第194話 姐御と語る



「親睦だよ、親睦。部隊などは、ああして連帯を強めるんだ」


「勇者のみなさんは異世界の方たちですよ。そこを考慮していただけない人には──」


「すまないと言っているだろう。アヴィは少し硬すぎないか?」


「あなたたちがふざけすぎるのです」


 第四騎士団『蒼雷』専用訓練場の片隅にキャルシヤさんとアヴェステラさんの声が響いていた。


「流れ矢が飛んできた気がするのだけど、わたしは関係ないんじゃないかな、今回は。なあヤヅくん」


「そうかもですね」


 たしかにさっきの一件については、シシルノさんは無関係だったかもしれない。楽しそうに聞き手に回っていた。

 だけどシシルノさんのことだ、知った上で溜めていたに決まっている。絶対ここぞという場面で使う気でいたのだろう。そういう性格だというのはすでに知っているのだ。



「それにしてもやっぱり、実戦部隊の訓練は違いますね」


「ほう、ヤヅくんにはそう見えるのかい。わたしにはさっぱりだよ」


「そうですか」


 ふざけたやり取りは放っておいて、俺は訓練場を【観察】している。

 シシルノさんがこういうのにトンと興味がないのは知っているし、日本人がスポーツ選手を見ているくらいの感覚なのだろう。それがどれくらいすごいのかを把握しようとせずにだ。


 この場の騎士たちは十階位以上しかいない。

 そこまで持って行くためにある『灰羽』の訓練とは違い、第四近衛騎士団『蒼雷』の騎士たちは十階位から十三階位がそのほとんどだ。キャルシヤさんは十四階位で、ここではトップクラスらしい。

 あの近衛騎士総長が十六階位だから、不利ではあっても単独でやりあえる存在ということになる。


 そんな人たちが『灰羽』と同じくらいの広さの訓練場で動き回る姿は、すごいの一言だ。

 最初にこの世界の訓練光景を見た時に受けた衝撃はすごかったが、こちらに馴染んできたからこそ、こんどは『蒼雷』の強さがわかってしまう。



『パワードスーツとかアシストスーツみたいなものかな』


 外魔力の存在を知った頃に藍城あいしろ委員長が言った言葉だ。アニメとかマンガには疎いのに、SFは好きだという彼らしい表現だと思う。

 俺たちが身に纏う外魔力を表現するのに、一番適した言葉だったかもしれないと、今でも思う。


 外魔力は俺たちの力を増幅し、硬くし、視覚までも向上させながら、しかも体の動きを阻害しない。追従性とでもいうのか、人間の持つ本来の可動範囲で過不足なく強化をしてくれる。

 だからこそ体の柔らかさや技という、魔力とは別の強さがあり、俺たちはそれを意識しながら訓練を続けている。この国の人たちに対抗するためにだ。


 目の前で動き回る『蒼雷』の人たちは強い。

 個人の力強さはもはや語るまでも無いが、『灰羽』で見たモノと違うのは、連携訓練がメインになっているということだ。


 この国の規定では一分隊は六名。

 昨今の迷宮内では三個分隊を一戦闘単位にする方向に向かっているが、そもそもは『王城内』での戦闘向きに設定されたものらしい。廊下やさほど大きくない部屋でも連携可能な最大人数がそのあたりだとか。

 魔獣が増加していなかった頃の迷宮ではそんな分隊でも十分対応できていたため、結果として固定されたワケだ。地上でも迷宮でも同じ連携で戦えるなら、そっちの方がいいに決まっている。



 そんな『蒼雷』の騎士たちが部隊長、副隊長を含めて二十人くらいの集団になって、お互いの行動を阻害し合わないように意識しながら、それでも一個のユニットになろうという方向で訓練がなされていた。

 あきらかに迷宮を意識しているそれは、それでもまだまだ分隊が三個に見える。


 早い段階で三班構成を投げだした一年一組は、二十二人プラス四人の集団として行動できるようになってきていると、俺は思っている。

 目の前の訓練を見ると格上に対する恐れと同時に、連携や攻撃手段の幅という視点でウチのクラスも負けてはいないと、誇らしい気分になってしまうな。


 慢心は良くないが、嬉しい気持ちは大切にと滝沢たきざわ先生にも言われているし。



 俺が誇りに思っているクラスの連中は、訓練場の片隅で個人練習や明日同行することになっている『蒼雷』の騎士と手合わせをしているところだ。

 とくに俺は指揮官をやらされることになっているので、十三階位で揃っているというキャルシヤ団長直属分隊の騎士たちの動きを憶えるのに必死だ。ミームス隊と違って、羊トレインの時に一度しか見たことのない人たちだからな。

 体を動かすのも大事だが、これこそが今の俺のすべきことだろう。


 ところで──。


「ヤバいな」


 横にいるシシルノさんに聞こえないくらいの呟きを漏らしてしまった。


 ちょっとあり得ない事態だが『先生の動きが精彩を欠いて』いる。【観察】があるが故にわかってしまうほんの少しの差。ずっと先生の動きを見てきたからこそわかる違い。

 そんなにアレか、あざながキツかったのか。カッコいいと思うのだけどな『無手のタキザワ』。ほかにも会議に参加者からは『肩挫き』とか、滑落事件を知っている人からは『魔獣と人の間』とか言われているらしい。


