第83話 みんな慣れていく




「らあぁぁ!」


 古韮ふるにらがらしくない雄たけびを上げる。

 ぶつかってきたネズミを受け止めて、そのまま上から大盾で潰すように抑え込んだ。さんざん練習した成果が出ているな。


「古韮、そのままトドメまで刺してくれ。田村たむらはこっちで俺と一緒に。白石しらいしさん、構えてて」


「回復役まで盾代わりかよ」


「は、はいっ」


 ひとりでネズミを抑え込んだ古韮が、そのままトドメを刺しにいく。

 俺は田村と二人がかりでもう一体を押さえつけて、白石さんにキめてもらうように指示を出した。



「しゃあっ。こっちはやったぞ!」


「ナイス古韮。周り見ながら白石さんのガードに入って」


「おう」


 大盾でネズミの動きを止めてから、首に短剣を突き刺して倒すという行為。

 言葉にすれば簡単な作業でも、暴れる八本脚ネズミが相手なら手間が必要になってくる。それでも古韮は十秒程度でそれをやってのけた。

 慣れと【平静】が戦いの最後を作業にしてしまう。ゲームに出てくるモンスターのように、倒せば消えてドロップだけを残してくれる世界ならどれだけ良かっただろうと思ってしまうのも仕方がない。


『──キミのコトバが、──ひとつ、もうひとつ』


 呟くように歌いながら白石さんがネズミに迫る。

 弱気な彼女は【奮戦歌唱】を自分に掛けながら、目一杯の勇気で短剣を突き出した。丸いメガネの向こう側はどんな目をしているのか。自分自身のためにも、せめてひと突きで終わらせてほしい。



「……できた、よ」


「うん。お疲れ」


 赤紫の返り血で汚れた白石さんは、健気で儚げに、無理やり笑った。



 ◇◇◇



 俺たち『C班』のメンバーは、俺、古韮、田村、白石さんの四人だ。


 一年一組の二十二人は今回、六つの班に分かれて行動している。

 盾持ちの騎士が五人なので、それを一人ずつ配分する形で四人一組のA班からE班。この五つの班に組み込まれた三階位のメンバーを四階位にするのが、とりあえずの目標だ。


 ある程度離れることはあっても、隣の班がお互いに見えるくらいの距離を保つようにと取り決めた。最大でも六班は隣接する三つの部屋に納まるように心掛けている。ボスがいるわけではないけれど、レイドのイメージだな。


 全体の陣形としては中央にA班からE班、遊撃でS班。前と左右をばらけたミームス隊の騎士たち。前の方にはシシルノさんもいるけれど、あれはいいのか? 六階位だから大丈夫か。

 後方は騎士を一人連れたシャーレアさんと『運び屋』たちという感じだ。



 なぜ班の名前が数字からアルファベットに変わったかといえば、ひとつは暫定もいいところだからだ。なにせ今日の探索の間にも何人かは入れ換える予定になっている。この間まで使っていた数字形式は、今後班のメンツをある程度固定できたらまた考えるということで保留になった。


 もうひとつの理由は『S班』というフレーズを使いたかっただけという、至極まっとうで健全な思考だ。ちなみにSは先生のSで、『俺もいつかはS班を目指すんだ』がオタグループの合言葉になった。



 そんな遊撃部隊たるS班のメンバーは先生とミアの二人。

 もともと高い戦闘力を持っていて、その上で五階位の二人は、動きからしてほかの仲間とはワケが違う。


 あの二人はこれ以上一層でいくらがんばったところで六階位にはまずなれない。

 王国の資料では一層でレベリングが可能なのは四階位までで、五階位は非現実的。ましてや六階位など、という感じだ。


 かといって二人だけで二層に行ってもらうのはクラスの主義に反する。バラけてもらって班のサポートをするというのも考えることはしたが、いっそのことイレギュラーな位置取りをする魔獣を狙った遊撃班はどうだろうという話になったのだ。

