第91話 指揮を執る者




「いつもの悩みと一緒で、見えてはいるけど口が追い付かないって感じかな」


 藍城あいしろ委員長の問いかけに、今日のコトを考えながら答える。


 普段は自分の手足が間に合わなくて悩んで、今日は考えることと口に出すのが遅くなったと自覚している。もっと速く、もっと適切な指示を出していれば、余計な怪我をしないですんだヤツもいたんじゃないかと。



「そんなの慣れるしかないだろ。階位上げたら【思考強化】取れよな」


 田村たむらの少し乱暴な物言いは、つまり俺がつぎも指揮を執るという意味にもとれる。本当にそうなのか?


「うん、八津やづはしっかりやってたと思うな。アタシはうしろにいたから、よくやるわって思って見てた」


「そうかあ? 俺はもうちょっと前に出たくて、イライラさせられたぞ」


 ひきさんがポジティブで、佩丘はきおかは文句を言ってきた。

 やっぱり不満はあったのか。それはそうだよな。性格も能力もバラバラな連中が揃っているんだ。各人の個性まで考えている暇などなかった。


「そりゃあ佩丘が悪いだろ。あの状況なら騎士組は一列だ。勝手に動いてどうするよ」


「んだと、田村てめえ」


「まあまあ、二人ともそこまでだよ」


 言い合いになりかけたところを委員長が止めに入った。俺の話題が原因だけに、ちょっと申し訳ない。



「痛いところを指摘されたわたしとしては、まあ、助かったわね」


広志こうしとは二層で一緒に戦った仲デス。ワタシは安心して動けまシタ」


「完璧は無理だろうけど、それぞれの経験値を考えてくれたら、もっと良かったかもね」


「僕は目の前のことで手いっぱいだったからさ、もっとバンバン声をかけてくれると嬉しいかな」


「ははっ、草間くさまは何回人にぶつかったかな」


 中宮なかみやさんやミアを筆頭に、勝手な意見がポンポンと出されていく。

 お褒めの言葉もあれば、注文らしきモノもあった。


 ただひとつ共通しているのは、俺が恐れているたぐいの言葉が出てこない、ということだ。


「えっと、また今回みたいのがあったら……」


 口を開いてみたものの、この先を言うのにちょっと勇気が要るな。


「俺が、やるの?」


 そう、一人として俺よりほかの誰かがいいという意見を言ってこない。

 まるでこれからも──。



「八津に指揮を任せたのは、みんなで決めていたことだろ」


「それは納得してるよ。ただ今日さ、俺にやらせてみて、思ったコトとかあるんじゃないかなって」


 委員長は笑っているけれど、俺としては戦々恐々だ。


 任せられたのは嬉しかった。だけど、やってみたら怖かったんだ。

 ミスって誰かが怪我をするのも怖かった。それとは別に、お前じゃダメだと言われるのも怖い。

 自分でもワガママなことを考えている自覚はあるけれど、それが俺の正直な気持ちだ。


 今になって自分でもどうしたいのか、それすらわかっていないことに気づいた。

 続けたいのか、降りたいのか。


「いや、お前しかいねえだろ」


「田村……」


 馬鹿者を見る目で田村がこっちを向いていた。


「決めた時の話に出たとおり、消去法な部分はあるぞ。前衛組はダメ。後衛でも動き回るタイプの術師はダメ。そうだったな」


 田村は俺が選ばれた理由を並べ始める。


「だったら八津か奉谷、白石しらいし、疋、あとはまあ俺か上杉うえすぎくらいか」


 そのとおりだ。腰を据えて指揮官みたいなことができる神授職持ちは、今のところ田村の挙げた六人くらいしかいない。


「言っとくけど俺は無理だぞ。今日、治療役をやって思い知った。俺と上杉は走り回らなきゃダメだ」


「たしかにちょっと忙しかったですね」


「アタシも無理だからね。八津みたいにポンポン口出しなんてできないよ」


 自分にはできないとキッパリ宣言する田村に続けて、上杉さんと疋さんも断りを入れてくる。


「わ、わたしは歌っていなきゃ意味ない、から」


 白石さんも実にもっともな理由で却下だ。


 たしかにこの流れで俺が暫定指揮官になったわけだが、それなら奉谷さんでもいいんじゃないか?

