第249話 リザルトからの




「【遠視】か、それともいっそ【魔力回復】もいいかもしれないね」


「わたくしはそうですね、【遠隔化】にするか【魔力回復】を考えています」


「ぐむむ」


『緑山』が突き進む迷宮での会話である。発言者はもちろん、シシルノさん、アーケラさん、ベスティさんの順番だ。従士のもう一人、ガラリエさんは十階位なのでこの手の会話には参加できない。ちょっとばかしの哀愁が漂っているような気がするな。


「ねえ八津やづくん」


「ん?」


 迷宮委員と近接護衛という名目で隣を歩く綿原わたはらさんが、小さな声で俺に話しかけてきた。声の大きさからしてシシルノさんたち絡みなんだろう。


「シシルノさんはなんとなくわかるのよ」


「やっぱりアーケラさん?」


「そ」


 だよな。戦闘力を持たないシシルノさんのレベリングは急務だという意識が俺たちには強い。それこそロリっ娘の奉谷ほうたにさんや気弱文学少女の白石しらいしさんと同じくらい庇護すべき対象としているほどだ。

 それくらい勇者担当者改め『緑山』の従士たちに心を許している俺たちだが、どうにもアーケラさんが解せない。なんでツラっとレベルアップしているのだろう。今回はたしかに後衛に獲物を回したとはいえ、メインターゲットはシシルノさんだったはずなのに。


「疑ってる?」


「ていうより、要領がいいって感じかしら」


「ああ、なんとなくわかる。アーケラさんってそういう感じあるよな」


「あの人、たぶん【熱術】だけでトドメ刺してたと思うんだけど、どう?」


「そうだな。笹見ささみさんのお手本みたいだった」


「見えてたのよね、やっぱり」


 それはもう、俺は【観察者】だ。視界を左右に振りながらだったから見落としこそあれ、誰がなにをしていたかくらいは概ね把握できている。


 こうして会話をしながら綿原さんと意思の疎通ができているのが実感できて嬉しい限りだが、たしかにアーケラさんはそつがないタイプだという印象が強い。真逆がベスティさんなのだが、彼女は彼女でワザとそうしている節もあるから曲者という印象を消せないでいる。

 それでも俺としては両名なりに一年一組を大切にしてくれているのを感じているので、べつにいいかなといったところだ。

 つまり俺はアーケラさんが要領よく九階位になったところで、それを好材料くらいにしか考えていない。そしてたぶん綿原さんも。



「俺たちだって九階位は目の前だ。大した差じゃないさ」


「それはそうね。……それで、バディ復活ってことでいいかしら」


「歓迎するよ」


 お互いに曲げた肘をぶつけ合って、俺と綿原さんはバディとしての盟約を再確認した。

 チラ見している連中がいるようだが、そこを気にしたら負けだな。見るなよ、ホントにさ。



 ◇◇◇



「後衛を気にするな! 前衛だけで捌いてくれていい」


 今回の魔獣はシカと羊で構成されている。羊だけなら後衛にトドメを回す余裕もあるのかもしれないが、混成となると難易度が上がる。経験値がムダになるわけもないし、ここは全部を前衛にお任せだ。ただし綿原さんを除く。


 バディだから前衛相当とか、どういう理屈だ。


「指示を頂戴、八津くん」


「ああもう、こっちに三と半キュビ。タイミングを外したら退避だぞ」


「わかってるわよ」


 爛々と目を輝かせている綿原さんは、はたしてどこまでわかってくれているのだろう。


「どぅらあぁぁ!」


 それでも彼女は俺の指定した位置にビタリと【砂鮫】を二匹滑り込ませ、勢いの止まった羊を盾でカチあげて、上からメイスを叩きつけてみせた。

 有無を言わせぬ連続攻撃にむしろこっちがビビる。崩れ落ちた羊はピクリともしない。いくら俺の指示のお陰で初手の精度が上がっているとはいえ、術師が単独で羊を倒しきるのかよ。しかも力業で。

 夏樹なつきのアレは見事な魔術攻撃で敵を倒したのだからみんなで賞賛したが、こっちの方は字面が同じでも内容が違い過ぎて、むしろ引く。


『サメで止め、盾で殴って、メイスがトドメ』


 これこそが後に言う綿原流四連撃の原初の姿であった。

 上手くいくたびにいちいち俺の方をチラ見するのが可愛らしいからタチが悪い。彼女はなぜ俺にまでダメージを入れてくるのだろう。



「ちょっと予定より押しちゃったな」


 時間としては地上では夜になっているといってもいいくらいだ。いつもの俺たちなら夕食を終えて、談話室でくつろぎ始める頃だろう。

 道中で練習を兼ねた測量を何度かやったお陰で予定の地点、魔力部屋の少し手前に到達するのに時間がかかってしまった。ついでに草間くさまの【気配察知】に引っかかる魔獣がちょうどいい間合いで続いたものだから、ずるずるとここまで引っ張ってしまった感じだな。フラグっぽくてイヤな表現だけど。


