第251話 技能が欲しい




「やったじゃない! 八津やづくん!」


 俺に技能が生えたと聞いて綿原わたはらさんが満面の笑みを浮かべた。


 青色をしたフレームのメガネと切れ長の眼差し、肩まで伸ばしたストレートの黒髪が綺麗な女子。

 そんな子が普段のモチャっとした笑顔とはちょっと違う、驚きが混じったような笑い方を俺に見せてくれている。ちょっと見入ってしまいそうになるが……、この先を言い出しにくいな、この状況は。


 なにが生えたか確認してから声を出せばよかった。

 いや、どんなタイミングであれ俺に技能が増えたと知れば、綿原さんは笑ってくれるのだろうけど。


 仕方ない、言うか。


「ああ。【魔力回復】が出た」


「……じゅっ、熟練上げが捗るわねっ! そうよね!」


 ちょっと間を置いた綿原さんは笑顔の種類を変えて、それでもポジティブなことを言ってくれる。

 ありがとう。こんな俺に優しい言葉を無理やりひねり出してまで……。


 そりゃまあこんなタイミングで生えた技能候補だ、まったくの新規とかは期待していなかった。既知の技能に決まっている。ここで【超観察】とか出てこられても意味不明なわけだし。

 だからといって……、なあ。



 俺と綿原さんのやり取りに気付いた連中がこちらに注目しているのだが、誰も近くに寄ってこない。

 綿原さんの声が大きいから内容は全部伝わっているだろう。珍しくワタついている綿原さんの様子を見れば、近づくのをためらう気持ちもわかる。


 綿原さんがワタつくか、ははっ。

 くだらないダジャレで自分を誤魔化していると、空気を読まないことに定評がある金髪ポニーがこちらに近寄ってきた。


「まったく、見てられまセンね」


 腕を組み、綺麗な口の端を軽く吊り上げ不敵に笑うミアは、困った連中を見るような目をしている。


「元気を出してくだサイ、広志こうし


「あ、いや、落ち込んでるってワケでも……。いや、そうだな。もうちょい時間もらえたら復活するから」


 容赦のないミアの言葉に返事をした俺は、どんな顔をしているのだろう。


 綿原さんのやたら気を使った言動もそうだが、ミアにまでこんなことを言われてしまうとはな。

 我ながら情けない。



「ウチならパパが元気ない時はママがチューってしてマシた。凪もそうすれ──」


「ミアっ!」


 そんな自省をしている俺の横で、とんでもない単語がミアから飛び出した。

 すかさず綿原さんが叫ぶ。そりゃ叫ぶだろう。


「なんならワタシが代わりに」


「ミアぁぁぁぁ!」


 もし俺が鈍感系や難聴系主人公だったら、ここぞとばかりにアノのセリフを吐いていただろうな。

 男子の言ってみたい名台詞ベスト三十くらいには入るだろうか。


 綿原さんのサメが躍動し、ミアに襲い掛かった。

 受けるミアはギリギリまで引き付けてから、それをすんでで躱している。すごい反応速度だ。複雑な軌道で迫る二匹のサメを同時に相手にしながら、小さなステップと大きな上半身の動きを見せるミアは、まるでボクサーだな。

 かなり無理な動きにも思えるが、そういえばミアは【上半身強化】なんていうトンデモ技能を持っていたか。


 サメもサメですごい。いや、操る綿原さんがすごいわけだが、大きさよりも速度と緻密な動きに目を見張るものがある。魔獣相手だともうちょっと大雑把でも通用してしまうのだが、ここまでできるようになっていたのか。



 もしかしたらミアは彼女なりのやり方で、俺を励ましてくれているのかもしれないな。

 対峙する綿原さんはガチだが、ミアはどこかイタズラっぽいいつもの笑顔だ。うん、そうやって普通に笑って人の背中を押してくるのがミアのいいところだからな。二層転落事件でもそういうところがあったし、俺もミアに詳しくなったものだ。もちろん綿原さんも。


 だがしかし同時に思うのだ。最初は俺への励ましでも、すでにミアのスイッチは綿原さんとじゃれ合うのが楽しい方向に切り替わっているのではないだろうか。アイツはそういうヤツでもある。自由だなあ。


「どうして避けるのよ!」


なぎの攻撃がチョロいからデス!」


「チョロくないわ!」


 普段の訓練でもたまにこういうことをしている二人だが、ここまでガチっぽいのも珍しい。

 だからこそ綿原さんとミアのやっていることの凄さが際立って見えてしまう。そこにあるのは俺とは比較もできないくらいの能力だ。


 同じ九階位だがミアは前衛の【疾弓士】で、対する綿原さんは後衛の【鮫術師】だ。だけど綿原さんは後衛職でも【身体強化】と【身体操作】を持っている。

 綿原さんはもともとスポーツをやっていて、こっちの世界でクラスメイトたちが取った【身体強化】を『認識』した。だからこそ後衛職にもかかわらず、候補として出現したという理屈になるのか。