 それならミアの弓の練習にもなるし、先生も実戦勘を取り戻せるからと好都合らしい。



「イヤッ!」


 奇声と共にミアが放った鉄矢は見事ネズミの胴体に突き立っていた。

 俺の弓道に対するイメージでは、矢を放つ時は黙っているものだと思っていたのだけど、どうやらミアの場合は違うらしい。


「精度はまだまだですか」


「ハイ。これじゃあ危ないかもデス」


 たしかにミアの矢はネズミの胴体に刺さりはしたものの、倒しきってはいなかった。

 先生がジタバタしているネズミに素早く近寄り、貫手ひとつでトドメを刺す。あの二人だけやっていることが別ゲーだな。



 動きまくってはぐれ魔獣を狩りまくる。そんな二人を称してS班というわけだ。


「見たか八津やづ。アレがS班のショーコ・タキザワとミア・カッシュナーだ」


「ああ、たしかにすごい。けどな古韮、俺もすぐに追いついてやるさ。そうだろ? 白石さん」


「あ、えっと、そうだね。わたしもがんばる」


「……お前ら、楽しそうだな」


『新人のくせに謎の自信がある冒険者ごっこ』についていけない田村がオチをつけてくれた。俺と古韮はもちろん、白石さんもノることができる鉄板ネタなんだけどな。



 ◇◇◇



「おかわりが三体だ。古韮、田村、俺とで抑えるぞ」


「おうよ!」


 俺が状況を伝えると、すかさず古韮た大盾を前に出して裏側に肩を押しつけた。腰は落とすけれど、最後の調整用にそれほど足は開かない。うん、先生と中宮さんの指導どおりだ。

 それとやっぱり訓練の時より動きが良くなっている。実際の魔獣の動きに合せて微調整ができるようになってきているのは、まさに特訓の成果と実戦経験の相乗効果だろう。


「た、田村くん。わたしも手伝うから」


「おい、白石、大丈夫なのかよ」


「うんっ」


 すでにバックラーを構えていた田村のうしろに白石さんが走り込んだと思ったら、迫ってくるネズミのすぐ傍でパンという炸裂音が響いた。驚いたのだろうネズミは、ほんの少しだけ速度が落ちて、進路がよれる。


 白石さんの【音術】。空気振動が音の原理ならば、相手に阻害される魔術の維持はほとんど必要ない。なにせ発動した次の瞬間には、もう音は発生しているのだから。

 これぞ昨日まで訓練場でパンパンと音を鳴らして練習していた、それこそアメリカあたりでやったらヤバいことになりそうな、白石さん渾身の新技だ。



「おっと」


 ドンと重たい音を立てて俺の盾にネズミがぶつかった。

 田村と白石さんに注目していたけれど、俺の【観察】は全部を見届ける。もちろん俺の敵もだ。だから慌てることもなく、斜めに押しつぶすようにネズミを取り押さえて田村に声をかける。


「田村、そっちは?」


「コイツは俺がやる。白石、八津のとこに行けっ」


「わかった!」


 四階位の俺は魔獣を倒さない。余力がある内は三階位の誰かに譲るとクラスで決めてある。

 今回は白石さんだ。こっちに走ってくる彼女はちょっと前までトコトコした女の子走りだったのに、妙にフォームが良くなっている。なんかすごい違和感があるぞ。



「やるよ。八津くんっ」


 走りながら白石さんが腰の短剣を抜き放った。これも練習していたのは知っていたけれど、すごく様になってる。オシャレバトルスタイルの素質があるんじゃないか?


