第258話 王女襲来




「改めまして、レムト王家第三女、リーサリット・フェル・レムトと申します。勇者の皆様方とこうした形でお話をする機会を心待ちにしていました」


 秘密の通路を使って登場したのはアヴェステラさんだけではなく、むしろ本命はこの国の第三王女その人だった。


 以前アヴェステラさんがやらかしてくれたのと、物語とかでありがちな展開というのもあって、俺たちの驚きはそれほどでもなかったが、アウローニヤ組がなあ。

 あのシシルノさんやアーケラさんまで表情を変えていたし、ガラリエさんは唖然と、ヒルロッドさんに至っては愕然というレベルだった。逆にベスティさんなどは面白そうに口元を歪めていたのが印象的で、こういう時は各人の性格が出るものだと、妙に感心させられたものだ。


 アウローニヤ王国を統べる現王朝の第三王女、リーサリット・フェル・レムト。そんな高貴な人物が今、俺たちの目の前にいる。

 王女様はテーブルや椅子を用意しようとする俺たちを引き留め、絨毯の上にペタリと座り、にっこりと微笑んだ。完全に俺たちのやり方を知っているアピールだが、そういう態度に出られるとこちらとしても断りにくい。


 一年一組がアウローニヤに召喚されてちょうど六十日目の夜。昼間というか迷宮にいたわけだが、離宮に戻ったらパーティなどという冗談を言っていた俺たちは、想像もしていなかった展開を迎えているわけだ。



「新鮮な光景ですね。ですがなるほど、これこそ親しい者同士の目線というのが理解できるような気がします」


 王女様のやり様に対し抵抗を諦めた俺たちは、いつものように半ば円を描くようにして思い思いにその場に座った。それが王女様の望みであるという言い訳をしながらだ。

 そこにはなんと、アヴェステラさんやシシルノさん、メイド三人衆も含まれていて、ひとり動揺しているヒルロッドさんがあまりにも浮いていて哀れを誘いまくっている。こういうのに弱そうなタイプだものな。


「ヒルロッドさん、離れた場所でいいですから、座りましょう。立ったままで見下ろすわけにもいかないのでしょうから」


「あ、ああ、すまないな、ウエスギ」


 聖女の上杉うえすぎさんにいざなわれたヒルロッドさんは、おずおずと王女様からなるべく離れた場所にあぐらをかいて座ることになった。可哀想に。



 なにはともあれだ、この場の主役は間違いなくリーサリット王女だ。俺たちは固唾をのんでお言葉を待っているのだが、目の前の貴人は絶妙に間をおいて、こちらをじらす。

 すぐ傍にアヴェステラさんを侍らせるように座る彼女は、まさに王女様にふさわしい泰然としたたたずまいで微笑を浮かべたまま、俺たちに視線を巡らせている。


 王女の表情からは心底から喜ばしいコトが起きているように思わされてしまうのだが、もちろん心根はわかったものではない。雑談をしに来たわけでもないだろうし、むしろ重たい話題が出てくるだろう。


 それでもすでにクラスメイトの幾人かが毒気を抜かれているようだ。藤永ふじなが夏樹なつき野来のき馬那まな笹見ささみさん、白石しらいしさんあたりは危ないな。

 それに比べて最初から臨戦態勢の滝沢たきざわ先生や藍城あいしろ委員長、中宮なかみや副委員長あたりは大丈夫そうだ。古韮ふるにら綿原わたはらさんも警戒の空気を纏っているし、なによりこの状態でもミアはもちろん、佩丘はきおか田村たむら、上杉さん、奉谷ほうたにさん、意外なところではひきさんが通常モードなのが実に頼もしい。

 ポヤっとしたままの深山みやまさんは【冷徹】をブン回しているのだろう、心の底から俺も欲しいな、その技能。



「ともあれ、待望の時間にこのようなお話から始めなければいけないのは心が痛みますが、致し方ありません」


 やっと口を開いた俺たちとそう年齢が変わらないように見える金髪碧眼の王女様は、憂いを持った表情を隠しもしないでいる。


 これが王家の血筋というものか。一挙一動がいちいちサマになっているのが、なにより恐ろしい。

 気圧されるな。ここで呑み込まれたら、俺たちはただの駒にされかねないと心に刻んで対峙するしかない。


「イトル卿から聞き及んでいるとは思いますが、兄様がかどわかされそうになった一件です」


 当然話題はそこからスタートすることになるだろう。メッセンジャーをさせられたキャルシヤさんはご愁傷様だ。


「詳細を。アヴェステラ」


「はい」


 いかにも自然に指示を出し、それがさも当然であるかのように映るのが王女様か。命令慣れしているのが手に取るように伝わってくる。


「昨日の八刻頃になります。宰相閣下ほか官僚数名との会談を終えた第一王子殿下が自室に戻る際、暴漢に襲われるという事件が発生しました」


 王女様の指示を受けたアヴェステラさんは淡々と事情説明を始めた。


 八刻、俺たちでいうところの十六時。その頃の俺たちといえば、迷宮の三層で魔力部屋を目指していたあたりか。


「当時殿下の護衛は五名。すべてが『紫心』の騎士たちです。殿下専属として抜擢された者たちで、階位は十から十二」


「えぇ?」


 この状況でアヴェステラさんの語りに口を挟めるはるさんがすごい。


 そういえば春さんと夏樹の父親は警察官だったか。春さんはハウーズ救出でも賛成票に回るくらいに正義感が強い方だし、王女オーラより気持ちが事件の方に入り込んだといったところかもしれない。