 シシルノさんの理屈は確かに通っているわけだな。



「なんで俺には【身体強化】が出ないんだろうなあ」


 思わず呟いてしまう。【身体操作】でもいいし、なんなら魔術系でもアリだ。

 俺の【観察】が優れているのはわかっているつもりだし、クラスの全員がお互いにないものねだりをしていて、それを冗談めかして話題にすることなんてしょっちゅうある。

 クラスメイト全員、とくに綿原さんからは念入りに卑屈になるなと言われているが、目の前でバトっている二人を見ると、どうしてもな。


「って、あれ?」


 ピタリと動きを止めた綿原さんとミアが俺の方を見た。さらにはこの場にいる全員の視線までもが。

 ヤバい。せっかくキャットファイトで場が明るくなりかけたところで、俺のネガティブ発言を拾われた。



「せ、先生、八津くんに何か言ってあげてください」


「綿原さん!?」


「先生の言葉が、必要なんだと思います」


 もはや自分の言葉では届かないと考えたのか、綿原さんが滝沢たきざわ先生に無茶ぶりを仕掛けた。ムリがあるだろ、それ。


 それを受けた先生が、珍しく愕然とした顔をしている。

 いや、最近の先生は書類仕事で参ったり、あだ名をつけられて動揺したりで、ワリといろいろな表情を見せてくれている。先生シンパの中宮なかみやさん情報では、本人は落ち着いたクールな態度を目指しているらしく、実際そういう先生はカッコいいのだけど、俺としてはいろいろな先生の方が楽しいかな。


「……フィジカルを覆すのはいつだって技です」


 先生が俺に向けて絞り出した言葉は、なんかこう、すごく台無しだった。俺の想いを返してほしい。


「先生、すごく先生らしい言葉なんですけど、具体的な対応とかじゃなくって、もっと先生っぽく、心に響くような教えが欲しいです」


 俺の中で空手家としての先生と、教え導く教師としての先生がごちゃ混ぜになっていく。


「それと、それっぽく目を閉じてないでもらえませんか?」


 迷宮の壁に背中をもたれかけさせた先生は、言い切った感を出しながらどこかクールに目を閉じていた。


「……わたしは、みなさんの絆を信じています。若さという輝きも」


 薄く目を開け、暗に自分以外を頼れと言う先生の視線は隣の部屋に繋がる扉を向いていた。

 こんな状況でも警戒を怠らない先生は偉い。ただし、俺と視線が交わらないのだが。



「まあまあ。安心するといい、ヤヅくん。『観察は全ての基本』だよ。勇者の起点はいつでも君だ」


 会話に割り込み、なにか良いコトを言った風な顔をしているシシルノさんの姿の向こう側に、やられた感を醸し出す先生の姿が同時に視界に入るわけで、俺としては反応に困る。


 なんでシシルノさんがドヤって、先生がくっころ状態になっているのだろう。教えを与える大人的格付け競争なのか?

 なんか毒気が抜けてきた。


「明日になって全員に【魔力回復】が出ていた、なんてこともないだろう。今まで通り、なにかある度に一喜一憂していればいいんじゃないかな。それこそが君たちらしいとわたしは思うよ」


 シシルノさんの言うとおりで、にょきにょきタケノコかキノコみたいに技能が生えたら苦労しない。べつにキノコとタケノコで争うつまりはないけれど、俺の精神状態もこういうバカを考えるくらいには戻って来れたかな。



「いいじゃねぇか。【魔力回復】。俺が欲しいくらいだぜ」


佩丘はきおか……」


「技能を全部使うとな、魔力の減りが速くてヒヤヒヤだ。藤永ふじなががいてくれなかったらヤバいぞ。その辺りもちゃんと見ててくれるんだろうな、隊長さんよぉ」


 なんとか立ち直れる気分になってきたところで、いい意味でトドメを刺してくれたのはガラの悪い佩丘だった。


 怒ったような顔をしているワリに言葉が激励じみているあたり、ツンデレ属性が強いヤツだよな。

 だけど佩丘の言うとおりで、三層では前衛の魔力管理が問題になってきている。なまじ各人の持つ技能が増えてきただけに、ここにきて魔力消費がキツいのだ。


 もちろん熟練上げによる必要魔力の削減や、状況に合わせた技能のオンオフはやっている。

 それでも俺たちは素人なわけで、どうしても使える技能に頼ってしまう。痛いのはイヤだし、倒せるものなら楽をしたい。誰だって持つ当然の感情だ。

 後衛に魔獣をパスするという手順にしても、決して手抜きをしているわけではない。むしろ全力で殴るほうが時間がかからないぶん、魔力消費が軽くて済むはずだ。丁寧に手加減をしているからこそ、技能を使わざるを得ないのが一年一組の現状といえるだろう。


 とくに前衛で盾役をしてくれている騎士組と、急造盾の野球少年海藤かいとうにその傾向が強い。アタッカー連中はもともとセンスのあるメンバーが揃っているのだが、騎士の五人は運動系の部活をしていたわけでもない、本当の初心者だからな。

