第244話 張り切って測量しよう




「四キュビ。二、一、今っ!」


 俺の指さした方向と距離を示す声にタイミングを合わせて綿原わたはらさんの【砂鮫】が『そこ』に躍り出た。


「ジャストミート!」


 嬉しそうな声を上げる綿原さんの言うとおり、まるでキュウリが自分からサメに当たりにいったようにして、反動を食らって急減速する。


「どらぁ!」


 すかさず綿原さんのメイスがブチ当たり、キュウリは地面に叩きつけられた。生きてるよな?


八津やづくん。トドメ!」


「お、おう」


 いつも以上に気合が入っている綿原さんに急かされて、俺はキュウリに短剣を突き刺した。料理番組かよ。



「うん。八階位。あと一体だけだったんだな」


「やったわね」


 なぜだか今日は新戦法を導入した綿原さんだけでなく、ミアもいつも以上に頑張ってくれている気がする。ついでに女子たちの目が生暖かい。絶対なにかあっただろ。

 たぶん俺に不都合な感じのなにかが。



 今回で八回目になる迷宮は『緑山』という集団としての初行動だ。正式な名前は王室直轄第七特別迷宮近衛騎士団ということになるが、まあ勇者騎士団とか迷宮騎士団というのが王国側の認識になるのだろう。

 だから俺たちは勇者らしく二層の階段脇で炊き出しをやってから三層に降りてきた。評判は大事だからな。


「一体でレベルアップとか、持ってないだろ、八津」


 ニヤついたちょいイケメンの古韮ふるにらがからかってくるが、そのとおり。本気であと一体だっとは。前回で上がっておけよといった感じだ。

 それでも俺もこれで立派な八階位だ。先行して【遠視】と【目測】を取っていたので、技能の取得はなし。単純に動きが良くなったことを喜ぶとしよう。それと綿原さんとの連携が上手くいったこともだ。



 前回、キャルシヤさんたちと一緒に行動した迷宮の後半で採用した仮称『綿原陣』だが、綿原さんと俺が暫定バディをテストするには最良の陣形でもある。

 本来は左翼に位置した綿原さんを俺の直前に置き、入れ替わりで左を【熱導師】の笹見ささみさんと【石術師】の夏樹なつきが、右側は【雷術師】の藤永ふじながと【氷術師】の深山みやまさんが陣取る構えだ。


 正式に従士になった【冷術師】のベスティさんは左翼後方、【湯術師】のアーケラさんは右翼後方にサポートとして入ってくれていて、左右で高温と低温が両立できる形になっている。

 俺の両脇には【奮術師】の奉谷ほうたにさんと【騒術師】の白石しらいしさんが副官として控えてくれているのはいつも通り。さらには【瞳術師】のシシルノさんも同じような位置取りで、横には最終ラインの護衛として【翔騎士】のガラリエさんが陣取る構えだ。


 せっかく設定した分隊だが、まったく意味をなしていない。まあ、そういうお遊びだったということで。



 ついでにいえば、今回の迷宮から俺たちの革鎧とメットは『色だけ』が一新されている。いやまあ中身も新品ではあるのだが、『灰羽』基準の明灰色から『緑山』仕様の若草色に変更された。これには普段『薄緑の白衣』を着ているシシルノさんも大喜び。

 もちろん左肩には『帰還章』が貼りついているし、滝沢たきざわ男爵先生については『昇龍紋』も追加乗せだ。


「わたしが提案したんだから、実績は残すわよ。ちゃんとあおい鳴子めいこにも流すからね」


「おいおいワタハラくん、わたしもお願いしたいのだけどね」


「そっちはガラリエさんがやってくれるじゃないですか」


「世知辛いねえ」


 テンションがアガっている綿原さんと、それを察知して乗っかるシシルノさんの図である。


 そんな様子を見ている奉谷さんはいつも以上にニコニコ顔だし、メガネを光らせた白石さんは口の端が吊り上がっている。やっぱりなにかあっただろ!


