第253話 馬上の男




「なんかゴメンな」


「んーん。頑張ろうね、あおいちゃん」


「ちょっと恥ずかしい、かも」


 事前に謝る俺に対し、元気ロリな奉谷ほうたにさんはあっけらかんと、文学少女の白石しらいしさんは、大きなメガネの向こうにある頬をちょっと赤くしている。


 この作戦、もっといえばこの陣形は俺の【目測】が使い物になりそうだと皆が納得して、初めて成立するものだ。

 仮称『八津やづの陣』。『八津陣』じゃないのは、日本語的に発音が面倒なだけという投げ槍なネーミングだが、それはどうでもいい。なぜ俺の名が入っているかといえば、たしかに俺ありきの作戦であると同時に、俺のポジショリングにこそ真の意味があるからだ。

 それにしても陣形の名前ばかり増えていくな、ウチのクラスは。



「じゃあ、やるね」


「どんとこいだよ!」


 しゃがんだ奉谷さんの両肩に、これまたしゃがんだ姿勢の白石さんが遠慮がちに両手を乗せた。


「ん、んじゃ、乗るぞ」


「いいよー!」


 所謂電車ごっこ体勢になった二人の『上』に俺が座る。正確には伸ばされた白石さんの腕の上にだ。


「た、立つからね」


「せーのでいくよ、碧ちゃん」


「うん」


「せーの!」


 白石さんと奉谷さんの掛け声と共に、俺の視界が高くなる。


 彼女たちは騎馬で、俺はそこに騎乗する形だ。騎馬戦なんて中学以来だな。メットを取られないように気を付けないと。



「八津くん。わかってると思うけど」


「あ、ああ、必要以上に接触しないし、視線も落とさない」


「そ」


 冷たすぎる綿原わたはらさんの声が俺に突き刺さる。ベスティさんや深山みやまさんでもないのに、いつの間に『アイスニードル』が使えるようになったのだろう。


 でもまあ綿原さんの言いたいこともわかってしまうのだ。

 なにせ俺は本来の騎馬戦と違って『反対向き』に座っているのだから。これで騎馬役の二人が走り出したら、最低でも片手を後ろ脚役になる白石さんの肩に乗せることになる。視線を下げたら彼女のつむじが見えてしまうし、それはなんかこう申し訳ない。

 そして白石さんの視線は俺の腹に刺さることになるわけで、これは恥ずかしい。


 白石さんの非公式婚約者の野来のきに悪いなと思いつつも、温厚なアイツは理屈さえ通っていれば、少々のジトい目を向けるくらいで済ませてくれているようだ。むしろ最後まで強硬に馬役として立候補してきた鮫女こと綿原さんを宥める方が大変だった。ついでにミアも。

 わかっているんだぞ、ミアはこういうお祭りっぽいことが好きなだけだろう。


 そもそもこの手段の原案になったのがミアの行動だったというのに。



 俺が【目測】を使って追いかけてくる魔獣との距離を測りながら戦う、それが今回の作戦の骨子だ。


 ただでさえ水路やら段差やら、迷宮は決して平坦ではない。

 そんな戦場で引きながら戦うことの難しさは、やる前から想像できていた。いかに階位を上げて技能をとっていたとしても【後ろ走り】とか【背中に目】なんていうモノはない。せいぜいがコケても怪我をしないだろう、くらいの保険があるくらいだ。


 ならば俺だけが背後を観察する態勢を整え、みんなは普通に前を向いて走ればいい。

 止まったり振り向いたりは、俺が指示を出す。


 この段階で俺が誰かに運ばれる形になることが確定した。非力な俺がうしろ向きに走ってどうすると。



 さらには【目測】の特性も問題になった。『視界が通っていないと』距離を測れないというのが【目測】の仕様だ。ならば俺は何処にいればいいのか。

 もちろん殿しんがりが一番だ。味方の姿に遮られず、迫りくる魔獣が見えるのだから。


 そしてこちらも当然だが、危険すぎると全方面から却下を食らった。柔らかい自分が恨めしい。


 次善の策として出されたのが『視点を高く』することだった。

 そう。ハウーズ救出の際にミアがやらかしてくれた、俺の肩に立ち上がり放った狙撃。ただし俺は誰かの肩の上に立ち上がるなんて器用なマネはできないし、支える人間が走るなどもっとムリだ。絶対に叩き落とされる。


