第248話 石が飛んで
「つまりはだ、魔力は行使する技能によって質を変えて作用するというわけさ」
迷宮を進む俺たちのほぼ中央部にいるシシルノさんは声高らかに自説を披露していた。
「典型的なのは剣にかける【大剣】【剛剣】【鋭刃】、そこに加えて【魔力伝導】だ。君たちならこれから増やすかもしれないね」
それぞれ【大剣】は【広盾】の剣バージョンで、疑似的に剣を大きくする技能。【剛剣】は剣を魔力で硬くし、【鋭刃】は鋭い刃を実現する。以前ハウーズが乱入してきた時に使った技能だな。
そこに加わる形になった【魔力伝導】は、武器や盾に魔力を通して敵との魔力を相殺しつつ、使用者自身との一体感を高めるという効果を持つことがほぼ判明した。
同じはずの魔力の行使にも関わらず、こうも質を変えてくる。シシルノさんはその点を強調するわけだ。
彼女の推測からすれば、魔力には強さ、密度、個人による色のほかにも『質』がある。そしてその質は技能によって付与されている可能性があるのだと。いっそ【頑強】に代表される魔力の密度すら技能によって魔力の質が変えられているのではないかと、シシルノさんの思考はそこまで飛躍しているのだ。
楽しそうで実になにより。
やっぱりマッドサイエンティストは最高だよ。俺はこういうモードのシシルノさんが大好物だ。
だから
◇◇◇
「やるってことでいいんだよな」
俺の問いに対する皆の返答は沈黙だった。
だがそれは、否定的な意味を帯びていない。
誰もがそれぞれなりの気迫をみなぎらせ、俺の心を沸き立たせてくる。コイツらならやってしまうのだろうという、そういう信頼だ。
「思った以上に魔獣が多い。逃げ道は確保して安全を最優先にするけど──」
「リスクなしじゃ、そうそう十階位には届かない。そうだな?
「あ、ああ」
獰猛に笑ってみせるヤンキー
一刻も早く山士幌に戻りたい勢の筆頭格が佩丘だ。
俺と同じ母子家庭で、母親は看護師として忙しい毎日を送っているらしい。だから佩丘は家事全般をこなしながら、独り立ちをするために理学療法士になろうと勉強も頑張っている。ライバルにして悪友のお坊ちゃんな
対する俺は父親を半年前に亡くしたが、母さんと妹の
だからというわけでもないが、佩丘と違って俺は将来のことをまだポヤリとしか想像できていない。本当に大違いだな。
それを言ったらウチのクラスメイトたちは将来を決めているのが多すぎて、俺としてはちょっと引いているくらいだ。普通の高校生ってもっとこう、いちおう大学行っとくわ、みたいなノリじゃないだろうか。
「もちろん延々と群れに突撃するようなマネはしない」
益体もつかないことを考えながらマップを再確認して、やることを口に出す。
「相手は足の速さが違っていて、部屋の構造なんかで一度に通れる数も変わってくる。つまり群れは縞模様になりやすい」
もちろんこんなことは、全員が理解している。あくまで最終確認だ。
「全部を俺たちが相手にする必要なんてどこにもない。群れの中でも細かくて相性の良さそうな部分を攻めて、そこだけを倒す。そういうのが今の俺たちに与えられた役割りだ。ちゃんと計画書を提出して許可をもらっているので心配ご無用」
「はーい!」
いちおう冗談っぽいフレーズを混ぜておいた方が、俺たちらしいだろう。通用しているといいのだけど。
二層で五から六階位がそう難しくないように、三層でも八から九階位へのレベルアップは対応さえできていればそれ程の難事ではない。ただし二層の六から七のように、三層で九から十階位まで持っていくのには大量の魔獣を倒す必要がある。それこそ一人当たり数十体というレベルでだ。
短期間で七階位を達成できたのは二層における魔獣の大量発生とハウーズ救出騒ぎ、それと七階位レースと銘打った群れへの突撃があった。
九階位が九人に増えた俺たちが二層と同じことをしようと思えば、いよいよ三層の魔獣が作る群れとの対決が必要になってくる。手ごろな相手を足で探して一喜一憂しながらの後衛レベリングもアリだろう。だけど前衛が整ってきた俺たちならば、もう少し踏み込める。
そんな俺たちのすぐ近くに、手ごろな群れが待ち構えていた。
「国の期待にお応えして、せいぜい勇者らしくやればいい。いいな!?」
「おう!」
俺なりに精一杯のアジテーションにみんなが乗っかってきてくれる。こういうのは綿原さんの方が得意だろうに。
◇◇◇
「全部だ。全部後衛に回してくれ!」