 それは置いておいて、春さんが声を上げたくなる気持ちもわからなくもない。王子様の護衛がなんでそんなに弱いのだろう。数にものをいわせるならまだしも城内の護衛だ、少数精鋭なのはわかるが、それにしたって最低でも十三階位を揃えるのが筋ってものじゃないだろうか。


 この国的には常に二十二人以上で移動している俺たちは、どこまでも異質な存在なのかもしれないとふと思う。



「王族警護は実力だけで決まるものでもありません」


 春さんの声に反応したのは、なんと王女様だった。ガッツリ春さんの方に視線を向けている。


「え、あの、その」


「サカキ様、お気になさらず。わたくしは勇者の皆様方と、このようにお話をしたかったのですから」


「あ、はい。あの、じゃあ」


「なんでしょう」


「ハルは……、わたしは、弟の夏樹がいるので、ハルで構いません」


「ではハル様と」


 やってしまったという顔の春さんだが、王女様は柔らかい口調で会話を続ける。


 そういう話術なのだろうと俺などは邪推してしまうのだが、春さんは満更でもなさそうで、表情などはむしろ味方に向ける感じになっている。チョロくないか?


「そしてハル様のおっしゃる通り、王族の警護とて御家のしがらみが存在しているのがアウローニヤの現実です。存外不自由なものなのですよ?」


「あ、その、ごめんなさい」


「謝らないでください、ハル様。ですが嬉しいですね、ごめんなさいなどという言葉を頂けたのは、生まれて初めてかもしれません」


 王族が不自由だというのはわかる。とくに貴族たちの専横が目立つこの国ならば、護衛すら派閥争いの範疇になるのだろう。

 それはいいとして、王女様の人たらしムーブがすごいんだが。



「その際、近くを警邏していた『紅天』の騎士数名が事態に気付き、狼藉者の無力化に成功しました」


 王女様からの目線で続きを促されたアヴェステラさんが、事件の顛末を述べる。


 第三近衛騎士団『紅天』はガラリエさんが以前所属していた、女性騎士だけの集団だ。なにかの理由がない限り女性王族、つまりは王妃様や王女様にくっ付いているもので、たまたま巡回していたなんてあるのか?


「首謀者は『紫心』所属のギィラス・タイ・レギサー男爵をはじめとする郎党十一名。全員が捕縛され、双方に死者は出ていません。動機については、現在も精査を行っているところです」


 滑らかに語るアヴェステラさんの最後の言葉で、皆が息を吐く。


 死んだ人がいないというだけで、これだけ安心してしまうのかと自分でも驚くほどだ。もちろん王子様を誘拐しようなどとした犯人だ、レギサー隊長たちがこのあとどうなるかはわからないが、それでもな。

 拷問紛いの尋問とかでないといいのだけれど、それにしたところでレギサーたちの自業自得だ。それでもこういう時は中世ヨーロッパ風の世界が怖いと思う。変な想像をするのは止めておこう。


「レギサー宮中伯並びに縁者もすでに拘禁。第一王子殿下は現在王室区の奥にて静養されておられます。酷く動揺されており、当面の公務については第三王女殿下と宰相閣下に委任されることになるでしょう」


 そこまで言い切り、アヴェステラさんは沈黙した。自分の範疇で伝えるべきことは終わったという意味だろう。



「レギサーの動きについては速かったものの、予想の範疇でした。狙われる可能性が高かったのは兄様とわたくしですね」


 自分が狙われていた可能性を述べているわりに、王女様の口調は軽やかなままだ。


 それにしても、俺たちの誘拐騒ぎがあったのが三日前で、王子様の誘拐未遂が昨日だぞ。容疑をかけられ追い詰められていたからってよくもまあ。ハシュテルなんてのを頼るからこういうことになる。


「理由は明白です。勇者誘拐の主導がレギサー伯家によるものと推察するのは簡単ですし、事実わたくしも調査を開始していました。勇者に手出しできない以上、わたくしか兄様を手中に納め、早急に帝国に落ち延びる。十中八九、苦し紛れの軽挙でしょう」


 柔らかいのに冷たいという、なんとも表現しにくい声色で王女様が結論を言い放つ。


 レギサー隊長のうしろにいたレギサー伯爵とかいうのが黒幕かどうかは不明でも、誰かしらがマズいとなって焦った結果がこれか。



「アーケラ・ディレフ」


「……はい」


「わたくしは約したことを違えるようなマネを嫌います」


 王女様が話を振った相手は、俺たちのうしろで黙って聞いていたアーケラさんだった。


 なぜアーケラさんなんだ? それに、約束?


「ありがとうございます……。ですが」


「そう。あなたから見ればこの状況、わたくしに都合よく思えるでしょうね。そこは否定はしませんが、予想はしても誘導をしたわけではありません」


 この王女様はなにを言っている?


