第196話 クラス分裂の危機




「普通に『緑』でいいだろ」


「えー、アタシは『ピンク』がいいかなって」


 古韮ふるにらがなにをいまさらといった感じで発言すれば、ひきさんが言い返す。


「ピンクってなんだよ、って『桃』か。そういえばこっちの世界にもあるんだな、桃」


 疋さんの言葉を変な方向でかみ砕くようにブツブツと呟く古韮だが、そのあたりはどうでもいいか。


 なんにしろだ、まずは藍城あいしろ委員長が言ったように『色』から決めていくのが話が早そうだ。なぜ色かといえば──。



 アウローニヤ王国には六つの近衛騎士団が存在している。


 第一近衛騎士団『紫心』。

 第二近衛騎士団『白水』。

 第三近衛騎士団『紅天』。

 第四近衛騎士団『蒼雷』。

 第五近衛騎士団『黄石』。

 そして、第六近衛騎士団『灰羽』。


 各騎士団の特徴はいまさらとして、すべて色プラス何かが俗称として採用されている。アヴェステラさんたちに聞いたところ、それが暗黙のルールらしい。そして頼まれた。迷宮騎士団もそれに倣ってほしいと。前例主義万歳だな。

 ここで『蒼』と『青』、『紅』と『赤』についてはもはやツッコむまい。翻訳がそうしてくれるから仕方ないのだ。そもそもどこまでが色として判定されるのやら。



 そんなわけで『騎士団の俗称』を決めるという大事業を目の前にした俺たちは、まずは色から設定することにした。


「僕は『黒』がカッコいいかなって」


「黒はダメだっていう話だよ」


 無邪気だけど、どこか中二が入った夏樹なつきがそう言えば、姉たるはるさんが速攻で否定してくれた。どうやらこの国では黒は聖なる色で、そうやすやすと使っていいモノではないらしい。


「だけどそれって勇者の色だからでしょ?」


 あっけらかんとロリっ子奉谷ほうたにさんが口を出すが、そこはセンシティブだ。


 たしかに黒はアウローニヤの建国神話に連なる神聖な色とされている。勇者の髪と瞳が、この国ではまず見ない黒と伝えられているからだ。

 現在この国で王族をやっているレムト王家だが、王様や王子様、王女様のどこをどうみても黒い部分がない。行動や精神的な意味ではなく、外見上で。

 というか骨格からして日本人とはまったく違っていて、どのあたりに勇者の血とやらが流れているのか怪しすぎて仕方がない。魔力なんてものがあるこの世界の五百年という年月が人種を変えるレベルの期間になるのかわからないので、面と向かって文句を付ける気もないが。



「ここで黒を持ち出してまで僕たちをアピールすることもないよ。止めておこう」


 委員長の取り成しで、黒は却下された。当然といえば当然だが、俺たちは勇者の同胞であって、進んで勇者そのものをやりたいわけではない。

 炊き出しとか辻ヒールで勇者ムーブこそしているものの、それはあくまで評判作りのためであって、ガチ勇者をするつもりはないのだ。そのあたりのバランス取りが難しいのが、目下の悩みどころでもある。