「あ、ごめん、倒しちゃったあ」
「
「え~、なんか悪いね」
俺が叫びにまったく申し訳なさそうに聞こえない声を返したのは【裂鞭士】疋さんだ。
彼女はまだ八階位だし、前衛としては攻撃力が軽い方なので、そこそこ程度に倒してもらってくれて構わない。ニンジャの
群れの最外縁部にいたのは大量のミカンだった。
一本足でピョンピョンと跳ねて捕まえにくく、弱いマヒ毒が厄介な敵だが、八階位の後衛でも倒せる程度に柔らかいという、途轍もない利点を持ってくれている相手でもある。さらに進行速度が速いタイプなので、数がいるわりにはほかの魔獣と混じりにくいのが実にいい。事実この場にいるのはミカンだけだ。
俺たちとしては羊と並んで美味しい敵と捉えている。
そんな魔獣を後衛に回さずしてどうするか。むしろ【身体強化】持ちの
「前衛、『技』の見せ所だぞ!」
「おうよ!」
俺の要請に対し、なにかに目覚めた【霧騎士】の
この場面で必要なのは力ではなく技だ。動きを止めて、そこそこに弱らせてくれるのが大事だからな。
「シシルノさんたちもガンガンやってください!」
「いいのかい?」
「もちろんです」
この状況で優先すべきは後衛の中でも魔力が少ないアウローニヤ組だろう。同時並行で【騒術師】の
「綿原さん、いったんバディ解除で」
「数が多いと面倒ね」
俺が綿原さんひとりに指示を出しても数への対処は難しい。むしろ彼女には俺の背後に回ってもらい、そこで手あたり次第にサメと盾とメイスを使ってもらう。
それにほら、たくさんの敵が現れたからいったん合体を解除するってパターン、ありがちで燃えるだろう?
「野来っちがマヒったっす!」
「あらあら」
前衛二列目をやってくれている藤永が、野来のマヒを上杉さんに伝えてくれる。即座に上杉さんが野来に手を当て、治療にかかった。
本来ならばそういうのを【観察】で把握して声をかけるのが俺の役割りなのだが、今回はちょっと状況が違っているのだ。仮称『対ミカン陣』。敵が大量のミカンの時だけ発動される陣形である。
形としては盾役とアタッカーを交互に配置した円陣で、二列目に動ける系術師を配置し、その内側に柔らかい術師やヒーラーがいる感じだ。この場合に限り、普段はシシルノさんの護衛役をしているガラリエさんも前線に出てもらう。手加減をよろしく。
陣形の厚みが薄くなってしまうのが難点ではあるが、一年一組は回復役が多い。【聖騎士】の
陣形としての問題は、いかに俺の【観察】と【視野拡大】があっても、全周警戒などできるわけがないということだ。よって、俺の背面側には藤永や笹見さん、綿原さんなどの動ける術師に見張ってもらっている。シシルノさんの【魔力視】に頼りたいところだが、指示出しはさっぱりだからな、あの人。
これは即死の可能性が極端に小さいミカンだけが相手だからこそできる行動だ。
利点としては後衛にミカンをパスしやすい、これに限る。
ウチの前衛なら全力を出せば一撃から二撃、当たり所次第では【身体強化】持ちの術師でもクリティカルがありえる敵だ。普段の『綿原陣』では後衛に回ってくるまでに倒しきってしまう可能性も高い。
前回キャルシヤさんたちと共闘した迷宮でミカンの大群と戦った俺たちは、この時のために新たな陣形を立案し、練習しておいたのだ。
『我らが後衛のために、ってな』
そんなアホなことを言ったのはアニオタの古韮だったか。
「ほらほら、シシルノさんもどんどんやっちゃって!」
「ホウタニくんこそ」
「ボクは手一杯だから」
チビっ子の奉谷さんが、ヒーラーをやりながらも短剣を片手にミカンを刺している光景はなかなかシュールだ。とはいえ彼女も八階位で自身に【身体補強】を掛けているので、それくらいはやってのけることができる。それこそシシルノさんに獲物を譲るくらいの余裕があるのだ。
円の中央部に回されてくるミカンは、大概が一本足であるツタを引きちぎられている。主に前衛陣がやってくれているわけだが、その時にマヒ毒を含む『ミカン汁』が飛び散るわけで、前衛がマヒる最大の要素がそれだ。
トドメ担当は片手に装備したバックラーで顔を守りつつ、ただ短剣を突き刺すのみ。これってメガネ装備が有利じゃないだろうか。
「あ」
奇跡が起きたのはそんな時だった。声を上げたのは【石術師】で弟系カワイイ男子の夏樹。
いや、この場合は奇跡というより偉業と言った方が正確だろう。
その光景は俺にも見えていた。
