第257話 意味不明な伝達事項




「……いいですよ、草間くさま君。伝えてあげてください」


「人も魔獣もいません。一部屋向こうまで、全部」


 ため息を吐いた滝沢たきざわ先生が促し、すでに辺りの状況を確認し終わっていたのだろう草間が答える。


 これがアリなのかダメなのかすら、俺には理解できていない。クラスメイトのほとんどもそうだろう。

 ただ気になることもある。前に出てきたシシルノさんをはじめとする従士たちの表情は緊張を含んでいても、そこに動揺の色がない。


「君たちの警戒は正しいよ。今後もそれくらいの気構えでいてほしい」


 薄っすらとだけ笑みを浮かべたキャルシヤさんはそう言うが、絶対にろくでもない展開が待っているんだろうな、これは。



「回りくどいやり方になってしまったのはすまないと思っている」


「とりあえず手は降ろしてくれてかまいません」


 キャルシヤさんが状況を説明しようとするが、先生が口を挟んだ。


 俺としても年上な人たちに手を上げさせたまま話をさせたくないし、ましてやその中にはシシルノさんたちまで含まれている。こんなのは見ていたくないというのが本音だ。

 ただし武器を拾えとまで言わないあたり、先生も微妙なラインを探っているのかもしれない。


「ありがとう。では簡潔に述べよう。まずはシシィが今言った『同じ側』というのは──」


「全員が第三王女殿下の意を酌んでいるという意味だよ」


「シシィ……」


 手を降ろして今度こそ会話を始めようとしたキャルシヤさんを、今度はシシルノさんが遮った。

 友人の横入りに苦笑いを浮かべるキャルシヤさんだが、違和感がないわけでもない。こういう会話の仕方をするのがシシルノさんではあるが……、ネタばらしは自分がやりたかったとかそういう心意気だろうか。そういうキャラではあるのだけれど。


 それはそうとして、やはりキャルシヤさんは王女様の配下というか。

 アヴェステラさんやシシルノさんと近い人だし、『緑山』の面倒を見てくれているから、そういうことだろうというのは理解していたが、こうもはっきり断言されると。



「……驚かないのだな」


 ネタバレをされたキャルシヤさんだが、第三王女の件を聞いた俺たちに動揺がないことに、むしろご当人が驚いているようだ。


「それとなくは聞かされていたので」


 武力方面の会話でなくなった手前、先生は黙り、返事をしたのは我らが藍城あいしろ委員長だ。たぶんそういう話になるだろうから、迷宮内ではあっても俺と綿原わたはらさんも出張らない。


「彼らは洞察と理解が速くてね」


 自慢げなシシルノさんだが、立ち位置はイトル隊と一年一組の間で、キャルシヤさんの方を向いている。残りの三人もそうしているし、これではまるで彼女たちは勇者側にも見える構図だ。


 彼女たちは勇者の味方だと言ってくれた。先生や中宮なかみやさんの技を上に伝えないとも。

 俺はその言葉を信じたいし、もちろんクラスメイトの全員も同じ気持ちだろう。



 そう考えるとシシルノさんが言う『同じ側』で『第三王女の意を酌む』というフレーズの持つ意味が変わってくるじゃないか。だからこそシシルノさんは、あの場でキャルシヤさんを制するように口に出した?


 これはダメだ。キャルシヤさんの立ち位置が見えない以上、俺が口出しをしない方が無難だし、こんなことくらい委員長ならとっくに気付いて、それを含めて会話を成立させてくれるはずだ。信用しているぞ、委員長。


「伝えるべきことを伝えるぞ。声を大きくしないで聞いてもらいたい」


 やっと本題に入れるとばかりにキャルシヤさんが顔を引き締めた。どうやらやはり、ろくでもないお知らせらしい。大きな声を出すな、か。


「昨夜、第一王子殿下が賊に襲撃された。拉致が目的だと考えられている」


「っ!」


 キャルシヤさんの言葉に勇者サイドの全員が絶句した。


 第一王子が? 誰が、なんのために。まさか第三王女がやったとかなのか?

