第256話 機動する勇者たち




「ハイヨー、デス!」


 金髪のポニーテールを風になびかせたミアが、心から楽しそうに掛け声を上げる。


 騎手から命令を下された馬は、彼女の言うことを聞くしかない。指示を出されたのはつまり、俺と弟系カワイイ男子の夏樹なつきだ。

 俺が前で夏樹がうしろ。夏樹の両手が俺の肩に乗せられ、ミアはそんな夏樹の両腕の上に立っている。繰り返すが、立っているのだ。もっといえば普通に直立して、あまつさえ上半身をひねり、うしろを振り返って弓を絞っている。どういうバランス感覚をしているのだろう、このエセエルフは。


 女子にしがみついて反対方向を見ているだけだった俺との差がありすぎる。



 迷宮三層の端にある旧魔力部屋の奥にあったのは、結果として未知の空間が部屋化していたことが発覚した。

 念のためということで周囲の部屋も測量し、あの空間は所謂ダークゾーンであったと確認できたのだ。魔力部屋が大きく見積もられていただけで、四方に扉を持たない珪砂が積もった部屋は最初からソコにあったことになる。扉が出現する前から珪砂があったのか、それとも扉が発生してから魔力部屋の魔力を消費して珪砂が創られたのかという議論はいまさらだろう。わかるはずもない。


 とにかく俺たちは、選別していた三層でも貴重な素材とされるブツを放り捨てて、最低限の食料とありったけの珪砂を背嚢に詰め込んだ。もちろん目を爛々と輝かせた、覚醒【鮫術師】綿原わたはらさんのリクエストによるものだった。

 内容が内容なのと綿原さんのあまりの圧に、クラスの誰一人もが反論を出すこともなく、俺たちは帰路についている。



「シッ!」


 声とも息継ぎともつかぬミアの気勢と共に矢が放たれ、俺たちを追いかけていたシカの胴体に突き刺さる。よくもまあ、こんな揺れる馬の上からそんなマネができるものだ。


「右旋回デスよ、広志こうし


「了解だよ」


 夏樹の腕に立っているミアの右足が俺の右肩を踏めば、それは方向転換の合図だ。


 本来この戦法は【観察】と【目測】が使える俺を高い位置において視界を通し、後退しながら敵を削るのが目的で考案されたものだった。

 それがミアにかかればどうだ、俺と夏樹は本当の意味で機動手段としての騎馬と化しているではないか。なにかが違うだろう、これは。


「どうだ夏樹!?」


「で、出ない。まだ出ないよ」


「そうか、俺もだ。頑張ろう」


「うんっ!」


 そんな俺たちの脇に侍るのは二匹のサメ。どうやら最大限の大きさを維持するのは魔力的にも密度的にも効果が薄いと見たらしく、半キュビくらい、五十センチ弱くらいの白いサメが俺たちをサポートするように並走もとい、並泳している。

 それを出現させている人もすぐ近くを走っているわけで、彼女の傍らにも一匹のサメが。


 綿原わたはらさんのサメが三匹出せるようになったのは、【多術化】の熟練というよりは、素材との相性の良さだろう。二個の石を操る【石術師】の夏樹が落ち込んでいたが元気を出してほしい。

 それこそこの行動で【身体操作】さえ出てくれれば、持ち直せるはずだ。もちろん俺もアガる。だから一緒に頑張ろう、夏樹。



 そもそもこんな回りくどい戦法を取っているのは、騎馬としての役目を果たしたメンバーに【身体操作】が出てしまったという前例ができたからだ。

 大人し系文学メガネ女子の白石しらいしさんと、元気系ロリっ娘の奉谷ほうたにさん。ウチのクラスで一番身体系技能から遠いだろうと目されていた彼女たちが騎馬を経験することで、【身体操作】を生やしてしまった。その事実が俺たちのハートを震わせたのは必然だろう。


 あの二人に出るのなら、俺にだって。

 失礼な考え方ではあるが、身体系技能は迷宮のみならず全ての戦いにおいて重要な要素となる以上、なりふりを構っているわけにもいかないのだ。決して俺と夏樹は『男子のくせにぃ』、とか言われたくないから身体系を求めているわけではない。俺はクラス全体のことを考えてだな。