「黒はダメ。白、赤、黄色、青は取られてるから……、金とか銀はどうデス?」


「金は派手でなんかヤダけど、銀はシブくていいかも」


 積極的に色系の会話に参加しているのは古韮、疋さん、夏樹、春さん、奉谷さん、ミア、意外なところで馬那まなあたりだ。ミリオタ的に燃えるものでもあるのだろうか。

 ほかの連中は無関心か、そもそも普段から口出ししないタイプか、そして俺のように結果が見えているから黙っている、というところだろう。



 ◇◇◇



「じゃあ決を採るよ?」


「うーっす!」


 十分ほど各自が言いたい放題をしたあたりで、委員長が多数決を持ち出した。


 これに返事をするみんなにも異論はない。

 色より騒ぎになりそうなのが、この後に控えているからな。



「まず『桃』の人」


「はぁい」


 桃色を推したのはただ一人。チャラ子の疋さんだけだった。挙手も彼女の一本だけ。

 当人もわかっていたようで、この結果にはむしろしてやったりの表情だ。話し合いに色を添えたってところだろうか。色の話題だけに。


「一票だね。つぎは『銀』」


「おう」


 委員長がつぎに指名したのは銀色。


 手を挙げたのが何人かいるな。馬那、聖女な上杉うえすぎさん、そしてミア。

 背景情報としては……、馬那は勲章、上杉さんは包丁、ミアは光モノが好き、ってところだろうか。なんで俺はプロファイリング紛いなことをしているんだろう。それだけクラスメイトのことを知りたいという欲求があるのは自覚しているけど。


「最後。『緑』」


「はーい!」


 というわけで俺も含めて残り全員が『緑』に投票した。総数十八。圧倒的多数だな。


「というわけで色については『緑』で決定だ。いいね?」


「うーっす!」


 ここまではほぼ出来レースだ。


 正直なところ、こちらについてはなんの心配もしていなかった。最初に騎士団の話が出た時、あれは初回の迷宮から戻ったあたりだったか、そこで俺や仲間の多くが想像したのは『緑』だ。

 すでに存在している騎士団からの消去法でもいいし、なにより山士幌という緑塗れの町に帰りたいという俺たちの心を表す色。山も畑も牧草地も森も、全部が全部緑色だ。

 晩夏の小麦畑が黄金色に染まるのも嫌いではないが、やっぱり俺としては、だな。



「先に言っておくけど、言い争いは控えめにね。さて……、緑のうしろにくっ付けるのは、なにがいいかな?」


 念を押す委員長のお言葉だが、どうなることやら。

 ここからがまさにバトルフィールドなのだから。


「わたしは『拳』を推すわ」


 先陣を切ったのは木刀女子の中宮なかみやさんだった。

 なんで木刀使いが『拳』なんだよ。


「中宮さん……」


 なにかこう痛ましいものを見るような目で委員長が呟くも、中宮さんの右手は天井を向いたままだ。

 それを見る……、もう見ていないな。滝沢たきざわ先生は、片手で目を覆って、すでに現実から逃避している。


 なんとも中宮さんによる先生ラブがあふれ出た提案だ。

 事前に先生が『滝』と『沢』と『昇』を封じた理由。さすがに『子』はないだろうからと安心していればコレだ。


 今日の中宮さんはどこかテンションがおかしい。

 いや、あの時からだ。『顔面掴み』。そんな名を頂戴してからの彼女は、まるで現実から逃避するかのように、思考を逸らすかのように変なスイッチを入れているような。コイツはヤバい匂いがする。



「『緑拳』かあ、青汁みたいだね」


 朗らかに笑う奉谷さんが前向きすぎて眩しい。

 というかこの雰囲気でよくそんな気軽なことが言えるものだ。周りは中宮さんにドン引きしているというのに、これができるのが奉谷さんか。あの綿原わたはらさんをして、クラス最強の精神力といわしめただけのことはある。これが胆力お化けの存在感。


 念を押すようだが、日本人だけになったこの場での会話は日本語で為されている。ちなみにフィルド語で緑を指すのは発音的に『ヴルム』だ。よって奉谷さんのネタは日本語でしか通用しない。



 たしかに新設される一年一組騎士団の団長は我らが滝沢昇子たきざわしょうこ先生で確定している。所在未確定で第四近衛騎士団預かりになっている俺たちは、仮称『タキザワ隊』と呼ばれているのも事実だ。中宮さんが先生のナニカを騎士団の俗称に入れたがるのも、けっして間違っているわけではない。