 勇者として肩書を得てからこちら、二層滑落事件、鮭氾濫、ハウーズ救出、そして鉄の部屋解放と、一年一組は多くの人にその活躍を見られてきた。調査会議バトルロイヤルも付け加えておくか。

 それを見た人たちが報告書や口伝くちづてで、情報とも噂ともつかない勇者のネタが広まり続けているのだ。離宮に隔離されている俺たちには届かなかったその一部がさっき暴露されたわけだが、思った以上の精神的ダメージを負ったメンバーがいたようだ。


「しっ……。しっ……。しっ……」


 無心とばかりに上段から木刀を振り下ろし続ける中宮さんがいる。

 鋭い目つきはいつもと違い、どこか遠くを見ているようだ。その瞳に映るモノはなんなのだろう。


『顔面掴みのナカミヤ』か。インパクトはあったのだろうけど、女子に付けていいものじゃないな。

 いかにアウローニヤが俺たちの想像以上に男女平等的な社会でも、やはり女性は女性なのだから。



 だけど不思議なことに、それ以外の連中は動きがいい。

 お前ら、そんなに二つ名が欲しいのか? 俺なんて『地図師』だぞ?


 いや、深山みやまさんだけは別か。隅っこに避難するように座っていてそれでも水をいじっている。自身は体を動かしながらも遠くから見守る藤永ふじながが心配そうにしているな。訓練に集中しないと怪我をするぞ。


 この場合、一年一組のひっ被ったダメージとバフはどちらが大きいのだろう。

 よりによってエースの二枚がデバフってるからなあ。



 ◇◇◇



「羊の時も思ったが、術師たちとの連携は難しいものだな」


「近衛の編成だとそうでしょうね」


 もう少しで訓練も終了という頃になって、キャルシヤさんはなぜか俺の横に立っていた。


 訓練を続けているクラスメイトや騎士たちを見ているのだが、キャルシヤさんの方が俺より五センチ以上背が高いんだよな。クラスで一番背の高いヤンキー佩丘はきおかが百七十五くらいだったはずだから、並ぶと釣り合いが取れそうだ。

 金髪碧眼のちょっとキツ目のお姉さんだけど、ゴツいというよりカッコよさが先にくる。まさに頼れるアネキといった感じで、ウチのクラスだと【熱導師】の笹見ささみさんに似ているかな。


 会った当初こそ真面目キャラのイメージだったが、二泊三日の提案やさっきの二つ名談義のせいで、冗談も言ったりする人だと知れた。

 総じて俺の感想としては『いい人』だ。近衛騎士総長や第六のケスリャー団長なんかを知っているだけに、団長クラスでいい人なんて思える人は初めてかもしれない。ゲイヘン軍団長や第五のヴァフター団長も悪い人には見えないけれど、まだまだなんともいえない。心の内側になにを隠していてもおかしくない立場の人たちだからな。

 キャルシヤさんとは戦場を共にした、なんていうのが影響しているとしたら、俺も随分とこの世界に毒されたものだ。武侠モノっぽくてカッコいいかも。


「ヤヅは最後まで見ているだけだったな。【観察】か」


「ですね。硬さと攻撃力はちょっとわからないですけど、速さと挙動だけならなんとか」


「筒抜けというわけか」


「わかっていてもムリですよ」


 そもそも十三階位の騎士たちの動きが見えたところで、俺には対抗する術などどこにもない。

 そういえば十六階位の総長は見えなかったけれど、キャルシヤさんやこの人たちの動きはしっかり捉えることができている。俺の階位が上がったこと、【観察】や【一点集中】が伸びていること、あとは【視覚強化】ってところか。


 これは悪くないと、思わず口の端が上がってしまう。



「若造がそういう顔をするとクセになるぞ?」


 真面目顔で妙なツッコミを入れてくるキャルシヤさんだが、俺はそんな悪い顔をしていたのか。俺には似合わないだろう。

 それでもシシルノさんの悪い笑い方って俺のストライクだし、こんど綿原さんにもマネしてもらえるように頼んでみようか。メガネな綿原さんの悪い顔……。アリ寄りのアリだな。


「で、目途は立ったのか?」


「まあ、なんとかです」


 口元をもちょもちょさせていた俺を、キャルシヤさんが覗き込むようにして聞いてくる。近いですよ、キャルシヤさん。

 距離は離れていてもサメの監視網があるのだから、油断はできないのだ。


「申し訳ないですけど、基本は盾に専念してもらうことになるかな、って」


「倒すなということか。勇者の階位上げに協力しろと?」


「すみません」


 バレるか。当たり前だな。だけど十三階位クラスの騎士が七人もいるんだ、十階位のガラリエさんも計算できるわけで、前衛後衛の負担を考えれば作戦としては悪くないと思う。

 ウチのアタッカーは信頼できるからな。今は二人ほど不調だけど、あの人たちのことだ、迷宮に潜れば立て直すだろう。



「楽しみにしているぞ。『指揮官』殿」


「近衛の団長に指示を出すなんて、考えてもみませんでした」


「いやいや、わたしはかくあるべきだと思っているんだ。『能力』ある者こそが指示すべきだと」


 キャルシヤさんの言うことは、この国ではちょっと受け入れがたい考え方だ。


 偉い人が指揮をする。それが当然。能力がある人が偉くなることはできる。できるけれど家柄が無ければ騎士爵止まりだ。だからこの国は部隊長クラスまでなら有能な人が多いと思う。ヒルロッドさんにしてもジェブリーさんたちにしても。

 だけどそこから上の団長や大隊長となると、世襲という壁が出現してくる。男爵とか子爵とかの出番になるのだ。もちろんそういう名家の出の方が教育水準も高いから、平民上がりよりはよほど有能な人たちが多いのだろう。それは理解出来る。


 それでもやっぱり俺は日本人だ。どんなに頑張って力を見せても課長までしかなれません、みたいなのはなあ。



「ヤヅ、存分にやるといい。わたしを使い潰すくらいやってみせろ」


「潰したりなんてするわけないですよ。全員がやるべきことをやるのが勇者です」


「そうか。そうだな。君たち全員に期待するとしよう」


 なぜキャルシヤさんが俺をここまで買ってくれているのかは不明だが、せいぜいやってみせるさ。


「明日は『地図師』なのだろう。二役は大変だな」


「頼もしい仲間ばかりですから」


 迷宮は明後日で、明日の午前中は最新版の『迷宮のしおり・三階層編』の作成だ。

 キャルシヤさんのいうとおりでいろいろと忙しいのは事実だが、地図については田村たむら奉谷ほうたにさん、白石しらいしさんあたりが手伝ってくれるだろう。

 それ以外の全般は、頼もしい相棒が放っておいてもやってしまう。だよな、綿原さん。


「俺たちは四回目の迷宮泊です。そのあたりは信用してください」


「もちろんさ。だからこそ、ヤヅの……、いやヤヅとワタハラの指揮下に入るのだ」


「綿原さんもすごいですよ。戦闘以外は全部任せっきりです」


 綿原さんを推すと、どうしても心が躍る。自分のコト以上に自慢げになってしまうのを押しとどめるのが大変なくらいだ。



「なあヤヅ」


「はい?」


 なぜか今度は耳元でささやくような言い方に切り替えて、キャルシヤさんは薄く笑っている。今日だけでこの人のいろいろな顔を見た気がするな。


「ヤヅとワタハラは、アレなのか?」


 アレときたか。


「……違います」


「その気はあるのだろう?」


 妙に楽しそうに話すキャルシヤさんは、繰り返すが三十くらいの大柄なアネゴだ。なんで倍くらい歳上の人から恋バナをされているのだろう。しかも相手は団長で子爵様だぞ。


「ここは俺たちの世界じゃないですから。全部は帰ってから、ですよ」


「そうか。君たちはそう考えるのだな」


 なにかに納得したようにキャルシヤさんはうんうんと頷いている。腕組みが似合う人だな。



「この国にはとにかくバカと愚か者が多い。君たちの『意味』すらわかっていない者までいる」


 いきなり話題を変えてきたが、俺にはなんとなくキャルシヤさんの言いたいことがわかる気がした。


「だが見えている者も当然いるし、それが君たちをどう思い、どう扱うかはそれぞれだ」


 こういうことを言ってくれる存在が、アウローニヤにもいる。キャルシヤさんだけじゃない。アヴェステラさんやシシルノさん、ヒルロッドさんも、信じている。信じたい。


「気を付けろ」


 最後にそう言った時にはもう、キャルシヤさんは訓練場に視線を送り、俺の方は見ていなかった。


 言われるまでもない。

 けれど今のやり取りでふと思った。日本に戻る目標が、いつの間にかひとつ増えていたな。とても素敵で度胸が必要な目標だ。



 ◇◇◇



「ヤヅ、わたしはここで外そう」


「すみません」


 こちらから言おうか悩む間もなく、キャルシヤさんが俺から離れていった。もしかして【視野拡大】を持っているのかもしれないな。


 俺の目はこちらに向けて歩いてくる藤永と、それに引かれるようについてくる深山さんを捉えていた。藤永はいつも以上にキョドっていて、深山さんの目は澱んだまま。キャルシヤさんもあの二人の表情を見て察してくれたから、席を外したということだろう。

 なにがあったのやら。



「ほら深山っち」


「……うん」


 俺の傍までやってきた二人がごしょごしょとやっている。さっきまで恋バナ手前の話をしていたものだから、意味深に見えてしまうな。


「あのね、八津やづクン」


「なんかあったか?」


 数秒手間取ってから、意を決したように深山さんが口を開いた。


「新しい技能が出てたの。【冷徹】っていうのが……」


「……深山さんは【氷術師】で【冷術】使いだからな。出てもいいんじゃないか?」


 そんなワケがあるか。そもそもフィルド語だと全然別の単語だ。セルフツッコミを入れる俺だが、なんだかなあ。


 深山さんって謎の闇を抱えすぎじゃないか?


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