第259話 その器とは:シシルノ・ジェサル『国軍総合魔力研究所』研究員
「勇者様方への拉致未遂、今回起きた兄様への害意。主導したと思われるのはレギサー宮中伯であるのは間違いないでしょう。背景にあったのは帝国への
リーサリット王女殿下が勇者たちに現状を解説していく。
このお方の『優秀さ』はアヴィからは聞かされていた。
何度か拝謁の機会もあり、ある程度の人となりも知ってはいるが、たしかにそう思わせるだけのモノを持っているのだろう。勇者たちが現れてからの王女殿下の動きを見れば、そこにある才覚も見えてくるというものだ。それでもあの日、約定に筆を入れたのはあくまでアヴィへの信頼と、勇者への友愛があったから。
たしかになるほど、まったくもって優秀で、容貌と相まって相手の心を絆す弁舌に長け、それに加えた権謀術数に優れたお方だと思う。勇者たちが稀に口にする知識『ちーと』とはこういうものなのか、もしくは本当の意味での『転生者』ではと思わなくもない。勇者の故郷からの転生者について言及していたのはノキくんだったかな。
「これを始まりと判断すべきだとわたくしは考えています。レギサー伯家は『宰相派』の一角。宰相側は当然あずかり知らぬを通すでしょうが、それでも傷には相違ないのですから」
これだ。王女殿下の優れてゲスな部分が存分に発揮してされているのが、こういうところなのだろう。たとえ自分が糸を引いた範囲外の出来事であれ、利するとなれば手繰ることをためらわない。生まれた場所と時を間違えたとしか思えない姿を哀れにすら思う。
もし彼女がそれなりの地位を持つ帝国の血筋に生まれていたならば。あるいは二十年早くこの地に生まれてくれてさえいれば、アウローニヤはもしかして。
それでも王女殿下は勇者降臨の場に当事者として立ち会っている。古今東西、これ以上の機は想像もできないし、現に彼女はそれを最大限に活用すべく動いてきた。
一研究者でしかないわたしでも思うのだ、望外というものを目の当たりした時にこそ、人の器が知れると。
「話は見えてきたように思います。今回の事件をきっかけにしてこの国でのイザコザが、その、あまりいい意味ではなく活発になるかもしれない。そして王女殿下は、それすら活用する覚悟を持っている。ですよね」
「さすがはアイシロ様です。打てば響きますね」
「おい、なんか委員長がすごいらしいぞ」
「やるね~」
「頼っていいんだよね? 頼るよ?」
アイシロくんの言葉に勇者たちが期待を寄せているが、それは概ね間違っていない。
勇者たちは驚くほどに全員が聡明だ。少しの時間をかけて彼らが話し合いをしてしまえば、皆がこの状況を理解してしまうだろう。
当人たちの素養については異界の人だけに、そういうものなのかもしれない、などと考えたこともある。姿かたちが瓜二つで、彼らが言うには臓器まで一緒だというが、この世界の人類を超える知能、たとえば脳機能を有していても不思議ではないだろう。
『たぶん教育環境ですよ。俺みたいのなんてどこにでもいます。たしかにウチの連中は尖ってるとは思いますけど』
わたしの仮説を聞いたヤヅくんは、少し嫌そうな顔をしてからそう言ってのけた。
彼らの故郷では最低九年、普通なら十二年、専門性を求めるならばさらに長期間、学舎に在籍する制度が存在しているらしい。勇者たちはその十年目になった直後にこの地に呼ばれたのだとか。貴賤を問わず誰もがという部分に驚かされるが、アウローニヤの貴族ならばお抱えの家庭教師なり学院なりで今の彼らと同期間以上を学びに費やすことは可能だ。
しかし彼らのいう学びとアウローニヤのソレでは本質からして違っている。
事あるごとに勇者たちは『数値化』と『検証』をもくろむ。
わたしが最初、勇者に惹かれた理由は彼らの持つ知識欲だった。しかしともに時間を過ごすにつれ彼らの根本的な考え方にすっかり魅了されることになる。とくにシライシくんの『でーた』をまとめるという行為には恐れ入るしかない。
わたしと視線と思考を共にできる者。アヴィやキャルからは得られなかったモノだ。狂喜してなにが悪いか。
ましてや彼らは年齢なりの無邪気さや失敗、友情、しまいには恋愛模様までを見せつけてくれるのだ。さらにはこんな状況にあってすら、素朴な善性までをも。
好意を持たない理由が存在しない。
そんな勇者たちに欠けているものがあるとすれば、それこそアウローニヤとの教育の違いになる。
彼らは政治力に欠けるのだ。なにも社交をしろとはいわないし、むしろそれを封じ込めている側ではあるが貴族社会に放り込まれたのだ、薄ら笑顔の裏側にあるどす黒さを知るべきなのは言うまでもない。知った上で、上手く立ち回る必要があるのだが、彼らはその分野が決定的に欠けている。