 そもそもそれを俺たちに伝える意味があるのだろうか。


 こんな状況だからこそ【観察】を強めている俺の視界ではアーケラさんの肩が大きく動いたのが見て取れた。『緑山』のメンバーでは聖女な上杉うえすぎさんと並んで沈着冷静をウリにしている、あのアーケラさんが動揺している?


「殿下はご無事だ。お怪我などもされていない。賊は……」


 王子様に大した思い入れもない俺たちだが、それでもキャルシヤさんの言葉にホッとした空気が流れる。平凡な日本人の高校生が血生臭い話を好むわけもないからな。


 ……アーケラさんは、安堵しているのかな。うしろからだとちょっとわかりにくいが、だからといって前に出るのもはばかられるし。



「ギィラス・タイ・レギサー男爵をはじめとする一党だ」


「なっ!?」


 今度こそ全員に驚愕が走る。さすがに誰かが声を出してしまったくらいだ。これでもみんなは【平静】を使っているはずなのに。


「すでに殿下の安全は確保され、賊は全員が捕縛されている。付け加えるなら、双方に死者は出ていない。まずはここまでだ」 


 キャルシヤさんが最初に言うべきことを言い切ったという感じを出しているが、俺たちからしてみれば意味不明の一言でしかない。


 レギサー男爵って、あのレギサー隊長のことだよな。俺たちがハシュテルに襲われた時に、あとになって警備をしていたとかいって登場した『紫心』の騎士の。

 勇者誘拐の黒幕というか運び屋じゃないかと疑っていたレギサー隊長だけど、なにがどうなって王子誘拐に繋がるんだ?



「キャルシヤさんはどういう経緯でそれを?」


 驚きは俺たちと変わらないだろうに、それでも委員長は確認を忘れなかった。やるなあ。


「詳しくは省くが、アヴェステラ・フォウ・ラルドールからだと思ってくれて構わない。無論そこに王女殿下のご意思があってだ」


「アヴェステラさんが」


 キャルシヤさんの口からアヴェステラさんの名前が出たところで場の空気が少しだけ軽くなるのがわかってしまう。キャルシヤさんも軽い笑みを浮かべているし、返す委員長もどことなく安心したようだ。


 たとえ第三王女が絡んでいたとしても、アヴェステラさんを介してくれているだけでなぜか納得できてしまうのがすごい。これが時間をかけて作られた信頼関係というものなのだろう。

 だけど同時に王女様への疑念も残る。俺たちを狙っていたレギサー隊長が王子様を襲うなんて、いかにも胡散臭いじゃないか。王女様がこういうのを好みそうなタイプに感じているのは俺だけではないだろう。



「……わかりました。僕たちはどうしたらいいんでしょう」


 一拍の間をおいてから委員長がこれからについて、キャルシヤさんに問いかけた。声色は落ち着いたもので、そういうところが大したタマだと思う。


 俺たちがどうすべきか、それもアヴェステラさんから何か言われているはずだと、委員長は考えているのか。


「……君たちはこのままわたしたちと別れ、離宮に戻る。なにも知らないし、起きてもいない。そういう前提で行動してほしい」


「はい」


「情勢は不安定だ。いまさらではあるが、君たちなりに最大限の警戒を。詳細は離宮にて。だそうだ」


 警戒という単語を強めに発したキャルシヤさんの雰囲気に気圧されかけるが、わざわざ彼女がここまで来てくれたのは情報の伝達というよりは警告が本命なのかもしれない。


「ありがとうございます。道中で襲われる可能性があると?」


 察した委員長も、念のためといった風に質問した。



「わからないんだ。すまないな。城中の出来事など……、わたしはこの程度だ」


「いや、十分だよキャル」


 悔しそうなキャルシヤさんに声をかけたのはシシルノさんだ。シシルノさんにしてはずいぶんと柔らかい口調で、心からキャルシヤさんを労っているのが俺にもわかる。


「なあに、ややこしいコトを考えるのはアヴィの仕事だ」


「シシィは酷いな」


 お互いを愛称で呼び合うシシルノさんとキャルシヤさんからは気安い関係が見て取れる。


「キャルは彼らを見て思うところはないのかい?」


 そこからなぜかシシルノさんが首だけで振り返り、俺たちのことを持ち出した。


「できることとできないこと、か」


「そうさ。彼らはそうしているし、わたしたちも見習おうじゃないか。わたしはもう決めているんだよ」


 決めていると言ってのけるシシルノさんの覚悟がどこを向いているのかはわからないが、それはたぶん一年一組にとって悪いコトではないだろう。なぜかそれだけは間違いない気がする。



