第250話 チートの先にあるモノ




「【魔力付与】はなにも【弓士】だけのものではないよ。術師たちにも出現することは、ままある。ほら、君たちも読んだことがあるんじゃないか?【水導師】の伝説を」


 綿原わたはらさんと夏樹なつきに【魔力付与】が生えたという状況に騒然となった場を、なんとか制してくれたのはシシルノさんだ。

 ただし、ちょっと悪い顔をしながら。


「ああ、あの」


 それに乗っかったのはシシルノさんと仲良しな文学女子の白石しらいしさんで、彼女の持つアウローニヤ伝承の知識は深い。


 この国の神授職システムに関する知識は、現場レベルの現実と、伝承、伝説、物語、おとぎ話がごちゃ混ぜなわけだが、今回話題になっている【魔力付与】については比較的マシな部類になるだろう。なにせ軍の主力兵科に当たる【弓士】のメインスキルに関係してくるので。



 その昔、伝説の【水導師】なんちゃらさんが自由自在に水を操り、そこには【魔力付与】までされていたというお話があったらしい。たぶん白石さんはそれを記憶していたのだろう。


 本当の話かどうかは眉唾だが、術師にも【魔力付与】が生える可能性は十分にあるということだ。それはいい。ただこの場合、明確な違和感として存在するのはタイミングだ。

 これが綿原さんだけに起きたコトなら納得できなくもない。彼女の場合、謎のサメパワーが存在するからな。だが一般人な夏樹までともなると、さすがにこれを偶然とは言えないだろう。


 これまでも似たような事例はあった。上杉うえすぎさんによって導かれた【平静】、奉谷ほうたにさんが励ましてくれたお陰で生えた【高揚】。ほかにも【安眠】……のときはいちおう理屈立てて【平静】と【睡眠】の熟練度が関係しているんじゃないかと立証した記憶がある。お互いに痛みを知ることで取得できた【痛覚軽減】ではどうだったろうか。


「【水導師】などはただの一例で、わたしとしては取るに足らない話だと思っているんだよ。いや、君たちはものともしないと表現すべきかな」


 もはや確信じみたといわんばかりに笑みを深めたシシルノさんが語りを強める。



 ◇◇◇



「技能は個人の可能性の発露であり、それらを統合して象徴的な言葉で表現したのが神授職だという説がある」


 この世界に呼ばれたばかりの頃に俺たちが話し合い、その可能性もあると結論付けたネタをシシルノさんが蒸し返そうとしている。こういう大きいくくりから入る時のシシルノさんの会話パターンは、回りくどくも感じるが、後半で核心を突いてくることもあるから油断できない。


「主と従がどちらかは、わたしはどうでもいいと思っているんだ。仮に技能が増えて神授職の名が変わったところで、個人の本質が変わるものではないからね。この場合で興味深いのは、なぜ今ここで、だろう?」


 やはりだ。シシルノさんはこの場で最も気にするべき点をわかっているし、答えにすら辿り着こうとしている。


 すなわち、綿原さんと夏樹に【魔力付与】がなぜ生えたのか。もっと言うならなぜ今、このタイミングでなのか。

 俺も薄々気付いてしまっている、その理由に。



「わたしの【魔力視】は大雑把でね。人が相手の場合、所有する魔力の大きさと色の違いをそれなりに測るのが精一杯なんだ」


 絶対にもうちょっと詳細なところまで見えているんだろう、などとツッコむメンツはいない。一年一組はただ息を呑み込んで、続く言葉を待つだけだ。


「【魔力視】なんていう技能は手段でしかないし、魔力だけを理由に他者の力を測るなどというのはおこがましい。わたしは好きなだけ研究ができればそれでいいと考える人間なんだよ」


 シシルノさんの発言は、実はアウローニヤ的にヤバい。神授職、すなわち神から授けられた力をどうでもいいなどと言ってはいけないから。とくに職の名に連なるメインスキルでそれを言うのは自己否定にもなりかねない。