ただひとりを除いて。
マコト・アイシロ。最初こそ年長者のタキザワ先生が勇者たちのまとめ役となるのだろうと踏んでいた担当者たちだが、翌日にはアイシロくんが場を仕切る姿勢を見せた。それがまた見事な問答であったのは記憶に新しい。
柔軟な交渉に長けるアイシロくん、実直なナカミヤくん、それを見守るタキザワ先生が皆を引っ張るというのが、初期における勇者たちへの印象だ。
それに引きずられるように、今ではワタハラくん、ヤヅくん、フルニラくんなどが交渉や会話などへの才覚を伸ばしているのが見えてくる。もちろんウエスギくんも忘れてはならないし、もしかしたら彼女は最初からそうだったのかもしれないとわたしは考えているくらいだ。
無論アイシロくんも最初の位置で留まってはいなかった。勇者の代表者として扱われながら、この国や世界を学び、検証し、わたしたちとの交渉を繰り返していく。伸びるのも当然だ。だからこそアイシロくんは勇者たちが不得手にしていた交渉という点において、頂点であり続けている。
『委員長』と呼ばれる彼は、間違いなく勇者たちの代表者だ。
「もちろん僕たち『勇者』もその活用の中に入っていて……、だから王女殿下は今、この場にいる」
「そのとおりです」
アイシロくんの言葉に王女殿下が真っすぐに返事をしたことで、場は静まった。
◇◇◇
「皆様方に関わる報告書は全て読ませていただきました。何度も何度も、それこそ書いた者が使ったであろう時間以上に」
勇者たちの表情が硬くなり重苦しくなった空気の下、王女殿下はひらりと話題を転換してみせる。さあ、どう出る。
「勇者様方直筆のモノについてはとくにです。シライシ様、ノキ様、読みやすく、理解が深まる報告書をいつもありがとうございます」
「あ、いえ、そんな」
「僕のより
「ちょっと、
殿下による相手の心をくすぐるような言葉使いに、シライシくんとノキくんが青いやり取りを始めた。
ズルいな、アレを楽しむのはわたしの好むところなのだが。
「なのに、この者たちはどうやら隠し事をしているようで」
そんなセリフで、少しだけ和らぎかけた雰囲気が一気に冷える。
不満げな顔になった殿下は勇者ではなく担当者たちを見渡した。もちろんわたしも含まれているし、哀れなヒルロッドなどは引きつった表情で固まっている。
さてはて、このお方はなにを考えてこんなコトを言い出したのやら。
ほかの担当者たちがどう考えているかはわからないが、わたしとしては『勇者の秘密』を隠し通せるとは思っていなかった。もちろんそれなりの目と思考を有する者でなければ洞察できないだろうが。
勇者たちの戦績と報告書が一致し、正確であり、そして逸脱していることに気付けるかどうかだ。
勇者たちが豊富な魔力を持っていることは周知されているが、それ以外については報告書を深く読み解かなければ真実の手前にすら到達できないだろう。
魔獣が増加している現状だ、上位神授職を持ち、努力を重ね、頻繁に迷宮を彷徨うならば、それくらいの戦果を上げることができるだろう。地上から離れない人間の判断ならばその程度だ。中にはヤヅくんの【観察】やクサマくんの【気配察知】、後衛術師が持つ【身体強化】を補強材料にするかもしれない。
だがそれでは不足なのだ。
王国の人間が見落としがちな部分、彼ら勇者たちは全員ではないものの、素人の集団であったことが見えていない。故に異常だ。
タキザワ先生やナカミヤくんの技、ハルくんやカイトウくん、マナくんによる身体の動かし方の伝授が必要だった。彼らが『くらすちーと』と呼ぶ同色の魔力を考慮した戦い方もだ。
それらの結実が勇者の残した輝かしい戦績に繋がっている。そう、すでにアウローニヤは彼らから様々なモノを受け取っているのだ。
少なくとも勇者担当者たちが王女殿下に秘密を伝えたとは、わたしは考えていない。この場にいる大人たちは悪辣な部分を持っていてもクズではないのだから。
つまり王女殿下は自身の持つ推察でもって辿り着いたのだろう。
高揚してしまっている自分がイヤになるな。
立ち位置の関係でこれまで接触が少なかったのが悔やまれる。ズルいじゃないかアヴィ、このお方はわたしの好みに当てはまっているぞ。
「ここではこれ以上の詮索は無しにしましょう。勇者様方からソレを直に聞かせてもらえる日を待ち遠しく思います」
あっけらかんとした笑顔に戻った王女殿下は、この話題をここでしまいにするようだ。ネタばらしをするつもりがないようで、そこを少し残念に思う。
それにしてもこのお方、最初の内こそ表情を変えていなかったが、ここにきて話題と共にクルクルとソレを変えてきている。どれが本物なのやら。アイシロくん、探られているのには気付いてはいるのだろう?
