第246話 強くあれ騎士たちよ
「うーん」
「まあまあ、こればっかりは仕方ないって」
戦闘後、腕を組む【剛擲士】の
現状『緑山』のレベリング対象はガラリエさんを除く全員だ。
こう表現するとガラリエさんが仲間外れみたいだが、十階位で【翔騎士】の彼女は三層での階位上限に到達してしまっているので、いくら魔獣を倒しても意味がない。階位以外の戦闘経験という側面からすれば皆無ではないが、トドメだけは避けてもらうようにしている。
今のところ九階位なのは【豪拳士】の
階位上昇ルールがラストアタック者に経験値が入るという仕様になっているため、こういう傾向になるのはいまさらだな。
「なあ、僕より──」
「決めたことでしょう。乱戦になったら悠長なコトなんて言えなくなるんだから」
「ごめん、そうだったね」
こっちのやり取りは【聖騎士】の
大丸太との戦闘は問題なく終了した。
問題なくとはいえ、やはり初撃を受けた盾グループは捻挫や打撲といった怪我をするハメになり、治療をするあいだは少しだけとはいえ守備が不安定になっていたと思う。
これが大丸太三体、しかもバラバラに登場だったから問題なく対応できたが、五体が一気とかになれば、負けることはなくても苦戦は避けられなかったはずだ。
ミームス隊やイトル隊のようなバリバリの騎士たちによるサポート無しで三層を自在に動くには、やはりもう少しの実力が必要だろう。
「納得はしてるけど、気が引けるよ」
「なに言ってる。
「機動騎士だもんね」
「ああ。羨ましすぎる」
期待していると俺が返せば【風騎士】の野来がはにかむように笑った。いいなあ、俺も機動したい。
野来が遠慮をしている理由、委員長もそうなのだが、それはレベリングの優先順位についてだ。
今回の迷宮における俺たちが持つ名目は、三層僻地にある仮称『魔力部屋』の調査と、できればその界隈にいる魔獣を減らすことだ。ミリオタの
お題目はソレとして、俺たち的には『全員の九階位』が真の目標になる。いちおうシシルノさんたちも含めて。
ただしそのレベリングについて、優先順位を変えた。
『騎士組を先にした方がいいと思う』
俺がそういう案を出したのは昨日の昼間で、【目測】の性能調査をしながらの話題だった。
一年一組は後衛のレベリングを大切にしている。
理由は単純に後衛を硬くしておかないと危険だから。明確でわかりやすい理屈だな。なにも全員が公平でありますようにというわけではない。そういう感情が皆無とはいわないが。
放っておけば前衛ばかりがレベルアップしてしまうシステムのせいで、後衛のレベリングは意識してそう仕向ける必要がある。そこまでしても後衛のレベルアップは最後になりがちだから始末が悪いのだ。
こういう経緯を踏まえ、俺の言いたかったのは騎士連中を優先しよう、というよりは遠慮しなくていいぞ、の方が近いだろう。
出てくる魔獣の種類や数によって判断は変わってくるが、羊より大物についてはなるべく騎士に倒してもらおうという意見だ。とくに騎士としては中途半端な委員長と、盾役を兼任している海藤にトドメを回してあげたい。
そうする理由がある。できてしまった。
ハシュテルたちとの戦い、つまり格上との集団対人戦闘を経験したことで、一年一組が前々から気付いていたことをリアルに認識してしまったのだ。
まず、十階位クラスの騎士が相手ならば、同数でも俺たちならいい勝負ができると思う。そのあたりの実験に付き合ってくれたガラリエさんには感謝しかない。八階位と九階位の集団である俺たちは、豊富な魔力と技能の数、先生アンド中宮師匠の教えのお陰で一階位くらい上の力を持っている、らしい。ヒルロッドさんのお墨付きなので、そこは信用できるだろう。
問題なのは四層で戦えるクラス、つまり十三階位組だ。層ごとに限界階位が存在している迷宮のシステム上、十階位クラスの上は十三階位がメインになってくる。ハシュテルが十一階位だったらしいが、アレは逆におかしいくらいなのだ。
三層を歩く俺たちに九階位がポコポコ生まれているように、ある程度の時間四層を巡っていれば十一階位は通過点でしかない。ハシュテル以外が十二と十三階位なのは当たり前で、むしろ十三階位が二人しかいなかった方がおかしいくらいだ。
それは置くとして、ほぼ半数の十二、十三階位と対峙した俺たちは、ギリギリ五分の戦いに持ち込み、キャルシヤさんの乱入で判定勝ちを拾うことができた。
俺たちは所詮、その程度でしかない。
