第255話 それは新たなる白き鮫




「これはこれは、またすごいモノを君たちは」


「べつに僕たちがやらかしたわけじゃないですけど」


「いやいや、途轍もない発見だよ」


 楽しそうに興奮するという器用なシシルノさんの言っていることは支離滅裂とまではいかなくても、勇者への過大評価なのは間違いない。応対している藍城あいしろ委員長が苦笑してしまうのは仕方ないだろう。対応しているのが俺じゃなくて良かったと思うのは、それほど冷たい考えではないはずだ。



 魔力部屋に新しくできた扉をくぐった先には小さな部屋があった。

 これまた俺や草間くさまを含む少数精鋭で突入したのだが、そこにあったのはトラップや階段、ましてや謎の巨大特殊魔獣などではなく──。


「珪砂だよ、これは」


 持ちうる技能を全部使って安全確認を終えてから、この部屋に入ってもらったシシルノさん曰く、目の前で山積みになっている白い砂は、どうやら珪砂とかいうモノらしい。

 白い山の前にしゃがみこんだシシルノさんは躊躇なくソレを掴み取り、手のひらでこねくり回してから断言してみせたのだ。

 毒とか怖くないのだろうかと聞けば、『緑山』には【解毒】持ちが二人もいるからと返ってきたのには呆れた。この人は本当に。



 地図にあった魔力部屋のサイズが間違っていたのか、それとも壁と扉がセットになって新しい部屋ができたのかは、周囲にある部屋の測量をやっていないからいまだに不明だ。それでも、物理法則を乱したわけでもなく、小さくても立派な部屋が魔力部屋の片隅に存在し、そこには新しい扉を通じて入れてしまう。

 そして同時にそのあたりにあった魔力が霧散していたのは現実だった。


「最初は塩かと思いました」


 そんなことを言う草間だが、実は俺もソレを疑った。

 意を決して突入した小部屋に白い山がありましたというパターンは、二層の塩の部屋を思い出させるのに十分な説得力があったからな。


 塩が砂糖でも化学調味料だったとしても、ビビって触ることもできなかった俺たちは、魔力部屋で待機していたみんなを呼びつけ、そんな中で知識を持っていたシシルノさんが判定を下したという流れだ。


「それで、そこまで持ち上げるってことは、希少なんですか? コレ」


「アラウド迷宮では初めての発見だね。王国で採れるのは南のバスラ迷宮くらいだよ」


 委員長の質問によどみなく答えたシシルノさんが悪い顔で笑う。


「帝国が最初の攻略目標にするであろう都市がバスラだ。だからといってここにあるコレで、なにかが解決するわけでもないだろうがね」



 現在アウローニヤには四つの迷宮が存在している。王都のアラウド迷宮、南部のバスラ、北部にひとつ、三十年程前に見つかった西部の森林地帯にあるひとつだ。現在のペルメッダ侯国、旧ペルメールにある迷宮も本来はアウローニヤの所属だったというのは、公然の秘密というやつだな。


 その中でも王城に囲まれた神聖なるアラウド迷宮だけは別物というのが、この国の常識になる。そんな迷宮にて新たな資源部屋が見つかってしまった。

 なるほどシシルノさんの言うとおりで、これは偉業なのかもしれない。


「珪砂って言いましたけど、もしかして」


「硝子の材料だよ。わたしも詳しくはないが、灰や石灰石を加工して混ぜる必要があるのだったかな。ほかにも研磨剤や塗料にも使うはずだよ。内陸国のアウローニヤではどうしても不足しがちな原料でね」


 委員長はどうやら珪砂がガラスの原料になることを知っていたようだ。


 俺も雑学的にどこかで読んだ記憶がある。砂に含まれる透明な粒、坩堝るつぼだかで溶かして赤くなったのを膨らますなんて動画は、誰もが見たことがあると思う。その材料が白い砂の山として目の前に広がっていた。