 だからといって、先生からあそこまで釘を刺されたというのに、それでもまだ推してしまう中宮さんのド根性には恐れ入る。


「……ほかに提案のある人」


「そりゃもちろん『山』だろ」


 なにかを諦めた委員長が縋るような目を皆に向ければ、それに答えたのは地域密着病院の跡継ぎこと医者志望の田村たむらだった。

 言いたいことはわかる。『山士幌』だから『山』。じつにシンプルで明解な文字選びだ。ほかの騎士団ともカブっていないし、このあとで議題になるだろう紋章すら想定できる。普通に満点だよな。


「なんだか山って重たい感じがするし、ハルは『風』がいいな」


春姉はるねえ、自分の名前から一文字出すのってズルくない?」


「いいじゃん」


 たしかに『風』というのも悪くはないと思う。山士幌の牧草地や小麦畑を吹き抜ける風。『緑風』。うん、俺はこっちの方が好きかもしれないな。フィルド語だと『ヴルム=イィラ』で、なかなか響きも悪くない、……のだが。


 言い出した張本人の名前が酒季春風さかきはるか、つまり春さんなのはいただけない。

 弟の夏樹なつきが率先してツッコミを入れるのも当然だろう。


 せっかく先生が自分の名を封印したというのに、これでは本末転倒になるぞ。

 すでにあたりからは『草』だの『海』だのという独り言が聞こえてきている。


 お前らだよ、草間くさま海藤かいとう

 だめだろ『緑草』って。それだと単なる草じゃないか。それと海藤、山士幌に海は無い。地理的に存在していない。生まれ育った町の特徴くらい憶えておけ。そもそも『緑海』って、なんか嫌だろうに。



 ここで一文字を使いやすそうな名前をしているヤンキー系佩丘はきおかなどは、泰然としたままだ。『緑丘』とかはイケそうな気もするが、自分からは言いだすタイプではない。同じく『緑杉』とかやれてしまいそうな上杉うえすぎさんも、いつもの穏やかな表情で静観の構えだ。真逆に見える二人から安心という共通点を感じるとはな。


 逆に前に出たがりなミアと古韮だが、ヤツらのフルネームは加朱奈カッシュナーミアと古韮譲ふるにらゆずる。どちらも一文字を出しにくいタイプの名前だった。ざまぁ。


 大人しめな野来のき白石しらいしさんも静観で、委員長はもとより前に出る気などあるはずもない。俺もまあ、本当なら言い出したいところだが『緑志』だと『紫心』とカブるんだよなあ。よって黙ることにした。


 不気味といえば不気味なのが綿原さんだ。

 なにも『緑原』と言い出すなんて思っていない。彼女の場合『緑鮫』になるはず。そして普通に言いだしそうなのに、なぜか沈黙を保っている。どういうことだろう。


 ちなみに『山』が出てきた以上『川』も、とはならない。

 山士幌町の隣りには川士幌町という町がある。同じく農業で成り立っている町で、別にライバル視をしているわけではないが、そういった理由で『川』の提案はそもそもあり得ないのだ。



「あたしとしては『湯』がいいんだけど、ダメだよねえ」


 ついにはアネゴの笹見ささみさんが趣味を前面に押し出した。これは収拾がつかなくなるぞ。


「ならアタシは『髪』かなぁ」


「そ、それなら『星』がいいかも」


「あ、それもいいねー」


 実家が美容院の疋さんと、天文好きな文学少女の白石さんが釣られたように乗っかれば、お互いにたたえ合う始末だ。


「あはは」


 そんな光景を見ながら奉谷さんが笑っている。楽しそうだなあ。



「なら『肘』でもいいわ」


 完全に『拳』発言を放置された中宮さんが、ついにトチ狂ったことを言いだした。意味不明どころか行方不明だぞ。


「り、りんちゃん、それはさすがに」


「なによまことくん。だったら『緑真』でもわたしは構わないけど」


「えええ?」


 委員長と副委員長の仲間割れだ。どちらかというと中宮副委員長による錯乱からの逆ギレだが、一年一組の司令部が崩壊しかけている。これはいよいよ修羅場になってきたか。

 イザとなれば先生が止めてくれると思ってはいるが、本当の土壇場でもない限りだからな。それに戦闘やクラスの行く末に関わるレベルの話じゃないと先生は引っ込むことにしているようだし、自分の名前さえ関係なければ、この場を放置する理由には十分だ。


