第195話 技能の言い換え
「えっとね、先に言っておくけど、これって物語の言い方だからね?」
日本人だけになった夜の談話室で、メガネ文学女子にして技能博士の
となりにはチャラ男の
新技能が発現したと聞いたシシルノさんがさっきまで大騒ぎしていたが、白石さんパワーで追い返した。シシルノさんに対して強く出ることができる人材は貴重だな。
「……【冷徹】っていうのは使うとね、魔獣を倒してもなんとも思わなく……、冷静なままでいられるって、そんな感じ、かな」
白石さんの途中で表現を変える努力がむなしい。
この技能について、俺は原文を知っている。
『──【冷徹】を持ち魔獣を切り裂いた彼の者は、落ち着き払ったまま、さらなる敵を求めていた。迷宮でも戦場であっても』
こんな感じだったかな。とくに最後がヤバい。人斬りに言及している。
そりゃまあ白石さんだってマイルドな表現にするだろう。全文を披露したら深山さんが闇のなにかを目覚めさせかねない。
たぶん【平静】の上位とか派生だとは思うのだけど、深山さんは新発見が多すぎないか。
ここで問題になるのはフィルド語と日本語のすり合わせだ。
こちらの世界に飛ばされてきた時に、俺たちはフィルド語ネイティブになっていた。もちろん『鑑定』のような百科事典的性能はなくて、知らないモノは知らないが、わかってしまえば紐づけが簡単にできてしまうという謎機能が搭載されている。中途半端だな。
今回の【冷徹】についてもフィルド語では『冷ややか』なんていう意味合いはない。ただ、日本語として一番マッチしそうなのが『冷徹』という単語なだけだ。するっと自然にそう感じてしまうからタチが悪い。
バイリンガルな
『油断してると頭の中までフィルド語で考えるようになってしまいそうデス』
というのが日本語、英語、フランス語を使いこなすミアの言だ。
日本語と英語という二種類の言語というよりは、むしろ同一の言語として地続きのように感じているらしい。よくわからん。
最初に俺たちが普通にフィルド語を使っているという指摘をしたのはミアだった。
それ以来、日本人だけの場面で一年一組は意識して日本語で会話をするようにしている。逆にアウローニヤの人たちの前ではなるべくフィルド語で。これは日本語を解析されないための方策だ。
普段は戦闘特化民族のミアが文化面で活躍した稀有な例である、というのは言い過ぎか。
言語の話はさておき、今は深山さんだ。
「無理やりでもいいから心の中で置き換えるっていうのは?」
ぴょんと手を挙げたのは弟系小柄男子の
「置き換えって?」
姉の
「たとえばさ……【不動心】とか。そういうことでしょ?」
そうやって提案する夏樹は偉いと思う。
俺なんて名称なんてものはラベルとして受け入れて、むしろ【冷徹】の効果と出現条件に心がシフトしていたくらいだ。
技能の発芽は精神と行いの結果でしかなく、出てしまったモノを検証して活用するのが本命だ、などと先日偉そうに結論付けた手前、非常に心苦しい。まさかこんな展開が待っているとは思わなかった。
というか深山さんの心の内には、いったいどんなものが眠っているのか。第三弾がありそうな気もする。もしかして【氷術師】ってヤバいジョブなのでは。
「それは難しいかな。いや、個人差かもしれないけど」
夏樹の前向きな案をみんなが思案し始めたところで、メガネ忍者の
「技能だけどさ、たぶん『そのままの名前』でないと、瞬間的に発動しないと思うんだ」
「草間くん、そんなことしてたの?」
驚いた顔をした夏樹が、草間に確認する。
「じつは、少しだけ──」
恥ずかしそうに口を開いた草間からの説明は、なかなか興味深くて、そしてかなりどうでもいい話だった。
草間の持つ技能は【忍術士】のお陰で忍者傾向が強い。そこでヤツは持ち前の中二感に身を任せ【気配遮断】を【隠形】と名を変えて発動できないか、とかをやってみたらしい。
元々フィルド語の【気配遮断】を日本語の【隠形】にするとか、かなりムリがある話だが、できるにはできてしまったそうだ。ただし【隠形】から【気配遮断】を経由する形で。
ちなみにフィルド語には『隠形』に類する単語が無くて『身を隠す』なんて単語も試したそうだが、そちらも同じ。『隠形』という単語のカッコよさに意味がある行為なのに『身を隠す』では、それこそ無意味だ。
結果としてわかったことは、ワンテンポ遅れて発動するだけ。それだけでしかなかったそうな。
「ごめん。どうでもいいことかなって思ったから、言ってなかった」
たしかにどうでもいい。それと中二に走った恥ずかしさもあったのだろう。俺でも黙っていそうな気がする。
だけど言われてみれば、なるほどとは思った。
俺と夏樹などもいつかは『ストーンバレット』とか『森羅万象』とか、そういうネタを言っていたこともあったし、すでに持っている技能で試していなかっただけのことだ。技能名にネガティブなイメージがなかっただけで、カスタマイズまで気が回っていなかったな。
そういう可能性に気付かされただけでも草間の行為には意味があったと思う。
「あ、あのさ」
そこまで聞いてみんなが納得したところで、今度の声は【熱導師】の
クラスの女子で一番大きな体を心持ち丸めたように見える彼女は、おずおずと言葉をつなぐ。
「あたしもね、やったことあるんだよ」
「なになに、どんなの?」
ちょっと引け気味な笹見さんの空気を読んだチャラ子の
「【お湯】って」
なるほどお湯か。それでどうなったんだろう。普通にフィルド語でも『お湯』に該当する単語はあるし、上手くいったんじゃ……、いってたら黙っているわけがないか。
「【熱術】と【水術】をふたつ同時に意識する方が早かったんだよね。それと調節も……」
やっぱりそういうオチだったか。
「ごめんな。失敗したもんだからちょっと気恥ずかしくってさ、言い出しにくかったんだよ」
そうやって頭を掻く笹見さんは、やっぱり普段より背中を丸めていたのだろう、ちょっとだけ小さく見えた。
「じゃあまとめるぞ」
なぜか仕切りに入った
「言語の問題を置いておいても、頭に浮かんだ技能の呼び方を変えれば効果が下がる。正確には『本来の名』を経由しないと発動しないからそもそも意味がない上に……、ボヤけるってことでいいか?」
「なんで最後で自信なくしてんだよ」
皮肉屋の
「
「なんで俺に振るかな。合ってると思うよ。俺も今さっき試したら【観察】の効果がさがったし」
「だよな!」
俺よりちょっとだけ背が高くて、わりとイケメン系の古韮が縋るような目をしても、こっちはちっとも可哀想だとは思わない。
それはいいとして、俺も試してみた。【観察】を【見物】に置き換えて動かしてみたら、使いにくいわボヤけるわ。手袋をしながら字を書いているような気分になった。コレは慣れとかそういうのでどうにかなるものではない。そんな直感がある。
いまのところ、たとえば無詠唱とか短縮詠唱のような裏技的なモノは、この世界のシステムで見つけられていない。そもそも技能の発動は無詠唱が基本なわけで。
どこかに抜け道を見つけて、それを応用してのし上がっていくなんていう王道パターンはないものだろうか。
そういえば──。
「綿原さんの【砂鮫】って」
「【鮫術】と【砂術】よ。さすがにそんな器用なことはできないし、考えたこともなかったわね」
「そっか」
「なにかホッとしてない?」
天才肌の綿原さんだし、サメ愛がすごいから、無意識でやっちゃったりしてるのかと思っただけなのだ。もしくは【鮫術】がユニークスキル的なチートだったりする可能性とか。
「昨日の繰り返しになるけど、深山さんは気にしない方がいいと思う」
「八津っち……」
話もまとまったようだから、いちおうの本題に戻るとしよう。なぜか深山さんの代わりに藤永が返事をするが、それはどうでもいい。
「【冷徹】、いいじゃないか。たぶん【平静】の上位だろ。それこそ『不動の心』だ。俺が欲しいくらいだよ。な、
ここで中宮さんに振ったのは、彼女が武術系女子だからくらいの軽い感覚だ。だがしかし。
「どうしてわたしには出なかったのかしら。あれでも
中宮さんはべつの方向でヤバイ思考に入っていたようだった。
今日はテンションがおかしくなっている彼女だが、『顔面掴み』呼ばわりがそれほど効いたのだろうか。意外と打たれ弱いのかもしれない。