 見た目の印象だけど、コレって迷宮産の鉄鉱石や塩と同じで、かなり純度が高いんじゃないだろうか。



 高品質な製紙、鉄製品、革、羊毛。なるほど中世ヨーロッパ風なこの国なのに、こういう分野の技術が突出して高いのには、高品質、高純度の原材料が存在していたというのも原因なのだろう。


 中世ヨーロッパ風世界といっても、ガラスの扱いはマンガやアニメでもいろいろだ。中にはガラスの透明度を模索して苦労するなんていうラノベを読んだ記憶がある。極端なのではまともなガラスが存在しないなんていう小説も。

 この世界の場合、俺たちのいる離宮では普通に板ガラスを使った窓がある。城下町の平民についてはわからないが、それほどガラスが貴重品であるというわけでもないということだ。

 日本から持ち込んだビー玉を高額換金するパターンは通用しない。


「へえ」


「細かい砂だねえ」


「つやっつやで綺麗」


 そこに危機が無いと判断したクラスメイトたちが珪砂の山に手を突っ込んだり、すくって遊びながら思い思いに感想を言い合い、はしゃいでいた。

 この珪砂部屋が最初からあったのか、それとも魔力部屋の魔力を消費して出来上がったモノなのかは判別できていないが、それでもこの場の魔力は以前と違って低い水準で安定している。


 こんな状況ならみんなも警戒を緩くしてしまうのも理解はできるというものだ。それでもまだ、俺も草間も、なんならそれ以外の数人も注意を怠っていたわけではない。


 だが、身内に対してはどうだったろう。



「これは砂。そうね、砂だわ。とても細かくて、軽くて、綺麗な砂」


 うっとりとした顔で言葉をそう紡ぐのは我らが【鮫術師】にして【砂術】使いの綿原わたはらさんだった。


「地上の砂でもなければ、迷宮の石の削りカスでもない、最初っから純粋な迷宮の砂。うふふっ」


「わ、綿原、さん」


 どこか狂気をはらませた綿原さんが、愛おしそうに砂をいじくるその姿を見た俺は、思わず警戒の声を上げてしまう。まるで彼女が珪砂に取り込まれてしまうのを幻視してしまったかのように。


「何故だかできる確信があるの。見ててね八津やづくん」


 熱を持ったように頬を赤らめた綿原さんは、砂の山の表面を優しく撫で上げた。



 ◇◇◇



「ふおぉぉ!」


「すっげぇ!」


「こりゃまた」


 その光景にこの場の全員が驚きを隠せない。もちろん俺も驚いているし、現象を引き起こした当人すらびっくりしたような顔になっている。そして。


「あはっ、あははっ、あはははははは」


 見たこともないような大口を開けて大笑いを始めた。なのにモチャっとした部分が残っているのが綿原さんらしい。


 それでもまあ彼女のことだ、見たことのない表情であっても、こうなるんじゃないかとなぜか俺は覚悟ができていた。俺による綿原エミュレータが実装されたぞ。



 真っ白いサメが一匹、空を舞っている。悠々と遊弋していると言った方がそれっぽいだろうか。

 全長は二キュビに届かない程度で、つまり一メートル半くらい。元気ロリな奉谷ほうたにさんの身長にほぼ等しい。

 いかにもっぽい巨大な背びれと胸びれ、シッポというか尾びれの存在感がすさまじくサメしている。胴体部分の幅は五十センチを超え、背びれまでを合せれば一メートル近い全高だ。


 そしてなにより、その美しさだ。

 巨大でリアリティを持つサメを美しいと表現すべきかどうかは難しいところがあるが、真っ白で、迷宮の灯りをキラキラと反射しながら泳ぐ姿は、美麗としか言いようがない。構成している材料がガラスの原料なのだから、なるほどこういう見え方にもなるのか。サメがゆったりと動くのに合わせて、胴体のどこかが光を帯びる様は、どこかイルミネーションのようだ。