 そのくせして【平静】や【睡眠】を侮るのもこの国の貴族だ。迷宮のお陰で生活ができているのに忌避するのと同じで、どうしてこうもチグハグなのか。



「このふた月、君たちを見続けてきたんだ。【魔力視】がなくても気付いていただろうね。一緒に迷宮に入るようになれば、なおさらだ」


 シシルノさんの放った『気付いた』という単語に、幾人かのクラスメイトが体をこわばらせたのが見える。


「戦いっぷりを見ていれば自ずと理解できる。異常なまでの【聖術】の効果などは典型的だ。魔力の譲渡にもよどみを感じない」


 ああ、そうだろうな。やっぱり気付かれてしまうだろう。

 俺たちにしたって、そういう部分を隠しながら戦うなんて余力はなかった。いつかは、と思っていたことだしなあ。



「勇者である君たちの魔力が豊富であることは思い知っているんだが、もうひとつ、ナニカがあるのじゃないかな?」


 悪い顔の中に、どこか優しげなモノを混ぜ込んだシシルノさんが言葉を続ける。

 問いかけている口調なのに俺たちの返事を求めている様子は感じられなくて、それはまさに自問自答といった風情だ。


「『魔力が存在しない世界』から呼び出されたという君たちは、現実として今、魔力をまとっている。さて、そんな君たちの魔力はどんな色をしているのかと、わたしは考えてしまったんだよ。ワザとらしいほどにバラバラな神授職を持つ君たちの魔力」


 しかも『理由』にまで到達しているとか。

 勇者同士に限り魔術の効きが良い、くらいで留めてくれないのがシシルノさんという狂研究者だ。


「異常なまでに速い治癒、ホウタニくんが為す【身体補強】の効果。もしかして、君たちは同色の魔力を持っているのではないか、とね」


 シシルノ教授により随分と回りくどく告げられたのは、一年一組の持つ『クラスチート』の存在だった。


「君たちの使う表現ならば『くらすちーと』、かな」


 なんでそこまで知っているのかなあ。



 ◇◇◇



「直近で口にしたのはヤヅくんだよ。前回の魔力部屋していた、フルニラくんとシライシくんとの会話だったかな」


「俺、でしたか……」


 やっちまったという反省が心の中で渦巻いているが、俺を見るクラスメイトたちの目は生暖かい。


「どうせ前から知られていたんだろうし、八津やづのせいじゃないよ」


 藍城あいしろ委員長の慰めの言葉に周りの皆も同調しているようで、非難がましい視線は存在していないのが救いだ。そもそもシシルノさんは直近と表現したわけで、どうやら俺たちの誰か彼かが複数回にわたって『クラスチート』という単語を使ったことがあるのだろう。


 それもこれもフィルド語と日本語を普通に混ぜて、ネイティブに会話できてしまうというのが悪い。

 ある程度は気を付けているつもりだが、フィルド語に該当しない単語があると、その部分だけを自然に日本語で発音してしまうのだ。ごく自然に。

 むしろこういうので日本語を使わないのが一番上手いのが、元からトライリンガルのミアだというのが、なんとなく悔しい俺だ。デスデス言ってる金髪美少女は謎な部分でもスペックが高い。



「会話の流れで突然『にほんご』が出てくるんだ。前後の文脈を考えれば、その単語の意味も見えてくる」


「以後気を付けます」


「気を付けないでもらえた方が嬉しいのだけどね」


 俺の反省表明は、シシルノさんに一蹴された。彼女の好物のひとつが日本語だというのは知っていたというのに、なんとも情けない話だ。


「ところでこの件……」


 委員長が視線を向けているのはメイド改め『緑山』従士となった三人だ。アーケラさんは微笑みを浮かべ、ベスティさんはニコニコと、そしてガラリエさんは口元をへの字にさせている。つまりはいつも通り。