 だが肩車なら。


『今度はワタシが広志こうしを肩車しマス』


『ダメに決まってるでしょう……』


なぎはタッチを気にしすぎデス』


『そうじゃなくって、想像しなさいよ。逆向きの肩車をしたらどんな体勢になるか』


『……さすがにハズいデス!』


 ミアと綿原さんがヤバい会話をしている間、俺はクラス最高身長を誇るガラ悪男子の佩丘はきおかに視線を送り、そして逸らされた。俺だってやりたくないよ。


 そんな経緯があって出された結論が、二人組で作った馬に乗る逆向き騎馬戦法というわけだ。

 馬役が運動会とかでは普通の三人で作るモノではなく二人体制なのは、こんなことに人数を割きたくないというだけの理由だ。


 クラスの身長からして一番小さい二人で、しかも後衛の女子に馬をやらせるとか酷い、という話にはならなかった。なにせ八階位というフィジカルブーストが入っている一年一組は、人ひとりを持ち上げることくらい、誰にでもできてしまうのだから。ついでに【身体補強】もある。


 ただし絵面は酷い。

 俺より二十センチくらい背の低い女子二人を馬扱いとか、俺はどれだけ鬼畜なのだろう。



【奮術師】の奉谷さんはすでに全員に対し【身体補強】を掛け終わっていて、魔力は枯渇寸前。しばらくはヒーラーとしても魔力タンクとしても活動できないだろう。【騒術師】の白石さんは、魔獣に対し比較的効果が薄い【音術】を捨て、【奮戦歌唱】で頑張ってもらう。状況次第では俺に代わり【大声】で伝令もやってくれる手筈だ。


 戦う前に役目を終えることができる奉谷さんと、俺を乗せて走りながらでも役に立つことができる白石さん。直接戦闘力は低いだけではなく、こういう計算があったからこそ選ばれた二人なのだ。

 選抜において綿原さんとミアが最後まで粘っていたが、せっかくの機動戦力をこんなことに使えるわけがない。

 なぜかシシルノさんとベスティさんまで立候補してきたが、それはクラス全員に黙殺された。


 そもそもこういう男女の接触に一番うるさそうな副委員長の中宮なかみやさんは、呆れたような目をこちらに向けているだけだ。

 昨夜と同じように壁に背を預け、俺たちの準備が終わるのを待っている先生は目を閉じている。どうやら先生的にコレは不純異性交遊には当たらないらしい。


 絶妙にブスくれた綿原さんは俺に背中を向けたままだが、浮かぶサメはこちらを見ている。器用なんだけど使い方としてはどうなんだろう。



 ◇◇◇



「ようっし、見える。視界は通ってる。イケるぞ!」


 揺れる鞍上で頭はガクンガクン揺れてはいるが、そこは【観察】と【視覚強化】【遠視】【視野拡大】がカバーしてくれる。今回ばかりは【集中力向上】やら【一点集中】やら、この状況で使える技能はフル活用だ。魔力がガリガリ削れていくが、これは短期決戦だから問題ない。こうしてみると【魔力回復】が候補に出たのも悪くないなと、ふと思った。


