪そうなのはアヴェステラさんだけかもしれない。
「で、俺の役目なんだけど、そろそろ出番でもいいかな。迷宮の話も絡んでくるわけだし」
「お待たせして申し訳ありません。説明をお願いします」
ヒルロッドさんに向き直った先生に続いて俺たちも軽く頭を下げた。
「わたしも関係あるのだけどな。むしろわたしだけでもよかったかもしれない」
「そりゃないだろう」
「ミームス卿は午後からが本命だろう?」
今度はシシルノさんとヒルロッドさんの軽い掛け合いだ。ヒルロッドさんの方が明らかに年上なんだけど、シシルノさんの言葉遣いは変わっていない。これが素なんだろう。科学者は頓着しないは世界を越えるのかもしれない。
「やれやれ、じゃあ始めよう。事前に確認するが、君たちは『魔力』が無い世界から来た。にわかには信じ難いが、そういう話だったね」
信じられないのはこっちの方だとみんな思っているんだろうな。俺や
このクラス、SF者がいるならファンタジー好きもいるのかな。
「そんな世界でどうやって人間が生きているか、俺にはちょっと想像もできないが、それは置いておこう」
なるほどこれが常識の違いか。ヒルロッドさんは心からそう思っているんだ。『魔法』も『スキル』もない世界で人類が生き延びているなどあり得るのかと。
「常識が違い過ぎてややこしいな。『神授職』『階位』『技能』『魔力』諸々、それと『迷宮』の常識を子供に教えるように、だったなラルドール閣下」
「そのとおりです」
念を押すようにアヴェステラさんに確認してから、ヒルロッドさんは俺たちを見渡した。
「あー、まず基本になるのは『魔力』だ。生物の強さは魔力で決まると言っても過言じゃない」
『階位』でも『技能』でもなく『魔力』なのか。しかも生物ときた。つまりはアレだな、敵も魔法を使えるってことだ。
「魔力はそのままではそこにあるだけだ。自分の力として行使するためには段階が必要になる。大前提は『魔力を自分の支配下』にすること。『掌握』なんていう表現を使うこともある」
ヒルロッドさんの説明は中々堂に入っていた。研究者を名乗っていたシシルノさんよりもじゃないだろうか。
「やり方はあとで説明するとして、理解してもらいたいのはそうだな、掌握はなだらかにはなされない。そう、一定量がたまると階段のように進んでいく。まさにそれが『階位』だ。魔力が増えると段階的に階位が上がるということだ」
かくかくと指で空をなぞるヒルロッドさん。
なるほどそういう話なら『経験値』と『レベル』いうものをゲームで知っている俺たちにはわかりやすい。現代日本人、特に高校生なら、ほぼ誰でも理解できそうな内容だった。
「話を続けるぞ。さて掌握された魔力は人の体で二種類に分かれる。本人の意思に関係なく勝手にだ。ひとつは『纏われる魔力』。『外魔力』なんて言う。もうひとつは『内蔵される魔力』、通称『内魔力』だ」
んん? ちょっとわかりにくくなってきたか。
「『外魔力』はそのまま体を覆って頑強にしてくれる。様々な方向でね」
「えっとつまり、階位が上がれば『技能』関係無しで強くなるってことですか?」
手を挙げて質問をしたのは
「そうだね。たとえば俺なんかはこんな見た目だけど、そこら辺の大男には負けたりしない」
そんなことを言うヒルロッドさんは疲れた顔をしているけれど、細身ではあるけれど普通に良い身体をしていると思う。
それはいい。大切なのはレベルアップしたらステータスが伸びるということだ。
「ところでええと、ノキだったね」
「は、はいっ、話に割り込んでごめんなさい!」
「いやいや逆に助かったよ。ひとりで話し続けるのもなんだったしね。みんなも気軽に合いの手をいれてくれると嬉しいかな」
本気なんだろう。ヒルロッドさんは齢相応の大人な笑顔でそんなことを言った。
「そ、それじゃあ、あたしも」
次に質問したのは背の高い女子、
「さっき、いろんな方向で強くなるって言ってましたけど、いろんなって、どういう意味ですか?」
「そうだなあ。単純に力持ちになる、それから頑丈になるかな」
「頑丈って、殴られても痛くないくらいに!?」
「痛くないわけじゃない。怪我をしにくくなるって感じかな」
「痛いことは痛いのかあ……。あ、はい。ありがとうございました」
「どういたしまして」
内容が物騒で、だけど心温まるやり取りに混乱してしまいそうだ。これからもこんなやり取りが多くなりそうな予感に頭が痛くなってくる。
「じゃあ僕からもです」
「サカキだったかな」
「はい! だけど僕たちは双子なので、
「いいよナツキ。質問をどうぞ」
「えっとその『外魔力』でしたっけ。戦ったりしたら減ったりするんですか?」
「少しずつだけど減る。普通に生活している分には問題ないけれどね」
なるほど、魔力を使うと考えれば当然減ることだってあるはずだ。
だとしたら戦っているうちに、レベルもとい階位が下がるってことになるんじゃ。
「そこで『内魔力』の出番だ」
「えっと……、補充されるってことですか」
これはもう、完全にゲームシステムの説明だな。だからこそ真面目に聞いておかないと。
わかっているんだろう、クラスメイトたちの目もいつになく真剣だ。
召喚されて以来、悲しんだり落ち込んだりしたヤツもいたし、逆にはしゃいでいたのもいた。それでも先生の決意を聞いて、みんなで話し合って、一晩すごしたらこれだ。
普通もうちょっと引きずったりしないのか。クラスメイトたちのノリが前向きで、ちょっと嬉しくなってしまうな。
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