第84話 魔石なんて無い




「で、どうするつもりですか」


「どうもしないさ。ここで休むことを進言したわけでもないしね」


 ニヤリと笑うシシルノさんは肩をすくめた。とは言ってもな。


「そう心配しなくてもいい。十中八九、ここで魔獣が生まれるなんてことはないだろう」


 一転、とても残念そうな表情に入れ替わる。

 本当は魔獣が湧き出るところを見たいんだろうな。こちらとしては勘弁だけど、謎を解明してみたい気持ちはわからなくもない。

 とくにシシルノさんの場合は、迷宮怪奇現象とか大好きだろうし。



「あ、あの、シシルノさんはどう考えてるんです?」


「ほう、シライシくんは興味があるのかね!?」


「は、はい、まあ、その」


 ほんと、シシルノさんは白石しらいしさんが絡むと食いつきがいいな。ビビってるように見える白石さんも、なんだかんだで話しにいくし、なにげに仲良しな二人だったりするわけだ。

 ところでこの場合の主語はなんだろう。魔獣が、かな。


「説はいろいろだよ。わたしとしては『材料』が気になるかな」


「表現がちょっと、怖いです」


「ははは、それは悪かった」


 顔をしかめてしまった白石さんを、シシルノさんは笑い飛ばす。


「君たちとした魔力を持つ石の話は楽しかったよ。なるほど、あんなものが本当にあれば材料たりえる──」


 材料。つまり魔獣を生み出すために必要なモノ。



 ◇◇◇



 魔獣が生まれる前提として、現在の研究では魔力が必要とされている。

 だからといって魔獣が生まれる瞬間を誰も見たことがないわけだから、あくまで推測のレベルだ。


 もしかしたら魔獣に魔力を生み出すなにか、たとえば『魔石』なんかがあればそれをコアにして魔獣が生まれる、なんていう考え方もできるかもしれない。

 そんなファンタジーでは定番のネタを仮説としてシシルノさんに相談してみたわけだ。

 魔石なんていう単語が無かったので、『魔力を貯めたり放出できる石』とか『魔獣の種』とか。


 だけどそんなモノは見つかっていない。

 こういうファンタジーチックな異世界モノで魔石が無いとはなんたることかと憤慨しそうになったのが、俺を含めて数名いた。それでもないものは無い。


 ムキになった俺たちは、魔石でダメなら『魔力を司る器官』があるのではと、ソレ絡みの研究を調べてみた。今になってみると、このあたりでもう魔獣の発生メカニズムの研究ではないな。


 この国には迷宮と付き合って五百年の歴史がある。当然俺たちが想像できるような研究などはとっくにされていた。文献に名前が出てきたナハムさんのように優秀な研究者はたくさんいたようで、その手の資料はいくらでも見つかったのだ。現役研究者というならシシルノさんもいる。


『【魔力視】で視える内魔力はね、体全体に広がっているんだよ。当人が認識できる球状とは違うのが技能の限界なのか、それともどちらかに真実があるのか、はてさてだ』


 昔の研究でどれだけ魔獣の死骸を漁っても魔力が濃い内臓とか、それらしいモノは見つからなかった。魔石なんて問題外だ。


 そもそも人間だって魔力を纏って使っているわけだから、魔力を蓄積したり制御するような器官があるかといえば、それも見当たらない。

 あったとしてもそれはそれで問題になってしまう。そんな魔力袋みたいな臓器を持っていない俺たちだ。そんな存在が魔力を使えているのがおかしい、ということになってしまうから。

 転移してきたときに謎の魔力器官が体内に生えていたとしたらその限りではないけれど、それはあまり想像したくないな。


 もっと気持ちの悪い話をすれば、そんな魔力研究の一環でこの世界もキッチリ人体解剖がなされていて、資料にも残されていた。医学より魔力学が先にくるあたりが実に異世界だな。

 藍城あいしろ委員長と田村たむらが興味津々で確認していたが、魔力うんぬんを抜きにしても、人体構造に地球人との差は見つけられなかった。委員長が頭を抱えていたな。進化がー、とか言って。