「レギサー伯家への内偵を行うと同時に、わたくし自身と、それと同等の守りを兄様にも配しました」


「申し訳ありません。姫殿下であれば、そうされるのは理解出来ます」


 置いてきぼりの一年一組を目の前にして、王女様とアーケラさんは分かり合ってしまっているようだ。しかも王女様の勝ちでアーケラさんが負けたみたいに。

 横座りの体勢から頭を下げるアーケラさんがどこか寂しそうで、ちょっとだけ第三王女に反感を抱いてしまいそうだ。


 そこで気付いた。王子様が襲われたところに駆けつけた『紅天』の騎士は、第三王女の手配だということか。



「ディレフ卿、勇者様方が困惑しておいでです。説明を」


「かしこまりました」


 そういう俺たちの空気を察したのか、王女様は説明役にアーケラさんを抜擢した。そういう部分がズルいというか抜け目がないというか、やはり油断ならない人だと思う。


「みなさんにハッキリと言ったことはありませんでしたね。わたくしはディレフ男爵家の人間として、第一王子殿下の差配により、みなさんの傍に立っているのです」


 その場で立ち上がり、俺たちを見渡したアーケラさんは自分の立場を明らかにした。


 なんとなくこの場の全員に第三王女の息がかかっているとは思っていたが、それはそれでおかしな話だ。強いていえばアヴェステラさんとベスティさん、それとガラリエさんが王女寄りなのは確実だろうな、くらいの認識でいたが、そういうのを聞くのも気が引けたからなあ。


 だからこそ騎士団設立にまつわる部分で回りくどいやり方をしてみたりしていたが、どこかでアヴェステラさんたちを信用してしまっていた。もちろんクラスの中でもそれぞれの感じ方は違っているのだろうけど、先生や中宮さんの技を『上』に漏らさないという話題のあたりでは、ほぼ全員が信じていたんじゃないだろうか。



「わたくしは、王子殿下の身の安全を姫殿下に乞いました。条件はこの状況です」


「この状況って……」


「約束の通り、姫殿下は自らの騎士を派遣し、王子殿下を守ってくださいました。ならばわたくしは姫殿下を仰ぐばかりです」


 アーケラさんの独白に委員長がツッコムが、これは俺にもわかる。


 第三王女に降るから、代わりに王子様の無事を保証しろという意味だろう。

 クラスメイト達にも気付き始めたメンバーもいて、誰もが表情を険しくしていくのが見える。そりゃそうだろう、こんな人質じみたやり方……、いや待て、なんで王子様の身柄がそういうことになるんだ?


「わたくしは兄様と争っているわけではありません」


 みんなの疑念が注がれているにもかかわらず、毅然と微笑みながら王女様は言い切った。


「本来ならばわたくしは王家の威信を保つため、宰相を筆頭とする貴族たちの力を削ぐことにこそ矛先を向ける態度を取りたいと考えていました。兄様が次代の王となり、わたくしが傍に控えることで」


 やはり王女の声は強い。先生の沁み渡るような言葉と違い、自然と高みから下されるように聞こえてしまうのだ。ダーク上杉さんの倍くらいはパワーを感じる。

 見た目、俺たちと大した歳も変わらない金髪美少女なのに、ミアとは大違いじゃないか。


 王女様の目の前だからと控えめな大きさにしている綿原さんの【白砂鮫】も、どこか委縮しているように見えるくらいだ。



「事実、二年程前まではそういった状況にあったのです。ですが残念なことに、時代がそれを許しませんでした」


「帝国……」


「フルニラ様の仰るとおりです。帝国における東方反乱が鎮圧された時点で、この国の命運は決しました。寿命と言い換えてもいいでしょう」


 ボソっと呟いた古韮ふるにらの言葉を王女様は見逃さなかった。よくもまあこんなノリの場で合いの手を入れることができるものだ。そういうところはアイツの凄さだと感心させられる。


 そして帝国か。直接の接触は皆無なのに、つくづく俺たちとは相性が悪いとしか思えない。


「派閥というものは様々な対立軸を持つものです。帝国の存在が脅威でなければ、わたくしを筆頭とした王家と、権益を守ろうとする貴族たちとの対決が主軸となるような様相が続いていたでしょう。それはもう、過去になりますが」


 王女様の語りは、もはや壮大なアウローニヤのネタバラしだ。


 いくらアヴェステラさんたちと仲良くなったからといって、ここまでは聞かされていない。ここ数日でどんどん境界線を越えていっている気がして眩暈を起こしそうだ。

 なんとか理解はしてみようと努力はするが、難しい。王女様の語りではまるで第一王子はお飾りというか、蚊帳の外に感じてしまうのだけど、それで合っているのだろうか。委員長、あとで解説をたのむぞ。


「現状における対立軸は、悲しいことに『帝国への降り方』が主なのです。それが我が国、初代勇者様が創りしアウローニヤの現実です」


 そうやって言い切るリーサリット王女は、微笑みをそのままに、だけど瞳には悲しさを含ませているように見えた。


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