「この一戦で終わりにしよう。二・五キュビ。二、一」


「そうね。どらぁぁ! 予定より時間かかっちゃってるし」


 普通の会話の途中に掛け声を混ぜないでもらえると助かるかな。


【身体強化】を乗せた綿原さんのメイスが二度ほど羊をぶん殴った。



「九階位よ」


 返り血を浴びて赤紫色になっている綿原さんが、モチャっと笑ってレベルアップを宣言する。本当にグロ耐性高いよな、綿原さん。



 ◇◇◇



「ではみなさん、お疲れさまでした!」


「したーっ!」


 迷宮委員たる綿原さんの声に、皆が唱和する。


 いくつか候補に挙げていた宿泊部屋のうちのひとつで『緑山』は手持ちのカップを持ち上げた。中身は迷宮産採れたてミカンジュース。原液だとちょっと濃い目なので水で薄めてある。しっかり氷まで入っているのは、【冷術師】のベスティさんと【氷術師】の深山みやまさんのお陰だ。


 これまた【湯術師】のアーケラさんと【熱導師】の笹見さんの活躍で風呂上りの俺たちは、いつもどおりにジンギスカンをしながらおにぎりを食べている。一部シカ肉も混じっているが、これも一興だな。


 アーケラさんクラスになるとオガクズがあれば着火もできてしまうし、暖房と冷房ができる存在が四人もいる『緑山』は本当に人材の宝庫だと思う。


 たしかに騎士職ばかりを揃えて戦列を組めばパワー押しができるのは理解出来る。わかりやすい強さだものな。

 だけど俺としては、こういう風にいろんな役割りを持った連中が集まった方がカッコいいし、楽しいと思うのだ。



「やっぱり迷宮ならおにぎりだよね」


 のんびりとそんなコトをのたまう野来のきだが、遠足みたいなノリになっているなあ。まあ、力を抜く時は抜いた方がいいというのも迷宮で学んだことだ。


「迷宮だと毎日だもんね」


 そして非公式婚約者の白石しらいしさんがニッコリと微笑む。


 彼女の言うとおりで、地上では二日か三日に一回ということになっているコメだが、迷宮に入る時だけは毎日食べることができる。頑張る俺たちに対するアヴェステラさんからのご褒美的なサムシングだが、餌で釣ろうとされている気もする。もちろん一年一組は喜んで飛びつくのだ。



「じゃあ本日の結果発表ね。最初の方で九階位になったのが、野来くん、古韮ふるにらくん、馬那まなくん、そして藤永ふじながくん。みんな拍手」


「うえーい!」


 司会役の綿原さんのコールにみんなで気を抜けた返事をしながら、拍手をする。

 騒がしくしている俺たちだが、念のために草間が【気配察知】を続けてくれているし、ここは安全度がかなり高い方の部屋だ。俺セレクションである。


「後半で上がったのが、シシルノさんとアーケラさん」


「いやあ、ありがとう」


「ありがとうございます」


 綿原さんに紹介された、シシルノさんとアーケラさんが彼女たちなりの笑顔で挨拶する。

 結局八階位のままなベスティさんはちょっとヘソを曲げていて、最初から対象外のガラリエさんは無の表情だ。南無南無。


「えっと、二人とも【魔力回復】でしたよね?」


「ああ、そうさ。本当なら【身体強化】が欲しいんだけどね」


「わたくしの魔力量はみなさんにかないませんから」


 結局シシルノさんとアーケラさんは二人そろって【魔力回復】を取得したようだ。

 アウローニヤではあまり推奨されていないが、長時間の迷宮行には向いた技能といえるわけで、二人のヤル気が伝わってくる。そしてシシルノさん、俺はあなたに【身体強化】が生えていたら立ち直れなくなるところでしたよ。



「続けるわね。つぎは草間くんが九階位」


「どもー」


 前髪の長いメガネニンジャは見た目と違って所謂陰キャではない。証拠とばかりに、ちゃらけて頭を下げた。


「僕は【視覚強化】だよ。忍者だしねぇ」


 目が悪い忍者というのもレアだとは思うが、そもそも草間はメガネでしっかり視力は補正されていたし、階位の上昇で視力も上がっていた。さらにここで【視覚強化】を取ることで、ちゃんと目の良い忍者に進化したことになる。ただしメガネはアイデンティティに関わるので外さない。当然だな。

 メガネを外したら強キャラに化けるという展開も燃えるが、そういうのが似合いそうなのはオドオド系の白石さんでいいと思う。美少女化は……、ネタとして古いか。べつに可愛くないわけでもないし、白石さん。


 九階位に上がった草間だが、魔獣との闘いに慣れてきた最近は『ニンジャ殺法』の使い手になりつつある。

 やっていることは【気配遮断】を使ってブスリというただの卑怯者だが、一手目だけは実に有効だ。ただしその段階で魔獣に探知されるので二回目は使えない。

 今日の草間は戦闘一回につき一体ずつ魔獣を倒すという、謎の即死効果を持つユニットみたいになっていた。ただし、大丸太やカボチャは硬くてムリだそうで。


 迷宮の魔獣は単純なシステムで動いているのか【気配遮断】の効きがいいというのが草間の談で、人間相手だといろいろと気を使うらしい。動く時は抜き足差し足でもない限り、人には見つかってしまうのだそうだ。相手が気絶でもしていないと暗殺はムリというのが結論になる。する気もないがな。