格上相手だったから仕方ないと言えてしまえば簡単なのだが、現にハシュテルたちは襲ってきた。アヴェステラさんによると次の襲撃は無いとのことだが、いつ何時情勢が変わるかなど、わかったものではない。俺たちは急いで備えなければならないのだ。
幸い、先生や中宮さんを筆頭に、ウチのアタッカーは後衛のサポートがあれば、十三階位を相手にしても十分に戦えていた。回復役も機能していたし、術師のちょっかいも効果的だったと思う。俺はもっと精進せねば。
ただしそれは騎士の盾がギリギリ崩れないで頑張ってくれていたから、通用しただけのことだ。
調査会議で見世物にされた模擬戦などは典型的だろう。後衛組は直接対峙されてしまうと、相手が十階位でも対応できない。かろうじて綿原さんや笹見さんならなんとかできるかもしれないが、それにしても怪しいところだ。
ましてや相手が十三階位ともなれば──。
◇◇◇
「だから急いで騎士を強くする、か。わかるっちゃわかるんだけどな」
「俺たちが強くなった分だけうしろが安全になるんだ。悪い話じゃない」
「迷宮のコトだけなら単純なんだがなあ」
「グチっぽいぞ、
並んで盾をやっている【霧騎士】の古韮と【岩騎士】の馬那による会話だが、戦闘中のワリには落ち着いたものだ。
普段から軽いノリを崩さない古韮と実直な馬那は、わりとこうして冷静な戦い方をするタイプだ。
今もシカの角に注意を配りながら、無難に魔獣の攻撃をサバいている。上手くなったもんだよ、本当に。
ウチのクラスの騎士たちは、盾八、メイス二くらいの比重で訓練時間を割り振っている。とにかく防御特化なのだ。
魔獣を倒すことより受けて弱らせることで他者にトドメを回すことができるという理由のほかに、純粋に素人な俺たちが武術的にいろいろやってもムリがあるだろうという理屈だ。そういうのから逸脱しているミアとか綿原さんは見なかったことにしておこう。
三層に入ってから、これで四回目になる戦闘は、シカとリンゴだ。
シカと同じく三本足で、胴体から一キュビくらいの長さを持った二本のツタを振り回すリンゴ、【三脚二眼林檎】は文字通り目がふたつあるのだが、胴体そのものはまんまリンゴで結構硬い。体当たり攻撃はしてこず、ピョンピョンとステップを踏みながらそれなりの威力を持つツタがムチのように襲ってくるタイプの魔獣だ。
「リンゴって
「言うなし! アタシもそう思ったんだから」
「あはは、ごめんな」
アネゴな
でもまあその通りで、リンゴのツタが当たると魔力が削られるのは事実だ。魔獣が【魔力伝導】を持っているのか、そもそも神授職や階位があるのかどうかは完全に不明だが、効果としてのソレはある。
だけどこういう敵だからこそ光るのは、騎士の盾と──。
「イヤァッ!」
ミアの矢だ。ナイスクリティカル。
いくら相手が壁際にいて誤射の恐れが無いからといっても、ちょこちょこ動くリンゴによくもまあ当てられるものだ。
さてはて最初の十階位は誰になるのだろう。余程のことがない限り、先生、中宮さん、春さん、ミアの誰かだろうな。それより目の前の九階位だ。
「まだまだ群れの範囲外だ。今のうちに慣れておこう」
「おう!」
目指す魔力部屋まではまだ距離がある。昨日までの群れの位置は情報としてもらっているし、イレギュラーさえなければ、しばらくはそこそこな数の魔獣だけを相手にできるはずだ。こうしている内に前衛全員を九階位にしてしまえば、群れが相手でもなんとかできると、そう信じて俺たちは迷宮を進む。
◇◇◇
「っしゃあ、九階位だ!」
戦闘終了と同時に古韮が雄たけびを上げた。
【重騎士】の
騎士連中はほぼ等分に魔獣を倒しているはずだから、ここからは連中のレベルアップが続くだろう。実に素晴らしい。
「んでだ。【魔力伝導】でいってみようと思う」
「【水術】じゃなくて?」
ここで【魔力伝導】を取ると言い出した古韮に、【風術】を取る予定の野来が首を傾げてツッコんだ。
【霧騎士】という妙な肩書を持っている古韮には、魔力・魔術系技能が候補に現れている。【霧術】というのは無いのだが、その代わりのように【水術】があって、たぶん水系を操れる騎士だというのが本人を含めた一年一組の予想だ。
もちろん【剛剣】や【広盾】なんていう普通に騎士系の技能も出ている古韮だが、ここでヤツは【魔力伝導】を取ると言う。狙いは想像できるのだけど、【水術】は今後のメインスキルになりそうな気もするのだけどなあ。
それにだ、守備型の騎士に【魔力伝導】が運用できるのか?