 結局『魔石』らしきものは存在していなくて、じゃあ魔力はどこに宿っていて、どう制御しているかもわからない、ということだ。

 脳かもしれないし、心臓だったり、もしかしたら魂かそれとも身体全体かもしれない。


 結論は出ていないけれど、クラスのほとんどの連中は別にどうでもいいやと考えているようだ。俺もそっち側だな。こういうのは気になるヤツが考えればいい。

 ウチのクラスはそういうノリでやっている。



 ◇◇◇



『魔石』なんていう素敵キーワードで方向がズレたが、今の話題は魔獣の材料だ。


「わたし個人の見解では、魔獣の発生時に迷宮の魔力が消費されていると考えているんだよ」


 魔獣は魔力の濃い環境を好むというのはすでに定説になっている。魔力が見えない俺としてはそういうものだろうな、という程度だ。お約束だし。

 そして発生時にも魔力が影響するとなれば、それはもう濃い場所が好まれるはずだ。そこにシシルノさんが言う、魔力の消費という考え方を組み合わせれば。



「ほら、部屋ごとに魔力の濃さが違うと言ったろう。濃い方じゃない、なぜ薄いのか、だよ」


「あ」


 気付いた白石さんが小さく声を上げる。同時に俺もシシルノさんの言いたいことが想像できた。


「迷宮全体の魔力が濃くなっているからこそ、気付けた部分があるね」


 ニヤリと笑うシシルノさんからは楽しさがにじみ出ている。

 正解不正解ではなく、そこに辿り着くまでの過程が面白い、いつかそんなことを言っていたっけ。


「魔力の薄くなっている部屋は、『魔獣が生まれたあと』ってことですか」


「そうだよヤヅくん。まあ新発見とは言い難いかな。定説の補強程度だね」


 そのわりには嬉しそうなシシルノさんだ。ホント、研究者っぽいよな。


 だけど魔力が濃い部屋で魔獣が生まれているとしたら、ここにいるのはマズくないか?

 なのにシシルノさんはこの場で魔獣の発生は無いと確信しているようだし。あ、そうか。



「ほんとに人の目があるところで、魔獣は生まれないん、ですよね?」


「はははっ、それはどうだろうね、シライシくん。あくまで経験則だから、わたしにはなんともだよ。だから十中八九だ」


「な、なら、今回が初めてかも」


 ビビりまくっている白石さんだけど、それすら楽しそうにシシルノさんは語り続けている。趣味が悪い人だなあ。個人的にはそういうところは嫌いじゃないけれど。


 人がいるところで魔獣は生まれない。だけどどこからかやってきて戦うことになる。

 ゲームのように無限にいなくならないモンスターとエンカウントし続ける、なんていう現象を現実に落とし込んだらこういう感じになるのかな。



 それから数分、やはり魔獣は現れなかった。


「そろそろかな。さあ出発しよう」


 指揮を執るヒルロッドさんがみんなを立ちあがらせる。探索の再開だ。



 ところで魔力以外の『魔獣の素材』はどうしているのか。

 魔力は物質を生み出さない。これは俺たちの考えている大前提だ。

 なのに魔獣は実体化している。なにせ食べたりできてしまっているわけだから、それはもう確実だろう。


 そちらについてもいろいろと想像はしているのだけど、こればっかりはあくまで推測でしかないからな。



 ◇◇◇



「クサマくん、君はD班だったかな」


「そうですけど」


 さて出発だとなったとき、シシルノさんが草間くさまを名指しした。

 草間のいるD班は佩丘はきおか深山みやまさん、綿原わたはらさんだったかな。なんとリーダーは綿原さんだ。

 ちなみに各班のリーダーはなるべく後衛で、全体が見える人が選ばれている。俺がリーダーなのもそういう理由だ。


 だけどなぜ草間なんだ?