「……そうだな。わたしもそうしよう」


 どこか吹っ切れたような表情をするキャルシヤさんだが、俺たちをダシにしないでくれよ? そういうのは自己責任というやつだ。


「迷宮の入り口と離宮の警護には『蒼雷』を充てている。わたしが信頼する者を増員しておいた」


「ありがとうございます」


 キャルシヤさんは彼女なりにできることをしてくれていたのだろう。

 だから委員長を先頭に、俺たちは頭を下げた。



 ◇◇◇



「今後は不明でも、さっきの言葉は信じていいと思うよ。キャルは嘘がヘタなんだ」


 シシルノさんによるキャルシヤさんの人物評価はなかなか辛辣だが、実は俺もそう思っている。あの人は表情が変わりすぎだ。

 なんとなくだけど、ドロドロした貴族関係が苦手そうだし、アウローニヤでは騎士団長クラスなんて政治家みたいなものなのに、アレで大丈夫かと余計な心配をするくらいに。



 何気ない顔をした俺たちは迷宮二層の階段部屋で、新たに発見した『珪砂の部屋』について説明をした。

 警備担当をしていた王都軍の隊長さんが驚いていたが、そもそもの予定ではここで模擬店をすることになっていたこともあり、俺たちにはそれをキャンセルする言い訳が必要だったからだ。


 予定外の大荷物になり素材も足りない、思いがけない戦闘で疲れている、早く報告をしておきたい、などなど。俺たちは自分たちが無事であるためならば、嘘を吐くのをためらわないぞ。ほとんど本当のことだしな。


 ついでに『珪砂の部屋』を発見したという事実を聞いた隊長さんから「今はそれどころではない」、くらいの言質を引っ張り出したかったのだが、そうは上手くいかなかった。本当に知らないのか、ポーカーフェイスなのかはわからないが、嘘のついでの試みだったのでそれはまあいい。


 それより模擬店中止を聞いて落胆する人が結構多かったのと、大発見を喜んでくる人もいたのが嬉しかったくらいだ。

 それなりに勇者ムーブは受け入れてもらえているようで、できれば今後も続けていきたいが、状況次第になってしまったのが残念に思えてしまう。そう考えると自分自身、迷宮限定で勇者をやっているのはイヤではなかったと気付く。妙な部分で馴染んだものだ。