 なるほどアイツらが魔力タンクをやってくれているチャラ男の藤永を持ち上げるわけだ。



「もういい時間だ。明日も予定があるんだし、そろそろ」


 様子を伺っていた藍城あいしろ委員長が、場の空気を読んでお開きを提案してきた。


 迷宮内では綿原さんの役どころなんだが、そんな彼女はさっきまでミアとじゃれ合っていたのが恥ずかしかったのか、部屋の隅で黙ってこっちを伺っているのは知っている。先生をけしかけて失敗したのもあるかもな。


「綿原さん」


「そ、そうね。予定通りに二交代で休みましょう。三時間ずつで最初は──」


 俺が声をかけると、綿原さんは慌てたように早口で予定を並べ始めた。焦っていても言っている内容が間違っていないあたり、やっぱり彼女は優秀なんだなと思い知らされる。最強のバディだな、やっぱり。



 ◇◇◇



「普通さ、起きたら思わぬ誰かに技能が、って展開だよね?」


「まあ、野来のきの言いたいこともわかる」


 前の方からオタ系の会話ができる野来と、それに付き合う古韮ふるにらの声が聞こえてきた。俺も同感だよ。


 翌日、迷宮で朝食を済ませた俺たちは予定通りに『魔力部屋』を目指しているところだ。

 昨日の晩にあんな会話があったものだから、今日の朝は絶対誰かが覚醒するだろう、なんていうつもりでいたのに何もなかった。


『予想を裏切るのは構わないけど、期待を裏切ってはいけない』


 どこかで見た、たしか物語を作る時に守るべき事柄、みたいなフレーズをなんとなく思い出すが、この場合はどうなんだろう。



「……今日で六十日ね」


 そんなことを考えていたら、斜め前を歩く綿原さんが誰に宛てるわけでもなく呟いた。


「だな。あっちは六月か」


「いっそあと三か月くらいこっちにいて、夏をやり過ごすっていう手もあるわね」


「綿原さん家、エアコンないの?」


「店の中だけよ」


 俺の返事をきっかけに、益体もない会話が始まる。


 俺たちの故郷、山士幌は夏が暑くて冬は寒いことで有名だ。もうちょっと北にいくと、日本一寒いなんていうのをウリにしている町もある。

 だけどそこは北海道だけあって、多くの家にエアコンがあるわけではない。綿原さんが言っているのはコンビニの店舗自体にエアコンがあっても自室には、というパターンだろう。実は俺の住んでいる矢瀬やぜ牧場も一緒で、なんと牛舎にはエアコンがあるのに居候している八津一家の生活スペースにはそれがない。べつに意地悪されているという意味ではないぞ、念のため。伯父一家の家にもエアコン無いし。



「ボクは好きだけどね、夏」


鳴子めいこちゃんは全部の季節が好きなくせに」


「あははっ、まあね」


 すぐうしろを歩いていた元気っ子の奉谷ほうたにさんとメガネ文学少女な白石しらいしさんも会話に加わってきた。

 うん、たしかに奉谷さんは春夏秋冬、全部を楽しんでしまいそうなタイプに思える。白石さんは、秋っぽいかな。文学的な感じで。



 こちらに来てからもう、六十日が経ってしまった。


 委員長が前に言っていたように、こちらと地球の時間経過が一緒とは限らないし、そこはもう考えても仕方がないということで結論は出ている。それでも考えてしまうというのが人情だろう。

 現に俺たちは二十二人が一致した認識で一日一日を体感しているのだし、背が伸びたり髪が伸びたりしているのだから。


 みんなで話し合ったり調べごとをしてみたり、訓練をしたりしている時はいい。

 それでも夜になるとホームシックになってしまうメンバーは、今もいる。誰かではなく、頻度にこそ差はあれ誰も彼もが一度ならずだ。


 普段は飄々としている古韮も、責任感で自分を誤魔化している委員長も、帰還問答で渋った草間くさま馬那まなだって、気が付けば暗い顔になっていることがある。

 もちろん女子部屋は立ち入り禁止なので様子はうかがえないが、聞いたところでは毎晩女子会をすることでなんとかしているらしい。それを教えてくれた白石さんのメガネが怪しく輝いていたのは気にしてはいけないのだろうな。



「魔術で花火って、できればいいのに」


「【水術】で形だけならできるかも。雪乃ゆきのちゃんに聞いてみようよ」


「なんか雪、降らせちゃいそうだけどね」


「そうかも。あ、でもわたし【音術】で花火の音なら出せるかも」


「あはははっ、どーん! って」


「そうそう」


 背後から聞こえてくるなんともぬるい会話が妙に心地よく感じるのは、奉谷さんと白石さんがこっちでも日本の高校生の心を忘れていないからだろうか。

 それがすごく大切なコトに感じるのだ。


「サメ花火ってどうかしら」


「サメの形の花火なのか、サメで花火を作るのか、どっち?」


「さあ? どっちもかしら」


 俺は俺で鮫女子とくだらないコトを言いながら前を向いたまま歩く。もちろん警戒は絶やさずに。


 山士幌高校一年一組は迷宮を進む。


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