第252話 部屋の手前で
「二か月記念に全員で九階位ってのはどうだ?」
「悪くないけど離宮に戻ってからお祝いするのじゃダメなの?」
「めでたくないだろ」
「まあねえ。それでも、建前としてはいいんじゃあないかい?」
「僕、地上に戻ったらパーティするんだ」
「わかってて言うなよ、
迷宮三層の一角にざわめき声がこだまする。
もちろん俺たち一年一組の面々が勝手なことを言っているだけだが、俺は現在ちょっと離れた場所、というか部屋の隅っこも隅っこで【目測】をしているところだ。
「こっちは十一・五キュビで長い方は二十二キュビ。ここからあの扉までは十三・五キュビ」
「うん」
「おう」
部屋の角に背中を押し付けながら前方に腕を突き出して、指に意識を込めながらピンとさせるのにも慣れてきた。全然将来の役に立たなさそうな技術だな、これ。
傍ではこの部屋を担当することになった
最初は担当者を石男子の
測量班長たる医者の息子な
ちなみに用意しておいたロープは三回使っただけでお役御免になった。ロープを使った実測には時間と人手が必要になるし、なにより俺の【目測】が出した数字が完璧だったというのがある。省ける労力を無くすることができて、俺としてはちょっと誇らしい。
俺だけになってからも三回は【目測】を掛けて数字を合せている。トリプルチェック状態というわけだ。
「こうでもしねえといつまで経っても目的地につかねえからなあ」
「途中の部屋をすっとばしたし、帰り道でもやるか? たぶん結構ズレはあると思うけど」
嫌味っぽい田村のセリフに俺が返事をすれば、ヤツは顔をしかめてしまう。
目的地の『魔力部屋』があるのは三層でも外れの方だ。いちおう三方向から通路状に連なった部屋を通ることで到達できるような場所ではあるが、重要な資源も出ないのでマッピングが甘い。
部屋が密集している区画なら連なりの関係上、矛盾がない程度にサイズが修正された結果が今の王国製地図だが、それすら怪しいのは最初の測量で発覚している。
「やれるもんならやった方がいいんだろうな。だがまあ、日程は俺の担当じゃねえ。
「了解だよ。綿原さん、こっち終わった!」
投げっぱなしをしてくる田村だが、迷宮内の行動は迷宮委員に一任されている。もちろん命令なんて形ではなく異論反論大歓迎ではあるが、そうそう文句が出てくることもない。
みんな迷宮内での行動自体に慣れが出てきたのもそうだし、綿原さんの頭の回転がいいというのも確実にあるだろう。
「はーい、じゃあみんな、移動するわよ陣形三番右でよろしく!」
「うーっす!」
綿原さんの指示出しも慣れた感じで自然なものだ。
みんなが軽く返事をしながら、移動用の配置についていく。マップを見ながらつぎの部屋を構造を確認した綿原さんは移動陣形『三番右』を選択した。
移動陣形の基本は移動先の部屋の形、メインは扉の枚数で決まる仕掛けになっている。扉がひとつなら戦力を前に向けた一番、入り口と出口でひとつずつなら後方警戒を考慮した二番といった感じで決めてあって、これまた一年一組らしく全員が頭の中に入れて練習も重ねてきたものだ。
迷宮から戻る度に、時にはハザードマップを作ったように迷宮の中でも、俺たちは話し合い、修正できることはないかと模索を続けている。誰かひとりが新しい技能を取っただけでも戦法がガラリと変わってしまうこともあるのだ。
『ずっと考えながらだよ。言ったら怒られるかもだけど、この手のゲームなら基本だね』
そんなことを言ったのはゲーム好きの夏樹だったと思う。
ヤツの言いたいことは俺にも理解できるし、ウチのクラスは健全な高校一年生の集まりだ、勉強でもスポーツでもゲームでも、ごく一部の人間の場合は武術でも、考えることの大切さを知っている。
階位上げこそ順調で技能の数も増えてきた俺たちだけど、戦闘そのものについてはほとんどのメンバーが素人だ。技能の熟練上げだって長年やってきた王国の人たちには敵わない。【熱導師】の
だからこそ俺たちは考えて、相談して、実践して、修正する。
「君たちの姿勢には感服させられるよ。『魔力研』の連中を躾てもらいたいくらいだ」
「それ、シシルノさんも含まれますよ?」
「それこそ望むところだよ」
俺たちのやり方を知るシシルノさんがグチを零せば、綿原さんがやり返す。なにが嬉しいのか、言われたシシルノさんは笑顔を見せるのだ。言った綿原さんもモチャりと笑う。
ふた月も付き合えば、こんな距離感にもなるんだな。日本にいた頃の俺だったどうだっただろうか。