「それじゃあこの部屋で測量の練習よ。当番のみんな、よろしく。ほかの人たちは交代で警戒と休憩ね」


 戦闘終了を見届けた綿原さんが、パンパンと手を叩きながらみんなに指示を出していく。


「八津くんもよろしく」


「了解」


 名指しされた俺は、部屋の角に向かう。端っこで大人しくしていろという意味ではない。

 そこから【目測】を使うのが一番理に適っているだけの話だ。部屋の隅っこがお似合いのポジションとか、フレーズ的にちょっとアレだがこれもお仕事。

 今日の綿原さんはいつも以上に張り切っているようだし、ここは従っておくのが吉だろう。



 ◇◇◇



「えっと二十三と半分。こっちは十八」


「おお。ピッタリじゃねえか。改めてすげえな」


「なんか、迷宮の方が冴える気がするんだよ」


 お坊ちゃんな田村たむらは、ロープにつけた印と俺の言う数字が一致しているのにちょっと感動しているようだ。普段の皮肉な口調が消えているのがちょっと面白い。


 長方形の部屋の角に俺が立ち、なるべく地面と平行になるように腕を伸ばして、長辺と短辺を【目測】して記録係に伝える。同時にロープを使った計測も行って、二重確認という形を取っているのだ。


 一年一組名物、言い出しっぺの法則が発動し、この度は【聖盾師】の田村がめでたく測量班長に就任した。本人も嫌がっているわけではなさそうなので問題はない。

 記録係としてロープ持ちを藤永ふじなが笹見ささみさん。夏樹なつき深山みやまさんがメモを取るという形になった。



「やっぱりマッピングなら方眼紙だよね」


「そうなんだ」


 ゲーマーな夏樹が明るく言えば大人しい深山さんが素直に従う。深山さん、半分くらい騙されているぞ。


 俺たちは今回、以前から準備を進めていた方眼紙を持ち込んできた。

 マッピングといえばコレだと夏樹が主張したのだが、アラウド迷宮にマッチすることは経験則でわかっている。基本的に長方形の部屋が繋がる形で構成されている迷宮は、斜めな曲がり角などは今のところ見たことがない。装飾レベルの柱とか水路とかのイレギュラーはあるのだが、基本構造は直角に落とし込めるのだ。


 というわけで、シシルノさんにお願いしていたのが版画で作られた大量の方眼紙である。似たようなモノはアウローニヤでも使われていたが、大量な正方形の羅列となるとシシルノさんも見たことがなかったようで、大喜びで発注してくれていた。思いついてもここまでやるヤツがいなかったとか。

 一部屋で一枚。升目の単位はもちろん『キュビ』だ。何分の一スケールかは知らないけれど、実用としては問題ないだろう。



「ちょっとした自由研究だよね」


「『アラウド迷宮を測ってみよう』って?」


 前衛組なので周辺警戒を担当している藍城あいしろ委員長と中宮なかみやさんが軽口を叩いている。


 気持ちはわかるし、俺たち一年一組はことあるごとに『学生らしさ』を持ち込もうとしているのだ。意識的に。

 異世界で迷宮に潜って魔獣を狩ったり、貴族社会で殺伐としたり、そういうのに染まり切りたくないと、俺たちは考えている。だからこそ、こういうこっちの世界の騎士団としての行いを、なるだけ学生のノリでこなしていこうという話になったのだ。


 この世界に文化の革新をもたらそうなどとは思っていない。シシルノさんあたりはガッツリ影響を受けているみたいだが、そこは受け手の問題だ。



 離宮での生活は合宿、訓練なら部活動。迷宮探索は宿泊研修で、炊き出しは文化祭の模擬店だ。今日やっているのはフィールドワークかな。そもそもこの世界の政治や文化、システムを調べるという最初に俺たちがとった行動こそが自由研究のノリからスタートしていたわけだし、どこまでいっても俺たちは山士幌高校一年一組で高校生だということだ。

