第254話 脱退する者たち
「もう終わったわよ。降りてもいいんじゃないかしら」
「あ、ああ。そうだな」
沈黙する大丸太の残骸を目の前に、
ところでそんな功績を上げた二人は、なぜ半笑いなんだろう。
「そもそも、羊のあたりから余裕あったし、あそこで降りててもよかったんじゃないかしら」
「まあ、その、たしかに」
冷徹から一転、ムクれたような顔に変貌した綿原さんに俺が慌てるも、周りの連中は薄ら笑いを浮かべるばかりだ。誰かなにか言ってくれ。
「ボクは結構楽しかったよ。また今度だね!」
「わたしは、ちょっと……、すごく恥ずかしかった、かな。でも
「そ、そうね。
あっけらかんと感想を述べた奉谷さんと、意を決したかのように言葉を紡ぐ白石さん。
片方はニパっとお日様のように、もう片方はおずおずとしていたが、どうやらそんな強弱のついた攻撃に綿原さんは毒気を抜かれたようだ。
「……勝ったことだし、良い戦法だったんじゃないかしら」
「そ、そうだな」
少しのあいだに表情をモチャモチャ変えた綿原さんだが、最後はモチョっとした笑みを見せてくれた。
ヘビ、シカ、羊を順番に倒した俺たちは、むしろ大丸太に対しては出迎えるくらいの余裕を持って戦うことができたわけで、作戦としては上々だったと思う。
感情的に思うところはあったのかもしれないが、綿原さんはそれを理不尽にブチまけて場の空気を悪くするような人ではない。俺に対してのナニカがあるのだとしたら、むしろ嬉しいくらいなのだが、それを口にするのもなあ。
「えい」
などと考えていた俺の胸に小さなサイズの【砂鮫】が当たり、崩れて落ちた。もちろん攻撃力の欠片も込められていないわけで、これもまた綿原さんなりのコミュニケーション方法なんだろう。これを食らうのは通算何度目だろうか。
避けることもしなかったのは、こちらからの信頼ということで、ひとつ納得してもらえると嬉しいかな。
「ふむ。青春もいいのだが、ほら、君たちの目的地はここじゃないだろう」
空気を読んだっぽいシシルノさんが、俺たちの関係性を見破ったかのように会話が途切れた瞬間を狙って本来の目的を思い出させてくれた。
「さて、あの『魔力部屋』がどうなっているのか。実に楽しみだね」
『引き撃ち』戦法を使っていったんは離れてしまったが、魔力部屋の状況確認が名目上の最大目標だ。シシルノさんの中では、名目どころか本命だな。いや、もしかしたら九階位達成の方が嬉しいのかも。
「そうですね。じゃあ素材をいくつか集めてから向かいましょうか」
今の状況を安全と判断したのか、綿原さんが素材収集を提案してきて、皆がそれに頷いた。
【気配察知】持ちの
それにやはり羊肉は確保しておきたいからな。できればヘビタンも。迷宮に吸われてなければいいのだけれど。
「あ、それと報告もあるよ」
そんなタイミングで手を挙げて発言したのは奉谷さんだ。瞬間、俺の中に嫌な予感が走る。なぜならば。
「えっと、わたしも。ちょっと言い出しにくいけど」
奉谷さんに続いて口を開いた白石さんが俺を見ているからだ。口調は軽かった奉谷さんの視線も、俺に向いていた。これはアレだな、俺にダメージが入るタイプの報告だ。
「【身体操作】が出たんだよね!」
「あ、わたしも」
示し合わせていたとかではないのだろうが、二人は同じ技能を候補に出現させたらしい。戦闘中だったのか、終わってから気付いたとか、そういうのはどうでもいいな。
内容の方は大問題だが。
「くっ」
ほら、俺と同じで柔らか系男子の
「あの、シシルノさん」
「なんだい、ワタハラくん」
「【魔力視】で
「ははっ、すでに確認したよ。普段通りで間違いない」
すぐ近くから綿原さんとシシルノさんの物騒な会話が聞こえてくるが、俺が原因だとでも言いたいのだろうか。
「八津クン」
「な、なにかな、
唐突に声をかけてきたアルビノ系薄幸少女の深山さんだが、言わんとすることが想像できるのが怖い。しかも【冷徹】を使っているのか、ポヤっとした表情のままなのがちょっと。彼女の赤っぽい目が、怪しく輝いているような気がする。
「つぎに『八津の陣』するとき、わたし、馬になりたい」
「み、深山っち? 落ち着くっす!?」
恐るべき深山さんの発言に、相方のチャラ男こと
「そ、そうだね。うん、そうだよ。ねえ八津くん、僕も馬、やるからね。絶対だよ!」
「
膝を突いたままの夏樹が叫ぶように馬を所望、この場合は馬願望をしている。横に立つ姉の
一年一組には柔らかグループと呼ばれる存在がある。
メンバーは俺、夏樹、深山さん、奉谷さん、白石さん、そしてここまで沈黙を保っている聖女こと
俺たち的に身体系の基本にして最も重要としているのが【身体強化】と【身体操作】だ。この国で【身体操作】はそれほど重視されていないが、素人が上達するという条件ならばとても重要な技能になる。
それらを持たないのが、柔らかグループ。そして今、二人ものメンバーが脱退を表明したのだ。これはもう、非常事態といえるだろう。
「八津くん。できればわたしも、その、馬をやってみたいかと」
「上杉さん……」
ついには上杉さんまでもが馬を志願してきた。
顔には普段通りの微笑みを浮かべているが、瞳の奥に謎の影が見える気がする。気のせいだよな?