たまたま無傷のままジャンプで前衛を飛び越えた一体のミカンに、これまた偶然もあったのかもしれないが、それでも夏樹の操っていた石にクリーンヒットしたのだ。
向かってくるミカンとこちらから打ち出した石とが、相対速度的に最大になるようなタイミングで激突し、そのまま落下した魔獣は沈黙した。
「倒した、のか? 夏樹」
「う、うん。たぶん」
夏樹に呼びかけた俺の声は震えていたかもしれない。それに対して返ってきた夏樹の声には、熱い感情が込められていたように思う。
乱戦の中でのワンシーンだ、しっかり【観察】していた俺を除けば、ほかのメンバーは気付けていないかもしれない。だからこそ、だからこそだ。
「叫べ、夏樹!」
「うんっ。みんな、やったよ! 石で、石だけで……、魔術だけで敵をやっつけた!」
俺のコールに乗っかって、夏樹が高らかと叫び声をあげた。
「おおお!」
「やったな!」
「ついにかよ!」
「あーあ、先を越されちまったねえ」
「サメが、サメの方が……」
途端、みんなが喜びの声を爆発させる。ところで綿原さん……。
この世界の魔術は弱い。もちろんもともとこの世界で生まれた人たちからすればそれが常識なのだが、地球人視点ではとても弱いのだ。主にゲーマー感覚で。
物理無効で魔法しか効かないなんて魔獣はいない。そもそも魔術は物理現象としてしか相手に刺さらないので、純粋に魔力のみで魔獣を倒すとしたら、敵に抱き着いたまま魔力の相殺合戦をするとか、【魔力伝導】で相手の魔力を削り切るなどという意味不明なコトをする必要がある。どう考えても殴った方が早い。
元々高い熟練を誇るアーケラさんの『熱球』やベスティさんの『氷弾』ならば、ミカンを一撃死させることは可能だ。現実に今も目の前でそれをやっている。
前衛が削ってくれた敵を魔術で倒したことはある。同じく笹見さんの熱球なら一層のネズミや二層のウサギなら倒せると思う。もちろん夏樹の石もだ。綿原さんのサメは方向性が違うので、ちょっと。
八階位の夏樹が三層のミカンという、いわば互角の魔獣を単発の魔術だけで倒した。
これはそれだけの出来事だ。RPGなら当然、転生系のラノベでも当たり前の出来事でしかない。これまでそれができていなかった、この世界のシステムの方がおかしかったから。
それでもこれは『緑山』にとって、山士幌高校一年一組にとって、巨大な一歩だ。たった二つの石でそれを成し遂げたヤツがいる。
クラスメイトの魔術が、魔獣の弱体化や行動の妨害などではなく『倒す』手段へと到達しつつあるのだ。
「つぎは『ストーンキャノン』だな、夏樹」
「うんっ!」
いつだったか、こちらに来てからそう経っていない頃に、まだアイツとの間合いがわかっていなかったけど、それでも仲良くしようとした時の話題。調べごとの割り振りで、夏樹はゲーム好きだからとシステム調査班に組み込まれ、俺と同じ側だとわかった頃にした会話だったろうか。
「つぎは笹見さんか綿原さんかな」
「あははっ、意外と藤永かもねえ」
「やるわ、わたしはやるわよ。【砂鮫】で足りないなら【血鮫】でも【岩鮫】でも」
俺の軽口に豪快に返すのはアネゴな笹見さんと、どこか狂気をまとった綿原さんだった。
◇◇◇
「いやあ、わたしが九階位とはね。自分で自分が信じられないよ」
「わたくしも感無量です。みなさんのお陰ですね」
二十分くらい続いた戦闘が終わりミカンの残骸が転がる部屋に、妙に朗らかな声と落ち着いた声が被さる。
大量のミカンの中には潰れたモノ、穴だらけなモノ、中には一部が焦げているモノまである。
大半は食用には向かなさそうだ。でもまあ正月でもないし、こっちにはコタツもないのだから、べつにいいか。
「なんでわたしだけ上がらないかなぁ」
前回の迷宮と同じく従士メンバーでひとり遅れたベスティさんが、持ち前の口調で文句を垂れるが、クラスメイトたちだって気持ちは似たようなものだ。
とにかく必死で、倒した魔獣のカウントや経験値配分の把握とかは出来ていなかった。前衛メンバーはかなり気を使って、後衛に獲物を回してくれていたと思う。そんな状況が積み重なって、誰がどれだけトドメを刺したかなんて、途中からは滅茶苦茶になっていた。
だからといって九階位になったのがシシルノさんとアーケラさんだけというのは、ちょっとなあ。
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