 さて、俺と夏樹ペアの前に、聖女な上杉うえすぎさんと薄幸アルビノ少女の深山みやまさんを乗せた実戦もやってみたのだが、ふたりともに身体系技能は出ることはなかった。

 なんか再現性を高めるとかいう理屈で、八津やづ成分が必要な可能性もあるからと俺が騎手になったのだが、どうしても女子二人に担がれるのは気が引ける。しかも結果が出なかったのだから、なおさらだ。


 念のためにというか、もうやらなくていいんじゃね? という空気の中、俺と夏樹は敢然と立候補し、泣きの一回に挑戦中だ。

 そもそも技能の取得というのが目的なのに、高笑いをしながら弓を使いまくっているアレはどうなんだろう。どう見ても本来の主役たちを置き去りにしたミアの独壇場である。

 そう考えてしまい心が萎えた段階ですでに作戦は失敗しているような気がする。



「意味不明よね」


「だなぁ。普通に走った方が速いだろうしなあ」


 騎馬と化した俺と夏樹のすぐうしろからは、真【鮫術師】となった綿原さんと【聖盾師】田村たむらの声が聞こえてくる。そんなことは俺も承知だ。

 ちなみにもうひとり、【岩騎士】の馬那まなも付き添ってくれているが、普段見ないくらい良い笑顔になっている。


「いいよな、遊撃戦って。なんかこう、機動しているっていう感じが、いい」


 馬那よ、お前はそれでいいのか?


 そうなのだ、俺と夏樹とミアのトリオは引き撃ちではなく、騎士団を分割した遊撃戦を試している。

 この部屋が大きめなのと、遭遇した魔獣がシカが二体とリンゴが七体という組み合わせを鑑みて、わりと余裕で勝てそうだと踏んだ俺たちは、ミアを乗せた騎馬を出撃させた。繰り返すが俺と夏樹だけど。


 その護衛として抜擢されたのが、綿原さんと田村と馬那。動ける術師と硬いヒーラー、硬い盾という陣容だ。



 シカとリンゴの特性を考えて、俺たちは両者を引き離せると目論み、それはここまでズバりと当たっている。足の速いシカと足が遅いリンゴの組み合わせだ、こうもなるだろう。


 先ほど魔力部屋付近でやった引き撃ち戦法を為さしめた理由は実に単純なもので、魔獣は人間の魔力を感知するととにかく襲ってくるという習性を持っているからだ。シシルノさんによると、地上から連れ込んだ犬や馬でも似たようなモノらしい。


 そこに加えて魔獣がより強い魔力を目指すと仮定したら、普通の探索者たちより多くの魔力を持っている俺たち勇者は、大変美味しそうな餌となるわけだ。

 いちおう【魔力放射】なんていう魔力を放出する技能が存在し、一年一組の後衛陣も何人かが候補にしているが、今のところは死にスキルだな。魔獣を呼び出す笛みたいに使えるかもしれないが。


 魔獣の大量発生と勇者の特性が組み合わさることで、俺たちは獲物に困らないという、なんとも贅沢なレベリングをさせてもらっていることになる。もちろん『しまった囲まれたぞ』状態にならないために、メガネニンジャの草間くさま、魔力を見通すシシルノさん、聴覚を強化したひきさん、僭越ながら視界に入れば全部を見通し、万全のルート設定を心がける俺という、斥候能力に優れた『緑山』は警戒を怠ることはしない。【視野拡大】【視覚強化】持ちも結構多いので、その辺りは万全だ。



 ならば接近してきた魔獣をゲーム的にヘイトコントロールできるかといえば、これはかなり難しい。

 ヘイトもなにも『近くの人間』を攻撃する、全ての魔獣はその一点に全てを賭けるみたいなパターンを持っているだけだ。しかも、手当たり次第に。


 一層で部隊を分けたことがある俺たちだが、アレはレベリング効率を上げるためにアウローニヤ側から提案されたモノであったし、その後に試した細分化についても獲物に困っていない現状、意味が薄い。むしろ危険とすらいえるだろう。