 やっぱりこの人たちも気付いていたわけだ。そりゃそうか。


「わたくしは『上げて』いません。タキザワ先生や中宮さんの技術と同じです」


「わたしもだよ」


「わたしもです」


 三人が揃って情報を漏らしていないと宣言した。嘘か本当かでいえば、まず本当なんだろう。


「アヴェステラさんとヒルロッドさんは?」


「知らないはずがないだろう、と言いたいところだが、アヴィなら案外……、それなら最高に面白いね」


 追加の確認をした委員長にシシルノさんが返したセリフには、とても邪悪なものが混じっていた。


 たしかにアヴェステラさんが気付いていない可能性はあるだろう。俺たちの本領は迷宮だからなあ。逆にヒルロッドさんにはバレていないはずがない。とくにハウーズ救出の時などは、遠慮なしにやっていたから。

 なんで俺はアヴェステラさんが知っていた方がいいだなんて、意味不明な心配をしているのやら。じゃないとシシルノさんがアヴェステラさんをイジりまくる未来しか見えない。



「では続けようか」


「続ける?」


 シシルノさんの言葉に委員長が首を傾げた。


「まだ話は途中だったろう? ワタハラくんとナツキくんの件だよ」


「そういえば。だけど……」


 今度は綿原さんが反応するが、彼女も答えに辿り着いているはずだ。微妙に困惑した表情がソレを物語っている。

 ああそうか。綿原さんからしてみれば、自分に【魔力付与】生えたことを黙っていれば、こんな展開にならなかったという思いもあるのだろう。可哀想に。



「まあまあ、最後まで言わせてほしいかな。さて、技能の発生条件は与えられた神授職に依存するというのが基本だ。さっきの主従を前提に言い換えれば、経験、知識、そして信念が技能の根源とも言えるだろう。そこに君たちが付け加えたのが『認識』だとわたしは思うんだ」


 綿原さんの戸惑いを置き去りにして、シシルノさんが一気にまくしたてた。


 なるほど『認識』ときたか。うん、わかりやすくていい表現だと思う。ストンと胸の内に納まる感覚だ。


「遅かれ早かれではないかとわたしは考えているんだ。君たちは【魔力伝導】も【魔力付与】も実在し、どのような効果を持つ技能かを含めて認識してしまった。個人差はあるだろう。神授職に縛られることもあるかもしれない。だがそれでも、君たちには共有されていくのではないかな。もちろんあまりに逸脱したような技能は難しいだろうがね」


 同じ色の魔力を持つ俺たちは誰かが技能を発現させたり取得して、その効果を認識、共有しさえすれば、出現まで促されるという理屈だ。


 すごいな。そういう考えに到達したシシルノさんもだが、神授職システムもだ。誰が創ったのかは知らないが、これではまるで──。



「つくづく思うんだよ。君たちは勇者だ。ただそれは、二十二人が揃っていてこそじゃないかとね」


 そう。シシルノさんの言うとおりで、俺たち山士幌高校一年一組に都合が良すぎではないかという疑念だ。異世界に呼び出されたこと自体は不都合の極みだけどな。


 二十二人が揃ってこその勇者というフレーズは、俺にとって感動的ではあるが、同時に怖さを感じざるを得ない。この世界はなんなんだろうという、怖気だ。



「なんでそれをこの場でバラしたんですか?」


 思わずといった風に白石さんがシシルノさんに問いかけた。


 いまさらこのことをアーケラさんたちに知られるのは構わない。白石さんとしては、このタイミングで俺たちの想像以上のコトまで教えてくれたシシルノさんの考えを知りたいのだろう。