「べっ、べつに騎馬戦が原因だと決まったわけじゃっ!」
「どう考えてもそうでしょう」
追い詰められた俺が発した苦し紛れは、綿原さんにあっさり粉砕された。
綿原さんだけでも俺の味方になってほしかったよ。なんで半笑いになっているのかな。
「帰り道で時間があったら試しましょう。ええっとペアは
なぜか仕切り始める綿原さんだが、これは迷宮委員の仕事の内なのだろうか。
騎士団長と副団長たちは余所見をしたり視線を下に向けて、関与しないように気を配っている。
ならば俺だって。
「じゃ、じゃあ、俺も馬やる。馬。夏樹、俺と組もう。一緒にやろう、馬」
なんかペアを作れなくて困った人みたいになっている俺は、夏樹に目をつけた。これは良い案だと思うのだ。もうこの瞬間にも夏樹との友情度がギュンギュン上がっている気がするくらいに。
「それはいいけど、誰を乗せるの?」
「っ!?」
そんな俺の想いは、きょとんとした顔になった夏樹に一蹴された。
「あ、いや、べつに乗るのは俺じゃなくても──」
「だって八津くんが指揮を執るから意味あるんだよね?」
夏樹の正論が胸に痛い。可愛らしい顔をしているクセに、どうしてそんな酷いことが言えるんだ?
たしかに俺たちは迷宮でいろいろなチャレンジをしている。代表的なところでは【毒耐性】的ななにかを得られないかとカエルを半殺しでなぶった、なんていうのがあったな。
だからといって安全性を蔑ろにしたことは一度もないし、ましてやここは三層だ。意味もなく騎馬戦をやるわけにもいかない。
いやまて、ニンジャな草間を最大限に活用して、数が少ない敵を選ぶとかはアリか。いっそのこと一層まで登ってから試すのもいいかもしれない。今の俺たちなら一層のネズミなど、ひき殺すことくらいはできそうだし。
「ふふっ、ここはワタシの出番のようデスね」
「ミア……。あっ!」
思考に耽る俺の傍にやってきたミアが、ふんぞり返って自己アピールをするのを見て、そこで気付いた。
「馬とくれば弓デス。必然デスね」
「そうか、そうだよな、ミア。
「デス!」
そうか、ミアは遊牧騎馬民族だったのか。さすがはエセエルフ、なんでもアリだ。
最近どこかで聞いたフレーズだな、遊牧騎馬民族。この際、そっちはどうでもいいか。
「ミアは経験あるのか? 流鏑馬」
「やったことあるわけありまセン。馬に乗ったなんて三回くらいデス」
「だよな。って、馬に乗ったことあるのか」
「パパに乗馬クラブに連れてってもらいマシた」
なんかどうでもいい新情報だが、名目さえあればどうでもいい。
「どうかな? 綿原さん」
念のために綿原さんの許可を求めるわけだが、彼女は呆れ顔で俺を見るばかりだ。
「……安全を確保できて、時間に余裕があったら、ね。それと八津くんと夏樹くんのペアは最後」
「えー」
いちおうは前向きな綿原さんのお許しだが、俺と夏樹は同時に苦情の声を上げた。
「元の体力が違うでしょう。女子優先よ。それに八津くん、美野里と雪乃の馬はイヤかしら?」
「そ、それはっ」
「わたしもミアに妥協してるのよ、サメに攻撃力さえあれば……」
どういう妥協点なのかは不明だが、理屈で筋を通されてしまうと返事に詰まるのも事実だ。ぐぬぬ。
「やっぱり君たちは愉快だねえ」
カラカラと笑うベスティさんのツッコミに、俺は言葉を返せなかった。
◇◇◇
「魔獣はいないよ」
その部屋の手前で【忍術士】の草間が断言する。
俺たちが『八津の陣』を使って魔獣を引きずり出したお陰で、どうやら魔力部屋は空っぽのようらしい。
「草間、入ったらすぐ魔力の確認を。念のために【気配遮断】も使っておいて」
「うん」
草間の十八番【気配遮断】を使った単独での先行偵察を頼むという方法もあるが、魔獣はいないようだし、ならばひとりで先に行かせるのは気が引ける。
迷宮の扉は魔獣のサイズに合わせているのか大きいものが多いが、それでも一度に通れるのはここの場合だと五人で手一杯だ。