「ちょっと残念ね」


「模擬店?」


 綿原さんがサメを伴いながら、ちょっとだけ眉を下げている。


 階段部屋をやり過ごして二層を進む『緑山』は警戒を厳重にしていた。以前の拉致騒動でも話題になったように、俺たちを害そうとするならば迷宮は立派な選択肢に入る。

 一番の安全地帯が当初は幽閉された気分にされた『水鳥の離宮』だというのだから始末が悪い。あそこがホームになるなんてな。


八津やづくん忘れてる? わたしはサコマの娘なの」


「コンビニはちゃんと店を開けないと?」


「そ。美野里みのりならわかるでしょ?」


 コンビニ娘の綿原さんは、少し前を行く小料理屋次期店長の上杉うえすぎさんに話題を振った。


「そうですね、わたしとしても残念です。なにより臨時休業というのは」


「そうよ。停電になったって店を開くのがウチのやり方なのに」


 上杉さんと綿原さんによる客商売根性話であった。


 そういえばサイコーマートって何年か前の大停電の時でも、車のバッテリーを使ってまで店を開いたって話があったな。

 俺はその頃札幌で二日くらい不自由な暮らしだったけど、綿原さん家は店を開いたのだろうか。



「次回は頑張りましょうね」


「そうね。用意してたイラストも捨てちゃったし、描き直さないと」


 すでに未来を見ている二人だが、なんと綿原さんは模擬店配布用のイラストまで捨て去り、そのぶん珪砂を詰め込んでいる。

 背嚢とヒップバッグに入るだけの白い砂を持ち、それとは別個にずっと【鮫術】と【砂術】を全力で使い、三匹のサメを維持し続けているのだ。ド根性サメ娘だな。


 道中何度か【魔力譲渡】を受けているからやれていることだが、その心意気には素直に感心させられる。俺も負けじと【観察】諸々を使いまくって安全に気を配りながらの、そんな帰り道だった。



 ◇◇◇



「まさか、そんなことになっていたとは」


 離宮の談話室でヒルロッドさんが絶句している。


 迷宮の入り口で『緑山』の帰りを待ってくれていたヒルロッドさんは何も聞かされていなかった。

 とはいえ、どこに耳があるかもわからないので、話題にしたのは離宮に戻ってきてからだ。しかも風呂と夕食のあとで。


 ちなみにアヴェステラさんはこの場にいない。


「ヒルロッドさんが狙われる理由がないですし、僕たちから伝わるってわかってたからですよ……、たぶん」


「まあまあ、こうして知れたのだからいいじゃないか」


 委員長がヒルロッドさんに言葉をかけるが、どうにも語尾が怪しいことになっているし、シシルノさんのセリフはもはや適当ムードだ。


 まさかヒルロッドさんをハブにするわけもないだろうし、単純にアヴェステラさんが忙しいだけじゃないかというのが俺の予想なのだけど。

 現にこうしてアヴェステラさんは、まだ登場していない。二十時になろうとしているのにだ。いつもならむしろ解散の時間帯なのだが、あのアヴェステラさんが俺たちに何も言わないまま明日まで引っ張るというのは考えにくい。



「だからって、まだ続けるの?」


 背後の高い位置からメガネニンジャな草間の声が聞こえてくる。半ば呆れたような口調だが。


「やることないし、な」


「僕ももう少し頑張るから」


 それに対して、馬と化している俺と夏樹なつきが返事をした。


「あはははっ」


 すぐ傍では深山みやま上杉ペアの馬に乗った奉谷ほうたにさんが笑い声を上げている。楽しそうでなによりだ。


 黙ってアヴェステラさんを待っているも時間がもったいないので、俺たち柔らか組は騎馬戦……、べつに戦ってはいないか、とにかく騎馬ごっこをやっているのだ。俺と夏樹ペアの鞍上には草間がつっ立っている。まさにミアみたいなことをしているのだが、そっちの方が忍者っぽいからだそうな。わかる。できてしまっているのがすごいよな。


 コレをやっていたら奉谷さんと白石しらいしさんに【身体操作】が生えたと聞いたヒルロッドさんは、お前らマジかよみたいな疲れ顔をしていたが、本当なのだから仕方ないのだ。



「ん、ストップ、八津くん」


「アヴェステラさん?」


 草間の声色が変わっているのが気になるが、たぶんアヴェステラさんがやってきたのだろう。


 俺と夏樹は馬を解除して、乗っていた草間も地上に降り立った。

 だが草間の視線が向いているのは、本来の扉ではない。そっちは。


「みんな警戒して。隠し通路からだ」


 完全に警戒モードに変化した草間の声に、談話室にいた全員が立ち上がる。


 隠し通路のことを知らないはずのヒルロッドさんたちまでもだが、だからこそこれはおかしな事態だ。


「二人、かな。片方はアヴェステラさんで、間違いないと思うけど」


「二人?」


 草間の【気配察知】と【魔力察知】の併用は、身内ならば見分けることができるレベルになっている。

 それはそれですごいことなのだが、問題はそこじゃない。なぜアヴェステラさんが隠し通路を使う必要がある? こっちには通路の存在を知らないシシルノさんたちがいるのに、ソレがバレてまで。


 隠し通路を知っている人間……、それが二人でって。まさか──。


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