 シシルノさんとの距離が近い、白石さんだからこそ出てきたちょっとした疑問といったところだ。


「おおよそ君たちなら気付けていただろうが、わたしにも研究者としてのちょっとした意地があるからね。先手を取って助言らしいことを言ってみたかっただけだよ」


「シシルノさん……」


「付け加えようか。友人として、というのはどうかな? シライシくんなら職場の同僚まで追加してもいい」


「今さっき二十二人が一緒じゃなきゃダメって、言ったじゃないですか」


 悪い顔のシシルノさんと泣き笑いの白石さんのやり取りは微笑ましい。


 そしてやっぱり思う。

 シシルノさんはカッコよくてズルい人だ。アーケラさんやベスティさん、ガラリエさんも。もちろんヒルロッドさんやアヴェステラさんも。


 俺たちは異世界にクラス召喚されて、挙句アウローニヤという国はどうしようもない場所だった。ここまではよくあるお話の通りだろう。

 だけどなぜか勇者担当者には、本当に恵まれた。本当に、心の底から。

 この差配に王女様がどこまで関わっているのかはわからない。たまたまなのか、それともここまで織り込み済みなのか。



「これだけはハッキリと言っておきたいんだ。出会ってからのふた月、わたしはこれまでの人生の中で、最も充実した時間を過ごせている。本当に感謝しているんだよ。君たちがアウローニヤの求める勇者であろうとなかろうと、それとはまったく関係なくね」


 微妙な告白をするシシルノさんにあったのは自分勝手な狂喜だけではないと思う。楽しさ、嬉しさ、友愛、そんな感情が伝わってくる顔を見せてくれているのだから。


「なんかぁ、シシルノさんだけズルくない?」


「ほう? なにがかな、ベスティくん」


「自分がみんなと一番仲良しだとか、そう言いたそうに聞こえただけですぅ」


「大変な誤解だよ。それは」


 唐突に会話に割り込んできたベスティさんだが、顔は笑っている。シシルノさんとしても、むしろ楽しそうにあしらうだけだ。


「わたしなんか、ほら、ねえ。『アオイ』」


「あ、え?」


 すごいな、大人気じゃないか白石さん。いまさら下の名前で呼ばれてアワを食わなくてもいいだろうに。



「……ササミさん」


「あ、ああ。アーケラさんはあたしの師匠です。尊敬してるから」


 なにをどうしたのか、アーケラさんが微妙なオーラをまき散らしながら【熱術】の弟子たる【熱導師】な笹見ささみさんの名を挙げた。どういう展開だ、これ。


「ああっ? アーケラがそう来るなら……。ユキノ?」


「あっハイ。ベスティサンはわたしの師匠だから。頼りにしてます」


 自由奔放なベスティさんは師匠対決すら参加したいのか、【氷術師】の深山みやまさんにまで触手を伸ばしたようだ。なんで深山さんは片言みたいになっているのやら。


「わかっていますね? ノキさん、ハルカさん」


「もちろんです」


「はいっ、師匠!」


 ついには寡黙キャラなガラリエさんまでもが、弟子の名を挙げた。

 カオスバトルだなあ。



「有耶無耶になったけど、ごめんなさい。わたしのミスだったかも」


 騒ぎをよそに、俺の横に来た綿原さんが小さな声で謝る。


 彼女としてはこういう展開になるとは思っていなかったのだろう。

 取得技能発表会の最後で自分に驚きの技能が生えたものだから、ちょっとテンションをアゲてしまったのかもしれない。たしかに綿原さんらしくない迂闊さだったかもな。


「いいんじゃないか。俺さ、なんかあの人たちを本気で信じてる」


「わたしもなのよね。これで実は、なんて言われたどうしようかしら。……なんで笑ってるのよ」


 まったく同じ想像をしたことがあるだけに、俺は思わず笑ってしまっていた。


 そんな時だ──。


「ん?」


「どうしたの?」


「あ、いや、たぶん技能が生えた」


 ここで来るのかよ。

 シシルノさんから示された、クラスメイトのあいだでだけ共鳴するかのように技能が生える可能性。うん、俺だって一年一組の一員だ。共感もあれば共有だってするに決まっている。とすればこれは。


 俺は頭の中に浮かぶ光の粒に心を走らせた。


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