全員で突入して、いざ逃げるハメになった時に渋滞をなるのも怖い。ここは五人で先行偵察が手順だろう。
というわけで最初に入るのは草間と俺、【聖騎士】でヒーラーもできる
偵察という意味ならシシルノさんもアリだが、さすがに先発させるのはちょっとな。それと攻撃で遠慮をしてもらっているのに、こういう場面では頼ってしまうガラリエさんにはごめんなさいだ。
先生や中宮さん、ミアあたりが先行したがっていたが、なんとか諦めてもらった。気持ちはありがたいが、役割分担ってものがある。
「気を付けてね」
「ああ」
心配そうな綿原さんの言葉を背に受け、俺たちは扉をくぐった。
◇◇◇
「魔力は三、かな。隣の部屋より少ないくらい。前回と全然違うよ」
「物音はしないね~」
部屋に入ると同時に素早く技能を使った草間と疋さんの声が耳に入るが、俺は【観察】を使いながらも強烈な違和感に包まれていた。
なにかが違う。前回となにかが。
「……警戒はそのまま、草間、地図を見てくれ」
「なにかあるの?」
「それを確認したい」
怪訝そうな草間を諭して、それ以外の三人には警戒を続けることをお願いしながら、俺も自分の地図を取り出す。もちろん【観察】を筆頭に視覚系技能はフル回転中だ。
「扉……」
「だよな」
すっかり【気配遮断】が解けてしまった草間が指さした先には、前回の時には存在しなかった扉があった。地図を確認しても答えは変わらない。紙の上でもやはり、あんな場所に扉などなかった。
「鮭でも出てくるのかな」
頬に汗を浮かべた委員長が無理やりな軽口を叩く。
「これが……、あの」
俺たちが一層で経験した『新たな扉の出現』を発見した時、そういえばガラリエさんは一緒じゃなかったか。
「草間っ」
「魔獣の気配は……、ないね」
俺に言われるまでもなく、とっくに草間は【気配察知】と【魔力察知】を使ってくれていたのだろう、返事に時間はかからなかった。
「トラップは、見当たらない」
俺は俺で部屋中を、それこそ床だけでなく、壁も天井まで含めて【観察】してから断言した。
二層転落を経験したお陰で、微妙な色違いが特徴になっている迷宮のトラップには敏感になっているのが一年一組だ。二度とやらかすつもりはない。
「そもそもさぁ、あの扉って意味ある?」
器用にもムチを片手に反対側の手で地図を見た疋さんの指摘は正しかった。
地図の上では存在しない扉だが、あの先には『普通の部屋』があるのだから。なんなら前回の探索で周辺を洗った時にも通ったくらいだ。
つまりこの現象によって引き起こされたのは、通行が便利になっただけ……。いやまて。
「すみません、ガラリエさん。護衛お願いできますか?」
「ええ、いいですよ」
この場で最強の存在を伴って、俺は部屋の角を目指す。
「……ヤヅさん、まさか」
部屋の隅で右腕を伸ばす俺を見たガラリエさんが、なにかに気付いたような声を出した。
「十七キュビ……、こっちは二十四・五キュビ。印象は前回と一緒だけど……、地図のサイズが間違っている?」
この部屋の四方には全て別の部屋が存在していて、元々その内三方向に扉があった。入ってきた方向からすれば、左側には無かったはずの四つ目の扉があって、その先に別の部屋が存在しているのは間違いない。
俺の感覚では前回来た時とこの部屋のサイズは変わっていない気がする。だが、こうして【目測】をしてみると、縦横比で地図との違いは明確だ。
ああもう、前に来た時に【目測】さえあれば、こんなことで悩まずに済んだのに。
「くぐって確認するしかないですね。委員長、みんなを!」
「ああ、そうだね」
不安そうなガラリエさんに一言入れてから、委員長に声を掛ける。
意を酌んでくれた委員長が外で待機している仲間たちを呼ぶ声が部屋に響いた。
気分は中ボスを倒したらイベント発生といったところだろうか。お宝でも眠ってくれていたら嬉しいのだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます