第245話 逃げ場としても
今話の冒頭において主人公の
大変申し訳ありません。
◇◇◇
「あ、【魔力回復】生えた」
「やったじゃない」
珍しく真っ当な魔術系技能が生えた俺の言葉を聞いて、前を歩く
アラウド迷宮三層を進む一年一組、いや、四人が追加されている『緑山』はそれほどの魔獣とも出会わずに前回と同じ仮称『魔力部屋』を目指していた。
八階位を達成した俺だが、階位上昇直後ではなく妙なタイミングで【魔力回復】が生えたものだ。だが、これはデカい。
なにせ俺はこれまで魔力の増え方こそ後衛型なのに、【魔術強化】のような魔術系技能や、今回登場した【魔力回復】みたいな魔力系も候補に出ていなかったのだ。
それが【士】でも【師】でもない【観察者】としての特性じゃないかと疑ってすらいたが、ここにきてのコレはかなり嬉しい。これはそろそろ出るんじゃないか?【身体強化】あたりが。夢を見過ぎか。
「でもまあ【魔力譲渡】も【魔力浸透】もないけどな」
「
俺の言葉がちょっとした自虐にでも聞こえたのか、綿原さんが伺うような聞き方をしてきた。
「現状はそうでも、手札は多い方がいいしなあ」
俺の左右を歩く【騒術師】の
魔力タンクが多ければ多い方がいいのは当然だ。だけど、専任はひとりもいないし、むしろそれでいい。メイン業務があってサブとしての魔力タンク、それが真っ当だろう。
迷宮で働くおじさんやおばさんたちに勇者ムーブで魔力を授けるなんてマネをする奉谷さんだが、あくまでメインはバッファーだ。それどころかこの間からヒーラーも始めて、技能とは別に俺の副官も務めてくれている。実に四役。小さい体で攻撃力ならクラス最弱の存在でありながら、欠かすことの出来ないメンバーだと思う。それをいったら全員がそうなるのだが。
白石さんは【音術】での牽制が冴えわたっているし、藤永と深山さんも広範囲での行動阻害が板についている頼もしい仲間だ。
ならば現状で五人目の魔力タンクになるのは誰かとなれば、どう考えても筆頭は俺だろう。肝心の【魔力譲渡】が出ていないから無意味な仮定ではあるが、それでもやはり。
だからこそ俺に【魔力回復】が生えたのは、福音になるかもしれない。
「──なんてね」
「八津くんがいろいろ考えてるのは知ってるけど、自分を卑下したり無茶する方向は良くないと思うし、やるならちゃんと相談してからよ?」
「それはわかってるよ」
「わたしはわたしで相談するから、そっちもお願いね。それとわたしは当面、魔力タンクをするつもりはないわよ?」
「了解。綿原さんはもうアタッカー側だと思ってるから」
俺を除くと、もともとの内魔力が少ない前衛系は問題外として、術師系でも魔力タンクをやらせたくない、というよりは専念してほしい役目があるというメンバーばかりなのだ。
まず、ヒーラーをやっている
残る三人、【鮫術師】の綿原さんはサメと【身体強化】を活かしたアタッカーとして十分な活躍を見せてくれている。今回は新たにバディ戦法にも挑戦しているのだし、彼女についてはむしろ【血術】に期待しているくらいだ。ネタっぽい【蝉術】は置いておくとして、絶対に強スキルだと思うんだよな【血術】。
だけどまあ、藤永の【雷術】が今のところ軽スタン効果くらいしか出せていないわけだし、この世界独自の強弱はあるのだ。マンガとは違うわけで。
話を戻せば【熱導師】の
誕生日のプレゼントになった迷宮産の石だが、むしろその形状がハマったらしい。一番扱いやすいのが球体で、攻撃力的には正八面体というのが悩ましいところだが、そういう『整った形』というのがミソだったようだ。
そういうわけで術師系メンバーも魔力タンクを兼務するなら、それより現状の戦闘スタイルを磨くのが優先だと俺たちは考えている。
強いて挙げるならシシルノさんが適任ともいえるのだけど、それはさすがにな。
「ヤヅとナギの話を聞いてると、ほんと勇者って可笑しな人たちだなって思う」
