第247話 いまさらな新発見



「らあぁぁぁ!」


 大きな声を上げながら、【霧騎士】の古韮ふるにらが羊の体当たりを真正面から受け止めた。


「階位のお陰か、【魔力伝導】か。どっちにしても楽になったぜ!」


「そいつは良かったっすねぇ」


「大丈夫だぞ、藤永ふじなが。お前に怪我なんてさせないからなぁ!」


 羊を抑えつける古韮の背後では、両手を伸ばして【魔力譲渡】を使う弱気系チャラ男の藤永が必死の形相をしている。なんとなく【目測】の訓練と称して中宮なかみやさんに絡まれた記憶がよみがえったが、それは振り払うべき想い出だろう。


 そんな藤永をうしろから見ている【氷術師】の深山みやまさんの目は、さらにうしろに位置している俺からは見えない。【冷徹】を使っているだろう深山さんのムードは、いつもどおりのポヤりとした感じだが、俺は嫌な予感がしてならず積極的に彼女を見る気にならなかった。大丈夫だよな?


 アレはあくまで強敵に立ち向かう男たちの物語であって、テーマは友情、努力、勝利だから、違った方向に捉えてくれるなよ? 本気で。


「やれっ、野来のき!」


「うんっ!」


 古韮は羊の勢いと魔力を削りながら、【風騎士】の野来の名を呼ぶ。

 キチンと役割りをわかってやってくれているならば、そこにはもう口を挟む余地はない。ついでに言えば、面倒くさいことになりそうだから何も言いたくない俺がいる。


 とりあえず前衛組はなにかいい感じで上手くいっているようだから良し。



八津やづくんっ」


「二キュビだ。二、一」


「えいっ!」


 綿原わたはらさんの【砂鮫】と正面衝突したミカンは勢いを失い、そのまま彼女が振るメイスの餌食となった。


 前衛は前衛で頑張っているが、後衛側でも倒せる魔獣が現れれば積極的にうしろに回す。一年一組はシッカリと機能しているのだ。


「倒しちゃったわね。ミカンは手加減が難しいかも」


 凄まじく物騒な物言いだが、最近ではこれが一年一組のデフォである。


 俺たち殺伐系高校一年生の集団、プラス現地人で構成された騎士団『緑山』は、今のところ順調に目的地への道のりを進んでいた。



 ◇◇◇



「やっぱ悪くないよ。この戦法。藤永ありきだけどな」


「っすか」


「藤永だってやったじゃないか。委員長より先に九階位とか、やってくれるぜ」


「すね」


 そう古韮の言うとおり、藤永は前衛専属の魔力タンクとして頑張った。

 古韮の【魔力伝導】だけでなく、騎士連中の各人が技能を遠慮なく使いまくる原動力となっていたのは間違いない。ほんとうに遠慮なく技能を使いまくっていたものな。


 それに感謝したのかどうかは不明だが、弱らせた魔獣を騎士連中が積極的に藤永に食わせた結果、レベルアップに成功したのは、【風騎士】の野来、【岩騎士】の馬那まな、そして立役者の藤永だった。

 後衛系で九階位一番乗りだぞ、やったな藤永。



 目指す『魔力部屋』までもう少し、予定通りに群れがいるならここから五部屋も移動すれば探知圏内に入るだろう。群れとの戦いを前に一旦休憩ということにして、各人は警戒を解かなくても雑談に興じているところだ。抜くところは抜くというベテランの風格だな。俺たちはまだまだ駆け出しではあるけれど。


 そんな中で藤永は騎士連中に褒めちぎられているわけだ。


「ああもう【魔力浸透】取るっすよ。これでバッチリっすよね」


 ヤリすぎたかと反省したのか、騎士たちは藤永に対し褒め殺しに出た。その効果なのか、乗せられた藤永は【魔力浸透】を取ることにしたようだ。

 これでまた【魔力譲渡】の効率が上がるわけで、前衛魔力タンクとしての藤永の性能が上昇したことに間違いはない。間違ってはいないのだけど藤永よ、勢いに流されていないか?



「個人差がありますからね。まずは力加減からでしょう」


「そうそう。あと、場所の指定かな」


「えっと、えい!」


 九階位になったことで【風術】を取った野来は、まさにここからが【風騎士】の本領だ。

 今はガラリエ師匠とはるセンパイから【風術】の基礎を教わっているようで、それを優しい目で見守る非公式婚約者の白石しらいしさんが健気っぽい。


 騎士グループの技能ビルドはこれまでほぼ同一だった。戦闘系ならば【体力向上】【身体強化】【身体操作】【痛覚軽減】【頑強】【反応向上】【視野拡大】【視覚強化】。一般的な技能で、ここに付け加えるならば残りは【一点集中】か【集中力向上】くらいのものだろう。

 ヒルロッドさんから言わせると、やりすぎだそうな。普通なら【身体操作】【痛覚軽減】【視野拡大】あたりをオミットして【広盾】なり【剛剣】や【鋭刃】などの武装強化系を取るものだと。だけど残念、ヤツらは【平静】と【睡眠】も持っているぞ。


 そもそも騎士職だからといっても俺たちは素人なのだ、成長するなら基本は大事。【身体操作】は絶対だろうに。俺だってあるなら取りたいくらいなのにな。それと痛いとほら、委縮するから。



「ホントに治りやがった」


「相変わらず意味不明な世界だな」


 ヤンキーチックな佩丘はきおかと皮肉気な田村たむらの声も聞こえてきた。


 アイツらの傍で【岩騎士】の馬那が短剣を持って、革鎧のグローブを外した自分の左手を無言で見つめている。俺は【観察】を使って見届けていたわけだが、馬那は自分で自分の手のひらを傷つけたのだ。

 たしかに俺たちは痛いのが嫌だからと全員が【痛覚軽減】を取っている。だけどそれに慣れ過ぎると、ああいうこともできてしまうのが、やっぱり怖い。


「【治癒促進】?」


「うん。綿原さんも見てたんだ」


「たまたまね」


 俺の傍にいた綿原さんも馬那たちの騒ぎを見ていたのだろう。ただしもともとグロ耐性が高い綿原さんだ、俺のように顔をしかめもしないで涼しいものだ。


「五秒もかかってなかったわね。早送りみたい」


 早送りなどと映画好きらしい綿原さんの表現だが、今回【岩騎士】の馬那が取ったのは【治癒促進】だ。



「一センチくらいの切り傷でアレか。消費魔力はどうなんだろうな」


「あんまり検証したくないわね、それ」


 今はもう止めてしまったが二回目の迷宮くらいまで、男子は軽い傷はワザと残していた時期があった。もちろん動きに支障が出ないような青アザ程度のモノだが。

 そういう行為で狙っていたのがまさに【治癒促進】だ。効果は見た通りに自己ヒールだな。リジェネともいう。本家【聖術】に敵うかどうかは今後の検証次第だが、怪我前提の技能なので自発的な熟練上げはやりたくないというのが本音だ。


 人間は傷が治る生き物で、度合いによって時間はかかるし、モノによっては治らないことだってある。だけどこの世界には【聖術】があるし、どうやら階位が高いほど傷の治りも早いのだ。魔力万能主義社会バンザイだよ。医者の卵たる田村などは怒り狂ってから呆れて、今は諦めているという経緯をたどったくらいだ。


 ちなみに候補として出現させているのは【岩騎士】の馬那のほかに、【重騎士】の佩丘、そして【聖騎士】の藍城あいしろ委員長。このメンツというだけで出現条件が見えてしまうのだが、だからこそ俺はほしくない。痛いのは嫌だし、血も見たくないのだ、俺は。



「馬那くん、【屈強】とかも出てるんでしょ? さすがは【岩騎士】ね」


「硬い盾は大歓迎だけど、うしろから見ているだけはなあ」


八津やづくんはそればっかり。なんならわたしが前線に連れてってあげるわよ?」


「速攻で丸太にひき殺される未来しか見えないから止めとく」


「そ」


 綿原さんにエスコートしてもらえるのは嬉しいが、女子に守ってもらうのもな。今現在がまさにそうなんだけど、そっちは『バディ』などという素敵単語で誤魔化しているくらいなのだ。


 ちなみに馬那に生えている【屈強】は【頑強】の上位で、重ね掛けでさらに体が硬くなるらしい。【剛力】で力強くなった【重騎士】の佩丘と比較すれば、【岩騎士】の馬那は硬くなる方向の騎士職というわけだな。

 ずっと同じビルドをしてきた騎士たちだが、ここにきてついに方向性が出始めた。


【風騎士】の野来は動ける盾、【重騎士】の佩丘は力強い盾、【霧騎士】の古韮は敵を弱らせる盾、【岩騎士】の馬那は硬い盾、そして【聖騎士】の委員長は蘇る盾といったところか。

 委員長の表現、我ながらカッコいいな。現実的にはゾンビ戦法なんだけど。



「ねえ八津くん、また変なコト考えてるでしょ」


「そうだな」


 俺が中二的ロマンな考えをしていたことなど、綿原さんにはお見通しだったようだ。


「古韮さ、使ってみてどうだ、【魔力伝導】」


「ん?」


「逃げたわね」


 気恥ずかしさがあったものだから、藤永を深山さんに返却してからべつのクラスメイトと話していた古韮に声をかけて誤魔化すことにした。メンバーは古韮、中宮さん、疋さん。メンツ的に【魔力伝導】談義なのは間違いないだろう。

 小さく聞こえた綿原さんの苦情はなかったことにしておく。


「あ~、いい感じだぞ。おもいっきりヤレば、ガッツリ削れる」


 こっちを振り返りながら凄まじく感覚的なコトをのたまう古韮だが、なんとなく言いたいことはわかるし、そもそも魔力関連はどうしても数字にしにくい部分があるからなあ。俺の【観察】なんて表現できない技能の筆頭だ。


「もちろん俺の魔力もガリガリ減る。藤永なしだと使えないな。俺もどこかで【魔力回復】かな」


「古韮さ、どんどん『霧』から遠ざかってないか? それ」


「霧なあ。【水術】取ってみないとわからんけど、仮に霧を作れたとしてだぞ、人間相手は通用しても魔獣には、な」


「だよな」


 ポンポンと交わす会話は、内容の割に悲壮さはない。


 古韮の良いところなのだろうけど、基本お気楽体質なコイツは落ち込むところをあまり見せないタイプだ。それこそ米騒動の時くらいだったんじゃないだろうか、ダウナーモードだったのって。


【霧騎士】という神授職は王国の資料には残されていたが、例によっておとぎ話の存在だ。初代勇者一行にいたとか、アラウド湖を真っ白にして、その上を歩いて渡ったとか、そういうレベルで。

 現実的に考えれば『霧』を操る騎士か、『霧のように』振る舞う騎士かのどちらかだろうが、【水術】が出ている以上は前者だと思われている。



「まあ、霧については追々でいいさ。それより八津、ちょっと面白いんだ」


「なにが?」


 唐突に古韮が妙な表現を持ち出した。面白い? なにが。


 横で会話を聞いているチャラ子の疋さんはイジワルっぽく笑っていて、真面目系の中宮さんは渋い表情だ。面白いといっても、微妙なネタのようだな。


「それがさ、【魔力伝導】の効果なんだよ」


 女子二人を侍らせたまま古韮は言葉を続ける。こちらにいる綿原さんも聞く姿勢になっているようだ。


「【魔力伝導】を使うとな、一体感っていうか、盾も自分の体の一部みたいな、そんな感じになる。自在に動かせるような」


「へえ」


 それは面白い。実に面白いじゃないか。



 そもそも【魔力伝導】を取得している人は少ない。ウチのクラスの話ではなく、アウローニヤの傾向として。


【魔力伝導】を推奨されている数少ない職種として【鞭士】がある。疋さんの【裂鞭士】は上位ジョブに当たる。

 だがアウローニヤでは【鞭士】系は希少だ。しかも珍しいからといって【聖術師】のように大切にされているわけでもない。ハズレジョブ扱いなのだ。


 幼い頃から積み重ねてきた経験と血筋、さらには精神性などで決まるのが神授職だとされている。これには俺たちも概ね賛成だ。

 アウローニヤ貴族の神授職に騎士系の割合が大きいのは、幼いころからそういう訓練が施されているからだろうと推測するのは簡単だったし、文官の家に文官が生まれるのも理解しやすい。

 だからこそ神授職基準の世襲が成立するわけだな。シシルノさんのようなハグレ者も現れるようだが。


 そう、幼い頃からムチの練習する人間がどれくらいいるか、という話だ。


 経験や心持ちというのがある程度以上神授職に反映されているのは、一年一組でも確認できる。

 ピッチャーの海藤かいとう、空手の滝沢たきざわ先生、木刀女子の中宮さん、性根が聖女な上杉うえすぎさんや、リビングバッファー奉谷ほうたにさんなんかが顕著だな。もちろん鮫女子な綿原さんも。

 だが疋さんについては、もちろん山士幌でムチを使った経験などない。ないんだよな? だからこそ彼女は序盤で苦しい思いをしたのだ。最近は生き生きとしていて、大変喜ばしいと俺は思っている。


 ところでこの場合、騎士の精神性とやらはどう反映されているのだろう。王国の貴族騎士を見ていると、どうにも怪しいと思わざるを得ない。むしろ剣と盾の訓練さえしていれば、意外と簡単に騎士職になれそうな気がしてしまうのだ。ウチの騎士たちは経験ではなく、むしろ性格でそうなったと思えるのだけどな。


 こういうアバウトさがあるのが神授職システムの厄介な部分だ。検証がしにくくて仕方がない。



 話を戻して【魔力伝導】だ。

 そもそも【魔力伝導】が推奨されている【鞭士】が少ないとなれば、検証も進まないのは当然だ。資料などでは、ムチに魔力を通すことで自在に操ることができるようになり、敵の魔力を相殺することが可能となる、くらいの内容が書かれていたはずだが……。


 そう、『自在に操る』だ。

 言うなれば、装備に通る【身体操作】といったところか。まさかそういう意味だったとは。


「アタシさ、ムチなんか触ったこともなかったし、【魔力伝導】を取ってからは、なるべくずっと使うようにしてたんだよね。それで当たり前っていうか、だから気付かなかったっぽい?」


 チャラい口調で疋さんは、ちっとも悪びれた風もなく言ってのけた。

 いや、実際悪いことをしていたわけではない。彼女の中ではムチの使い方が上手くなったよなぁ、アタシぃ、くらいのノリだったのだろう。


 なら中宮さんはどうなんだ?


「わたしにとって木刀は……、元から手の延長よ」


 俺と綿原さんの視線を受けた中宮さんは、聞きようによっては達人自慢っぽいことを言う。


りん、そこは気付きなさいよ」


 それに対して綿原さんから容赦のない口撃が繰り出された。中宮さんの顔が歪む。くっころモードか。


「……ただでさえ外魔力で体が動くようになった上に【身体強化】や【身体操作】よ。自分の技を維持するのすら苦しいところだから」


「あ、ごめんなさい。ちょっとからかってみたくなっただけで、わたし」


「いいのよ。たしかに気付けたはずなのに、未熟者よね……」


 中宮さんと綿原さんの会話が湿っぽい方向になってしまった。どうしよう、これ。


 たしかに先生や中宮さんが言っていたな。身体能力が上がるのは歓迎だけど、だからといってもともと持っていた武術と共存させるには、それなりのすり合わせが必要だとか。

 陸上少女の春さんも、今の自分に合せたフォームを見出してから覚醒していたし。



「全然遅くないし、絶対に推奨ってわけでもないぞ。【魔力伝導】」


「古韮……」


 どうしよう、なんか古韮が頼もしいぞ。


「触ったこともない盾をさんざん練習してきて、やっとモノになりかけたかなってタイミングだったから気付けたんだ。俺だって最初の頃に取っていたら、疋みたいにそれが当たり前だって思ってたはずだよ。それくらいの差だ」


「アタシ、頑張ったし~。それにもともと器用だし」


 珍しく大真面目な顔をする古韮と、この空気でもなおチャラい疋さんが偉い。


「それなりに魔力は食うし、敵に当たればもっと削られるんだぞ。疋みたいにトラップ的に使うとかならいいけど、前衛系で使いこなすのは難しいだろ」


「熟練上げれば強い弱いも加減できるようになるんだけどねぇ」


 まったくいいコンビじゃないか。推奨しないと言いながらも空気は軽くなっている。


「そうね。わたしも当てる瞬間だけ使うようにしていたから、それで気付きが遅れたのかもしれない。もちろん魔力をケチってよ?」


 そんなムードに乗っかった中宮さんまでもが、妙な表現を持ち出して苦笑を浮かべてくれた。


「結局、王国の資料が悪いのよ。文章がわかりにくすぎ。なんで技能ひとつの説明がファンタジーモノみたいになってるのかしら」


 最後には綿原さんによる王国批判である。完全に空気が軽くなってくれた。


 アウローニヤにある文献の意味不明っぷりには、俺もまったくの同意だ。

 何度も繰り返し思うのだけど、どうして神授職の説明をするのに、とある人物の人生を読まなければいけないのか。なんで騎士爵の任命書が時節の挨拶から始まるのか。意味がわからん。



「アウローニヤの悪口はそのあたりで勘弁してくれないかな」


 会話の方向性を変えていた俺たちに、ついにはシシルノさんが参戦してきた。

 しまったな、ちょっと声が大きくなっていたかもしれない。でもまあ相手はシシルノさんだし、こっちの味方なのはわかっている。


「君たちの言う『ふぉーまっと』だったかな。わたしとしては積極的に導入したいのだけどね」


「そこは定型書式でいいですよ」


 日本語を使いたがるシシルノさんに綿原さんがツッコむ。日本語というか英語というか。


「【魔力譲渡】や【魔力回復】だけでも驚きなのに、ここで【魔力伝導】の効果だ。君たちには驚かされてばかりだよ」


「へへっ、アタシたちって勇者だから」


 疋さん、勇者の意味を違う方向で正しく使うのは止めてくれ。シシルノさんが悪い顔になっているじゃないか。


「うんうん、地上に戻ったら『れぽーと』だね。そのためにも是非シライシくんを──」


 俺たちの休憩時間はもうちょっと続くことになりそうだった。


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