 この状況、俺が知る限りで一年一組最大の分裂状態といえるかもしれない。どちらかというと混沌かも。


 札幌育ちの俺からしてみればちょっと信じられないくらい仲良しのクラスメイトたちが、こうも意見を違えるとは、俄かに信じたくない気持ちだ。

 それが騎士団の俗称決めだというのが、これまた小さい。まあ、小さいから好きなだけ言い争ってもいいのだけど、あまり時間をかけすぎて遺恨とかが残らなければいいのだが。



「あの……、わたし……、『風』が、いいかな」


 その声はなぜか澄んで、皆がいっせいに動きを止めるようななにかを秘めていた。

 深山さんだ。横にはオロオロしている藤永もいる。ビビっていた俺が言うのもなんだが、なさけないぞ、藤永。


 だがしかし、こういう会話では絶対に控えに回る深山さんがなぜここでこうもハッキリと。しかも『雪』とか『氷』でなく、すでに出ていた『風』を推す理由とは。


「あのね……、わたしとしては『山』は、ちょっと」


「あ、深山さん」


 そのセリフを聞いた委員長が間抜けた声を出す。

 そこでやっと俺も気付いた。彼女の名は深山雪乃みやまゆきの。『山』が入っちゃってるじゃないか。奥ゆかしい性格故に、自分の苗字が入っているのは、ちょっとといったところなんだろう。それ故に妥協できそうな『風』を提案した。


 だがしかしだ──。


「みんな、聞いてほしい」


 キリっとした表情で委員長がマジっぽく切り出した。


「名前に関する規制は気にするのを止めよう。誰かの一文字が採用されたからって、そんなのはどうでもいいことだと、僕は思う。……もちろん先生は、その、例外ということで」


 良い事を言っているのに、最後でヘタれたか。

 先生の眼光は鋭いからな。


 昨日今日と、どうにも深山さんは話題になりすぎた。

 そんな彼女が勇気を振り絞ってまでしてきた提言を受け、委員長は決意したのだと思う。名前に縛られるのは止めよう、と。山でも風でもいいではないか。みんなで合意したのなら、誰かの一文字だからなんだというのか。



 そして数分後、騎士団の俗称は決定された。

 いくつかの候補を並べての多数決。委員長は念には念を入れ、予備投票からの決選投票までを行ってみせた。最終候補はふたつ。『山』と『風』だった。ちなみに『肘』は予備投票にすら候補にされなかったことを追加しておこう。


「決まりだね」


 挙がった手の本数を数え終わった委員長は、本当に疲れた顔で笑ってみせた。ヒルロッドさんとキャラが被りすぎだな。


「僕たちの騎士団の俗称は……『緑山』だ」


 俺個人としては『緑風』に一票だったのだが、『緑山』に文句があるわけでもない。

 答えはシンプルに。山士幌だから『山』。それでいい。それがいい。


「はひゅう」


「深山っち、深山っち!?」


 深山さんが崩れ落ちているけど無理もないか。うん、フォローは藤永に任せておこう。


「えっと、フィルド語だと『ヴルム=タータ』だよね。委員長は『りょくざん』って言ったけど、それでいいの?」


 あどけなく奉谷さんが日本語読みを確認してくる。面白い目の付けどころだな。だけどううむ、まさかここで『みどりやま』もあるまいし。



 さらに数分をかけて、再び多数決をやって、その上で『緑山』は『りょくさん』と読むことになった。『りょくざん』よりちょっとだけ可愛いという女子票が集まった結果だ。


「──さあ、出番ね」


 騎士団の俗称を決めるあいだ積極的発言をしてこなかった綿原さんが、ここにきて俄然気を吐く。どういうことだ。

 まさか……、最初からそういうつもりだったのか!?


 一年一組のバトルはまだ終わっていないのか?


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