 ほんの一分前に魔獣釣りに出向いたミア、海藤かいとうはるさんは見事に役目を果たしてくれたようだ。

 走って戻ってきたアイツらの背後から、まずはヘビが数体飛び出してくる。俺の視界では潜伏しているニンジャな草間くさまの姿は見えないが、ヤツなら放っておいても大丈夫。


 ここまですべて予定通りだ。



『あ~、あいえあぇあ~、うぃらいぃりぃ~』


 俺の真正面にいる白石さんが【奮戦歌唱】を開始する。


 頬を赤らめていた彼女だが、歌い始めればノリが変わるのはいつものこと。テンションは悪くない。

 ちなみに今回は、戦国時代を扱った某大河なドラマのOPだ。日本語的な歌詞がなく、謎言語なコーラスが入るタイプの曲だな。それまで再現してしまうのだから白石さんも大したモノだ。ところどころで【音術】を応用した太鼓の音まで混じっているし。


「あはははっ、八津くん出陣だね!」


「ああ、良きに計らえってな」


「かしこまりぃ」


 背中から『八津の陣』の先頭を行く奉谷さんの元気な声が聞こえてくる。


 どうやって工夫したところで、この集団で一番速度が出ないのは俺が騎乗した奉谷白石ペアだ。当然全体のスピードはそれに合わせることになる。


「次回からは荷車を持ち込むべきね」


「階段を降ろすのがなあ」


「なら持ち手を付けた戸板でもいいわ。なんなら椅子もセットで」


 陣のちょっと後方、俺からすると白石さんの頭越しに綿原さんがいろいろと口を挟んでくるが、戸板の上に椅子を設置してとか、市中引き回しか? それとも足の悪い軍師キャラ?


「もうひと部屋引っ張る! 陣形そのまま!」


「おう!」


『緑山』一行に追いすがるヘビの数と速度を確認しながら俺は指示を飛ばす。


 この陣形で一番うしろを走ることになるのは騎士たちだ。背後から着実にヘビが近づいているにもかかわらず、ヤツらは振り返る素振りも見せずに俺の声に従ってくれている。

 信頼と覚悟が重すぎるぞ、これは。


 今回の魔獣の種類と数なら、ヘビの始末さえ済ませてしまえば、あとはなんとかできる。ヤバいのは混戦になることだからな。


「大丈夫、全部見えてる! 振り返るなんてしなくていいから、陣形を崩さないのと足元に注意だ! コケたりしないでくれよ!」


「わかってるって!」


 俺の励ましに、一番遠くから古韮ふるにらの声が返ってくる。信じてくれて、ありがとうな。



 ◇◇◇



「いい感じだ」


「だね」


「……うん」


 コトが上手く進んだお陰でちょっとハズむ俺の声に、奉谷さんと白石さんが答えてくれる。


 予定した部屋でヘビを待ち構えてから陣形変更を終えれば準備は万端だった。

 こちらに襲い掛かってきたヘビは全部で二十三体だったが、今回の戦闘に限って選択的なレベリングはしない。後衛からのサポートを受けた上で、万全の前衛が叩き潰すことになっている。ただしガラリエさんを除くのはいつも通り。なんか仲間外れみたいで申し訳ない。


 そんな光景を見ている俺だが、いまだ馬上の人である。

 馬体、もとい奉谷さんと白石さんにお願いして、体勢を九十度転換した俺は『八津の陣』改め、事実上の『綿原陣』になっている仲間たちを見つめ、たまに位置取りを指定しているのだ。実に指揮官っぽい。

『八津の陣』は『綿原陣』と表裏一体。カッコいいフレーズだよな、表裏一体って。


 ところで繰り返すが、この期に及んで俺は馬上の人だ。ヘビのあとにはシカが来るから下馬して再騎乗する時間が惜しい。ううん、俺はどれだけ偉い人なんだろう。



「っしゃぁ、九階位だよ~!」


 前衛たちがまんべんなくヘビを倒していく中で、新たな九階位になったのは【裂鞭士】のひきさんだった。


 これで前衛系は全員九階位で、残る八階位は後衛の七名。最低限のレベリング目標は達成できたと考えていいだろう。


「さぁって、アタシは【遠視】取ってもしょうがないし、【聴覚強化】いっとくから!」


 そして本人から下される宣言。ムチ使いという中距離アタッカーたる疋さんは【魔力伝導】による魔力デバフを得意にしている。前衛としては攻撃力が一番低い側の存在ではあるものの、身体系の技能は一通りそろえているので、俺など比較にならないくらいには強い。