「そして海藤かいとうくん。おめでとう」


「おう。どもども」


 つぎに紹介された新九階位は【剛擲士】の海藤だ。


 海藤の場合は前衛の盾として普通に戦って普通にレベルアップしていた。順当だな。

 ただしここから取得する技能が面白い。


「【魔力付与】を取った。先を越して悪いな、ミア」


「負けてられまセン。ワタシもつぎで取りマス」


 海藤が取った【魔力付与】は今の段階ではもうひとり、ミアにしか出現していない。なんとなくバッファー系の奉谷さんや白石さんに生えそうな名前の技能だが、現状は二人きりだ。そこにある明白な共通点は、海藤がピッチャーでミアがアーチャーだということ。つまり、遠距離物理攻撃タイプの神授職だ。


 ここは中世ヨーロッパ風の世界なので【弓士】系の人は結構多い。ただし地上勤務の軍に集中している。あとは民間の猟師とか。

 弓という武器は迷宮では取り回しが難しい上に、王城内での戦闘を想定して大盾が標準装備な近衛騎士たちばかりと付き合いが多いので、俺たちと弓使いの接点は薄いのが残念だ。いればミアとの比較ができるのだが。


 そんな【弓士】たちにほぼ必須の技能とされているのが【魔力付与】である。ミアより先に海藤が取ってしまうのがアレだが、とにかく必須なのだ。



【魔力付与】は簡単に言ってしまえば、物体に魔力を与える技能だ。魔術ではなく魔力を。

 ついさっきまで話題になっていた【魔力伝導】と似ているし、【魔力譲渡】とも類似するわけだが、【魔力付与】は生物に使うことはできない。この段階で【魔力譲渡】とは完全に別物だな。

 さらに【魔力付与】は『魔力を通した物体が手を離れて』も、少しのあいだだけ魔力が残り続けるのが特徴だ。ここが【魔力伝導】との違いになる。

 付け加えれば、第三王女が俺たちを呼ぶ儀式とやらでやらかしてくれた【魔力定着】は、位置を動かせない代わりに込められる魔力量や効果時間が長くなるという、【魔力付与】の派生バージョンみたいなものらしい。


 ミアの弓矢はもちろん、海藤の投げるボールにしても、もはや計測不能な速度を持っている。本人曰く二百キロを超えているんじゃないかとか。

 要は一秒か二秒だけでも海藤の投げたボールに魔力が残存していれば、敵に当たった瞬間に魔力の相殺を発生させることができるのだ。結果としてそれだけ相手の魔力ガードが削られるので、ボール自体の物理衝撃力も通りやすくなるわけだな。


 すなわち魔力デバフボール、魔球の完成である。実に野球をしているな。

 ミアの場合は魔力デバフアローと呼ぼう。魔弓、もとい魔矢か。正月っぽい。



「魔球、魔球かあ。できたら新しい変化球とかの方が──」


 海藤にはヤツなりの魔球に対する想いがあるようだが、疎い俺にはわからない。消えたり分裂すればいいのか? 絶対に命中するとか。



 ◇◇◇



「で、わたしが最後なわけだけど、技能取得は無しです」


 おおとりの九階位達成者は司会兼任の綿原さんだ。最後だけ敬語にならなくてもいいだろうに。


 ここで技能を取らないのは後衛組の共通認識でもある。原因は一昨日のハシュテル騒動の時に緊急避難的に予定外の技能を取ってしまったから。今回の迷宮で活用している俺の【目測】にしても、本当ならば九階位になってから取る予定だったのだ。


 今の迷宮では魔力回復速度がバリバリなので問題ないのだが、イザ地上で揉め事となると面倒くさいことになりかねない。騎士たちを優先しているが、後衛も階位を上げないとなあ。


「ただ、ねえ。聞いてもらえるかしら」


「どうしたのかしら?」


 リザルト発表もこれで終わりかという空気の中、綿原さんが意味深なことを言い出した。中宮なかみやさんが鋭くツッコむ。


「わたし、考えたのよ。もし砂に【魔力付与】してから【砂鮫】にしたらどうなるかって」


なぎちゃん、まさか。だけどそれって前にも」


「そう。ミアたちに【魔力付与】が出た段階で、考えてはいたの」


 なんともぶっ飛んだ綿原さんの発想だが、それを真面目に話し合ってしまうのが一年一組だ。だけどその時はとくになにもなかったはず……、まさか!?



「なんで今になって出たのかしらね。わたしの中に【魔力付与】があるわ」


「あ!」


 綿原さんの爆弾発言に被せるように、【石術師】の夏樹なつきも声を上げた。


「僕にも、出た。【魔力付与】」


 夏樹のセリフで、九階位達成おめでとうの会は一転、大騒ぎの場へと変貌を遂げたのだ。


 安全を確認しているとはいえ、迷宮の中で騒ぎすぎるのはいかがなものだろうか。


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