「可笑しいは酷いじゃないですか、ベスティさん」
移動陣形もあって俺と綿原さんのすぐうしろを歩いていたベスティさんが、いきなり話しかけてきた。
からかい口調が板についているベスティさんに綿原さんがツッコムも、ケロリとした顔のままだ。ベスティさんが本性を隠さなくなって、結構になるな。
俺と綿原さんの会話は内緒話ではない。聞かれて困るようなことでもないし、勇者担当者たちにはいろいろとバレているどころか、最近は相談を持ち掛けるくらいになった。
最初の頃に【聖術】とかを隠そうとしていたのが、もはや冗談みたいな関係だな。
「だってさ、四人も【魔力譲渡】を持っているのも変だし、ヤヅにも出た【魔力回復】がえっと……」
「六人です」
綿原さんが即答した。俺はちょっと指を折りそうになったのに。
えっと、上杉さん、夏樹、藤永、深山さん、白石さん、それと奉谷さんか。
「本当なら全員取りたいくらいですから」
「ナギも吹くねえ」
俺に生えたものだから綿原さんと盛り上がった【魔力回復】だが、べつにレアな技能ではない。
むしろ術師系なら大抵の人は候補に出ているし、事実ウチの後衛系は俺が出た段階で全員だ。さらには前衛系でも術師と複合している神授職持ちにも出現はしている。一年一組の場合は持っていない人の方が少数派なくらいだ。
出ていないのは【豪拳士】の
ムチを経由した【魔力伝導】が得意な【裂鞭士】の
「イザとなったら迷宮に
「それは……」
ベスティさんから出てきたヤバい言葉が余程意想外だったのか、綿原さんが口ごもる。これはいけない。
「運び込める米の量次第ですね」
「ははっ、なるほどねえ」
冗談めかして俺がそう言えば、イタズラっ子を見つけたような笑顔でベスティさんが答えてくる。
ヤバいな。俺たちがどこまで『本気』なのか探ってきているのかもしれない。
一緒に行動しているシシルノさんやガラリエさん、アーケラさんの視線まで気になるじゃないか。
◇◇◇
一年一組が迷宮に入る理由はいくつもある。
最大の目標は、もちろん帰還のためのヒントを得るためだ。
俺たちがアウローニヤに召喚された場所は、迷宮ゼロ層ともいうべき、まさに迷宮の入り口前の広場になる。そこだけは床が迷宮構造物と同じく不壊属性を持つ石畳らしき物質で造られていて、毎年そこで王女様が【魔力定着】をしていた。余計なマネを。
その行為にどれくらいの意味があったのかはわからない。ただ伝承に残る勇者を召喚するための儀式であり、当のアウローニヤの人たちすら勇者召喚が実現するとは思っていなかったわけで。
俺たちなどはむしろ迷宮の魔力が増加しているという現象の方を疑っているくらいだ。
要は、迷宮が俺たちを呼び出した、そう考える方が自然なのだ。勇者召喚など、この世界の人間にできるとは思えない。王女様に当たるのは筋違いのグチだ。それくらいは許されてくれ。
ならば迷宮にこそ一年一組が山士幌に帰還する秘密が隠されていると考えるしかない。有るか無いかわからないのが苦しいが、それでもだ。
もうひとつの理由は単純に強くなるため。
帰るためのヒントが迷宮のどこにあるのかもわからないし、ここは中世ヨーロッパ風といういかにも治安が悪そうな世界だ。そういうテンプレは要らないのに。しかも階位や技能なんていうもののお陰で人間の強さに差がありすぎる。
今は『王家の客人』として離宮を与えられているから安全性こそ高いものの、それでも一昨日あったハシュテル襲撃みたいなコトが起きてしまった。
俺たちはこの世界のルールに従った強さを持った連中と戦わなくてはならない境遇におかれているのだ。
帝国に狙われたなんていう背景もあり、いつ何時、それこそ俺たちを囲っている第三王女が勇者を売り飛ばすかもわからない。