「どう? 綺麗でしょ」


「あ、ああ。そうだな」


 狂的な大笑いを抑え込んでもまだ満面のモチョ笑みのままな綿原さんが、やたらと自慢げに話しかけてきた。同時にサメが俺を見る。

 さすがに気圧されるな、これは。


 だって彼女の頭上から三十センチ以上の大口を開けたサメがこちらを向いているのだから。なんか歯まで再現されているし。


「三倍どころか、四倍サイズか」


「そのぶん軽くて、密度は、ね」


 綿原さん曰く、どうやら原料になっている珪砂の比重が小さいらしい。そのぶん予想以上に量を扱えているのだとか。


 彼女の【砂鮫】は、もともと最大でも五十センチに届かないくらいの大きさだった。普段使いで三十センチサイズが扱いやすかったらしい。

 あの綿原さんがそんなモノで満足するはずもなく、日々の努力は欠かしていなかったが、最近では大きさをいったん諦め、二匹をどれだけ速く、精密に扱えるかにチャレンジしていたのは俺も知っている。俺とのバディもその一環だ。

 俺の監視も訓練の一部なのはどうかと思うが、感覚器を持たない彼女のサメがなぜかピンポイントでこちらを見ているかのように動くのは、なかなかハートにクるものがあった。



「魔力消費は?」


「今は【鮫術】【砂術】【魔術強化】だけに絞っているけれど、それでもキツいわね。これでも一番熟練を上げている技能なのに」


「大丈夫なのか?」


「いいのよ。今はこの光景を大切にしたいの」


 綿原さんが最初に取った技能【鮫術】は、俺の【観察】と並んで召喚初日から使い込まれている。ほかのみんなの努力も知っているが、それに負けないくらい使い続けて、育て上げてきた技能だ。魔力コストも下がっているのは実感しているが、それでもこれだけのサイズのサメを維持するなら、さもありなんだな。


 だけど綿原さんはそれはもう嬉しそうに、白く輝くサメを維持し続けている。

 どこかにイッちゃってる状態だな。サメの乱用がこんな事態を招くとは。



「はい。魔力あげるね」


「ありがとう、鳴子めいこ


 俺たちの会話が聞こえていたらしい奉谷さんがこちらにやってきて、綿原さんに【魔力譲渡】を使った。当然綿原さんの魔力が回復するわけだが、この状況がまだ続くのか。


「お礼に、ほら」


「うひゃあ!」


 綿原さんの頭上にいたサメが動き出し、魔術が相殺されるギリギリを狙った近さで奉谷さんの周囲を泳ぎ出した。それを見る奉谷さんはキャイキャイと喜んでいるのだが、絵面が怖すぎる。


 なにかこう、映画に出てくる海で遊んでいたら巨大サメに襲われる寸前の少女、そのままじゃないか。


「素敵ね」


「……そうだな」


 自信満々の綿原さんがサメと戯れる奉谷さんを見る目は優しい。


 俺はこういう日常に慣れなきゃならないのか。いやいや、頑張れ俺。とっくに綿原さんの善性は知っているのだ。そこにサメというスパイスが加わるからこその綿原さんじゃないか。なにをいまさらだ。

 俺は綿原さんと肩を並べて歩くんだぞ。気合を入れろ。


「なんにしても、やったな。綿原さん」


「ありがと、八津くん」


 だから俺は彼女に笑いかけるし、綿原さんもいつも以上にモチャっと笑い返してくれるのがとても嬉しいのだ。



 ◇◇◇



「ワタハラくんの【砂術】が珪砂に適正を持つとは意外だったよ。これは盲点だった。申し訳ないことをしたね」


「いえ、そんな」


 珍しく神妙なシシルノさんの言葉を、両手を前に出した綿原さんが否定する。


 たしかに綿原さんは【砂術】を取得した段階からいろいろな砂との相性を試していて、結局アラウド湖畔の細かい砂が採用された。のちに夏樹なつきの誕プレに贈られた迷宮産の石の削りカスが有効だとわかり、最近はそちらをメイン武装にしていたのだが、ここにきてのコレだ。