「ならばD班はなるべくうしろの方に陣取ってもらえるかな」


「おいおいジェサル卿」


「ああ、すまないミームス卿。君に話すのが筋だった」


 シシルノさんが俺たちの位置取りに口を出すのを見かねて、さすがにヒルロッドさんが割り込む。そりゃそうだ。



「理由はあるのだろうね」


「もちろん、と言いたいところだが、念のため程度だよ。さっきの部屋の魔力が濃かったという話は聞こえていたね?」


「……なるほど。わかったよ、D班は後方警戒を重点にだ。ラウックスが付け。『運び屋』は少し前へ──」


 納得したヒルロッドさんがD班と護衛の騎士に指示を出していく。


 ヒルロッドさんとシシルノさんは、俺たちが『運び屋』を盾扱いにするのを嫌っていることを承知してくれている。内心はどうあれ俺たちを立てるように、というか余計な行動をさせないように配慮しているのだろう。


「わたしたちもいいでしょうか」


「もちろんだよ。S班もうしろで頼む」


 近くにいた先生も当然のようにD班に合流するようだ。最強遊撃のS班だからな。イレギュラー対策にはもってこいの二人だ。



 D班を、というより草間をうしろに置く理由はひとつしかない。あいつの持つ【気配察知】だ。

 つまりシシルノさんは後方から魔獣が来る可能性を考えている。


 さっきの魔力談義を聞いていた草間も、当然わかっているだろう。

 俺たちが立ち去ったあとで、あの部屋に魔獣が発生しているかもしれない、ということだ。まさに鬼ならぬ人がいぬ間に、というやつだな。

 シシルノさんとしては魔獣に来てほしいと思っているんだろう。迷宮のルールを検証したいのだから。


「うしろが主役の雰囲気で前に進むとか、すごく微妙な気分だな」


「だな。だからこそ、わかってるよな、古韮」


「おうよ」


 古韮はグチるし、俺もそれには同感だ。だからこそ俺たちは前への集中を切らしちゃいけない。


「こういうのも経験なのかな」


 黙ったままの田村と白石さんにも声をかけて、俺たちC班は次の部屋へと進んだ。



 ◇◇◇



「来た。たぶんネズミが五体」


 草間の鋭い声が飛ぶ。

 歩きだしてからまだ十分くらいだ。俺たちの現在位置は、さっきの場所からだと四つ目の部屋。


「ずいぶんと早いね」


「あの部屋で湧いたという確証もないからな。ジェサル卿と迷宮に入ると、いつもこれだ」


 シシルノさんの言うように、たしかに出現したのが早いと思う。そしてヒルロッドさんのツッコミももっともだ。ここまで一本道だったわけでもないのだから。

 ところでシシルノさんって迷宮に入ると、実験紛いの行動が多いということなのかな。



「D班とS班で対応できるね。ラウックス、補助だ」


 奇襲でもない限り、いまさらネズミ五体でどうにかなる一年一組ではない。

 ヒルロッドさんもそう判断したのだろう、経験値は全部俺たちに回すことを前提にして、護衛の騎士さんに指示出しをしただけで傍観の様子だ。



 ◇◇◇



「これはまた、ずいぶんと」


 目を細めたシシルノさんが小さく零す。


 うしろから現れたネズミを一掃した俺たちは、シシルノさんの強い主張で魔力が濃かった部屋に戻ってきた。

 本来の行動ではないけれど、ここで検証をしないのも惜しいとヒルロッドさんも納得した上での判断だ。


「どうしたんです?」


 微妙に戸惑った表情をしているシシルノさんに、恐る恐る白石さんが声をかけた。勇者だな。


「ネズミ五体でここまで減るのか。それとも魔獣が方々に散った?」


「減った? 魔力がですか?」


「そうだよ。これじゃあ通ってきたほかの部屋より少ないくらいだ」


「魔獣が発生したすぐあとだけ、一時的にっていうのは」


「なるほど、あり得そうだ」


 二人の会話がポンポンと続く。



 ──だけど俺はそれどころではなかった。


 違和感がある。どこだ。なにがある。

 魔力を見ることができない俺の【観察】が、なにかを感じとっていた。


 そして、見つける。


「あそこだ。さっきまでそこに門なんて、無かった」


 さっきまでただの壁だったところに今はひとつ、最初からあったようにごく普通の門が増えていた。


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