第13話 勇者たちの要望
「『迷宮』がなんであるかを長々語ることはできるが、今はそうじゃないだろう?」
シシルノさんの話が続く。だんだん彼女が先生みたいな物言いになってきた。いや、学者先生か。
「あの部屋というか、あの場所はね。『魔力』が留まりやすいんだ」
でたぞ『魔力』。こっちでいう『超なる力』。
「そうそうあることじゃない。だからわたしはあそこが迷宮の一部であるという説を推すわけだ」
前置きはわかった。わかりやすいのが癇に障るが、嘘を言われている気がしない。
「あの儀式で姫様がしたことはただひとつ、【魔力定着】。その場に魔力を留める『技能』を使っただけだよ。場に魔力を残すよう願っただけで、それ以外は何かを働きかけたわけじゃない。なのに君たちが現われた」
俺たちを見渡したあと、シシルノさんは皮肉気に笑った。
「いち研究者としては生涯に一度出会えるかどうかの、非常に興味深い事例だ。そしてわたしの見解としては今回の一件、これは君たちの言うところの意図的な拉致などではなく、いわば『迷宮事故』であると考えている。繰り返しになるが、これは私見だね」
シシルノさんの言いたいことはわかった。
皆は黙って聞いていたが納得半分、疑い半分といった感じかな。俺としてはシシルノさんの言っていることが真実な気がしている。どうしてか、そう思えてしまう。
「つまりはそこの君の言ったとおりだよ。帰還の方法を探すなら、探るべきは王国の書庫ではなく迷宮かもしれない」
今度こそしっかりと俺を見て、シシルノさんが薄く笑った。狂気の混じった笑顔だ。まさかマッドサイエンティストか?
「君は【観察者】だったね。もちろん未知の神授職だ。活躍を期待しているよ」
目を付けられたじゃないか。向かい側の席にいる
「我々は帰還の手法どころか、どうして君たちが現われたのかすら理解できていないんだ。初手は当然政治だったが、一日も経たないうちに現場が動けるようになった。これは異例の速さだよ。国が君たちを気にかけている証左でもある」
(さてはて、誰の差配だか)
シシルノさんが最後に口だけ動かして、そう言った気がした。
「信じてくれとまでは言わないが、わたしは自分の全てで役目を果たすさ」
アヴェステラさんはシシルノさんの横で黙ったままだ。容認しているってことなのか。
そこでやっと腑に落ちた。よく見えている。シシルノさんの言っていることがウソじゃないと思えたのも、彼女の表情がヒントだ。俺の視線はシシルノさんに固定されているのに綿原さんの顔もわかるし、クラスメイトの挙動もなぜか見えている。
まさかこれが【観察】?
たしかに俺は念じているつもりだ。だけど技能が発動したなんていう手ごたえみたいなモノは無いのだけど。
◇◇◇
帰還の方法を知らないとアウローニヤ側は主張している。そして俺たちはそれを覆す材料など持っていない。
ここでこれ以上言い合ったところで無意味だろう。クラスのみんなは、改めて突きつけられた事実にいろいろな表情を浮かべている。
「……そうですね、今のところジェサル卿の言葉どおりに受け止めてください。召喚と帰還に『迷宮』が関わるかは、不明としか言いようがありません。あくまで彼女の見解ですので」
「子爵閣下はもう少しわたしを信じてもいいと思うよ?」
「信じさせるだけの誠意を見せてほしいですね」
空気を換えようとしたのか、アヴェステラさんとシシルノさんが親しげなやり取りをしている。
もちろん一年一組はだんまりだ。帰る方法は自分らで探しなさい、か。王国はそれを許してくれるのかね。
「遅い時間になりましたが朝食をご用意しました。食事については基本的に一日三食。分量や内容については希望に沿いたいと考えています。昨日の夕食は口に合いましたか?」
「ええ。とても」
先生が短く答える。たしかに昨日の夕食は美味かった。あれと同等なら文句も出ないだろう。
昨日の会食で雑談に出たらしく、どうやらこの国も一日三食プラスアルファを基本にしているらしい。とはいっても王城では、だ。
いまのところ外の情報はほぼ一切持っていない。さっき出た『高位神授職を持つ平民』くらいか。はたして街や農村、いわゆる平民たちがどうしているのか。これが良く知る物語通りなら、などとろくでもない想像をしてしまう。
「我が国ではよく食されているものです。こちらも楽しんでいただければいいのですが」
その声でメイドさんたちが素早く動き出し、ものの一分で俺たちのテーブルには皿とコップが並べられていた。
陶器のコップはまだいい。色は昨日見たとおりで、多分果実水だろう。またもご丁寧に氷が浮いている。問題は固形物の方だ。
「そうきたか」
隣の席から
「サンドイッチ……」
声にしてしまったが、気にしたら多分敗北だ。
「会議中にもよく食されていますので、みなさんもお話を聞きながらで構いません。お食べ下さい」