「迷宮産で目が細かく、ワタハラくんが砂と認識できるかどうか、といったところだね。バスラの珪砂は試しておくべきだった」


「いえ。重たい砂を扱っていたから鍛えられたのかもしれませんし、なにより……」


 シシルノさんの態度が殊勝なのは、研究者としてのプライドからなのだろうというのはわかる。

 だからこそ綿原さんは気にもしていないようだし、これまでを修行っぽく表現してみせ、それからちょっと溜めた。



「わたしがなにより嬉しいのは、コレがみんなで見つけた砂だからです。このサメはみんなが作ってくれたんですよ。もちろんシシルノさんたちも一緒に」


「……ワタハラくん」


 モチャりと笑う綿原さんに、これはやられたとばかりにシシルノさんは笑顔で返してみせた。


 実に感動的な光景だし、なんならクラスメイトの中にはもらい泣きモードに入っているのまでいる。夏樹とか中宮さんとか。ついでにガラリエさんもか。そういうキャラだったか?


 ただし白く巨大なサメは相変わらずそこらを泳いでいるのだが。



「というわけで、みんなお願い」


「まあ、今回ばかりは綿原さんのためだと思おうか」


 ちょっとした感動ムードを創造しておいてから、綿原さんはみんなに頭を下げた。これにはネゴシエーションの上手い藍城あいしろ委員長も苦笑いで返すしかないだろう。俺だって否定しにくい。


 綿原さんの要望、それはこの部屋にある珪砂を出来る限り持って帰るというものだ。つまりそれ以外の素材を放棄することを意味する。

 迷宮内における素材の取捨についての判断は、本来綿原さんが最終責任を負う形になってはいるものの、今回は当事者だけに下手に出たようだ。


 ちなみにアウローニヤとしてどうなんだという部分については、シシルノさんがゴリ押しを請け負ってくれた。この国、とくにアラウド迷宮の場合、迷宮から採れる素材は国が裁定するのが基本ルールだけに、久々に勇者のワガママが発動することになるだろう。一部サンプルは渡すことにはなるだろうが、それくらいは仕方がない。



「ではせっかくですし、ここで昼食ですね」


 料理担当の聖女な上杉うえすぎさんがそう提案すれば否はない。

 魔力部屋手前での『八津の陣』から『珪砂の部屋』の発見、綿原さんの覚醒と、とっくに昼を過ぎているからなおさらだ。


「非常用に一日分を残して、ここでジンギスカンにしましょう」


「はーい!」


 せっかく収穫した羊肉だ。捨てるのはもったいないので、ココでなるべく消費するのが真っ当だろうな。


「異変のあった魔力部屋で昼食とか。相変わらず剛毅だねえ」


「そういうベスティさんだって慣れたんじゃないす?」


「あー、生意気だぞ、タカシぃ」


 料理の準備を始める俺たちを見たベスティさんが軽口を叩けば、野球少年の海藤かいとうが混ぜっ返す。なぜか名前呼びで切り返すベスティさんだが、いつの間にこんな関係になっていたのだか。

 事あるごとに故郷に残した姉のコトを話題にする海藤には、実際シスコン疑惑があったりする。俺も話題として海藤から姉自慢をされたことがあるからなあ。獣医さんを目指して大学に通っているとか。


 そんなベスティさんと海藤のやり取りを見ているガラリエさんがとても悔しそうなのだが、これはどういう世界なのだろう。

 現地のお姉さんたちとよろしくやっている海藤という男、実は現地ハーレムの素質があるのかも。


 などとどうでもいいことを考える俺の視界では、魔力消費を抑えるためかサイズが小さくなった綿原さんのサメが『三匹』泳いでいる。増えちゃったなあ、サメ。


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