 魔獣が増えている現状、王国ですら迷宮戦闘を集団戦にシフトしている最中だ。俺たちが密集陣形を基本にするのも当たり前だな。


 なのでゲーム的に敵を『引き付ける意味でのタンク』は、前衛の騎士がやるのが基本だ。一番前にいれば勝手に襲い掛かってくるのだから。

 術師が魔獣の進撃を阻害し、騎士たちが盾で受け止めたのを確認してから、アタッカーたちがぶん殴る、それが王道になるのも当然だ。


 絶対に避けなければならないのは分断されてしまうこと。後衛のレベリングのためにうしろに敵を流すのは構わない。だが、割り込まれるのはダメ、絶対というやつだな。



 ◇◇◇



「あっちも順調そうね」


「リンゴが十体以下なら楽勝だろうな」


 ミアが矢を突き立て、田村がトドメを刺すことで残り一体になったシカに追いかけ回されている俺に、綿原さんは気軽な声を掛けてくる。


 今回の試みは本当にお遊びの領域だ。本来ならシカ二体など、流鏑馬やぶさめごっこをしなくても騎士たちが受け止めておしまいにできる。そもそも馬に乗らないミアの方がはるかに速いわけで、さらにはシカと相性がいいわけでもない。

 たまたま遊撃戦ができそうな条件にマッチする魔獣だったからこうしているだけで、警戒を続けてくれている草間や疋さん、分割した本隊の方で指揮官代理をやってくれている奉谷さんがひと声かければ即座に中止だ。



 そしてむしろミアとリンゴの相性は最高といえる。


【四脚単眼林檎】。名前のとおり四本足で歩く、とはいえ前後左右に張り出した木の枝みたいな足なのだが、そうして歩く紅いリンゴは、一定距離まで標的に近づくとジャンプからの体当たり攻撃をかけてくる。

 ジャンプ攻撃となるとキュウリとミカンを思い出すが、リンゴの場合は硬くて速くて一直線というのが特徴だ。毒とかは持っていないし、尖ってもいないので砲丸が真っすぐ飛んでくるイメージになる。


 そう考えると大層危険なイメージになるが、ウチの前衛ならば受け止めるし、避けられるのだ。なんなら後衛の術師連中もそれぞれの手段で阻害しながら避けられるのメンバーもいる。ヤバいのは【氷術師】の深山さん、【聖導師】の上杉さん、【騒術師】の白石さん、そして【奮術師】の奉谷さんくらいだろう。最後のふたりは【身体操作】を取ったら逸らすくらいはできるようになるかも。

 ちなみに俺は【観察】と【反応向上】があるので、捌くくらいはできている。俺が苦手にするのはむしろ硬い相手なのだ。


 で、ミアなのだが、ヤツの弓はリンゴの射程外から狙撃が可能だ。たまに接近する矢に反応して動くリンゴもいるので百発百中とまではいかないが、それでも七割はてる。さらにその半分くらいの率でクリティカルを叩き出すのだから始末が悪い。

 二層でカエルキラーをやっていたミアだが、三層ではリンゴスレイヤーにクラスチェンジをするようだ。まあ、ミカンやヘビを苦手にしているわけでもないあたりがミアのすごいところなのだが。



仍一じょういち、トドメは譲りマス。ツノに気を付けてくだサイ」


「お、おう」


 いつの間にか三本の矢が突き刺さってシカが倒れてもがいていて、ミアは再び田村にトドメを指名した。【頑強】持ちの田村なら一人でも問題ないだろうし、後衛レベリングに気を使うミアの判断は正しい。