人を傷つけたりはしたくないが、だからといってこちらが傷つけられる謂れなどない以上、どうしても力が必要になってくる。だから俺たちは階位を上げて、技能を鍛えることで対応すると決めた。
そして今のところ最後の理由としてあげられるのが、迷宮への逃走だ。
ぶっちゃけ俺たちは地上より迷宮の方が余程清浄な世界だというのを実感している。それも中世ヨーロッパ風どころの話ではなく、日本にいた頃よりも。
人間が何かを持ち込んだりして迷宮を『汚す』ことはあっても、いつの間にか消えてしまう。さらにはモノが腐らないということは、およそ人間が持ち込んだ微生物の類も迷宮に『吸われている』可能性が高いというのが田村や委員長の見解だ。もっと突き詰めるとウイルスすら。つまり迷宮にいる限りは風邪をひかないですむ。
魔獣という謎生物がうようよしていて自動的に襲ってくるというデメリットはあるが、一年一組が人を殺すなんていう事態とは比較にもならない。しかもそいつらは食料に化けてくれるのだから。肉だけでなく野菜や果物まで色とりどりだ。
水もあるし、塩もある。風呂とトイレも完備。一日中昼間のままなのが難点だが、俺たちは【睡眠】を持っているので大した問題にはならない。むしろ明るい方が魔獣と戦いやすいまである。
非常に残念なのが炭水化物になってくれる魔獣が、四層に現れるらしい『イモ』が筆頭なことくらいだろう。四層まで到達できる人間は王国基準では強者の部類になるので、数は多くない。だからこそアウローニヤでは小麦の栽培が盛んだというワケだ。
つまり四層を余裕で活動できる階位、ヒルロッドさんクラスの十三くらいまで持っていけば、魔力量に優れる俺たちは迷宮で暮らせてしまうかもしれないのだ。
この世界に慣れていないからこそ、『地上』でも心身の平穏のためにと取った技能、【平静】【睡眠】【体力向上】。この三つに【魔力回復】や【痛覚軽減】を加えると、ますます俺たちは迷宮に順応できるという寸法だ。もちろん怪我を治す【聖術】ありきで。
一年一組はかなり早い段階で、迷宮に閉じこもってしまうという手段を想定してきた。
迷宮を忌避する王国の常識では考えられない発想だが、戦争やら闘争に巻き込まれるくらいなら、俺たちはこちらを選ぶだろう。
実はコレ、罪を犯した昔の貴族が迷宮に逃げ込んで行方不明になったという資料が、大きな切っ掛けになっていたりする。
一年一組ならできるんじゃないだろうか、と。
◇◇◇
「俺たちは早く帰りたいんです。だから迷宮に潜るし、強くなるのは目標じゃなくって経過みたいなものですから」
ベスティさんの意味深な言葉に、俺はとぼけた答えを返す。
もちろんこれは本音だ。誰が好き好んで迷宮で暮らしたいと思うものか。できるかできないか、そういう状況に追い込まれたどうするか、そういう仮定の話でしかない。
「うん。わかってるって。わたしたちも全力で応援してるから。言ったでしょ? わたしたちは味方だって」
「ありがとうございます」
ニカっと笑うベスティさんにそこまで言われてしまえば、こちらとしてもお礼をするしかないじゃないか。
それを見届けているシシルノさんは薄ら笑いで、ガラリエさんは難しい顔、アーケラさんはいつも通りの微笑みだ。個人的には良い人たちだと思っているし、最後まで信じさせてもらいたいな。
「話の途中で悪いけど、魔獣だよ。あっちの部屋から大丸太が三体かな」
移動陣形のど真ん中に配置されたニンジャな
草間の【気配察知】は魔獣が人を見つける範囲と、ほぼ同等の射程を持っている。
つまり、こちらが気付けばあちらもだ。魔獣は人間を探知すれば、自動的に襲い掛かる習性を持つわけで、足の速い魔獣がいれば戦闘は避けがたい。なにせこちらはシシルノさんを筆頭に、足が遅いメンバーが何人もいるからな。
「やるの?」
大丸太が三体と聞いて綿原さんが俺に問いかける。
敵は三層最強クラスの魔獣だが、足が遅いというのが特徴だ。このタイミングなら戦闘を避けることもできるのだが──。