 なんなら誕生会もするし、ジンギスカンパーティーだってやってやる。学生だからな。


 引率の責任を負わせてしまった滝沢たきざわ先生には頭が上がらない。


 俺一人の異世界転移なら、こうはいかなかっただろう。

 マンガやアニメの知識でテンプレをぶちかまして、どこかで派手に自爆していた未来しか見えない。前世で命を落としての赤ん坊スタートなら、環境次第で時間的猶予もあっただろう。だけど勇者召喚パターンは余程のチートがないと詰む。物理的にも精神的でもだ。


 目の前で繰り広げられている測量を見て、迷宮らしくないのほほんとした光景だからこそ本気で俺は実感してしまうのだ。コイツらと一緒でよかったと。


「なかなか難しいわね」


「なにしてるんだ?」


 俺の近くでは綿原さんがサメを進めては一時停止を繰り返しているが、どういう意味があるのだろう。


「一キュビ単位で操作するのに慣れておこうと思って。決めたのが昨日でしょ?」


「三キュビ」


「あっ、ちょっ!」


 やろうとしていることがわかったので、ちょっと斜めに腕を伸ばして指示してみたら、慌てた様子で綿原さんがサメを動かした。


「うん、二・八キュビ。いいんじゃないか?」


「ダメよ。十キュビまでの誤差はコンマ一」


「それって厳しくないか?」


 八メートル五十で八十五センチの誤差とか……、実戦レベルだと結構大きいか。なるほど、気持ちはわからなくもない。


「最終目標はコンマゼロ一よ」


 綿原さんの意識が高すぎる。だけどそれ、俺の背が伸びるのを前提にしていないだろ。

 今日から一キュビが一センチ伸びましたとか言ったら、どんな顔をされるか。ヤだなあ。



「訓練場の的もキュビ単位にしまショウ」


 俺があちこち指さして、そこにサメが泳ぎ着くゲームをしていたら、ミアまでが混ざってきた。


「そうね。ミアの弓こそ距離感は大切かも」


「デスデス」


 綿原さんがあっさり納得すれば、ミアが妙に楽しそうに頷く。


 俺たちの訓練は『蒼雷』のを借りているわけで、的の位置をズラすのはちょっとどうなんだろう。

 あ、いや、射かける場所を変えればいいだけか。


「さっきので手ごたえは掴みマシた。シカや羊はまかせてくだサイ。たぶんリンゴもイケマス」


「ああ、期待してる。大丸太は難しいか?」


「アレは硬すぎマスから、足を薙ぎ払った方が早いデス」


 遠近両用なミアは実に頼りになるヤツだ。こんなにワイルドなクセに外見が妖精じみたエルフ顔なのが、これまたズルい。高校生にもなったわけだし、山士幌にいたままなら浮いた話のひとつやふたつは簡単だったろうに。



 ◇◇◇



「やっぱし縦幅でちょい誤差があるな」


「元の地図が大雑把だからね。細かい寸法は気にしてなかったんじゃないかな」


 田村と夏樹が元の地図と新しく作成した図面とを見比べて、ボソボソとやっている。


 俺は新しく作った図を見なくても【目測】でわかってしまうが、たしかに王国製の地図は縦横比がアバウトだ。概ねの大きさ、形状、扉の数と位置などはもちろん間違ってなどいないが、こういうズレを連鎖させていったらどこかで部屋一個分くらいの隙間ができてもおかしくない。

 このあたりは三層でも重要区画ではないとはいえ、なるほど、シシルノさんの懸念がわかるというものだ。



「君たちと一緒にいると退屈しなくて助かるよ」


「普段は助かっていないみたいな言い方ですよ、それ」


 地図を見比べていた俺のところにシシルノさんとメイドさんたちがやってきて、かけてきた言葉がコレだ。

 毎度のことではあるが、シシルノさんにとって一年一組は大層面白い存在らしい。それとも『魔力研』がつまらないのか。


「ところでヤヅくん、君はさっき『迷宮の中では技能が冴える』と言っていたね」


「ええ、まあ」


 前々から感じていたことではあるが、さっきの戦闘で【観察】【視野拡大】【視覚強化】【目測】【集中力向上】を重ねてみて、確実だろうとは思っていた。

 つい一昨日に地上でハシュテルたちとガチ戦闘になったことで比較できたのも大きい。迷宮の中にいる方が、技能が使いやすいのだ。


「君たちも資料で読んだとは思うが、それについてはほぼ確実だと考えられている。どうしてかな」


「それはまあ、迷宮の魔力でしょう」


「だろうね。うん、そこに行きつくのは当然の考えだ」


 俺の返答にうんうんと頷くシシルノさんだが、彼女はこうして妙なタイミングでとりとめのない話題をぶっこんでくることがある。鮭氾濫の時もこんなノリで会話をしたな、そういえば。