「『紅天』でもここまではしませんよ」
「煮詰めたマニュアル……、手順書みたいのがあるんじゃないですか?」
ガラリエさんのため息交じりな発言に対応したのは
「わたしの知っている最新が改定されたのが五年前ですからね。魔獣が増えている影響もあって、今頃になって大騒ぎをしているはずです」
「そんなものじゃないですか? なにか起きないと変更なんてそうそうできませんよ。本当なら定期的に会議を開くのがいいんでしょうけど」
「アイシロさんは本当に十五なんですか?」
委員長の達観っぷりにガラリエさんが怪訝な顔をするが、そんなことはクラスメイト全員が理解している。だから毎年無投票で委員長なわけだし。
第三近衛騎士団『紅天』から、正式に『緑山』に移籍したガラリエさんは、元の職場にどんな想いを馳せているのやらだ。
そんなガラリエさんだが、近衛騎士時代より今の従士の方が給料が上がった。勇者手当が大きいのだ。実家のフェンタ子爵家は事情があって貧乏らしく、仕送りが増やせると喜んでいたのが微笑ましかった。
貧乏な子爵とか、ちょっと俺の想像できる貴族ではないが、次期当主と目されているのはガラリエさんの弟で、俺たちよりも年下らしい。頑張るお姉ちゃんなガラリエさんに、俺たちも報いてあげたいものだ。
こうやって王国の人たちと話していれば、俺たちと同じようにいろいろな性格をしていて、背景もあって、そして当然家族もいる。シシルノさんなどは御家とは絶交しているみたいだけど、ガラリエさんみたいに弟の心配をしてみたり、ヒルロッドさんのように奥さんと娘さんがいることを知ってしまえば、やはりどちらも人間なのだと実感も湧くというものだ。
ゲームみたいな世界に住む、NPCとは思えない人たち、か。
◇◇◇
「どうだ?」
「僕の【魔力察知】じゃムリだね。魔獣の数が多くて部屋そのものの魔力なんて」
目的地の魔力部屋まであと二部屋というところまできて、【忍術士】の
隣の部屋にいる魔獣はそろそろこちらを察知して向かってくるだろうし、草間の話では魔力部屋は案の定、それなりの数の魔獣が居座っている。
「あの、やっぱりシシルノさん──」
「いまさら水臭いじゃないか。それにガラリエくんたちは貴重な戦力だろう?」
アウローニヤの四人を分離して、俺たちが戦闘を終えてから部屋に来てもらうという案もあった。
だけどそれをシシルノさんは否定するし、俺たちも心の中では一緒に戦いたいと思っている。ガラリエさんがこの中で最強の盾であることに間違いはないし、アーケラさんやベスティさんも柔らかい魔獣なら魔術で倒せてしまう存在だ。紛れもなく戦力としてカウントできる。
足を引っ張る形になるシシルノさんにしても、思わぬ魔力に反応できるという意味では偵察役としての出番を作れるのだし。
「十階位になったら【魔力譲渡】でも取りたいね。そうすれば魔力を渡す役目もできる」
「やめてくださいよ」
シシルノさんの魔力は色違いなんだから、魔力タンクとして効率が悪いなんて当人が一番わかっているクセにこれだ。だけどそんな軽口が、俺たちの仲間になりたいと言っているように聞こえるからタチが悪い。
勇者担当者たちは悪い大人ばかりだから始末が悪いのだ。
朝イチからの進軍で、委員長と笹見さん、ついでにベスティさんの九階位は達成された。
従士組で一人置いて行かれていたベスティさんは鬼のように氷を連打していたっけ。めでたく【魔力回復】を取得してホクホク顔だけど、なんだかなあ。
つまり熟練をキッチリ上げれば上位互換な【氷術師】の深山さんも、あの領域まで到達できるということだ。普段はポヤっとしているアルビノ少女の深山さんが、小さくフンスとしていたのが可愛らしかった。
取得技能としては地上で先行して【視野拡大】を取っていた笹見さんはパス。
そして委員長は【魔術強化】を取得した。
騎士とヒーラーの二役ができる【聖騎士】の委員長だが、魔力系はここまでメインスキルの【聖術】しか取っていない。それ以外はすべて騎士としての技能ばかりだ。すなわち【体力向上】【身体強化】【身体操作】【頑強】【反応向上】【痛覚軽減】。【風騎士】の野来が【風術】を取ったように、委員長もここらで【聖術】を強化する方に向かうことにしたようだ。
基本は今回取った【魔術強化】と、できればどこかで【魔力浸透】かな。【解毒】も欲しいし、前衛の騎士としては【視野拡大】や【視覚強化】【一点集中】あたりも残している。やらなきゃいけないことがたくさんだ。