深山さんに【冷徹】が出た条件は、【氷術師】だからというのはほぼ冗談だとして、やっぱりあのゲイヘン軍団長が口走った『めった刺しの赤目』発言だろう。
ちなみにもちろん、一年一組内で深山さんがアルビノっぽい件について、からかう者などひとりもいない。そしてアウローニヤでは赤目赤髪は珍しくはあるけれど、それなりにいたりする。メイドのひとり、アーケラさんなんかはアニメみたいな真っ赤な髪の毛をしているしな。
つまりアウローニヤにおける『赤目』というフレーズは蔑視ではなく、単に目立つ特徴でしかない。いや、その目が死んでいたのが怖かったから『めった刺しの赤目』なんて表現になったのだろうけど。
これは俺の想像になるが、深山さんに【冷徹】が生えたのは精神の上げ下げがキツかったというのがキーになると思う。本人の持つ心の資質だったとしたら、それはどうしようもない。
中宮さんも『顔面掴み』などという称号をいただいていたが、強靭な精神力を持つ彼女のことだ、耐えてしまったのかもしれない。なんだか精神破壊条件みたいで怖いな。
「……わたしも、出てませんよ?」
中宮さんの発言をトリガーに、これまた『無手』やら『半魔獣』みたいなコトを言われた人ならばと、そんな視線を受けた先生が未所持を申告した。目が、ちょっとだけ澱んでいる。もしかしたら間もなく出るんじゃないだろうか。
「ですが、止めておきましょう。出現条件が合っているのかも不明ですし、【痛覚軽減】とはワケが違います」
先生の言葉は切実だった。
痛みを感じることで出現させられるとハッキリしている【痛覚軽減】と違い、精神攻撃を受けると出るかもしれない【冷徹】では意味が違う。もしかしたら単純に【平静】の熟練度だけかもしれないのだし。
というわけで先生の言葉に完全同意しつつ、クラスメイトたちは各々の口調で深山さんを慰めにかかるのだった。
なぜか中宮さんは決意の眼差しをしていたが、そちらはどうしたものだろう。
◇◇◇
「それじゃあ本題に入ろう。あ、【冷徹】の件も大事だったからね? そこは勘違いしてほしくないかな」
イレギュラーとしか言いようのないタイミングで出現した【冷徹】については、いちおう深山さんも落ち着き、取るかどうかも含めてゆっくり考えてみようということになった。
そして始まるのは──。
「まずは先生からどうしても一言あるらしい」
委員長の言葉に全員が喉をゴクリと鳴らす。
非常に珍しいケースだった。それくらい今夜の話し合いは重い意味を持つと、先生もそう判断したのだろう。談話室が緊張感に包まれた。
「わたしからは、本当に一言だけになります」
すっくと立ちあがった先生がキリリと表情を引き締め、クラスメイトたちに視線を送る。
思い思いの位置で絨毯の上に座った俺たちも、そんな先生を見つめ返す。大丈夫、先生がなにを言おうとも、俺たちは受け止めてみせるから。
「『滝』と『沢』は禁止です」
「えー!?」
あまりに無慈悲な言葉に、一部の仲間からブーイングに近い声が上がった。
「先生!」
そして中宮さんが立ちあがる。その瞳は爛々と輝き、戦いの直前のように先生を見つめている。
室温が高まったような気すらした。それくらい目の前のナニカが暑苦しい。
「『昇』は──」
「禁止です」
「くっ」
なんだ、このやり取り。
昼間の先生に引き続き、中宮さんのくっころまで拝めるとは思わなかった。
だからそこのサメ、こっちを見なくていいから。なにかこう、俺の精神に感応するようなセンサーでも搭載しているのだろうか。
「わたしからは以上です」
本当に必要なことだけを言って、先生はその場に座った。あとは任せたと言わんばかりに。
「みんないいな。禁止は禁止だ。中宮さんも、いいね」
「……ええ」
言い含める委員長に少し不服そうな顔をしながらも、中宮さんは了承をしたようだ。ほかならぬ先生の厳命だからな。
「じゃあまず、『色』からにしようか」
これから俺たちの戦いが始まる。ひどく醜くなるかもしれない、身内同士の争いだ。だがこれは必要な行為でもある。
やるしかないのだ。
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