 これでシカはクリアだな。


「あぁぁいぃ!」


「しぇあっ!」


 さらにはあちらもすごい。


 掛け声の片方は右の拳を振り抜いた滝沢たきざわ先生、もう一方は木刀を前に突き出した中宮なかみやさんだ。

 先生の足元には砕けたリンゴが落下しているし、中宮さんの木刀にはリンゴが刺さっている。どうして刺さるんだろう。


【観察】でチラ見していたが、二人とも完璧なカウンターだった。

 迫るリンゴに対し、振りかぶるように右手を叩きつけた先生。全く避けようともせずに、真っすぐに木刀を突いた中宮さん。どんな度胸をしているのか。


 完全な見切りと、対応する技、ついでに階位と技能で底上げしたフィジカルが成し遂げる芸術的な武力だ。正直に言って憧れてしまう。男なら当然だよな。



「しゃあ!」


 先生たちに皆の注目が集まっていたところで田村が声を上げた。いつもの皮肉な雰囲気でなく、普通に嬉しそうな。これはキタかな。


「九階位だ」


「やったな」


「おう」


 シカを倒しきった田村は九階位を達成したようだ。【身体強化】と【頑強】を取って、前に出ることができるヒーラーになったお陰もあるのだろうが、それは同時に痛い思いをすることも意味する。だからこそヤツのレベルアップは素直に喜ばしい。

 俺の賞賛に真っすぐな返事を返す田村はなかなかレアだ。いいものを見た気分になる。


 とはいえ田村もハシュテル対応で【治癒識別】を取っていたので、この場での技能取得はお預けだ。



「そろそろかしらね」


「タイムアップか」


 戦闘終了を確認して、綿原さんと言葉を交わす。


 時刻としては八刻、すなわち十六時。ここから地上まで一時間くらいと考えれば今回の迷宮はここまでか。すでに二層への階段も近いし、この辺りは魔獣が薄い。ムキになってエンカウントを狙うのも空振りにおわりそうだ。


「で、八津くんと夏樹くん、どう?」


 最後に綿原さんからそう問いかけられた俺と夏樹は、無言で首を振るだけだった。


 出なかったよ、【身体操作】。


「そ。次回に期待してもいいし、地上でも試してみるのもいいかもしれないわね」


 なんだかんだで気に掛けてくれる綿原さんの脇には、相変わらず白いサメが浮かんでいるのだ。



 ◇◇◇



「……やあ」


「あれ? お疲れ様です、キャルシヤさん」


 二層への階段に向けて移動し始めてすぐ、そこで出会ったのは第四近衛騎士団『蒼雷』団長キャルシヤさんと、彼女が率いるイトル隊のメンバー七人だった。


 いつもの顔ぶれだけど、今日この時間帯に迷宮に入る予定があっただろうか。同じことを思ったのか委員長の返事にも疑問が混じっている。


 ちょっと注意してみれば、キャルシヤさんたちの表情がいつもより険しいことに気が付いた。


「なに、抜き打ちの現場巡りさ……。クサマ、周囲は?」


 そして声を小さくしたキャルシヤさんは【忍術士】の草間くさまに妙なコトを聞いた。


「……どういうことです?」


 さすがにおかしな雰囲気を感じたのか、草間はイエスともノーともつかない返事をする。

 同時に俺たちも警戒感を抱いた。もちろんキャルシヤさんたちに。


「違う。わたしたちは敵対していない。ただ、人に聞かれたくない話があるだけだ。シシィなら『知っている』はずだろう」


 そう言ってキャルシヤさんは盾と剣を地べたに捨てて両手を上げた。なんとイトル隊の全員が同じことをする。なにが起きている? シシルノさんは何を知っている?



「こうしているところを見られたくないんだ。繰り返すがクサマ、周囲の気配を教えてくれないか」


 繰り返し周囲の気配を気にするキャルシヤさんが視線をシシルノさんに向けた。


「何かが起きているようだ。キャルの話を聞いてあげてほしい。この場にいる全員が、同じ側なんだよ」


 真剣な表情をしたシシルノさんが前に進み出て、あまつさえアーケラさん、ベスティさん、ガラリエさんまでもがそれに追従する。そして、キャルシヤさんを先頭にしたイトル隊と俺たち勇者のあいだに立ち、彼女たちもまた両手を上げた。

 害意は無いという意味だろうけれど、あまり楽しい光景ではない。仲間が仲間じゃなくなってしまったような、そんな寂しさを感じるじゃないか。


「同じ側?」


 訝しむような委員長の声が迷宮に響いた。


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