 べつに意味やフラグがあるわけではない。シシルノさんとしてはそういう会話ができること自体が楽しいらしいのだ。だからこそ退屈しないという言葉を使う。


 俺も嫌いではないのでお話に付き合ってしまうのだが、どこかで知識チートを持って行かれている気もする。『かがくの力』が大好きなシシルノさんだから、俺たちの口からこぼれるこの世界の常識との差を見逃さない気がするのだ。



「では迷宮で感じた『冴え』は地上に引き継がれるかどうか。ヤヅくんはどう思う?」


「一昨日ハシュテルと戦って実感しましたけど、半分だと思います」


「半分?」


 ギラリとシシルノさんの目が輝いた気がする。もしかしたら、ムリだという回答を期待していたのかもしれない。


「熟練上げの効率は絶対に迷宮ですし、なんというか『慣れ』は持って帰れるような気がするんですよね」


「ほう? 面白い表現だね」


「数字で測れないからハッキリしてませんけど、俺たちの熟練って上りが速い気がするんです」


「それは君たちが『勇者』だからかもしれないよ?」


「それはちょっと違うかなって」


 新たなる勇者チートの登場か。それならそれで嬉しいけれど、俺たちの意見としては違う。

 シシルノさんの笑みが深まったぞ。これは怖い。



 種類によりけりだけど、新しい技能は取った直後にぴょんと効果が出て、そこから熟練を上げることでゆっくり伸びていくイメージなのが多い。

 たとえば【身体強化】なら最初にガツンときて、そこからは強化率と消費魔力の削減がゆっくり伸びていく感じになるらしい。俺は持っていないからわからないけれど、勇者も普通の騎士も感覚的には同じだと聞く。


 とくに最近だと──。


「わたしもヤヅさんに賛成します。勇者であることより……」


 そこで口を挟んできたのはガラリエさんだった。


「長時間迷宮に居座り、技能を使い続ける。それこそが重要ではないかと。当たり前のことですが、わたしもそれを実感していますので」


「ほうほう。君までそう思うのかい」


 やっぱりガラリエさんも熟練度アップを実感しているらしい。たぶん【身体強化】あたりは顕著なんだろうな。

 楽しそうなシシルノさんがガラリエさんの肩を叩く。従士組も仲が良さそうでなによりだ。


「ほら、俺たちって離宮で『型』を練習してるじゃないですか」


「あの足さばきのことだね」


 せっかくなのでガラリエさんの感想に便乗してやろう。


「アレと同じで技能の熟練度とはべつに、使い方を体が覚えるというか、染みつくというか」


「技能が馴染む、かな」


「そうです。そんな感じで」


「なるほどね」


 納得したように顎に手を当てるシシルノさんは、そこで黙ってしまった。こういうのは結構珍しいかもしれない。



「そろそろ出発しましょう!」


「うぃーっす!」


 綿原さんの声が響き、作業を終えたみんなが集まり始めた。


「シシルノさん?」


「いや、すまない。やはり君たちとする会話は刺激的だと思っていただけだよ」


 再起動したシシルノさんの言葉が怪しすぎるが、突っ込んで蛇を出したいとも思わない。そっとしておこう。



「夕方までに『魔力部屋』の手前に到着、だったわよね」


「ああ。ここからは測量は無しで。群れの規模を確かめる方を優先だな」


「じゃあ行きましょ」


 小走りで寄ってきた綿原さんと今後の予定を確認をしてから、一年一組は移動を再開した。


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