「もちろんやるさ」
三層初心者だった頃ならまだしも、今の俺たちは八階位に九階位がトッピングされた集団だ。十分にやれる。あ、ガラリエさんだけは十階位だったな。
「戦闘陣形、十時。余裕を持って扉まで十キュビを空けよう」
後衛職を中央にして前衛メンバーを前後左右に振り分けて迷宮を歩いていた一年一組が、俺の指さした方に向かった陣形を整えていく。
ちなみにシシルノさんたちには『刻』ではなく『時』での表現を伝えてあるから、その点に抜かりはない。彼女たちも問題なく所定の位置に動いてくれている。いいね。
「飛び道具は無し。海藤は盾列、ミアは自由行動」
「おう!」
「やりマス!」
矢もボールも大丸太には通らない。海藤には盾役を、ミアにはまあ、好きにしてもらおう。
このあたりからはもう、俺も有無を聞かせぬ早口になっているのを自覚している。オタクの好きなコトみたいでちょっと気恥ずかしいが、伝えなければいけないことを言い切るのが俺のやるべきことだから。
「深山さんは氷床。五キュビは離してくれ。ベスティさんも手伝ってください」
「うん」
「いいよー」
深山さんはすでに【冷徹】を使っているのだろう。いつもと同じポヤっとした表情だけど、素早く脇の水路から水を操作し始めている。こういう時は冷静さが頼もしい。俺も欲しいな、【冷徹】。
水の操作についてはベスティさんもサポートに入っている。氷使いが二人もいるとか、贅沢な布陣もあったものだ。
「藤永、笹見さん、疋さんは任意で阻害。アーケラさんもです」
「おうっす」
「あいよ」
「やるよぉ」
「はい」
残念ながら綿原さんのサメと夏樹の石は大丸太とは相性が悪い。疋さんの【魔力伝導】デバフと平行して術師たちには相手の邪魔をしてもらう。
「騎士組、気合入れて受け止めてくれよ!」
「おう!」
氷床で足を滑らせ、熱や雷を食らった大丸太をまずは受け止めて動きを止める。それが騎士グループの役割りだ。
横一列に並んだ盾メンバーにはガラリエさんと海藤も含まれている。海藤は専任でないが、がんばってくれ。
「動きを止めたらアタッカー、横から足を薙いでくれ」
「ええ、任せて。みんな、丁寧にやるわよ!」
中宮さんが率先して返事をくれるアタッカー組は、陣の両脇と盾の隙間にわかれて待機している。
メンツとしては
「草間は前に出なくていい。おかわりがないかを警戒。シシルノさんも【魔力視】お願いします」
「うん」
「了解したよ」
アタッカーではあるが、草間には周辺警戒を続けてもらう。シシルノさんにも仕事をあげて、万全の警戒態勢を敷いておこう。
「田村と上杉さんは二列目。白石さんと、深山さんで【魔力譲渡】待機」
「おう」
「わかりました」
「うん」
最初の接触でたぶん盾組の誰かが怪我をする。ヒーラーを二列目に配置して、念のために魔力タンクにも待機してもらうしかない。深山さんは氷床と二役だな。
「奉谷さんは予定通りに【身体補強】をしながらサブヒーラー。まずは俺からもらえるかな?」
「あはは。まかせて!」
なんとも情けないが、俺も【身体補強】の対象者なんだよな。
奉谷さんはあらかじめ決めてある対象者にバフをかけながら前に出てもらう。そこから田村や上杉さんに混じってヒーラーにジョブチェンジだ。
そこまで一気に指示出しをしたところで、扉から生えてくるように大丸太が現れた。扉のサイズのせいでまずは一体。
「一体ずつは好都合だけど、陣形を崩さないように気を付けて、丁寧にやってこう。時間にちょっと余裕があるな。笹見さん、やっとこう!」
「あいよぉ。山士幌高一年一組ぃ~、ふぁいおー!」
「ふぁいおー!」
一年一組二十二人とアウローニヤの四人、つまりは『緑山』二十六人のコールが迷宮に響き渡った。
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