 久しぶりに俺は外様だからと言いそうになってしまう。


 今日を振り返れば、奉谷さんもシッカリ指示出しを手伝ってくれていた。彼女の方が付き合いが長いクラスのみんなも納得し易いんじゃ。俺は【観察】を使って補助に回れば。


 いやそれじゃワンテンポ遅れるのか。

 だがしかし、ムードメーカーとして奉谷さんの力は絶大だ。


 ああもう、頭がゴチャる。どうするべきなのかと、どうしたいのかが区別できていない。



「ならこのままいいと思うわ。八津くんがメインで鳴子めいこちゃんが補助」


 俺の心の葛藤をよそに、中宮さんがスパッと言い切った。


「しっかりなさい。わたしはあなたの指示に不満はなかった。わたしの技を見切った目を、もう少し信じなさいな」


「中宮は言い方が厳しいよ。素直に適任だって、今日もちゃんとやってくれていたから文句はないって、そう言えばいいじゃないさ」


玲子れいこちゃん。あなたねえ」


 中宮さんにツッコム形で笹見ささみさんまで参戦してきた。


 これって中宮さんと笹見さんは、俺でいいと言っているんだよな。

 なんなんだろう。少し、いや結構これは嬉しいぞ。



「今日みたいなのが何度もあるとは思えないけど、当面の全体指揮は八津でいいと、僕も思う」


 言い放題になってきた場を収めるように、委員長がまとめにかかった。


「もちろん八津にはもっと練習してもらうし、周りのみんなも気が付いたことがあったら、どんどん言えばいいんじゃないかな」


「異議なし」


「アタシも賛成」


「いいんじゃないか」


「ほかに適任いないんだろ。このままでいいよ」


 周りから上がる声は全部が肯定で異論は出てこない。微妙に消極的賛成も混じっている気がするけれど、それはそれだ。


 心の中で深くため息を吐いてしまった。なんで俺はこんなにほっとしているんだろう。


 どんな理由であれ認めてもらえたから、居場所ができたから、なのか。

 召喚された初日に、追放されるんじゃないかとビビっていた自分を思い出してしまったからかな。



「全員賛成ということでいいね。じゃあしばらくは今日の体制のままで、基本の指揮は八津、補助に奉谷さん──」


「あのね、それなんだけど」


 委員長が結論を下そうとした時、そこに割り込んできたのは、なんと奉谷さんだった。

 これはちょっと意外すぎる展開だ。妙に静かだった彼女は、てっきり当事者だから見守る側に回っていると思っていたから。


「もちろんボクも八津くんがいいと思う。横で見てて、すごいなあって思ったし。ボクにアレは無理だよ。がんばれーって応援くらいはするけどね」


 最初に結論を言い切った奉谷さんは、いつもと同じ笑顔で話を続ける。


「変な言い方かもだけど、八津くんのままがいいって理由もあるんだよ。ほら、さっき八津くんには言ったでしょ」


 俺に?

 イタズラっぽく表情を変えた奉谷さんを見て、なぜか思い出した。あの時もこういう顔をしていたからかな。


「もしかして、報告がどうこうって言ってた件?」


「そう、それ!」


 たしか『面白い報告』だったか。それをこの場でということは、もしかして指揮と関係があるのか?


「あのね、技能の候補に【聖術】が出たんだよ」


 現場は騒然となった。



 ◇◇◇



「いやいやいや、【聖術】って生えるものなのか?」


「イヤだなあ、ウソなんて言わないよ」


 鼻息が荒い田村のツッコミを、奉谷さんは明るく受け流した。

 とてもこの場で言うような冗談ではないからな。


 繰り返しになるかもしれないけれど、【聖術】使いは貴重だ。

 それこそ国の各部署が囲い込みに走る程度には狙われるらしい。とはいえ絶滅危惧とかそういうことではなくて、レアではあってもスーパーレアとはいえないくらいかな。

 ただその必要性というか利便性というか、とにかく実用面で強すぎる存在なのだ。


 引き合いに出して申し訳ないけれど、珍しいだけなら綿原さんの技能はとんでもない。【鮫術】は初見だから当然として、【血術】【砂術】あたりはたぶん持っている人はほとんどいないはずだ。

 ほかにもクラスの中には、取っていないだけでレアな技能候補を持っている連中は多い。


 それでもやはり【聖術】は実用性という意味で飛び抜けている。

 一年一組にはすでに三人、上杉さん、田村、委員長が【聖術】を持っていて、二十二人に対してこの数字は破格らしい。


 そこに四人目だ。



美野里みのりちゃんと田村くんが【聖術】使ってるとこ見てたら、ポコンってね」


 奉谷さんは運び屋たちに【鼓舞】を掛けるため、ちょとちょろと動き回ってはいた。場面として【聖術】を使っている上杉さんや田村とカブったのも当然だと思う。でもだからといって、出るものか?


「もともと【奮術師】は相手に直接作用するタイプの術師だ。【魔力浸透】も持ってるし、そのあたりがあるかもな」


 あわあわしている周りをよそに、古韮ふるにらが冷静なことを言いだした。しかもそれなりに説得力がある。やるじゃないか。



「そのあたりの検証はあとでもいいかな。ええっと夏樹なつき、ヒーラーが四人になるのって、どうなんだ?」


「滅茶苦茶すごい。とくに奉谷さんなのがいいよ!」


 委員長の問いかけにゲーマーの夏樹が食い気味に返した。


 そっち方面でガチ勢ではない俺でも回復役が増える利点は理解できる。単純に手数が増えるし、全体魔力量が多くなるからヒールの回数だって増やすことができる。ヒーラー自身が怪我をしたときの保険にもなるわけだし。


 それになにより奉谷さんなのがいい。夏樹が言いたいのはソレだ。


「ボクってバフが終わったらね。だからすごく嬉しいよ」


 自虐が混じる奉谷さんだけど、半分は本当だ。


 たしかに今の彼女は【鼓舞】を掛け終えれば、あとはバフの掛け直しか魔力タンクが役割りになる。術師なのに攻撃的な魔術を持っていないからだ。

 かといって物理攻撃や防御となると、彼女は深山みやまさん、白石さんと並んでクラス最弱レベルになってしまう。


 これから身体強化系のバフ技能を取る予定はあるけれど、もしかしたら俺とは別の形で奉谷さんは悩んでいたのかもしれない。

 自分のことを考えるばかりで、奉谷さんの立場が見えていなかったかな。情けない話だ。



「だけど、せめて五階位にならないと【聖術】は取れないかな」


 奉谷さんは直近で【魔力譲渡】を取ってしまっている。俺が二層に落ちたのが理由だけど、それはもう終わったことだ。グチグチ考えても仕方ない。


 それよりも今は奉谷さんのお祝いをする場面だろう。


「だからしばらくはこのままだね。ボクは八津くんの補助をするよ。よろしくね!」


「ああ、俺の方こそよろしく」


 にっこりと笑う奉谷さんはなるほど、クラスの連中がおひさまみたいだと言うのがよくわかる、そんな笑顔をしていた。


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