 そんな疋さんが【集中】系ではなく、あえて【聴覚強化】に手を出したのは、これまで誰も取得していない技能であることと、彼女自身の性格が理由だ。なんでも音楽を聴くのが大好きだとかそういう程度だが、技能の出現条件や性能を知った俺たちとしては、取得するには十分な理由だと思う。

 候補に出現している大抵の技能は、精神や経験の発露であると同時に、本人に必要であるからこそそこにあるのだから。


 疋さんはもはや、肘と手首のひねりだけでムチを繰り出すことができるレベルにある。そんな彼女が音を捉えてムチを使えば、たしかにそれは一年一組最速の長射程攻撃になりうるのだ。絶対に先手を取れるタイプのユニットだな。


「なるほどね~。よく聞こえるし、それでもうるさくないって、これ便利じゃん!」


 疋さんのチャラいレポートが皆に伝えられた。戦闘中ということを忘れてしまいそうなくらい軽い。

 初見技能を取ったメンバーによるお馴染みの情報共有に、みんなの顔が明るくなったのがよくわかる。


「これからはアタシの近くでナイショ話、しない方がいいよ~」


 そしてみんなを笑わせた。さすがだな。

 そう簡単にチャラさを忘れない疋さんは、奉谷さんとはまた別の方向でクラスの精神バッファーだな。



「よぉし、ヘビは残り三体。すぐにシカも来るぞ。速攻でヘビを始末して隣の部屋に移動だ!」


「おう!」


 残り少なくなったヘビに向かって、スピードタイプのアタッカーたちが襲い掛かっていく。

 ヘビが使う吐き気毒の特性もわかっているはずだし、先生や中宮さんまで加わればタコ殴りでケリがつくだろう。



 この場で俺たちが使っている戦法は王国では主流とはいえない。これまで数十年に渡り、魔獣の大量発生など起きていなかったアウローニヤだ。迷宮で遭遇する少数の魔獣を密集隊形で即殲滅し、そこからあとは素材を運び屋に任せていたようなやり方に作戦もクソもない。むしろ魔獣を探している時間の方が長かったらしい。


 そんな時代が続いていたのに、降ってわいたような魔獣の大量発生だ。動揺し、対応が遅れていたのも仕方のないことだろう。

 これまでの六から七人構成の分隊単位の狩りから、二十人規模になってしまった魔獣との闘争は、アウローニヤの戦法に大きな変革をもたらすことになった。


 俺たち勇者が現れたのは、そういう改革期の真っただ中だ。

 なにかしらの作為を感じてしまうのは俺たちだけではないだろう。勇者と魔獣をセットで考える不埒者すらいそうで怖いところだ。


 だからこそ俺たちは俺たちなりにアピールを忘れない。

 今回の戦闘もあとで報告書にして提出してやるのだ。なにも俺たちのマネをしろとは言わないし、いろいろな事例を積み重ねて、新しい魔獣との戦い方を作り上げていけばいい。もしかしたら術師や斥候系の神授職がもてはやされる時代だって来るかもしれないな。


 はてさて、俺たちの勇者ムーブはどこまで続くのか。



 今回の名目上の目的たる魔力部屋の魔力がどうなっているのか、それを確認するためだけにここまでするのかと聞かれれば、それもまた勇者としての責務と答えてやればいい。

 誰かがやらねばならないならば、俺たちがやってやる。それが勇者だから、なんてな。もちろんできないことは断るのだけど。


 などということを考えている俺は、相変わらず小柄な女子二人によって作られた騎馬の上に座っているのだ。

 一体全体、俺は何様なのだろう。


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