「あの──」
「いい機会です。この場にいるアウローニヤの者たちがどのような立場で勇者様方のお傍にいるか、開示してみては。アイシロ様、さえぎってしまい申し訳ありません」
「このやり取りは必要なことなんですね?」
「もちろんです、アイシロ様。わたくしはそう考えています」
飛び散る話題に軌道修正を図ったアイシロくんだが、王女殿下はそれを受け止め、さらに話題を変更させた。
このお方はあえて自分の弱みを晒すおつもりか。ならば──。
「では姫殿下、わたしから」
「楽しそうですね、ジェサル卿」
「それはもう。それとわたしのことは、シシルノとお呼びいただけると、一層励むことが」
「わかりました、シシルノ」
せっかくのお誘いだ。わたしが真っ先に乗ってあげようではないか。
「君たちには隠し事などほとんど残していないのだが、改めて自己紹介をさせてもらうよ」
立ち上がり、勇者たちを見つめながら言葉を紡ぐ。
「わたしはシシルノ・ジェサル。騎士爵で、今は『国軍総合魔力研究所』の研究員をしている。組織としての上司はそこの所長と、さらに上となると軍務卿だね。ジェサル家は軍に繋がりが深いが、今のわたしは家とは距離を取っているので、立場としては『軍閥』に顔が利く、程度かな」
時間も惜しい、余計を挟まず情報を流し出そう。彼らなら受け止められるだろうから。
「だが今は、第三王女殿下の意思に従う者で、それ以上に勇者たちの味方だよ。約束したじゃないか」
わたしの吐いた言葉を聞いた勇者たちは、一瞬息をのみ、そして納得と安心といった表情を見せてくれた。
ありがとう。それこそがわたしが今、一番に求めているモノだよ。一瞬だけだが王女殿下にグラついてしまって申し訳ないと思っているので、それは許してほしい。
「アヴェステラ」
「はい」
王女殿下の声にアヴィが即座に答え、手元の鞄からアレを取り出した。ここで晒すのか。
故郷の風習に従い椅子に座らず絨毯の上にいるわけだから、その羊皮紙も当然地べたに置かれるのだ。
これは良いな。なまじ机の上でのやり取りより、余程彼らが近くに感じられる。
「これはっ……」
「そうです。ここにいる皆はわたくしより勇者様方に重きを置いてしまいました。わたくしはこれでもこの国の王女なのですが、それでもなのです。本来わたくしの子飼いであるはずのベスティやガラリエまでも、ですよ?」
驚愕の表情を浮かべた勇者たちを見て、勝手なことをのたまいながら王女殿下は楽しそうに微笑んでいる。やはりいい器をしているお方だ。
『──ただし各人にて勇者たちの信に反すると判断した場合はこれにあたらず』
実にいい文章ではないか。
頻繁にわたしを苛立たせる、アウローニヤ風の回りくどく格調高い文面などとは大違いだ。
「つまりはわたくしが勇者様方の意に反する要求をした場合、担当者たちはそちら側についてしまうのです。残されるわたくしは、間違いなく破滅するでしょう」
笑顔で自らの窮地を語る王女殿下だが、そこに自虐は見受けられない。こうして勇者と接するのか、このお方は。
「この場にいる者たちは、わたくしの持ち得る知見を集め、離宮に送り込んだ逸材たちです」
そう言いながら王女殿下は大人たちを見回した。
このわたしが逸材か。はてさて、出まかせなのか、本音なのか。想定外をこそ乗りこなすのがこのお方だ。現状が想定外であったとしても、まるで最初からの当然だったとばかりに振る舞うだろう。
「わたくしは信じていました。ここにいる担当者たちが、自発的に勇者様方と信頼関係を築くことを。わたくしはそれがなされていることを、本当に嬉しく思っているのです。この状況こそが、初戦におけるわたくしの勝利なのですから」
邪気の無い笑顔を晒す王女殿下は、はたしてどこまで本気なのか、いまだにそれを読ませない。
アヴィの勧めと勇者を信じ、あの約定に署名はしてはみた。だがこれはどうしたことだ。
このお方に勇者たちが加担したとすれば、今のわたしが想定できる最良の未来を、そこからさらに超えることができるのではないだろうか。そんな事態を想像し、自らの口端が吊り上がるのを自覚する。
陛下や第一王子殿下、宰相閣下、近衛騎士総長、全員が話にならない。勇者を乗りこなすことなどハナからできるわけもないし、共に歩むこともだ。
だがもしかして、そう思わせるものがこのお方にはある。これは面白いコトになってきた。
理由など簡単である方がいいに決まっている。世界の
この者たちの作り上げる結末を、最後まで近くで見届けてみたい。そんな軽い欲求で十分だ。必要とあればともに沈んでみせよう。『かがくには犠牲が付き物』だったかな? ナツキくん。
ところでヒルロッド、君の顔色が悪すぎてこちらが心配になってくるのだが。
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