そんな勇者オブ勇者な委員長だが、【聖導師】の
ますます上杉さんによる『エリアヒール』や『ダブルヒール』疑惑が強まっていく。恐るべきは微笑み聖女か。
「動いたよ。来る」
俺が聖女信仰を深めていると、草間が隣の部屋の魔獣が移動し始めたことを告げてきた。そこにはとっとと結論を出せという意味合いが、当然含まれているわけで。
「『綿原陣』! 魔力部屋から気取られない程度に、こっちから行ってやろう。もちろん全員で!」
「おう!」
付き合ってもらいますよ、シシルノさん。
◇◇◇
「【魔力視】は視界が通らないとね」
「ですよね」
シシルノさんが肩を竦めるが、それはそうだ。
彼女の【魔力視】は俺の【観察】と同じように視界の範囲内にある魔力の詳細情報を得ることができる技能で、見えないところはどうしようもない。視界外は【魔力察知】の出番になるのだが、精度が落ちる上に魔力部屋では現在、魔獣が絶賛たむろしているわけで、壁の外から内部を探るのはシシルノさんをもってしても難しいときた。さて、どうするか。
仮称『綿原陣』での突撃を敢行し、いよいよ魔力部屋の隣まで到達した俺たちは、ここで最後の休憩を入れている。
「確実なところで大丸太が三、シカが五、羊が十、かな。ヘビもいるけど、数はちょっと。たぶん二十以上」
「バラエティあるなあ」
本当に頼りになるよな、草間。普段はあまり目立たないクセに。
「それじゃあ最終確認だ。『後退経路』はここからこっちまでの五部屋を使う」
大判の地図を地面に置いて、赤線で示した移動ルートを指でなぞる。
各自が持っている携帯マップと照らし合わせて、ミスがないかの最終チェックだ。
「速さ的にはヘビが最初で、つぎにシカ、羊、大丸太の順番だ」
俺たち『緑山』が今からやろうとしているのは、所謂『引き撃ち』だ。
特性や速度がバラバラな集団に対し、なにも真面目に正面から突入してやる義理はない。
魔獣の種類によって速さに差がある以上、俺たちを探知してから動く敵はバラける。探知外にならない程度に距離を稼いで各個撃破すればいい。そのためにここまでの道中をクリアにしてきたのだ。
以前、キャルシヤさんと共闘するハメになった羊のトレインと似てはいるが、ちょっと違うバージョンだな。ただしこのやり方にはいくつか難点がある。
『俺たちの方だって速さが違い過ぎる。足並みをそろえた後退戦闘は難しいぞ』
結構前から計画だけはしていた戦法だが、難しさを指摘したのは軍オタ系の
魔獣に速さの違いがあるように、こちらも同じく足の速さに差があるのは見過ごせない事実だ。
以前あった鮭氾濫のときに逃げを打てなかったのは、足が遅いメンバーが追い付かれる可能性が高かったというのが最大の理由であるし、今回もたぶん、ヘビには追い付かれる。
『突撃は簡単だ。だが、下がりながらの陣形維持は、容易くない』
回想の馬那がずいぶんと雄弁だが、そのとおり。
盾を前に出しての突撃は慣れ親しんでいるし、そもそも俺たちは下がりながらの戦闘経験なんてほとんどない。だけど。
「今回の魔獣の種類と数はちょうどいいと思うんだ」
俺の発言に皆が頷く。
魔力部屋に押し入って乱戦をするより、たとえ不慣れでもこちらの方が確実だ。
「釣り役は
「うん!」
「おう」
「やりマス!」
ワザと魔獣に探知され、釣り出す係はもちろん足の速いメンバーだ。
陸上女子の春さん、野球小僧の海藤、そして理不尽なミア。
「ミアと海藤は攻撃してもいいからな」
「ビュンとしマスよ!」
「魔球が唸るってな」
遠距離攻撃手段をもつミアと海藤には、釣りのついでにスコアを稼いでもらって構わない。ヘビ程度の相手ならミアの弓はもちろん、海藤が新たに身につけた魔球が通る。ボールの回収はあとでやればいいだけだしな。
「探知は草間。悪いけど【気配遮断】を継続して頼む」
「うん」
「羊と大丸太だけになったら解除してくれていい。ドスのひと突きに期待してるぞ」
「一体だけなんだけどね」
敵の引きつけ具合は草間に探ってもらう。序盤は攻撃に参加せず、魔獣に察知されないことを優先だ。
「退避と攻撃の切り替えや、陣形の調整は俺が指示を出す。キュビに慣れてないと思うけど、都度修正するから感覚を掴むいい機会だと思ってくれ」
「おう!」
さあ、責任は重大だ。
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