食べながらときた。まさかとは思うけどトランプがあったりしないだろうな。先代勇者が持ち込んだと言われたら信用してしまいそうだ。
先生が率先して手にしてくれたのを見てから、俺たちもかぶりつく。何の肉で野菜なのかはわからなかったが、サンドイッチは美味かった。どうやらこの国の食事全般だが、微妙にスパイシーな味付けになっているようだ。香辛料とかが豊富な世界観なんだろうか。
「着替えについてですが、基本は寝間着と訓練服を用意します。当然肌着についても──」
『訓練』。どうしてもそちら方向の単語が引っかかってしまう。異世界下着事情も気になるといえば、まあ気になるけれど。
「礼服も用意できますが、そちらは少々お時間がかかるでしょう」
「礼服ですか……。わたしたちがここに来た時の服装では問題になりますか? 彼らは学生ですし、故郷ではあの制服がそのまま正式な服装として扱われているのです」
「そういうことでしたら」
そういう先生はスーツにスラックスだ。ちなみに俺たちが今着ているのは学校指定のジャージ。
衣食住については、わりと穏当な会話が続いた。
「あ、お風呂は毎日入れますか!?」
「できますが、こちらにも負担があることをご理解いただきたいと──」
異世界モノだと風呂は結構大変な気もするけど、ここは『技能』のある世界だからなあ。普通に氷が出てきたわけだし。
まだまだ話の途中ではあるけれど、少しだけ落ち着けた気がする。やはり食事が美味しいは正義だ。
◇◇◇
「今のところ王国からの要望については以上です」
少し時間はかかったがサンドイッチを食べ終わり、温かいお茶みたいなものが出てきた頃にアヴェステラさんの説明が終わった。
まとめれば衣食住は保証するから強くなれ。ただし行動制限はかかる、くらいだな。
魔王を倒せが無かっただけ、予想よりはマシな部類だろう。
「では強くなるための方法、つまり『階位』についてですが──」
「お待ちください」
「……どうぞ」
またもアヴェステラさんと先生の視線が交錯する。歳の近い美人さん同士だから見栄えは良いのだ。良いのだけど、やはり怖い。
「強くなる手法について気になるところですが、その前にこちらからの要望について、お話しさせていただいても?」
「生活の保証だけでは足りないと」
「言うだけならタダですし、絶対に退けない線もありますので。わたしたちは『王家の客人』なのでしたよね」
まさしくスマイル無料理論だけど、こちらは拉致された側だ。アウローニヤ側の理論で事故だったとしても、非はあちらにあるのだから言えるだけは言っておこうという同意は昨日の内にクラスメイトでなされていた。
「まずは聞いていただければ」
「わかりました」
アヴェステラさんの反応は渋々というほどでもない。ある程度予想はしていたのだろうし、ここらへんは駆け引き要素くらいに考えているだろう。
「『帰還方法と、それが可能になるまでの生活保証』がひとつだったのですが。これはすでに終わった話ですね」
「そうなりますね」
淡々とした先生の発言にもう嫌味は混じっていない。
「『わたしたちが力を身に付ける』ことについては条件付きで了承します。それにかかわる件が次の要望になります」
「どうぞ、おっしゃってください」
「『人もしくはそれに類する言語が通じる相手を傷つけたくない』。もちろん強くなるための訓練などでの怪我や、自衛のための緊急事態は除きます。言い換えれば『戦争や闘争には協力しない』です」
帰還の次に重要なのがこの点だった。
戦争はもちろんだし『魔族』なんて単語も出たのだ。もし魔族が意思疎通可能であれば、たとえそれが敵対的存在でも『殺し』だけは避けたい。襲い掛かられたら、それはまたその時だ。
さあ、どう来る。
「……現在アウローニヤは他国との戦争状態にありません。もちろん内乱も。今後三年は問題ないだろうというのが軍部の見解です」
「予想は予想ですが」
「当然の疑問でしょうね。こちらからの回答としては『その時にまた相談させていただく』になります。ちなみに魔王国は山脈を二つ挟んだ北側にありますので交戦のしようがありませんし、我が国は魔族の立ち入りが禁じられています。ましてやここは王城ですので」
さすがはアヴェステラさん、こちらの意図を正確に汲んでくれたようだ。というか魔王国、あるんだな。
要相談を認めるというのがどこまで信用できるか、かな。
「誠意ある回答をありがとうございます。ではもうひとつ」
「……どうぞ」
まだあるのかよ、という間を感じたが、これでもこっちは抑えている方だ。都度都度、要望は増え続けるぞ。
「わたしたちは『知識』を得たいと考えています」
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