「えいっ!」


 掛け声とともに突き出した白石さんの短剣は、間違えて俺に掠ることもなく、見事にネズミの急所を貫いていた。


「白石さん、大丈夫?」


「うん。八津くんも古韮くんも、気を使ってくれてありがとね」


「ああ、さっきの?」


『S級冒険者ごっこ』をした理由、バレてたか。白石さんならわかるネタだし、気晴らしなればいいかなくらいだったのに、こうして感謝されると妙に痒い。もちろん俺もああいうのが大好きだからノリノリだったぞ。



「おう、こっち終わったぞ」


 田村の方も終わったようだ。ネズミが相手とはいえ、ひとりで倒せるようになれるくらいに訓練の成果はちゃんとでているんだろう。

 頬っぺたについた傷を自分で治しながらこちらに歩いてくるヤツの姿は、なかなかカッコいいものがある。


「田村くんもありがと」


「なにがだよ」


「わたしがやっつけやすい方に回してくれたんだよね?」


「たまたまだろ」


 白石さんは今度こそちゃんと笑ってくれた。田村は自分が抑えるネズミより、俺の捕えていたヤツの方が安全だと判断して、白石さんをこっちに誘導したということだ。やるじゃないか、いや本気で。



 みんなが四階位になるまで、まだまだ時間はかかるだろうけれど、俺たちは少しずつ慣れてきている。そのぶん安定して戦えるようになっているだろう。

 C班だけじゃない。隣の部屋でも仲間たちが同じようなやり取りをしているんじゃないかと想像して、心の中でがんばれと応援しておいた。



 ◇◇◇



「クサマくん、ヤヅくん、なにか気付いているかな?」


「え?」


「なにがです?」


 迷宮に入ってから一刻(二時間)くらいでヒルロッドさんが一度目の小休止を宣言してすぐ、シシルノさんが俺と草間くさまに話しかけてきた。


 腕を組んだシシルノさんは試すような目つきで俺たちを見つめているけど、革鎧の上にいつもの『薄緑の白衣』を着込んでいるのが妙に面白くて反応に困る。ヘルメットをかぶっているし、背嚢も背負っている。なのに白衣だ。どこかの探検隊みたいだな。


 少しだけ心の中でふざけてからマジメモードに戻ればすぐ気付く。俺と草間の共通点、つまり【観察】と【気配察知】という探知系技能だ。



「近くに魔獣の気配はないです」


 俺が部屋を見渡す途中で草間が断言した。俺より気付きが早かったか。ちょっと悔しい。


「普通の部屋だと思いますけど」


 負けじと俺も報告する。間違いなくココは普通の部屋だ。どこにも魔獣なんて見当たらない。


「そうかい。君たちは気付かないんだね」


 失望した風でもなくシシルノさんはあたりを見渡している。どういうことだ?



「もしかして魔力ですか?」


「そういうことだよ」


 またも草間に先を越された。これはかなり悔しいぞ。【集中力向上】はもっと仕事をしてくれ。


「『始まりの修練場』を出たあたりからかな、魔力が濃くなっているんだ。しかも部屋ごとに濃淡があるんだよ」


 シシルノさんが持っている【魔力視】と【魔力察知】。【魔力視】は消費魔力が大きいはずだから、この場合はたぶん【魔力察知】を使い続けていたんだろう。


 最近の迷宮は魔力が濃くなっている傾向があるという話は知っている。だけど部屋ごとで違うというのは初耳だ。

 ああ、シシルノさんの口元が嬉しそうに歪んでいる。楽しくて仕方がない風に。



「……まさか、シシルノさん」


 嫌な予感がする。すごく嫌な。


「ああ、このあたりでこの部屋が一番魔力が濃い」


 やっぱりそうきたかあ。

 どうする。ヒルロッドさんに説明して逃げるように言うか?


 いやまて、なんでシシルノさんはわざわざこんなことを……。あ、そうか。


「はははっ、憶えているだろう? 『魔獣が発生するところを目で確認した者はいない』」


 そうだ。たしかにそういう話をしたことはある。だけど──。


「もし今ここでそれが起きたとしたら、わたしたちは歴史の証言者だよ。文献に名が残るだろうね」


「……シシルノさん」


 俺はなんとかツッコミを入れたけれど、草間は呆れて声も出せないでいる。

 目の前にいるのは正真正銘、異世界的マッドサイエンティストだった。


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