「ここで【水術】を取っても、
「なら【広盾】だって」
「野来の言うのも、まあそのとおりだと思う」
野来が持ち出した【広盾】は騎士系全員が出している技能で、魔力的に盾を大きくするものだ。
ヒルロッドさんも持っていて、数センチのレベルだがたしかに不可視の盾がそこにあると感じることができたのには驚いたものだった。さっそく委員長などが唸って検証していたが、透明な物質があるというよりは物体を弾く力場があるんじゃないか、とかいう謎理論でいちおう決着している。
ヒルロッドさん曰く、熟練を上げることで広く硬くできるのだそうな。それでも盾本体よりは明らかに柔いのは俺たちも体験させてもらった。とはいえアタッカー連中が貫けた程度で、俺のメイスはまったく通らなかったのだが、それこそがヒルロッドさんの努力の成果だということらしい。
ちなみに魔力で広げられた部分に攻撃が当たると、お互いの魔力がガリゴリ削れてしまう。
「俺に【魔力伝導】が出てるのも、意味があるんじゃないかって、な」
「僕の候補にもあるんだけどね」
古韮と野来の掛け合いは続く。
出現している技能候補に意味を見出すとは、なるほどオタ系の古韮が考えそうなコトだ。なぜなら俺もそう思うから。ついでに大好物だ、そういうの。
「盾に【魔力伝導】をかければ、ほれ」
「デバフ盾ってこと?」
「おうよ」
実にいい笑顔で古韮が目的を述べた。たしかにそれは面白い。
野来の表現したところの『デバフ盾』、つまりは魔力の相殺による相手の弱体化だ。
一年一組で現在【魔力伝導】を取っているのは二人。【裂鞭士】の疋さんと【豪剣士】の中宮さんだけだ。チャラ子の疋さんはムチという射程の長い武器に魔力を通すことで、中距離からのデバフを使い、サムライガールな中宮さんは木刀に魔力を宿し、敵の魔力を削る。
こんどはそこに、盾で相手の魔力を打ち消そうと、古韮が名乗りを上げたという形だ。いい発想だし、楽しみだとも思う。だけどなあ。
「それって魔力保つのかな」
野来の疑問をすぐに全員が理解した。
なるほどという空気が流れているな。みんなの懸念はそのとおりだが、そこに考えが行きつくことがむしろ嬉しい。システムへの理解が深まっているようでなにより。俺は何様か。
もともと手にした武器に魔力を通すのを得意とする【裂鞭士】の疋さんは、ムチという細い武器で敵の足などをピンポイントを狙ってデバフる戦法を取る。中宮さんにしても木刀で魔獣と斬り合うのは一瞬だ。つまり二人とも大量の魔力を使わないで済むような戦い方をしている。
それに対して盾で敵を受け止めるとなると、どうしたって消費魔力が気になるだろう。
大きな盾で長時間魔獣と接触したら、どうなるか。
「イザとなったら【魔力伝導】を切ればいいだけだろ?」
「あ、そうか」
なんてことはないという古韮の言葉に野来が納得するが、それでは【魔力伝導】を取る甲斐がない。全くないとまではいわないが、それこそ【水術】や【広盾】でもいいんじゃないか?
「だけどそこにだ、ウチのクラスには頼もしい魔力タンクがいたりする」
「うえっ!?」
ニヤリと笑う古韮の視線の先には【雷術師】なチャラ男、藤永がいた。
「お、俺っすか?」
「そりゃそうだろ。藤永お前、深山や
古韮は、背中に魔力タンクを配置しながら【魔力伝導】を使うと言っているのだ。なんかどこかでパージとか言って分離されそうなノリだな。
一年一組にいる魔力タンクは四人。藤永とアルビノ系薄幸少女の深山さん、文学メガネ女子の白石さん、そして元気印の
さてこの中から最前線に立つ騎士に対して【魔力譲渡】を使うべきは誰かと古韮は問うている。
男子女子の問題というのとはちょっと違う。四人の中で唯一【身体強化】を持っているのが藤永だという、それだけの現実だ。
さて俺も二か月間、ここにいるクラスメイトたちと過ごすことで、各人の性格がわかってきた。
山士幌高校一年一組で、一番気が弱いのは
一見というか本当に気弱な白石さんや深山さん、弟系の
見た目はチャラくて、深山さんとお付き合いしているというのに、なんということだろう。
「藤永が受けてくれるなら、俺は【魔力伝導】を取る。ダメなら【広盾】でいくし、むしろこっちが普通のやり方だ。これは俺の思い付きだから藤永、遠慮しなくていい」
「……やるっすよ。面白そうじゃないっすか」
だけどそれでも藤永だって男だ。それがカラ元気でも、意地っ張りでも関係ない。
白石さんや奉谷さんを、ましてや彼女たる深山さんを前に出すなんてことができるはずもないし、危険が伴うとはいえ、挑戦してみたいという古韮の誘いを断るようなヤツじゃないんだよな。
引きつった笑みを浮かべる藤永。
ウチのクラスメイトたちはこんなのばっかりだ。
「ああ、俺の背中、任せるぞ」
「っす」
なんか男同士の友情劇みたいなノリになっているけど、まあいいか。そういうのは嫌いじゃない。
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